27話 凍てつく父の微笑み
長男の出産から、月日はあっという間に過ぎた。我が子はあっという間に大きくなり、歩けるようになった。
「まあーまっ!」
病院を出て保育園に向かうと、晴夏を見つけた悠翔が目を輝かせて、よちよち歩きで突撃してくる。晴夏は笑いながら、その体を抱きしめた。
「お待たせ、ゆうちゃん。いっしょに帰ろう?」
「あー!」
小さな腕が首に回って、あたたかい。
幸せは、思っていたより静かで。そして、脆い。
寝る前にいっしょに絵本を読んでいると、湊が帰ってきた。
「ぱぱー!ぱーぱーぱっ」
「おう、ただいま悠翔」
「今日は早いですね〜。良かったね、ゆうちゃん」
「おー!」
悠翔が両手を振り回して喜びを表現しているのを見て、2人して苦笑した。
「子どもの成長は早いですね。あっという間に赤ちゃんじゃなくなっちゃいました」
「ああ、そうだな」
湊は絵本の表紙をチラリと見た。
「……離乳食も、もうじき終わりだしな」
「はい。幼児食について、ハウスキーパーさんと相談しますね」
少しの間を置いて、彼がぽつりと続ける。
「そろそろ……。2人目を作るぞ」
「はい。旦那様」
晴夏は凪のように微笑んだ。
息子を見る時の目とは別人のように、彼女を見る湊の目はまだ、凍てついている。契約書の内容が頭を掠めるが、あの頃想像していたよりも、今は居心地が良くて。彼女は祈るような気持ちでいた。
(これからも、この平穏が続きますように)
(ゆうちゃんも、これから来てくれるかもしれない子も。幸せでありますように)
朝の光がカーテンの隙間から差し込み、部屋を淡い金色に染めていた。
「まーま!まままー!」
ベビーベッドから身を乗り出す悠翔が、満面の笑みで手を伸ばす。晴夏は花のように微笑み、愛しい我が子を抱き上げて頬にキスを落とした。
「おはよう、ゆうちゃん。今日も元気ね」
廊下の向こうから聞こえた、小さな足音。
湊が顔を出した瞬間、悠翔は両手を振り回して降りたいとアピールをすると、彼に向かって高速ハイハイで突撃していく。
「ぱぱー!」
「おっ、朝からやる気満々だな。おはよう悠翔」
湊の腕の中で笑う息子と、その姿を見つめる晴夏。穏やかで、確かに家族と呼べる光景だった。




