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29話 黒川の吉報


 次男の出産から、あっという間に月日は過ぎた。


 湊は29歳、晴夏は28歳の7月。


 もう、結婚してから5年目になった。悠翔は4歳、次男の海斗は2歳だ。退勤後は保育園にお迎えに行き、夕食を食べさせてお風呂に入れる。走り回る子ども達に歯磨きをさせて、寝かしつける。


 慌しい日々だが、身体を動かしていれば余計な事を考えずに済む。


 晴夏はその毎日を、ありがたく思っていた。



 子ども達を寝かしつけた後、見守りカメラを時折確認しながらリビングのソファーに座って湊を待っていると、鍵を開ける音が聞こえた。


「おかえりなさい。旦那様」

「晴夏、まだ起きてたのか?明日も仕事だろう。寝不足でふらふらしている看護師が担当だと、患者も不安になる。早く寝ろ」

「はい。すみません、旦那様」


(旦那様のお顔が見たくて、わがままに振る舞ってしまいました……)


 湊は手術を任される事が増え、帰りが遅くなることも増えていた。小児外科の専門医を目指しているらしい。


 晴夏が寝室に行き、子ども達の寝顔を眺めていると、シャワーを済ませた湊が入ってきた。


「晴夏。先程、黒川の親父さんからの連絡に気がついたんだが……。黒川はアメリカで、現地女性と結婚したらしい。相手はM&Aを主に取り扱う企業で働く、4歳年上のCFOだ」

「えっ。黒川先輩が?」

「ああ。戦前に日本人に助けられたユダヤ系の先祖がいるから、偏見も少なかったそうだ」


(黒川先輩……。良かった。私の笑顔で先輩の将来の夢まで壊してしまったけど、立ち直れたんですね……)


 湊からスマホの画面を見せられた。

そこには凛々しい表情の黒川と、隣で強気に微笑む艶やかな赤い髪の美女が、寄り添うように写っていた。


「先輩、幸せそう。良かった……」


 晴夏はいつのまにか、亡き母や次男のように。無防備で純粋な表情で笑っていた。


(こいつ、高校の時に黒川に見せたのと同じ顔をしている!?)

(まさか。まだ、黒川の事を……)


「晴夏。黒川とレベッカは、相思相愛だ。お前の付け入る隙など無いぞ?」

「旦那様?」

「……なんでもない。先に寝る」


(旦那様を、悲しませちゃった?……私、また何かしてしまったの?)


 湊の背中を眺めていると、胸が苦しくなった。なのに、涙ひとつこぼれない。


(……旦那様を幸せにしたいのに。どうしたらいいのかわからない)



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