30話 あなたは私の、神様でした
黒川の吉報から2ヶ月経ち、晴夏は29歳になった。
職場の休憩室でお昼休憩中に、あやちゃんがこちらに向かって歩いてきた。
「ハルちゃん、お疲れ様。これ、美澄さんからのUSB。中を見てあげて」
「あやちゃん?私、もう結婚してるし。そもそも、患者さんからのそういうのは1年目から全部断ってるよ?」
「鼻カニューレを外して、頑張って撮ってたんだよ?もう、あの人は長くないから。……お願いします」
(あやちゃん、今までで見たことのないくらい真剣な表情をしてる……)
晴夏がUSBをスマホに挿すと、動画と絵が入っていた。動画を再生してみると、そこには。
雪の結晶のように、触れれば溶けてしまいそうなくらい儚げな、美しい美澄が映っていた。
『晴夏先輩、お久しぶりです。美澄です。
花村先輩から聞きました。小4の時に、もう一度おはようと言ってもらいたい一心で同級生の笑顔をコピーしたら、本当に嬉しい表情がわからなくなった事。高校に入る頃には笑顔で思わせぶりと誤解され、嘲笑されて辛かった事。 高2の秋に誰もいない公園で、もう誰も好きにならないと泣いた事。
私は、先輩のどんな表情も好きでしたよ。
実は入学式で、私の新入生代表スピーチの時に、眠そうな顔の晴夏先輩が、聞いてくれている間に目をキラキラとさせて微笑んでくださった時から、お話してみたいと思っていたんですよ?これ、卒業式で先輩にお花を渡した時に一瞬だけ見せてくれた、照れ笑いのスケッチです。
どうか、ご自分を責めるのはやめてください。先輩に対しての心残りは、ただそれだけです』
「なんで……?なんでこの人は、こんなに綺麗なの……?」
晴夏の目から涙が溢れ出した。止めようと瞼を擦っても、止まらない。
添付されていた絵を見ると、微笑みながらかすみそうの花束を持った晴夏の姿のスケッチがあった。
(これ。告白じゃなくて良かったと安心した時の顔だ)
(こんなに醜い表情まで、好きでいてくれたと言うの……?)
「美澄さん……っ」
あやちゃんは、晴夏の背中をとんとんしながら語りかける。
「ハルちゃん、もう、自分の笑顔を嫌いでいるのは止めよう?美澄さんに、お返事しよう?」
「うん……」
すると、副看護師長が椅子から立ち上がり。ドアの前まで歩いていき、2人の方へドヤ顔をしながら親指を立てた。
「花村さん、谷村さん。人払いは、任せなさい」
「副看護師長。ありがとうございますっ!」
あやちゃんがお礼を言うと、新卒看護師の真央ちゃんが歩いてきた。
「私で良かったら、撮りますよ?先輩っ」
「真央ちゃん?」
「私、先輩方が大好きなので!」
「ありがとう……」
晴夏は、涙を拭いて。真っ赤な目をしながら微笑んだ。
『美澄さん、あなたの心の美しさに震えました。
私の浅ましさを全部知ってて。それでもどんな表情も肯定してくれるなんて…
私の笑顔が壊してきた人たちの傷を、あなたの心が全部受け止めてくれたんですね。あなたの心が、氷細工よりずっとずっと綺麗で…眩しすぎて、まともに見られません。
告白された時に嘘をついて断ってごめんなさい。同僚15人からの告白は嘘です。本当は6人だったの。清らかすぎるあなたを穢すのが怖かったから。
私には神様が2人いるの。
1人は、私の人生に光を示してくれた導きの神様。
美澄さん、あなたです。
あの時もらった2つの消しゴム、まだ持ってるのよ?1つは看護大学受験と看護師国試に使って。もう1つは出産の時にお守りとして手に持っていたの。
もう1人の贖罪の神様は、私の夫です。あなたみたいな素敵な人を傷つけた罪に、罰を与えてくれるのよ。でもね、彼の作るご飯の味は亡くなった母と同じなの。
私、高2の秋から生理的な涙しか出なくなっていたの。ちゃんと泣けるようにしてくれてありがとう。
美澄耀さん。あなたは、私の神様でした。
どうか、どうか。安らかに……』
晴夏は涙が流れるまま、動画を撮り終えた。
その時。ナースコールの音が聞こえた。
「もしかしたら、美澄さんの病室からかもしれない!?」
「いや……いやっ」
晴夏はガタガタと震え出した。
(美澄さんを、連れて行かないでっ……)
「真央ちゃん、陸上部で全国行ったって言ってたよね!?届けてください!!」
「分かりました!必ず!!」
真央ちゃんは、あやちゃんの声を聞くとすぐにUSBを持って走り出した。




