第10話 午後実習⑦ 仲間が襲撃遭遇
第10話 午後実習⑦ 仲間が襲撃遭遇
そこには――
冒険者パーティ五人が、上杉・武田・マリアの三人をぐるりと取り囲む光景が映っていた。
地面に倒れ込んだ武田。
その前に立ちはだかる上杉。
必死に光魔法を注ぎ込み、震える手で武田の体に触れ続けるマリア。
そして、その様子を少し離れた場所からケラケラ笑いながら眺める指導員。
佐々木勝正と、その取り巻き三人だ。
(……何やってんだよ、元生徒会会長……!!)
胃の辺りが、ぎゅっとつかまれたみたいに痛くなる。
僕の表情の変化に気づいた小恋路が、心配そうに覗き込む。
「翔太、どうしたの?」
「三人が……襲われてる」
短く答えた途端、優斗兄さんの顔つきが一気に険しくなった。
「急ぐぞ! 小恋路、席を変われ」
「うん、わかった」
小恋路が素早く頷き、ハンドルから手を離す。
次の瞬間――僕の身体から、ふわりとフェアが抜け出した。
と思いきや、そのまま僕の左腕にがっちりとしがみ付く。
ちょこん、と腕にぶら下がるフェアは、正直メッチャ愛らしい。
……そして、その様子を見た小恋路が、ほんの少しだけ頬をふくらませる。
「……翔太様~。三人を助けたいなら、フェアがぱぱっと片づけちゃいますけど、いいですかぁ?」
「ま、待て。できるのか?」と優斗兄さん。
「はい、簡単ですよ~。じゃあ、三人以外は消しちゃいますね」
フェアはにこっと笑った。
その笑顔が、逆に背筋を冷やした。
「ちょっと待った!! ステイステイ!!」
(やばすぎる。この子、無邪気な顔してメッチャ危ない……!!)
そう頭の中で、フェアの“取り扱い説明書”の注意事項を更新していたら――
「ワンワンワン、くーーん」
突然、そんな甘える声がフェアの口から零れ落ちた。
「…………」
何故いまここで、という、違和感ありまくりの意思表示。
僕の困惑なんてお構いなしに、フェアは僕の腕に頬をすりすりと押し付けてくる。
「……何それ? フェア、いまそういう冗談してる場合じゃないよね。空気読もうよ」
「……えっと~、でも、翔太様の深層記憶を一通り覗いてたら~、そういう仕草するもんだと~……」
くそっ。
小恋路と部屋でゲームしてたときなんかによくやる、二人だけの“お願いポーズ”だ。
ジュースを取ってきてほしい時とか、何か頼みたい時に使う、僕の必殺技。
(……二人だけの秘密の甘え方、バレた……)
ちなみに、小恋路はこのフェアの行動にピンときていないようだった。
「ああ、そうですか。はあ、心を抉られる告白ありがとう」
(……僕の数々の黒歴史、フェアにはフルメタルオープンってことか……はあ、恥ずか死にそう)
「まあ、それは今は置いておくとして――フェア。僕と共有してた視界、みんなにも見せることって出来たりする?」
「大丈夫でーす。じゃあ……その……フロントガラスっていう箇所に映像、転写しますねー」
直後、ダンジョンカートを運転する上で支障がない絶妙な位置のフロントガラスに、俯瞰した視点からの三人の“今この瞬間”の映像が映し出された。
(いやマジで、この子……性能、高杉君すぎる。とある猫型ロボットも真っ青だ)
優斗兄さんは映像を見るなり、両手の拳を振り上げ、ハンドルを叩いた。
「くそっ!! よりによって佐々木製薬の三男が関わっているのか。そこにきて悪い噂が絶えないA級探索者パーティー『紅蓮の炎』もつるんでるって――最悪だ!!」
つい怒りに任せて強くものに当たってしまったと反省したのか、優斗兄さんは小さく息を吐いてから続ける。
「すまん、俺ごときじゃ対処しきれん。ここはもう、ギルド幹部に報告すべきだ。幸い、このダンジョンカートには無線機能も付いてる。ただ、これから介入したとすると、まず間違いなく目をつけられるぞ。どうする?」
「……翔太、どうしよう?」
後部座席に座る僕は、ルームミラー越しに助手席の小恋路の顔を見詰める。
その目には、うっすら涙が浮かんでいた。
そんな深刻な空気をぶった切るように、なんとも呑気な声が車内を駆け抜ける。
「えっ、そんな難しいことですか~? フェアだったら、ちゃっちゃと終わらせますけど~……」
え、なにそれ、美味しいの、ってくらいの軽い口ぶり。
でもフェアのステータスを知ってしまった僕には、それが冗談じゃないと分かってしまう。
「ちなみにどうするの? 殺すの禁止の方向で」
いまだ僕の腕に頬をすりすりしているフェアに尋ねてみると――
「消すのが駄目だったら、全員、眠らせるのはどうですか~? 次は記憶をちょちょいと弄って、襲い掛かってきた雑魚は面倒だからダンジョンの外にポイって捨てて、三人が怪我してるんだったら治療して、はい、終了~。って感じです~」
とんでもなくあっさりとした口調。
まるで「これから公園に遊びに行ってきまーす」と両親に行き先を伝えて、ルンルン気分で出掛けていく子どものような無邪気さと、サイコパスが滲み出る言動に、思わず度肝を抜かれる。
「そんな簡単にできるもんなの?」
「えっへん。お茶の子さいさいです~」
ふんす、と胸を張って鼻息をたてるフェア。
「マジですか……そりゃあ凄い……で、どうする? 優斗兄さん?」
ポカーンとした表情でフェアを眺めていた優斗兄さんに、改めて問いかける。
「優斗兄さん、聞いてる?」
僕の声で、ようやく意識が戻ったようだ。優斗兄さんは小さく瞬きをして、ゆっくり頷いた。
「……ああ、済まない……そ、そうだな。その方法だったら、俺達三人が介入したと分からないな。済まないが、その方法で頼む」
「凄い、フェアちゃん。いや、師匠っていったほうがいいのかな? これが全部かたづいたらさ、わたしと一緒に訓練しよっか?」
「小恋路ちゃんは翔太様の第一夫人枠ですから、もちろんOKですよ~。じゃあ、ちゃっちゃと邪魔者……もとい不要物を処理しちゃいましょう~……あっ、そうだ。不要物も使いようによっては……そうだ、閃いちゃった!! 後々のことも考えると、あれをこうしてあーやっとけば、一石三鳥くらいの価値はあるかも~……そうなると~……」
(いったい何を思いついたんだか。ホント、何考えてるんだろう)
(また僕の想定の斜め上だったら、どう諫めたものやら)
「なに……フェア……どうしたの?」
恐る恐る聞いてみると。
「えへへ、わたし~、閃いちゃいました~!!」
そう陽気に話すフェアの天真爛漫な笑顔は、とっても可愛かった。
けど、同じくらい、とっても怖い笑みに見えた。
「えっ、何を――」
「どうせなら、翔太様の“初めての実地訓練”に最適だな~って……」
(……そんな、初めてのお使いみたいに言われても……こっちも困るんですけど)
「じゃあ、翔太様、まずは――」
(……はあ、憂鬱だ。これから、これが日常になるのかと思うとね)
迷宮の霧が、ざわりと揺れる。
僕の“初めての実地訓練”が、静かに始まろうとしていた。
◆◇◆◇◆◇
※上杉憲政視点
何がいけなかったんだろう。
サッパリわからない。
ただ、いまはそんな悠長なことを考えている暇はないはずだ。
目を見開け。集中しろ。精神を研ぎ澄ませ。
と自分自身を鼓舞する傍ら、どうしても視線は背後に向いてしまう。
そう、背後には守らなければいけない仲間がいる。
ひとりは、親友の武田新之助。
ひとりは、親友の京極マリア。
ここは、崩れた遺跡の外壁に囲まれた袋小路だ。
薄い霧に紛れて、外からは俺たちの姿も悲鳴もほとんど届かない。逃げ場はない。
新之助はここにいる奴らから寄って集っていびられ続け、ついには先に腰を折った。
多分、右腕は骨折しているはずだ。
頭頂部からも出血しているから、一刻も早く応急処置すべきなんだが、こいつら、この状況でケラケラ笑っていやがる。
血も涙もない奴らとは、こいつらのことに違いない。
マリアは、目を真っ赤に泣き腫らしながら、嗚咽を啜りつつ、ついさっき覚えたばかりの光魔法を行使し、がむしゃらに治療している。
俺たちの周りを取り囲んでいるのは、場違いなくらい練れた覇気をまとった五人の探索者と、補助指導員バッジをつけた佐々木の子分。
さらに、その後ろには、佐々木と取り巻き三人が悠々と高みの見物を決め込んでいる。
どう見積もっても、二人を逃がすことは困難な状況だ。
この状況を打破するには。
――いったいどうすればいい?
――どう行動すれば三人無事に切り抜けられる。
――誰でもいい、知恵をくれ。
そう懇願してしまうのも無理はない。
危機的状況下からの一発逆転劇なんて、そんな未来が待っているとは到底思えないからだ。
どうやらこの五人衆、佐々木家にとって裏の悪事を従事する探索者パーティらしい。 名を『紅蓮の炎』とか、ほざいていたな。
そして、こいつらの背後にコソコソ隠れ、高みの見物を決め込んでいるのが三人。
取り巻き男子二人と、高飛車女が一人だ。
「何と素晴らしい余興でしょう。さすがは私の愛するお方」
こいつ、頭がどうかしてるだろ。関わり合いにはなりたくない奴だ。
で、武器を構え、俺と正面から剣を向き合わせているのが、今回の首謀者。
――佐々木 勝正。
待ち伏せしていたかと思えば、いきなり集団で襲い掛かってきて、先に新之助が膝をついて倒れたら、一騎打ちだと称して、俺をいたぶり尽くす。
木造剣とはいえ、奴から攻撃を受ける度に、気力が削ぎ落されていく。
同時に、自分の身体じゃないと思えるほど、身体の動きも鈍くなっていく。
おそらくデバフ突き剣術を使えるようになったのだろう、その剣術を磨く為なのか、俺自身を実験対象者の扱いを受け、尚も時間を掛けて弄ばれている。
ここの空気は異常だ。そう思えるくらい狂気に満ちている。
もしかしたらだが、今日が俺の人生最後の日かもしれん。
それほどまでの絶望感。虚無感。失望感。挫折感。
これが、一気に俺の心に押し寄せる。
最悪のコンディションで、剣闘士まがいの闘争を強いられる中、強い負の感情に押しつぶされそうになるのを、唯々、ひたすら耐え忍ぶ。
何度も木造剣を撃ち合い、佐々木の隙をつこうとすれば、横から石が飛んでくる。
ここぞという瞬間、渾身のアーツ『風切り』を繰り出すが、佐々木が装備している重厚な魔法盾で簡単に防がれてしまう。
八方ふさがりだ。尻尾を巻いて逃げることすら不可能な状況。
唯一の希望が、『毘沙門天信仰』という信仰スキル。
「オン ベイシラ マンダヤ ソワカ」
と何度も唱え続けることで、「勝運(戦闘勝利の補正)」「厄除(状態異常耐性)」「反応速度の向上」「精神力強化」「魔力安定」の補助効果が得られる。
魔力消費は皆無なのが唯一の救いだ。ただ詠唱し続けるだけで補助効果が蓄積され続ける。効力が格段に大きく高まる節目は、三回、七回、二十一回、百八回で、詠唱回数が増え続けるのに合わせて、徐々に加護が強化されていく。
さりとて、もう何回、毘沙門天に祈りを捧げただろうか。
少なく見積もっても二十回以上は唱えている。
祈りが毘沙門天に届く前に、俺の気力が尽きる確率が、どんどん高くなっていく。
だが、諦めてなるものか。
何故、膝を屈しないかなんて、今更そんなこと、わかりきったことだ。
俺が倒れたら、周囲の獣たちに囲まれ、マリアの心は一生消えない傷を負う。
あの優しい、愛しい笑顔が二度と拝めないなど、許せるはずがない。
男なら好きな女を守るのが本望だ。何があろうと、絶対に守り切る。
「……オン ベイシラ マンダヤ ソワカ……オン ベイシラ マンダヤ ソワカ……オン ベイシラ マンダヤ ソワカ……」
「何をブツクサ言っている。そろそろ諦めて許しを請うたらどうだ。剣を捨てて土下座したら、お前だけは許してやってもいいんだがな」
「いらん!!」
「はっ、馬鹿め。往生際の悪い奴だ。さっさと頭を下げればいいものを」
容赦のない打撃が俺の身体に鞭を撃つ。
クソ痛い。奴の木造剣が胴にめり込む。苦痛で息をすることも辛い。
もう、何度、剣を叩きこまれたか。全身が痛い。
畜生、もう、足元もおぼつかなくなってきた。
そろそろ限界か……と諦めかけた、その時――
「もう……あたしを好きにしなさんな。
もう腹ぁ決め申したえ。ゆえに……これ以上、こないな惨い仕打ち、
どうか……やめておくれなんし……」
(いや、マリア……こんな危機的状況下で舞台演技口調はどうかと思うが……)
俺の背後で、マリアが諦め果てて、必死に懇願している。
不甲斐ない。余りにも不甲斐ない。
沸々と溢れ出す感情の高ぶりに為す術なく、ついには怒りが頂点に達した。
「勝手に諦めるな!! 俺は倒れん。絶対倒れんぞ。必ず活路をひらいてやる。俺を信じろ」
一世一代の虚栄心。心の底から叫んだ想いは、マリアの心に届いたのだろうか。
確認する術はなかったことで、また悔いがひとつ積み重なった。
「はっ、主人公気取りの捨て台詞か。お涙頂戴の場面だろうが、世間はそう甘くないことを説くと心に刻め」
避けられない。剣道で言うところの小手を食らう。
拳を強く握りしめ、決して木造の剣を離すものかと痛みに耐える。
「ぐわっ!……はー……はー……お前こそ、口が臭いぞ。黙ってろ」
「ははは、最後まで強がりを吐くか。まあいい。お前との闘い、中々楽しめたぞ。褒美としてお前の死体はダンジョンに捨て置くとしよう。精々、生きる屍となってこの地で彷徨え。さらばだ」
そう告げた佐々木は、明らかに狂気を帯びた目をしていた。
その瞳は、赤い光をたたえていた。
佐々木は姿勢を正し、上段から構えると、勢いよく最後の刃を振り下ろす。
「……やめてーーーー!」
マリアの絶叫が耳に届く。
周りの
――ああ、俺の頭に剣筋が向いている。
――時間がゆっくり流れている。
――ああ、そうか。ついに残された余命も尽きてしまうのか……。
結局、マリアに告白する前に、あの世に旅立つのか。
すまない。マリア――嘘つきな俺で……
刹那。
脳天に直撃するはずだった最後の一撃は、あろうことか、黒い砂になって俺に降りかかった。
はっ……な、何が起こった。
これは、一体、どういうことだ。
もしや、これが毘沙門天の奇跡だというのか?
佐々木が強く振り下ろしたはずの木造剣が、一瞬にして黒い流砂の雨となり、辺り一面に扇状に飛び散っていく。
佐々木も、周りを囲う奴らも、誰もがみんな、驚愕の表情を浮かべている。
「警戒しろ。誰か隠れているぞ! 例の妖精かもしれん。 気を抜くな」
(……妖精。なんだそれは)
即席の決闘リングを維持していた五人の『紅蓮の炎』メンバーは、邪魔者が現れたのではと、いち早く辺りを警戒する陣形を布く。
が、その五人は、腹に何かがぶつかったような挙動をみせると――
――これは、夢か。信じられん。
消えた。五人とも。瞬き一つの間に。
「きゃーーーー!」
高飛車女が悲鳴をあげる。
俺の目の前で狼狽えまくる佐々木は、左を向き、右を向き、後ろを振り返り、また前に振り返るという、明らかに挙動不審な動きを晒している。
「誰だ……どこにいる! 出てこい!……今すぐ出てこい! 出てこないとこいつらがどうなるのか、わかっているのかあ!!」
佐々木の大声に答えを突き返すかのように、それ以外の連中も……消えた。
そして――佐々木が腕で強く首を押さえ、いきなり苦しみだす。
「ぐわっ……く……くるし……た……たすけ……」
散々いたぶった相手に助けの手を求めるとは、何とも気の利いた皮肉。
俺はその手を振りほどく。
佐々木は口から泡を吹き、地面にバタンと倒れ込む。
終わった……のか?
後ろを振り向くと、何故かマリアも倒れていた。
焦ってマリアの元に近づき脈をとると、よかった。脈はある。
ホッとひと息ついたところで、頭をガツンと殴られたような、意識を保てなくなるほどの強い眠気が、一気に俺のボロボロの身体に重くのし掛かってきた。
……意識が……誰か、マリア達を助けて……く……
◆◇◆◇◆◇
ダンジョンカートで襲撃現場に向かっている道中。
驚いた。現場で救出活動していると思ったら、突然、目の前に妖精が出現。
そして、妖精はこう言い放つ。
「そして……この現場から誰も居なくなったのでした。おっしまい!!」
ニッコリと満面の笑みを浮かべる無邪気なフェアさん。
(……いや、怖すぎるって)
「翔太様、只今戻りました~。きっちり仕事してきましたよ~。褒めてくださーい!」
今後、何が起ころうとも、絶対フェアを怒らせることはしないと、心に誓う僕でした。
応援よろしくお願いします!
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「続きが気になる、読みたい!」
「この後一体どうなるのっ……!?」
と思ったら
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