魔法が効かないなら、科学で爆破するだけ
ズググ、グググ……!
バラバラになった岩が『クリスタル』に吸い寄せられ、ゴーレムが再び起き上がろうとする。その悍ましい光景に、わたしの心臓は破裂しそうなほど脈打っていた。
「怯むな! 再生を完了させる前に叩き潰せ!!」 「破城槌隊、突撃ーーーっ!!」
強烈な物理攻撃をモロに喰らい、組み上がりつつあったゴーレムの身体から、数塊の岩が再び弾け飛ぶ。
「おおおおおッ!」
俊敏な動きで距離を詰めたのは、精鋭揃いの剣戟隊だ。狙いは一点――剥き出しの岩肌の隙間、細い亀裂だ。
「手応えあり!」
つなぎ目に刃は滑り込んだ。だが、様子がおかしい。
「――しまっ、抜けな――」
一人の剣士の叫びが途中で凍りつく。強固な岩の噛み合わせが、まるで罠のように剣身をガッチリと挟み込み、固定してしまったのだ。
「くそっ、引き抜けねえ!?」 「離脱しろ! 早く!」
剣を捨てて退避しようとしたその瞬間、ゴーレムの瞳が赤く明滅した。ギギギ、と不快な音が響く。摩擦音とともに、太い腕が横一文字に薙ぎ払われた。武器を奪われ隙を晒した剣戟隊に、避ける術は残されていない。
凄まじい衝撃波とともに、数人の身体が木の葉のように吹き飛ばされ、冷たい地面へ叩きつけられる。ゴーレムは胸に剣を突き刺したまま、再び重い足音を響かせ始めた。
「逃げろ!」
「距離を取れ!」
叫び声が飛び交い、討伐隊は隊列を崩して四方八方へと逃げ惑い始めた。
大混乱に陥る戦場の中、突如、わたしの腕を強い力で掴む者がいた。
「おい、ここにいたら踏み潰されるぞ! 逃げるぞ!」
鋭い声にハッとして横を見ると、そこにいたのは――『煉』だった。彼はわたしの手を引き、一刻も早くこの場を離れようと身体を引っぱる。
けれど、わたしの足は動かなかった。恐怖で竦んでいるのではない。割れた岩がパズルのピースのように元の鞘に収まる。『なぜ?』がわたしの胸を駆けめぐった。
ゴーレムの巨躯を、じっと見つめたまま動けなくなっていたのだ。
――大きい岩は胸へ。小さい岩は関節へ。
目を凝らすと、砕けた岩の一つ一つが、迷いなく元あった位置へと吸い寄せられていくのが見える。毎回、同じ順番。同じ配置。まるでDNA配列をなぞるように。
「なぜ石が元の位置へ戻る?」
喉の奥から絞り出すような声が漏れた。ただ岩が集まっているだけなら、形は崩れるはずだ。なのに、毎回寸分違わず同じ配置になる。
「おい、聞こえないのか!?」
煉が焦ったように声を張り上げ、わたしの顔を覗き込んでくる。だが、小さな違和感が、恐怖を押しのけて胸の奥で膨らんでいく。
(怖い……。めちゃくちゃに怖い。でも――)
もう一度、周囲に目をやる。剣戟隊はもう戦えない。討伐隊の半分近くが後退している。
(消耗戦になってる。このままじゃ死を待ってるだけ)
このまま逃げても、いずれ追いつかれる。それに――
なにか引っ掛かる。それが何なのか判らないが。いつも母に『あなたは物事を深く考えすぎて周りが見えなくなる』と注意される。
わかってる。これは悪い癖だ。それでも――逆転するには知ることだ。
「おい、ここにいたら踏み潰されるぞ!」
もう一度腕を掴もうとする煉の手を、深く息を吸って強く振り解いた。
「おい、お前何して――!」
引き止める声を背に、わたしは前を向いた。一歩、また一歩と、怪物が大暴れする戦場の中央、ゴーレムに向かって走り出す。
討伐隊の放った火の球と激しい土煙のせいで、視界が最悪だった。煙が濃すぎて、ゴーレムの全容がまるで見えない。
(あいつの全体を見なきゃ、弱点も何もわからない……!なにか弱点を掴まないと全員死ぬわ)
その時だった。ゴーレムが咆哮とともに、巨大な拳を大地へと叩きつけた。
ドゴォォン!
直撃した地面が凄まじい力でねじ切られ、うねりを上げながら上空へせり上がる。アスファルトの残骸と土塊が混ざり合った、即席の『反り立つ崖』が目の前に出現した。
わたしはせり上がった大地の斜面に飛びついた。ブレザーを泥まみれにしながら、ねじ切れた大地の突起に必死に手をかけ、上へ、上へとがむしゃらに登る。
ついに崖の頂上へと辿り着いた。そこから見下ろした視界の先――激しく燃え盛る炎の奥で、怪物の胸に輝く不気味な光が、寸分の狂いもなく石のパーツを制御している光景がハッキリと見えた。
「あの再生の仕方、やっぱり『法則』があるわ」
崖の下から必死に追いかけてきた煉が、息を切らしながら追いつき、わたしの言葉に目を見開いた。
「法則だって!? 何を言ってるんだ、あれはただの不死身の化け物だろ!」
「クリスタルを中心に、同じ位置に石が配列されてる。あれがゴーレムの頭脳よ。――あのクリスタルごと内部から一気に破壊出来れば、あのゴーレムは完全に止まる!」
煉は苦々しく顔を歪め、吐き捨てるように言った。
「無理だ……! あのクリスタルは神の残滓だ。神が消えてからもずっと、俺たちを苦しめ続けてる絶望の結晶なんだぞ! 人間の力なんかで壊せるわけがない!」
「神の残滓……?」
わたしは怪物の胸の奥で不気味に発光する青い光を睨みつけた。ゴーレムの目の水晶体に、わたしが歪んで映る。
ギッ……ギッ……グギギッ……! ゆっくりゴーレムが嫌な音を立てこちらに向いた。
「気づかれた……!」
地響きと共に、見上げるような巨躯がこちらを向く。感情のない空虚な瞳がまっすぐに私を捉えた。生温い風が吹き抜けたと思った瞬間には、頭上から太陽を遮るほどの巨大な拳が迫っていた。
――あ、死んだ。あまりの速度と質量に、身体が恐怖ですくみ上がる。完全に諦め、ギュッと目を閉じたその瞬間だった。
「させるかよッ! 『ウォーターボール』!!」
鼓膜を震わせたのは、すぐ隣にいた煉の鋭い叫び声。直後、凄まじい勢いで放たれた巨大な水の球体が、空を切り裂いてゴーレムの拳へと激突した。
ズガアンッ!
煉の魔法はゴーレムの拳を破壊するまでには至らなかったが、その質量によって、凶悪な拳の軌道を強引に捻じ曲げる。拳は、わたしのすぐ傍の盛り上がった地面へと叩きつけられた。直撃は免れた――そう安堵したのも束の間。
「うわああっ!?」 「くそっ、掴んでろッ!」
爆風と砕け散った土砂が、容赦なく私たちを襲う。軽々と宙に弾き飛ばされ、上下の感覚すら失うほどの風圧に揉まれながら、わたしの意識は急速に暗転していった。
*
「……っ、げほっ、ごほっ!」
顔にまとわりつく湿り気と、泥の臭いで目が覚めた。痛む身体を無理やり起こし、周囲を見回して息を呑む。
「ここは……沼地……?」
衝撃で吹き飛ばされてしまったらしい。すぐ近くには底の見えない不気味な沼が広がっていた。そのすぐ傍には――わたしを庇うようにして倒れている、泥だらけの煉の姿があった。
なぜ見ず知らずのわたしを庇ってくれたの? 今はそんなことを考えてる場合じゃない。
どこからか硫黄の匂いが漂ってくる。
「ボコッ……ボコボコッ……」
沼の表面から気泡が浮かび上がった。
「ガス……?」
理科の授業で聞いた言葉が脳裏をよぎる。沼地では燃えるガスが発生することがある――そういえば近所でゴミ収集車がガス爆発で騒ぎになったことがあった。
(燃えるガス……でも、ゴーレムを沼まで誘導するのは危険すぎる。―――ガスを自分で作れたら)
曇り空が広がり、小雨が降ってきた。頬に雨の雫が垂れる。
(水?……そうだ。電気なら水を分解できる)
視線が、胸に突き刺さったままの白銀の剣に留まった。鈍く光るその金属。
(ゴーレムの体内は岩に囲まれている……。もし密閉されているなら、水素と酸素を逃がさず溜められる!)
頭の中で知識が結び始めた。ゴーレムの大きく開いた口。体内へ流れ込む空間。それらが、一直線に繋がった。
「あれだ……!」
「なに?」
「あの剣よ! あれ、クリスタルの近くまで刺さってる!」
「あの、剣がどうしたんだよ」
「外側じゃなく、あの核ごと、内部から一気に破壊出来れば――あのゴーレムは完全に止まるんじゃない!?」
「なに言ってんだよ。それが出来たら俺たちは苦労しないよ」
(やれるかは分からない。でも、やる価値はある)
「雷を剣に伝わせば核の近くまで送り込める」
「雷だと?」
「手伝って。あいつの口に水を飲ませて」
「はあ!?」
煉は怪訝そうに眉を跳ね上げた。
「今、さっきの奴の水の魔法が効かないのを見たばかりだろ! あんなの、ただの嫌がらせにもなりゃしない!」
「水が必要なの! この手でダメージ与える事が出来るわ」
わたしのただならぬ迫力に圧されたのか、煉は「くそっ、どうなっても知らねえからな!」と悪態をつきながら、再びゴーレムへと向き直った。
「――『ウォーターボール』!!」
煉が放った巨大な水の塊が、咆哮を上げようと大きく開かれたゴーレムの口を目がけて一直線に弾け飛ぶ。ドバシャァン! 大量の水が怪物の口内へと注ぎ込まれた。
「ほら、見ろ! 効かない!」
だが、わたしの狙いはそこじゃない。怪物の体内へ、しっかりと水が流れ込んだのをこの目で確認した。
「剣が導線になる。雷を核の近くまで送り込めるはず!」
わたしの無茶苦茶な要求に、煉は一瞬歯噛みした。だが、怪物の巨腕はもう目の前まで迫っている。
「くそっ、頼むから当たってくれよ!!」
煉が全力で腕を突き出す。
「――『サンダーボルト』!!」
バチバチと大気を引き裂き、眩い紫電の束が放たれた。それは狂いなく、ゴーレムに突き刺さった剣を伝い、口内へ吸い込まれた大量の水へと直撃する。激しい閃光が怪物の顔を覆った。
「だめだ、やっぱり効かねえ!」
「いいえ、これでいいのよ」
(理屈の上ではできる……はず)
雷で水は分解される。水素と酸素。密閉された体内。爆発する条件は、もう揃っている。あとは火種だけ――。
見上げれば、波状攻撃でゴーレムの肩口にくすぶっていた、討伐隊の『ファイアボール』の残火がパチリと爆ぜていた。
(あれだ。あれがゴーレム内に入れば……)
その時、さっきまでの小雨が、激しい雨音を立てて降ってきた。
バチバチと、まるで無数の礫が降ってきているかのような衝撃音。火は熱を失い、どんどん小さくなり、煙を出して消えた。
「……そ、そんな」
頭の中で組み立てた勝算が、ガラガラと崩れ落ちていく。




