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「龍王」(『化物怪奇譚』)⑦


          *   *   *


 僕と櫛引の話が終わった後、これ以上大貧民を続けるか否か、という話をしていた時、また電灯がジリジリと鳴り、明滅した。櫛引がまたか、と言いかけた時、それは不意に消えてしまった。待っていても点かないのでもう一度主人を呼びに行こうとすると、彼の方からホールに入ってきた。

「電気が消えましたが、皆さん大丈夫ですか?」

「もしかして、ご主人たちの方も?」三枝さんが尋ねた。「停電ですか?」

「そのようですな。暴風で、電線がどうにかなったのかもしれません」

「見に行くのは危ないですよ、この風の中じゃあ」

 津篭は、一時間前に配布された懐中電灯のスイッチを入れた。ガラスが透明だった為か、光は温かみのない青白さで、突き合わせた僕たちの顔をぼうっと浮かび上がらせた。

「厨房は非常用蓄電池が使えるのですが、皆さんにはご迷惑をお掛けしますね」

「大丈夫ですよ。こちらこそ、居座ってしまって申し訳ありません」

「あなた方のせいではありませんよ。何しろ予報外れの雨でしたからな。風もこんなに吹くとは言われていませんでしたし、それに異様に暗い」

 主人は、窓の方に電灯を向けた。

「もう間もなく夕食の準備に入ります、出来上がったら呼びに来ますので」

「ありがとうございます」

 僕たちが揃って頭を下げた時、玄関の方からみしみしという音が響いてきた。主人を含めて六人、同時にびくりと身を竦めた。

「戸が壊れた?」櫛引が言ったが、

「それなら、もっと派手な音がするでしょ」三枝さんがすぐに否定した。「私、ちょっと見てきますね」

 彼女はホールを出ていったが、すぐにあっという悲鳴のような声がした。

「どうした?」

 僕たちは、慌てて続く。主人も懐中電灯を掲げながら着いてきた。

 玄関で、奥さんが四つん這いになって引き戸の磨りガラスの下を覗き込んでいた。三枝さんは、彼女が転倒したと思ったらしく、その傍らに跪いている。

「驚かせるなよ、一体何があった?」

 主人が尋ねると、奥さんはぼんやりと顔を上げて僕たちの方を見た。

「いえ、あなたが外に出ていったように思えたので……」

「馬鹿言うな、戸を開けたなら音がするはずじゃないか。それに、そんな格好にならなくても」

「ガラスの下の方で何かが動いたんです。足だと思ったけれど」

 奥さんが言うと、主人は戸に近づき、何の躊躇もなく開けた。途端に風の音が一気に強くなり、冷たい空気が容赦なく叩き付けてくる。奥さんや三枝さんの静止も聞かず、彼は山小屋の外に出た。

 と思った矢先、すぐに戻ってきた。「おい、何だあれは?」

 奥さんに続き、僕たちも外に出た。突然風に横顔を殴られた僕は思わず俯き、背中を丸めたが、最初に出た奥さん、三枝さんはその風すら気にならないように、唖然とそこに立ち尽くしていた。

 転がってきた何かが爪先に当たり、僕はぎょっとした。「骨だ」

「人骨……だよな、これ?」

 櫛引の言葉が引き金になったように、僕たちは誰からともなく身を寄せ合い、目の前の光景をまじまじと見つめた。

 そこに散乱していたのは、明らかに人間の骨と分かる白片だった。所々に、割れた頭蓋骨も確認出来る。どれもサイズは非常に小さく、それだけにここに散らばっているものが、一人二人の遺骨ではないという事は誰の目にも明らかだった。

「この辺りに、お墓とかはないですか?」

 三枝さんが、やや早口で主人と奥さんに尋ねた。

「大分強い風ですし、それが崩れて……」

「ないわよ、お墓なんて」奥さんが言う。「でも、埋められた人は居るかも」

 その遠慮がちな声の調子に、僕は気付いた。昼に奥さん自身の口から話された、昔この山に捨てられた子供たちの事だ。山は現在普通に開放されているのだし、登山中にそれらの人骨が見つかる事もあっただろう。墓はなくとも、それらがこの辺りに埋められていた可能性もある。

 皆、言葉を失ったようだった。惨い事だと思ったものの、歴史書の出来事の一つという認識が何処か抜けなかった僕たちに、山がまざまざと現実を見せつけるように感じた。最初に言葉を取り戻したのは櫛引だった。

「拾って、一旦山小屋の中に置いておきましょう。これじゃあんまりです」

 奥さんが慌てたように中に入り、大きな籠を持ってきた。僕たちは、絶え間なく吹き荒れる風に苦戦しながらも骨を手掴みで拾い集め、それに入れた。

「それにしても、何で狙ったようにこの家の前に」

 連が、ぽつりと呟いた。

「風が吹いているのが、この辺りまでなのかも」

「ちょっと、あれ」

 三枝さんが、腰を上げた拍子に何かを目にしたらしく、山道の方を指差した。

 麓の方で、山小屋を立て込めていた黒雲が途切れていた。そこが、あたかも空を覆い尽くす巨大な怪物の傷口ででもあるかのように赤い夕焼けの空を覗かせ、直進する光を小暮の街に降らせている。それは何だか、恐ろしくも美しい光景だった。

 また冷たい風の一薙ぎが、激しく僕たちの身を通過した。


          *   *   *


 花火には、死者を弔うという意味がある。

 日本で最古の花火大会は、江戸時代に行われていた隅田川花火大会だそうで、玉屋や鍵屋といった、誰でも聞いた事のある有名な大御所の花火職人たちが技を競い合った。八代将軍・徳川吉宗の頃、元々は川開きの記念式典として行われるようになった花火大会だが、それには鎮魂という意味が付加されていた。

 その時期は一七三二年、享保の飢饉の翌年だった。百万人もの死者が発生したこの天災に際し、川開きは施餓鬼法要として行われたのだ。

 そこに火が用いられたのは、お盆に焚く送り火や、灯籠流しなどと同じ理由だそうだ。行き場のない死者の魂が、あの世へと向かう道を見失わないように、きちんと帰るべき場所へ帰れるように、との願いが込められている。

 小暮市が興ったのは明治初頭だが、先代、鹿嶋氏と受け継がれてきた工場の主催する花火大会はそこからスパンがあり、一九〇〇年代頭から始まっている。だがそれ以前にも、この地域では晩夏になると家々の軒先では篝火が焚かれ、寺では護摩(ごま)焚きが行われていたらしい。これらの起源を遡るとやはり鎌倉時代へと行き着き、加苅神社で同様の行事が行われていたという記録が見られるようになる。

 百々目川花火大会はお盆期間に重なり、祭りの性格も仏教的なものだが、そこには神仏習合の思想が根差している。そして時期を考えれば、花火大会は明治の大凶作で命を育む事の出来なかった子供たちを弔う為に始まったものではないだろうか。

 お盆は、あの世とこの世が強く引き合う。その時期というのが、紀元前まで遡った時に無根拠なものでないのであれば、日本で神道の思想とそれらが混ざり合った事は決して偶然ではない。

 山に捨てられた子供たちが交信していた相手とは、龍神だと言われる。その龍神が(いま)す異界が花火大会の時期に最も小暮に近づくのだとすれば、僕の行った打ち上げとは、この街の代表として、生まれてくる事の許されなかった命たちへの懺悔だったのかもしれない。

 僕は、花火大会が終わった翌日の事を思い出した。

 思えばあの日も、このような突風が吹かなかっただろうか。

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