第ニ話:S級美少女探索者、お持ち帰りします。
「た、ただのママチャリじゃないよな……?」
恐る恐るサドルに跨った瞬間――俺の脳内に、この新しい相棒の『仕様』が直接流れ込んできた。
どんな悪路や泥濘、急斜面でも平地のように走破できる【絶対走破】と【超高速走行】。
さらに、前カゴに入れた荷物もリュック同様に俺のスキルの対象となり、「時間経過の遅延」と「重量軽減」が付与されるらしい。
それだけではない。今後さらにレベルが上がれば、荷台の追加、高性能ブレーキなど、数々の『オプション品』が解放されていくというワクワクするようなビジョンまで見えた。
「なるほど、悪くない。こいつ……いや俺の新しい相棒の名前は『デリバリー・ランサー』だ」
俺が一人で納得していると、足元から声が聞こえた。
「……あの、それで……あなたは?」
モグモグ。
涙でぐしゃぐしゃになった顔を拭いながらも、コロッケを食べるのをやめられないカグヤさんが不思議そうにこちらを見上げていた。
周囲では、コロッケの暴力的な匂いに興奮したミノタウロスたちが、今にも結界を破って襲いかかろうと唸り声を上げている。
「あ、申し遅れました。『ダンジョン・イーツ』配達員の天野レンです」
「ダンジョン……イーツ?」
カグヤが首を傾げる。無理もない。今さっき俺が勝手に作った屋号だ。
俺は素早く周囲を確認する。魔物たちはじきに痺れを切らして襲ってくるだろう。
「カグヤさん、お食事中申し訳ないんですが、ここから移動しましょう。まだ動けませんか?」
「……ごめんなさい。もう魔力が空っぽで……足に力が入らないの」
「なるほど。自力歩行困難……と」
俺はデリバリー・ランサーに荷台がないことを確認し、頷いた。
「では、追加オプションで『依頼人搬送サービス』をご利用になりますか? 地上まで安全にお届けします」
「え? わ、私を運ぶの? ここから?」
「はい。俺のスキルは、手に持った荷物、つまり『抱きかかえた対象』も配送物に含めることができます。……少々手荒になりますが、よろしいですか?」
カグヤは一瞬戸惑ったが、迫りくるミノタウロスの巨体を見て、コクンと頷いた。
「お、お任せします……」
「承知しました。では、失礼して」
俺はカグヤの背中と膝裏に腕を回し、ふわりと抱きかかえる。いわゆるお姫様抱っこだ。
S級とはいえ、やはり女の子。驚くほど軽い。限界まで衰弱していたカグヤは、ふっと安心したように俺の胸に顔を寄せた。
潤んだ瞳で見上げてくる。その柔らかさと温かさに少しドキッとするが――俺は、はたと気がついた。
俺の新たな相棒は『ママチャリ』だ。
お姫様抱っこなんてしていたら、両手が塞がって運転できない。
「お、王子様……?」
「ん? なんて言いました?」
「な、何でもないわっ!」
「そうですか。それじゃ、ちょっと体勢変えますね」
「えっ?」
俺はお姫様抱っこの状態からカグヤの体をひょいっと持ち上げると、そのまま自分の左肩に『米俵』のようにドサリと担ぎ上げた。
「きゃっ!? ちょ、ちょっと、扱いが雑じゃない!?」
「すみません。背中にはバックパックがあるんで。それに、片手を空けないとこいつを運転できないんですよ。舌噛まないように気をつけてくださいね」
俺の言葉に、肩の上のカグヤがジタバタと暴れる。
「お、王子様かと思ったら……やっぱりただの配達員だったぁぁっ!」
「追加オプションなんで文句はなしでお願いします!」
『おいおいおいおい!』
『氷姫をお姫様抱っこ!? 羨ましすぎる!』
『か~ら~の米俵wwwww』
『ムードぶち壊しで草』
『氷姫を荷物扱いする男www』
『いや状況見ろよ、ミノタウロスに囲まれてるんだぞ!?』
コメント欄の激しいツッコミを受けながら、ミノタウロスたちが一斉に巨大な棍棒を振り下ろした。
四方八方からの同時攻撃。逃げ場はない――ように見える。
「おっと、危ない」
俺は左肩にとびきりの美少女を担ぎ上げたまま、右へ左へと最小限の動きで棍棒を躱していく。
スキル補正がかかった俺の目には、奴らの動きがスローモーションに見えた。
「す、すごい……攻撃が、全部見えてるの?」
「はい。見えていますし、体が勝手に『最適解』を選んで動くんです。カーナビみたいなもんですよ」
俺は魔物の太い腕を駆け上がり、その肩を踏み台にして高く跳躍した。
「いっけぇぇぇぇぇ! デリバリー・ランサー!」
着地と同時にペダルを全力で踏み込む。
背中には四角いデリバリーバッグ、左肩には米俵状態のカグヤ。そして右手一本で、花柄カバーの付いたハンドルをがっちりと握る。
凄まじくアンバランスなはずなのに、デリバリー・ランサーの【絶対走破】の力で一切ブレることなく、爆発的な推進力を生み出す。
「ちょ、ちょっと速すぎっ……きゃああああああ!」
カグヤの悲鳴がダンジョンの通路に響き渡る。
俺たちは音速の弾丸となって、70階層からの帰路を爆走した。
◆◆◆
その頃、地上のダンジョン管理協会前は、お祭り騒ぎになっていた。
カグヤの配信を見ていた野次馬、マスコミ、そして遅れてやってきた救援部隊がごった返している。
「おい、配信見たかよ! あの謎の配達員、カグヤ様を米俵みたいに担いでこっちに向かってるって!」
「70階層からだぞ? 戻ってくるのに何時間かかるんだ?」
「いや、あの速度だと……もう着くんじゃないか?」
その時だった。
ダンジョンのゲートがまばゆい光を放ち、突風と共に「何か」が飛び出してきた。
キキキキキィィィィ!!
凄まじいブレーキ音と共に、ゲートの入り口前に砂煙が舞い上がる。
煙が晴れると、そこには花柄のハンドルカバーが付いたママチャリに跨る汗だくの男と――男の肩の上でぐったりと目を回している銀髪の美少女の姿があった。
「と、到着……です。お疲れ様でした……」
俺は全身の虚脱感を感じつつ、カグヤの様子を確認した。
一瞬の静寂の後、広場を揺るがすような大歓声が巻き起こったのだった。




