第14話 午後実習⑪ 事情聴取①
第14話 午後実習⑪ 事情聴取①
小恋路のところへ歩いていくと、
彼女は僕の姿を見つけた瞬間、胸を撫で下ろすようにほっと息をついた。
……が、それもほんの一瞬。
すぐに上目遣いでジーッと視線を向けてくる。
僕の目をグサッと刺すその視線は――完全に“全部知ってる女の目”だ。
「《《遅かった》》ね。
もしかして、《《遊んでた》》とかじゃないよね?」
(ああ、これは僕が武田の身体を使って人体実験してたこと、暗に批判してるって感じ? フェアからの定時報告で知ってるってことか? ただこれは武田は一切知らない……さて、どう切り抜ける??)
小恋路の“さっさと吐け”オーラに押され、上手い言葉が全然出てこない。
「ぜ、ぜんぜん。真面目に武田を……その……解放してました。
ただちょっと、軽くじっ……じじ……自責?
そう、自責の念のドツボにはまった新之助を慰めてただけだよ」
咄嗟に武田を巻き込んでしまったが、これも小恋路の怒りから逃れるには致し方ない。風評被害を被った武田は、慌てて口を開く。
「何言ってんだよ。ちげーし」
即座に否定し、続けざまに釈明を重ねる。
「俺は明日から翔太と修行するって約束しただけだかんな。
終わっちまったこと、俺はいつまでもウジウジしてる人間じゃねえし」
(うん、思考読んでたから知ってる。でもそれは今関係ない)
小恋路は、“今ならまだ間に合うから素直に謝れ”と言いたげな目をしている。
ただ、ここで武田が真実を知ったら、間違いなく「一発殴らせろ」的な展開になる。
それは避けたいところ。というわけで、僕は言葉の煙幕を張る。
「あれれれれ?
ちょっと目に涙が浮かんでた気がするんだけど……
そうかー、あれ気のせいだったかー?」
こんな感じの撒き餌を投げて様子を見る……
ほら、釣れた。武田は案の定、パクっと食いつく。
「はあ? ふざけんな。
俺がいつそんな醜態さらしたっていうんだよ」
(いや、さっき普通に涙目だったよね)
小恋路は、ついに堪忍袋の緒が切れたらしい。
「はいはい、もういい加減にして。翔太も武田君も、ここをどこだと思ってんの。
今ギルドの人達から事情聴取受けてる最中なのよ。静かにしないとホント怒るわよ」
「……ごめん」「……悪かった」
(一応謝ったんだから、これでチャラでいいよね?)
そう思って小恋路に目線で訴えたら――
「あとでちゃんと“《《釈明》》”聞かせてね……翔太」
冷たい声が返ってきた。
「……はい」
(……駄目でした)
「もうそろそろ、いいかしら」
頃合いを見計らい、小恋路の横からすっと現れたのは、第一印象がスラッとした細身の女性。茶髪のポニーテールを揺らし、20代前半と若く見える女性は、スリムで華奢な体つきなのに、目だけは鋭く、観察するように僕らを見ている。
治療師ローブの袖口から覗く手は細いのに、“現場慣れしてる人”の落ち着きがあった。
「小柄なあなたが……朝倉翔太君かな? 大柄なあなたが……武田新之助君よね?
私はギルドGメンの赤槻万理華。よろしくね」
そう言って、律儀に名刺を差し出してきた。
名刺には――
-----------------------------------
特定非営利活動法人
探索者支援ギルド 特命Gメンスタッフ
赤槻万理華(Bランク探索者/治療師Lv.26)
杖Lv.17/回復魔法Lv30/魔力操作Lv.28/
魔眼Lv.15/観察Lv.12/浄化魔法Lv.21/
生活魔法Lv.20/味覚退化Lv.18/幻影体Lv.15/
消化強化Lv.19/魔力回復Lv.28
連絡先:×××-××××-××××
アドレス:××××××××××××××
※彼氏募集中♡
-----------------------------------
と書かれていた。
(……いや、最後の一文いる?)
視線を上げると、赤槻さんはニコッと微笑んだ。
(……この人、絶対わざとだ)
肩の上で透明化しているフェアが、くすくす笑いながら念話を送ってくる。
(翔太様〜、この人“イケオジ好き”ですよ〜。
顔面偏差値、九十点の上司と今日の夜、どこに食べに行こうか、仕事の合間にそれバッカ考えてますね~、上司の見ているところでは仕事が出来るアピールをして頑張ってるように振舞って、上司の見ていないところでは、女性磨きに精を出すタイプの人ですよ~。正直、この人は、そんなに警戒する必要はなさそうですね~)
(……情報が多い)
赤槻さんは僕らを見渡し、
「さてさて、どうしようかな。人数も増えたことだし……
ここは頼れる上司に相談するタイミングよね。ちょっと待っててね。
もう一人、担当者を連れてくるから」
そう言って、軽い足取りで離れていった。
(この人、イケオジ上司を引っ張り出そうとしているみたいですよ~)
赤槻さんが軽い足取りで離れていくのを見送りながら、
僕は小声でフェアに念話を送った。
(……ねえフェア、あの人、なんか自由すぎない?)
(翔太様〜、あれでいて仕事はちゃんとできるタイプですよ〜。
ただし“イケオジ上司の前限定”ですけどね〜)
(限定かよ!!)
◆◇◆◇◆◇
その空いた時間に、
武田が小恋路へ質問攻めを開始した。
「なあ小恋路、あのダンジョンカート、
優斗さん操縦してるけど……あれ、優斗さんのものか?」
小恋路との距離は、まだ“普通の会話距離”。
でも武田の声の圧が強いせいで、小恋路が半歩だけ後ろに下がったのが見えた。
「えっ? あ、うん……」
「石碑のDP使って買ったのか?
俺もあれ欲しいんだけど。
どうやったら手に入るか、優斗さんに聞いてくれよ」
武田は気づいていないけど、さっきより確実に一歩前へ出ている。
小恋路はじり……と後退。
距離が縮まってるというより、武田が一方的に詰めてる。
「え、ええ……?」
「あと、すまねえとは思うが、友人枠ってことで、俺も乗せてくれるように、
小恋路からも頼んでくれ。頼む!」
さらに一歩前へ。小恋路は壁を背にして、逃げ場がなくなってきた。
ちらりと僕に助けを求める視線を向ける小恋路さん。ごめん、その‟さっさと助けなさいよ”のパス、今の僕には重すぎる。
(……ごめん小恋路。助けたいけど、今の僕にはその勇気がない)
エロい目的だったら、とっととフェアに排除してもらうんだけど、そうじゃない。
純粋な少年のような眼差し。それをやられたら僕には武田の想いを断ち切ることなんかできる筈がないだろう。
最後に本音をポロッと言うと面倒事に巻き込まれる。
だから放っておけばいいじゃん、という真実は覆い隠して――あくまでも武田の為という建前を前面に押し出し、僕はそっと目を逸らした。
そんなこんなでリミッターが外れた武田は猪突猛進、大暴走で周りの目なんか気にしちゃいない。それは、行動にも現れ、おいおい顔が近い。近いというか、近すぎる。
「ちょっ、武田君、近いって」
「ホント頼む! 二学期始まったら、学食、最初の週、月から金まで奢るから、マジお願い!」
(……新之助、完全に夢見る少年だな)
武田は完全にテンションが上がっていて、小恋路との距離は、
もはやパーソナルスペースの侵略レベル。
流石にそれはヤバいって。
小恋路はついに壁際まで追い詰められ、肩がぴくっと震えた。
そして――
ぷっちん、と小恋路の中で何かが切れたようだ。
「もう! 近すぎ、怖いって、ちょっと離れてよ、
で、何? そんなにいっぺんに言われてもさ、
全部はいはい答えられるわけないでしょ!
いまは事情聴取の方が大事なの!
今ちゃんと応じておかないと、
後で呼び出しくらっても知らないからね!」
(ほら、いわんこっちゃない、小恋路、切れちゃった)
「わ、わかってるって!
ちゃんとやるよ!
だから……口利き頼むわ!」
両手を合わせて懇願する武田。
(……ほんとに遊園地の小学生だな)
(そうですね~)
呑気な相槌念話が僕の頭の中に届く。
(……そもそもこの原因はフェアなんだけど……ただ、悪気はないから、ま、いっか)
◆◇◆◇◆◇
そんなやり取りをしていると、
赤槻さんが、誰かを連れて戻ってくる気配がした。
その瞬間、周囲の空気がすっと冷えた気がした。
三十代後半くらいの、鋭い目つきの男性が前を歩き、
その後ろを赤槻さんが軽い足取りでついてくる。
黒い軽装鎧に、ギルドGメンの腕章。胸板が厚く、肩幅も広い。
髭剃り跡がうっすら残る顔は小奇麗なのに、目だけは鋭く、獣のような警戒心を宿している。
第一印象ですぐに気付く。
(……あ、この人、強い)
フェアが念話で囁く。
(翔太様〜、この人がこのお姉さんの慕う三十五歳のイケオジですよ~、
記憶を読むとですね~、えーっと十年くらい前は『』っていうBランクパーティで活動してましたけど~、メンバー全員結婚して解散したようです~。それからはギルドの仕事を黙々とこなして今の地位まで上り詰めたようですね~。この人のスキルで警戒するのは、“直感 Lv.30”くらいですけど、フェアのほうで、この人の直感スキル、一時的に封印しときましたので、大丈夫ですよ~)
(……よくやった。フェア軍曹、引き続き後方支援を頼む!!……ただし、やり過ぎには注意してね……)
(アイアイサー)
(ノリいいな)
赤槻さんが僕らの前に立ち、
「お待たせ。
こちら、私の上司の黒田庄兵衛さん」
黒田の前に立った瞬間、赤槻さんの背筋がピンと伸びた。
さっきまでの軽さが嘘みたいだ。
黒田さんは名刺を取り出すと「どうぞ、よろしく」と言って、
僕、小恋路、武田の順に配っていく。
名刺には、
-----------------------------------
特定非営利活動法人
探索者支援ギルド 特命上級Gメンスタッフ
黒田庄兵衛(Aランク探索者/黒騎士Lv.60)
黒剣術 Lv.55/黒盾術 Lv.55/黒ランス術 Lv.30/
黒剣技 Lv.8/黒ランス技 Lv.5/黒覇気 Lv.36/
黒衛士召喚 Lv.32/黒馬召喚 Lv.35/黒魔法 Lv.33/
身体強化 Lv.36/回避 Lv.33/不屈 Lv.38/
投擲 Lv.32/頑強 Lv.31/乗馬 Lv.41/捕縛 Lv.31/
挑発 Lv.33/直感 Lv.30/暗闇視覚 Lv.45
連絡先:×××-××××-××××
アドレス:××××××××××××××
-----------------------------------
と書かれていた。
(……Aランク探索者……今日はよく見かける日だよね……暇なのかな? それともギルド的には、それだけ‟何か”から、警戒する必要があると言うことなのかな?)
(……後者みたいですよ~。なんか悪役の手下って感じの忍者集団を見かけましたから、ダンジョンの外にポイってしておきました~。いま、ダンジョンの外、てんやわんやって感じです~)
(よくやった。フェア軍曹、たった今から君を伍長に昇進する。引き続き、任務に邁進したまえ)
(アイアイサー)
丁度、僕たちの念話のやり取りがひと段落したところ、目の前で動きがみられる。
黒田さんは、低く落ち着いた声で口を開いた。
「私は赤槻の上司で、黒田庄兵衛。
さっそくで申し訳ないが――
八神小恋路さんと武田新之助君は赤槻が担当する。
赤槻、引き続き頼む」
「はいっ、黒田先輩♡」
(……♡つけたよね今)
黒田さんは僕の方へ視線を向けた。
その目は鋭いのに、不思議と威圧感はない。
むしろ“誠実な大人”の空気が漂っている。
「そして……朝倉翔太君。
君は私が担当する。
少し離れて話を聞かせてもらってもいいかな」
(……うわ、絶対逃げられないやつだ)
フェアが肩の上で囁く。
(“何も知らない被害者”で押し通せば大丈夫ですってー。頑張ってください)
(……はあ、真剣に演技するの、初めてだし、気分重いよ)
黒田さんは続けた。
「安心してほしい。
私たちギルドGメンは、探索者を取り締まるだけではない。
ダンジョン内の治安維持、救助、
そして――今回のような襲撃事件の調査も担当している」
(……あ、無料配布テキストに書いてあったやつだ)
黒田さんは淡々と説明を続ける。
「ギルドGメンは、探索者ギルドから信頼を得た者だけが就ける職種だ。
裏では、違法クエストの摘発や、
ダンジョン内での殺人・強奪・横領などの調査も行う。
今回の件は、君たち新人の責任ではない。
だから、安心して答えてくれればいい」
(……思ったより優しいな、この人)
フェアが念話でくすくす笑う。
(翔太様〜、この人“誠実な善性の魂”ですから、そんなにビクビクしなくても良さそうですよ~)
(……そうは言うけど、僕って人見知りする方だし、最初からフレンドリーに接するのは、ちょい敷居高めかも)
黒田さんは僕に向かって、静かに手で合図した。
「では、朝倉君。
ここだと八神君と武田君が近すぎて、どうにも気が散ってしまうだろう。
少し離れた、声が届かない場所まで移動してから、事情聴取を始めよう」
「……わかりました」
僕は小恋路と武田に軽く手を振り、黒田さんの後について歩き出した。
武田は小声で叫ぶ。
「翔太! 終わったら絶対呼べよ!
俺、魔物討伐行くからな!」
(……まだそっちも諦めてないんだ)
小恋路も呆れたようにため息をついた。
「午前中に翔太と夜、二人きりでファミレス行く約束したのに……この調子じゃあ、武田君もついてきそうね……はあ、複雑……」
そんな二人を背に、僕は黒田庄兵衛――
ギルドGメンの“黒騎士”との事情聴取へ向かった。 第14話 午後実習⑪ 事情聴取①
小恋路のところへ歩いていくと、
彼女は僕の姿を見つけた瞬間、胸を撫で下ろすようにほっと息をついた。
……が、それもほんの一瞬。
すぐに上目遣いでジーッと視線を向けてくる。
僕の目をグサッと刺すその視線は――完全に“全部知ってる女の目”だ。
「《《遅かった》》ね。
もしかして、《《遊んでた》》とかじゃないよね?」
(ああ、これは僕が武田の身体を使って人体実験してたこと、暗に批判してるって感じ? フェアからの定時報告で知ってるってことか? ただこれは武田は一切知らない……さて、どう切り抜ける??)
小恋路の“さっさと吐け”オーラに押され、上手い言葉が全然出てこない。
「ぜ、ぜんぜん。真面目に武田を……その……解放してました。
ただちょっと、軽くじっ……じじ……自責?
そう、自責の念のドツボにはまった新之助を慰めてただけだよ」
咄嗟に武田を巻き込んでしまったが、これも小恋路の怒りから逃れるには致し方ない。風評被害を被った武田は、慌てて口を開く。
「何言ってんだよ。ちげーし」
即座に否定し、続けざまに釈明を重ねる。
「俺は明日から翔太と修行するって約束しただけだかんな。
終わっちまったこと、俺はいつまでもウジウジしてる人間じゃねえし」
(うん、思考読んでたから知ってる。でもそれは今関係ない)
小恋路は、“今ならまだ間に合うから素直に謝れ”と言いたげな目をしている。
ただ、ここで武田が真実を知ったら、間違いなく「一発殴らせろ」的な展開になる。
それは避けたいところ。というわけで、僕は言葉の煙幕を張る。
「あれれれれ?
ちょっと目に涙が浮かんでた気がするんだけど……
そうかー、あれ気のせいだったかー?」
こんな感じの撒き餌を投げて様子を見る……
ほら、釣れた。武田は案の定、パクっと食いつく。
「はあ? ふざけんな。
俺がいつそんな醜態さらしたっていうんだよ」
(いや、さっき普通に涙目だったよね)
小恋路は、ついに堪忍袋の緒が切れたらしい。
「はいはい、もういい加減にして。翔太も武田君も、ここをどこだと思ってんの。
今ギルドの人達から事情聴取受けてる最中なのよ。静かにしないとホント怒るわよ」
「……ごめん」「……悪かった」
(一応謝ったんだから、これでチャラでいいよね?)
そう思って小恋路に目線で訴えたら――
「あとでちゃんと“《《釈明》》”聞かせてね……翔太」
冷たい声が返ってきた。
「……はい」
(……駄目でした)
「もうそろそろ、いいかしら」
頃合いを見計らい、小恋路の横からすっと現れたのは、第一印象がスラッとした細身の女性。茶髪のポニーテールを揺らし、20代前半と若く見える女性は、スリムで華奢な体つきなのに、目だけは鋭く、観察するように僕らを見ている。
治療師ローブの袖口から覗く手は細いのに、“現場慣れしてる人”の落ち着きがあった。
「小柄なあなたが……朝倉翔太君かな? 大柄なあなたが……武田新之助君よね?
私はギルドGメンの赤槻万理華。よろしくね」
そう言って、律儀に名刺を差し出してきた。
名刺には――
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特定非営利活動法人
探索者支援ギルド 特命Gメンスタッフ
赤槻万理華(Bランク探索者/治療師Lv.26)
杖Lv.17/回復魔法Lv30/魔力操作Lv.28/
魔眼Lv.15/観察Lv.12/浄化魔法Lv.21/
生活魔法Lv.20/味覚退化Lv.18/幻影体Lv.15/
消化強化Lv.19/魔力回復Lv.28
連絡先:×××-××××-××××
アドレス:××××××××××××××
※彼氏募集中♡
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と書かれていた。
(……いや、最後の一文いる?)
視線を上げると、赤槻さんはニコッと微笑んだ。
(……この人、絶対わざとだ)
肩の上で透明化しているフェアが、くすくす笑いながら念話を送ってくる。
(翔太様〜、この人“イケオジ好き”ですよ〜。
顔面偏差値、九十点の上司と今日の夜、どこに食べに行こうか、仕事の合間にそれバッカ考えてますね~、上司の見ているところでは仕事が出来るアピールをして頑張ってるように振舞って、上司の見ていないところでは、女性磨きに精を出すタイプの人ですよ~。正直、この人は、そんなに警戒する必要はなさそうですね~)
(……情報が多い)
赤槻さんは僕らを見渡し、
「さてさて、どうしようかな。人数も増えたことだし……
ここは頼れる上司に相談するタイミングよね。ちょっと待っててね。
もう一人、担当者を連れてくるから」
そう言って、軽い足取りで離れていった。
(この人、イケオジ上司を引っ張り出そうとしているみたいですよ~)
赤槻さんが軽い足取りで離れていくのを見送りながら、
僕は小声でフェアに念話を送った。
(……ねえフェア、あの人、なんか自由すぎない?)
(翔太様〜、あれでいて仕事はちゃんとできるタイプですよ〜。
ただし“イケオジ上司の前限定”ですけどね〜)
(限定かよ!!)
◆◇◆◇◆◇
その空いた時間に、
武田が小恋路へ質問攻めを開始した。
「なあ小恋路、あのダンジョンカート、
優斗さん操縦してるけど……あれ、優斗さんのものか?」
小恋路との距離は、まだ“普通の会話距離”。
でも武田の声の圧が強いせいで、小恋路が半歩だけ後ろに下がったのが見えた。
「えっ? あ、うん……」
「石碑のDP使って買ったのか?
俺もあれ欲しいんだけど。
どうやったら手に入るか、優斗さんに聞いてくれよ」
武田は気づいていないけど、さっきより確実に一歩前へ出ている。
小恋路はじり……と後退。
距離が縮まってるというより、武田が一方的に詰めてる。
「え、ええ……?」
「あと、すまねえとは思うが、友人枠ってことで、俺も乗せてくれるように、
小恋路からも頼んでくれ。頼む!」
さらに一歩前へ。小恋路は壁を背にして、逃げ場がなくなってきた。
ちらりと僕に助けを求める視線を向ける小恋路さん。ごめん、その‟さっさと助けなさいよ”のパス、今の僕には重すぎる。
(……ごめん小恋路。助けたいけど、今の僕にはその勇気がない)
エロい目的だったら、とっととフェアに排除してもらうんだけど、そうじゃない。
純粋な少年のような眼差し。それをやられたら僕には武田の想いを断ち切ることなんかできる筈がないだろう。
最後に本音をポロッと言うと面倒事に巻き込まれる。
だから放っておけばいいじゃん、という真実は覆い隠して――あくまでも武田の為という建前を前面に押し出し、僕はそっと目を逸らした。
そんなこんなでリミッターが外れた武田は猪突猛進、大暴走で周りの目なんか気にしちゃいない。それは、行動にも現れ、おいおい顔が近い。近いというか、近すぎる。
「ちょっ、武田君、近いって」
「ホント頼む! 二学期始まったら、学食、最初の週、月から金まで奢るから、マジお願い!」
(……新之助、完全に夢見る少年だな)
武田は完全にテンションが上がっていて、小恋路との距離は、
もはやパーソナルスペースの侵略レベル。
流石にそれはヤバいって。
小恋路はついに壁際まで追い詰められ、肩がぴくっと震えた。
そして――
ぷっちん、と小恋路の中で何かが切れたようだ。
「もう! 近すぎ、怖いって、ちょっと離れてよ、
で、何? そんなにいっぺんに言われてもさ、
全部はいはい答えられるわけないでしょ!
いまは事情聴取の方が大事なの!
今ちゃんと応じておかないと、
後で呼び出しくらっても知らないからね!」
(ほら、いわんこっちゃない、小恋路、切れちゃった)
「わ、わかってるって!
ちゃんとやるよ!
だから……口利き頼むわ!」
両手を合わせて懇願する武田。
(……ほんとに遊園地の小学生だな)
(そうですね~)
呑気な相槌念話が僕の頭の中に届く。
(……そもそもこの原因はフェアなんだけど……ただ、悪気はないから、ま、いっか)
◆◇◆◇◆◇
そんなやり取りをしていると、
赤槻さんが、誰かを連れて戻ってくる気配がした。
その瞬間、周囲の空気がすっと冷えた気がした。
三十代後半くらいの、鋭い目つきの男性が前を歩き、
その後ろを赤槻さんが軽い足取りでついてくる。
黒い軽装鎧に、ギルドGメンの腕章。胸板が厚く、肩幅も広い。
髭剃り跡がうっすら残る顔は小奇麗なのに、目だけは鋭く、獣のような警戒心を宿している。
第一印象ですぐに気付く。
(……あ、この人、強い)
フェアが念話で囁く。
(翔太様〜、この人がこのお姉さんの慕う三十五歳のイケオジですよ~、
記憶を読むとですね~、えーっと十年くらい前は『』っていうBランクパーティで活動してましたけど~、メンバー全員結婚して解散したようです~。それからはギルドの仕事を黙々とこなして今の地位まで上り詰めたようですね~。この人のスキルで警戒するのは、“直感 Lv.30”くらいですけど、フェアのほうで、この人の直感スキル、一時的に封印しときましたので、大丈夫ですよ~)
(……よくやった。フェア軍曹、引き続き後方支援を頼む!!……ただし、やり過ぎには注意してね……)
(アイアイサー)
(ノリいいな)
赤槻さんが僕らの前に立ち、
「お待たせ。
こちら、私の上司の黒田庄兵衛さん」
黒田の前に立った瞬間、赤槻さんの背筋がピンと伸びた。
さっきまでの軽さが嘘みたいだ。
黒田さんは名刺を取り出すと「どうぞ、よろしく」と言って、
僕、小恋路、武田の順に配っていく。
名刺には、
-----------------------------------
特定非営利活動法人
探索者支援ギルド 特命上級Gメンスタッフ
黒田庄兵衛(Aランク探索者/黒騎士Lv.60)
黒剣術 Lv.55/黒盾術 Lv.55/黒ランス術 Lv.30/
黒剣技 Lv.8/黒ランス技 Lv.5/黒覇気 Lv.36/
黒衛士召喚 Lv.32/黒馬召喚 Lv.35/黒魔法 Lv.33/
身体強化 Lv.36/回避 Lv.33/不屈 Lv.38/
投擲 Lv.32/頑強 Lv.31/乗馬 Lv.41/捕縛 Lv.31/
挑発 Lv.33/直感 Lv.30/暗闇視覚 Lv.45
連絡先:×××-××××-××××
アドレス:××××××××××××××
-----------------------------------
と書かれていた。
(……Aランク探索者……今日はよく見かける日だよね……暇なのかな? それともギルド的には、それだけ‟何か”から、警戒する必要があると言うことなのかな?)
(……後者みたいですよ~。なんか悪役の手下って感じの忍者集団を見かけましたから、ダンジョンの外にポイってしておきました~。いま、ダンジョンの外、てんやわんやって感じです~)
(よくやった。フェア軍曹、たった今から君を伍長に昇進する。引き続き、任務に邁進したまえ)
(アイアイサー)
丁度、僕たちの念話のやり取りがひと段落したところ、目の前で動きがみられる。
黒田さんは、低く落ち着いた声で口を開いた。
「私は赤槻の上司で、黒田庄兵衛。
さっそくで申し訳ないが――
八神小恋路さんと武田新之助君は赤槻が担当する。
赤槻、引き続き頼む」
「はいっ、黒田先輩♡」
(……♡つけたよね今)
黒田さんは僕の方へ視線を向けた。
その目は鋭いのに、不思議と威圧感はない。
むしろ“誠実な大人”の空気が漂っている。
「そして……朝倉翔太君。
君は私が担当する。
少し離れて話を聞かせてもらってもいいかな」
(……うわ、絶対逃げられないやつだ)
フェアが肩の上で囁く。
(“何も知らない被害者”で押し通せば大丈夫ですってー。頑張ってください)
(……はあ、真剣に演技するの、初めてだし、気分重いよ)
黒田さんは続けた。
「安心してほしい。
私たちギルドGメンは、探索者を取り締まるだけではない。
ダンジョン内の治安維持、救助、
そして――今回のような襲撃事件の調査も担当している」
(……あ、無料配布テキストに書いてあったやつだ)
黒田さんは淡々と説明を続ける。
「ギルドGメンは、探索者ギルドから信頼を得た者だけが就ける職種だ。
裏では、違法クエストの摘発や、
ダンジョン内での殺人・強奪・横領などの調査も行う。
今回の件は、君たち新人の責任ではない。
だから、安心して答えてくれればいい」
(……思ったより優しいな、この人)
フェアが念話でくすくす笑う。
(翔太様〜、この人“誠実な善性の魂”ですから、そんなにビクビクしなくても良さそうですよ~)
(……そうは言うけど、僕って人見知りする方だし、最初からフレンドリーに接するのは、ちょい敷居高めかも)
黒田さんは僕に向かって、静かに手で合図した。
「では、朝倉君。
ここだと八神君と武田君が近すぎて、どうにも気が散ってしまうだろう。
少し離れた、声が届かない場所まで移動してから、事情聴取を始めよう」
「……わかりました」
僕は小恋路と武田に軽く手を振り、黒田さんの後について歩き出した。
武田は小声で叫ぶ。
「翔太! 終わったら絶対呼べよ!
俺、魔物討伐行くからな!」
(……まだそっちも諦めてないんだ)
小恋路も呆れたようにため息をついた。
「午前中に翔太と夜、二人きりでファミレス行く約束したのに……この調子じゃあ、武田君もついてきそうね……はあ、複雑……」
そんな二人を背に、僕は黒田庄兵衛――
ギルドGメンの“黒騎士”との事情聴取へ向かった。
応援よろしくお願いします!
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「この後一体どうなるのっ……!?」
と思ったら
下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします。
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!
ブックマークもいただけると本当にうれしいです。
何卒よろしくお願いいたします。




