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第四話:世間は空腹に満ちている。

「……専属パートナー、ですか?」

 俺の言葉に、カグヤさんは期待に瞳を輝かせてコクコクと頷いた。日本最強の探索者が、捨てられた子犬のような上目遣いで俺を見上げてくる。


 普通なら、ここは二つ返事で頷くだろう。報酬は言い値で、何よりこの愛らしい女性と常に一緒に行動できるのだから。

 だが、俺の頭に浮かんだのは、昨日の配信のコメント欄だった。


『助けて!』『救援をはやく!』あの絶望の淵にいた人たちの悲痛な叫び。


「……光栄ですが、お断りします」

「えっ……?」

 カグヤさんが、雷に打たれたような顔で固まった。


「俺は、カグヤさんだけでなく、今この瞬間もダンジョンのどこかで助けを求めている人たちの助けになりたいんです。特定の誰かだけの『運び屋』になったら、届かなくなる声があると思うから」

 俺の答えにカグヤさんは呆然とし、やがて顔を真っ赤にして俯いた。


「……そ、そうよね。自分のことしか考えていなかった。私ったら、恥ずかしいわ……っ」

「いえ、そんなことはないです! あ、でも、カグヤさんは俺の記念すべき『会員第一号』のお客様です。いつでも最優先で対応しますから!」


「……お客様……か。でも、一(・)番(・)……?!」

 ガッカリした顔をしたと思ったら、すぐにパァッと顔を明るくして嬉しそうに微笑んだ。コロコロと表情が変わる、見ていて飽きない女の子だ。


◆◆◆


 一週間後。

 俺のスマホの通知音は、もはや一つの楽器のように絶え間なく鳴り続けていた。

 新しく立ち上げた専用アプリ『ダンジョン・イーツ』。その管理画面には、リアルタイムでダンジョン内の「注文」がマッピングされている。


『第20階層:オーク集団に囲まれて長期戦の様相です。3日分のダンジョン糧食と、熱々のホットドッグを5人分お願いします!』


『第25階層:罠を踏んで脚を骨折しました。自力下山不可能です。大至急、地上への搬送をお願いします!』


『第15階層:デート中です。彼女がダンジョン内のお花畑で、マカロンが食べたいって言い出しました。助けてください』

 ……最後のは後回しでいいな、いや無視するか?


 俺はデリバリー・ランサーのハンドルを握り、サドルに跨る。

 この一週間、不眠不休で配達と配信を繰り返した結果、莫大な【感謝ポイント】が貯まり、俺の固有スキルは一気に二つもレベルアップしていた。


 レベル3の特典として、デリバリー・ランサーの前カゴが巨大化。さらに、ボロボロだったバックパックが真四角のスタイリッシュな『専用デリバリーバッグ』へと進化した。

 大きくなった前カゴにバッグがすっぽり収まるため、俺はもう重い荷物を背負う必要がない。しかもこのバッグは収容能力が飛躍的にアップした上、【絶対配送】のスキルとリンクしている。

 目的地に着いてバッグを開けると、そのお客様に渡す商品が「自動的に一番上に取り出しやすい状態」になって現れるという超便利仕様だ。


 そして、レベル4の特典。

「お待たせしました! 後部座席が導入されました!」と脳内アナウンスが鳴り響き、ママチャリの後ろに現れたのは――街中でよく見かける、お母さんたちが幼児を乗せて走っている「あの幼児用シート(ヘッドレスト付き)」だった。


 見た目は絶望的だが、どんな体格のお客様でも自動的にサイズが調整され、高性能クッションにより悪路でもお尻へのダメージを極限まで軽減してくれるという、優れものの座席だ。


「さて、今日のルートは……第20階層から第25階層を経由して、深層一歩手前までの一筆書きだな。――お届け、行ってきます!」

 スキル【絶対配送】を発動した瞬間、デリバリー・ランサーが青い光を帯びる。



 第20階層。

「お待たせしました! 3日分の携帯食料と、揚げたてホットドッグです!」

「うおおお、マジで来た! この階層、魔物の湧きが激しくて食料調達できなかったんだ、助かる!」


▶売上:19,300円(中層手数料 4,800円 + 商品代14,500円)

 俺が前カゴのバッグを開けると、自動整理機能により、大量の荷物の中からホットドッグと糧食だけが一番上にせり上がってきており、スムーズに受け渡しが完了した。

 続いて第25階層。


「ダンジョン・イーツです! 搬送依頼のお客様ですね!」


「た、助かった~! 頼む、脚が折れて動けねえんだ……って、俺、そのママチャリの『幼児用シート』に乗るのか!?」

 体重100キロはありそうな筋骨隆々の重戦士が、ママチャリの後部座席を見て顔を引きつらせる。


「ええ、大丈夫です。座席に手を触れてみてください。」

 半信半疑の重戦士が後部座席に手を触れると、シートがギュイィンと形を変え、彼の巨体に適したサイズに変形する。

 固定した足をかばいつつ、なんとか幼児用シートにまたがる。


「な、なんだこれ!? 謎のホールド感……! まるで高級ソファに包まれてるみたいだぞ!?」

「舌噛まないように気をつけてくださいね! 行きます!」

 俺はペダルを全力で踏み込む。ゴツゴツとした岩場を爆走しても、高性能クッションのおかげで重戦士は「おおお、全然お尻が痛くねええ!」と感動の声を上げていた。

 俺は彼を地上ゲートの救護テント前まで一瞬で送り届ける。


▶売上:57,300円(中層手数料 4,800円 + 特急料金 2,500円 + 依頼人搬送サービス・25階層分 50,000円)

 一カ所届けるごとに、俺の銀行口座に配送料金が振り込まれ、同時にアプリの「レビュー」が更新されていく。


『星5:ボス戦の合間に熱々のホットドッグが食えるなんて信じられない』

『星5:幼児用シートに乗せられた時は絶望したが、乗り心地は天国だった。痛みが全くない。神』


 自転車につけたカメラの映像は常にD-Tubeで生配信されており、視聴者数は昼間にも関わらず5万人を超えている。

『あの幼児用シート、大男がすっぽり収まってて草』

『シュールすぎるwww』

『でも搬送1階層2000円って、命助かるなら破格だよな』


 そんな中。俺は再びダンジョンへ潜り、一台の豪華な装甲車の前でブレーキをかけた。第49階層のセーフエリア。

 待っていたのは、煌びやかな鎧に身を包んだ、いかにも「エリート」な探索者たちだ。

 そいつらは俺が到着するやいなや、品物を受け取る前に高圧的に話しかけてきた。


「おい、お前が乗ってるそのママチャリが噂のデリバリー・ランサーか?」

 リーダー格の男が、鼻で笑いながら俺を見た。その胸には、国内最大手ギルド『聖域』のエンブレムが輝いている。


「はい、そうですよー。ご注文の『高級ポーションセット』と『特上焼肉弁当』五人前です。代金は……」


「金ならいくらでも払ってやる。だがな、一つ条件がある。お前、そのママチャリをうちに寄越せ。ポーターの分際でバズりやがって、目障りなんだよ」

 背後で、男の仲間たちがニヤニヤと武器を弄んでいる。どうやら、急にバズった俺の存在が気に食わないらしい。


 だが、俺は冷静にスマホの画面をタップした。

「……規約違反ですね」

「あ?」


「利用規約第15条:配達員に対する暴言、脅迫、及び業務妨害があった場合、該当アカウントは永久凍結、および当該ギルドを『ブラックリスト』に登録します」

 俺がボタンを押すと、男たちのスマホに一斉に通知が飛んだ。


『お客様は、当サービスの利用を制限されました』


「な……っ!? ふざけるな! 俺たちを誰だと思ってる、最大手ギルドの――」

「申し訳ありませんが、次の配達があるので。あ、商品はキャンセル料として100%いただきますね。それでは失礼します!」


▶売上:167,000円(深層手数料 12,000円 + 危険手当 5,000円 + 商品代 150,000円 ※規約により100%回収)

 激昂して掴みかかろうとする男の手を、デリバリー・ランサーは「ふわり」とすり抜ける。そのまま垂直の壁を走り出し、俺は呆然とする彼らを見下ろしながら加速した。

 配信画面は爆笑のコメントで埋め尽くされる。


『ざまぁwww』

『レンさんを怒らせたら、もうダンジョンで飯と物資は届かないと思え』

『初ブラックリスト入りおめでとうございます!』



「さあ、次は……カグヤさんからの注文か。極層に近い第60階層に『銀座 瑞月のイチゴ大福』……相変わらず無茶な注文だけど」

 あの大行列ができる名店のイチゴ大福。普通なら手に入らないが、俺には特別なルートがある。

 それに、会員第一号の特別なお客様の期待を裏切るわけにはいかない。


「速攻で届けてやるか!」

 俺は青い光の軌跡を残し、さらに深い闇へとママチャリのペダルを踏み込んだ。

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