後日談1 額へのキスを、もう一度
離婚危機から数ヶ月後。
晴夏は、湊と顔を合わせるたびに「旦那様大好き」と囁き続けていた。
(信じてもらえるまで、ずっと言うって宣言したけど……。旦那様の負担になってないかな)
(でも、少しだけ目が優しくなった気がする)
そして今朝も。
「旦那様っ、おはようございます。大好きです」
身支度を終えたばかりの湊に駆け寄り、背伸びをして伝える。
ぴたりと、彼の動きが止まった。
「ああ、おはよう。晴夏」
短く返してから、わずかに眉を寄せる。
「……そろそろ、その呼び方はやめないか」
「え……?」
晴夏はきょとんと目を瞬かせたあと、少し考えてから首を傾げる。
「でも、旦那様は……。キラキラしてて、素敵で」
視線を落とし、両手を握り締めた。
「様付け、したくなっちゃいます」
困ったように笑うその顔に、湊は言葉を失った。
湊はしばらく黙り込んだあと、小さく息を吐いて、片手で額を押さえる。
「……はぁ。そういう問題じゃない。名前で呼べ」
「みなと、様?……あ」
思わず口を両手で覆う晴夏に、彼は少し呆れたような目を向けた。
「様はいらない」
「湊、さん」
視線を逸らす晴夏の手を取り、ベッドに座らせると目線を合わせて口を開いた。
「湊。…湊で良い」
晴夏の耳が赤く染まる。
「み、湊っ」
湊の喉が鳴った。
「……もう一回だ」
「あっ……、みなとっ」
目を閉じて彼の名を呼んだ晴夏の額に…一瞬、柔らかい感触が重なった。
「っ。…旦那様。今の、何…?」
目を潤ませて額を抑えながら真っ赤な顔で震える彼女を見て、湊は少し後悔していた。
「…そんな顔が見られるなら、もっと早くしておけば良かったな」
「キ、キス……」
理解して羞恥に震える晴夏を見て、湊の口元がわずかに歪む。だが彼の目には今までとは違う、甘い熱が僅かに混じっていた。
「……なんで」
指先が、彼の服を掴む。
「麻衣さんのこと……。好きなんじゃ、なかったんですか」
湊を見上げる、彼女の瞳は揺れていた。
「私がわがままを言ったから、子ども達のためにも側にいてくれてるだけじゃ……」
「確かに、麻衣のことは本気で好きだった」
湊は視線を逸らさずに言う。
「……過去の話だ」
「今は違う」
「今、見てるのは晴夏だ」
「……っ」
息を呑んでから、震える声で。
「旦那様……じゃなくて」
一度言い直して、
「……湊」
それだけで、精一杯で。それでも視線を逸らさずに、彼女は問いかける。
「抱きしめても、いいですか……?」




