第三話:本日開業、ダンジョン・イーツ!
翌朝。
四畳半のアパートで目を覚ました俺は、スマホの画面に表示された自分のステータスとにらめっこをしていた。
【天野 蓮】
・固有スキル:【絶対配送】 Lv.2(NEXT:感謝ポイント 5,000pt)
・解放済み装備:
▶Lv.1[デリバリーバッグ](容量拡張・重量軽減・時間遅延/保温保冷)
▶Lv.2[専用騎獣:デリバリー・ランサー(ママチャリ)](絶対走破・超高速走行)
「……夢じゃ、なかったんだな」
スキルレベルが上がらないハズレ能力だと言われ続け、昨日パーティをクビになった。
だが、この【絶対配送】のレベルアップ条件は「経験値」や「配達荷物の量」ではなかったのだ。配達を完了し、心からの『感謝』を得ること。
「それにしても、次のレベルまで5,000ポイントか……。一人の感謝って、いったい何ポイントなんだ?」
昨日はカグヤさんからの「ありがとう」の言葉で一気にレベル2に上がったが、いくらなんでも一人分の感謝だけでそんなにポイントが貯まるとは思えない。
疑問に思いながら、俺は『D-Tube』のアプリを開き、昨日のカグヤさんの配信アーカイブを再生してみた。
動画の再生回数は、一晩で数百万回を優に超えている。
俺がママチャリで登場し、彼女にコロッケを渡した瞬間のコメント欄を見て、俺はハッとした。
『カグヤちゃんを助けてくれてありがとう!』
『名もなき配達員、マジで命の恩人だ』
『このタイミングの温かいご飯は泣く。配達員に圧倒的感謝……!』
『ありがとうダンジョン・イーツ!』
「……もしかして」
俺が救ったのはカグヤさん一人だ。だが、画面の向こうには、彼女の生還を痛切に願い、固唾を飲んで見守っていた50万人の視聴者がいた。
彼らからの『カグヤを救ってくれてありがとう』という莫大な感謝の念も、配信を通じて俺のスキルに流れ込んでいたのではないか?
「配信……そうか。配信しながら配達すれば、めちゃくちゃ効率よく感謝ポイントが稼げるんじゃないか!?」
俺はベッドから跳ね起きると、すぐさま自分のパソコンを開き、『ダンジョン・イーツ』の配信用チャンネルを開設した。動画はまだ一本も投稿していないが、俺のアカウントは特定班によってすでに見つけ出されていたらしく、登録者数は瞬く間に30万人を突破していった。
そして、DMの通知が滝のように鳴り止まない。
【依頼】深層50階層で武器が壊れました。予備の剣を届けてください。報酬10万円
【依頼】A級パーティ『炎帝』です。ボス戦中にスタミナポーションが切れそう。至急10本頼む
【取材依頼】週刊ダンジョンです。独占インタビューをお願いできませんか?
【企業案件】弊社のスポーツドリンクを配達中に飲んでみませんか?
目が回るような依頼の山。
昨日まで底辺の荷物持ちだった俺が、一夜にして時の人になっていた。
「これなら……」
これだけ俺の配達を求めている人がいる。彼らの窮地に駆けつけ、配信を通じてより多くの『感謝』を集めれば、俺のスキルはさらに進化する。魔物を倒せなくても、俺はこの世界で堂々と生きていける。
「よし、やるか!」
俺は迷いを振り切り、パソコンに向かって正式な「開業届」の作成を始めた。
【屋号】ダンジョン・イーツ(Dungeon Eats)
【代表】天野 蓮
【業務内容】ダンジョン内における食料、物資の緊急配送、及び要救助者の搬送。
【営業時間】24時間対応(寝てる時以外)
【料金】階層別基本料金+危険手当+商品実費(初回割引あり)
キーボードを叩き終えた、まさにその時。
ピンポーン、とアパートのチャイムが鳴った。
こんな朝早くに誰だ? マスコミか?
警戒しながらドアを開けると、そこには思いがけない人物が立っていた。
目深にかぶった帽子とマスク、サングラスで変装しているが、その隙間から覗く美しい銀色の髪は間違いない。
「……カグヤさん?」
「あ、えっと……お、おはようございます」
昨日の『氷姫』カグヤだ。
彼女は周囲を気にしながら部屋に入ると、抱えていた大きな紙袋を俺に差し出した。
「昨日は、本当にありがとうございました。これ、お礼と……昨日の代金です」
袋の中には、高級そうな菓子折りと、分厚い封筒が入っていた。封筒の中身は帯付きの札束だった。コロッケ代の2万2千円どころの騒ぎじゃない。
「いや、こんな大金貰えませんよ! 俺は請求額の二万二千円さえもらえれば十分ですから」
俺が封筒を押し返そうとすると、カグヤは少しだけ頬を膨らませ、上目遣いで俺を見つめてきた。
「……レンさん、そんなこと言わないでください」
「え?」
「日本最強の探索者なんて呼ばれてますけど、あの時、私の命は確実に尽きかけてました。もし……もしレンさんが来てくれなかったらって思うと、今でも足が震えます」
カグヤはサングラスを外し、潤んだ瞳を俺に向けた。その顔は、耳の先まで真っ赤に染まっている。
「だから、あのコロッケは……私にとって、何百億積んでも安いぐらいの価値があったんです。それに……私の命の値段が、たった二万二千円ぽっちだなんて、あんまりじゃないですか……?」
少しだけすねたような、でも心底からの感謝が滲み出たその声に、俺は思わずドギマギしてしまった。
常に塩対応と噂される『氷姫』の面影はどこにもない。そこには、命を救ってくれた相手へ不器用ながらも誠意を見せる、一人の少女の姿があった。
「……わかりました。有り難くいただきます」
「はいっ! ……こ、米俵みたいに担がれたのは、ちょっと……いや、かなり恥ずかしかったですけどっ」
ジト目で睨みつけられ、俺は苦笑して頭を掻いた。
するとカグヤはコホンと小さく咳払いをして姿勢を正し、意を決したように俺の目を見つめた。
「レンさん。今日ここに来たのは、もう一つ……あなたにお願いがあったからです」
「お願い?」
「はい。……あの」
カグヤは胸の前で両手をギュッと握りしめ、少し頬を染めながら、慎ましく言った。
「もしよかったら、私の『専属パートナー』として……契約していただけませんか? 私には……あなたの力が、どうしても必要なんです」
え?
◆◆◆
一方その頃。
ダンジョン管理協会の酒場では、『雷刃』のリーダー、ガイルが空になったジョッキをテーブルに叩きつけていた。
「クソッ! なんであいつが! なんであの無能のレンがバズってんだよ!」
酒場の大型モニターには、レンの活躍を伝えるニュースが流れている。
周囲の探索者たちも、「あの運び屋すげえな」「雷刃って見る目ねえよな、あんな逸材を追放するとか」とヒソヒソ噂しているのが嫌でも耳に入ってきた。
「おいガイル、どうすんだよ。俺たちのチャンネル、登録者減りまくってるぞ」
「うるせえ! たまたまだ! あんなの、ただのまぐれに決まってる!」
ガイルは血走った目で画面の中のレンを睨みつけた。
「調子に乗るなよ、ゴミ運び屋が……。お前の化けの皮、俺が絶対剥がしてやる」
レンの知らぬところで、嫉妬と悪意の炎が燃え上がろうとしていた。




