21話 「旦那様、ママみたい」
新居の鍵を開けると、湊は晴夏に中に入るように促した。広いリビングを見回しながら、晴夏は思わず口を小さく開けていた。
(なんだか海外ドラマに出てきそうで落ち着かない…)
「ここは実家の不動産投資用マンションの一つだ。家賃は家族価格。キッチンの食材は自由に使ってもいいが、出勤日は病院で済ませるから、基本的に食事の準備は不要だ。ハウスキーパーは週3回。掃除や洗濯、食材購入と下拵えまで」
湊は淡々と部屋を案内していった。
「寝室に入って良いのは俺達だけだがな。お前用のクローゼットはここにスペースを空けてある。通勤服と私服を収めろ」
「えっ、こんなに……?私の服、そんなに無いですけど」
「これから増えるんだよ。昨日頼んだ分も届くしな」
晴夏はキャリーを開けると、自分の服をハンガーに掛けていった。
(それ、顔合わせの時の遺品ワンピースか)
晴夏はミモレ丈のワンピースの裾を軽く整えて、クローゼットに掛けた。
(ママ、見守っていてね)
新しい家の空気に、少しだけ懐かしい香りが混ざった気がした。
「明日から俺達は出勤日だな。パートに変わる時の書類の控え、貰っておけよ」
湊はキッチンで照り焼きチキンの皿を手渡しながら晴夏に呟いた。
「旦那様、料理人みたい…」
「大学からは一人暮らしだったしな」
(俺を憎んでいるだろう相手の飯を食べるのはリスクだからな)
「それ、運び終わったら箸と茶を持って行ってくれ。俺は米をよそう」
「分かりました」
「……いや、やっぱり俺がやる。お前は座っていろ」
晴夏は目を瞬かせた。
「いただきますっ」
晴夏は食べ始めるとまた幼なげな表情になっていた。
(今朝の幼稚園児みたいな顔に戻ったな)
「旦那様、とっても美味しいです。もし嫌じゃなかったら、今度の誕生日のお祝いにまた作ってください」
湊はピタリと静止した。
(これは…社交辞令か?まさか、俺に懐いているんじゃないだろうな!?)
「誕生日はいつだ?」
「8月10日です。旦那様は?」
「12月10日だ」
「スマホのカレンダーに入れちゃいますね」
「……今回はまあ良いが、食事中には触るな」
「はい。ごめんなさい」
晴夏は今にも歌い出しそうな表情で食事を再開した。
(本当に何を考えているのか分からないな)
湊より先に食事を終えた晴夏は伏し目がちになり、ポツリと呟いた。
「旦那様、ママみたい。ありがとう」
「……!?」
湊の氷の目は一瞬見開かれた。
「俺はお前の母親じゃないぞ」
「はい。…でも、嬉しくて」
(ママの料理本を使っても、同じ味にはならなかった。なのに、どうして旦那様のごはんは懐かしい味なんだろう……)
晴夏が母との思い出にしんみりしている間、湊は内心頭を抱えていた。
「誕生日は楽しみにしておけ。作ってやる」
「ありがとうございます!」
輝く笑顔でお礼を言う晴夏を見た湊は、食事を続けながら混乱していた。
(あれは対人用の笑顔だ)
(どういう意味なんだ?)
(…俺を惑わせようとしているんだな。やはり、お前はエリートキラーか)




