「龍王」(『化物怪奇譚』)①
冷たい風が吹くと、僕はすぐに空を見上げる。そこに何処からともなく湧いた黒雲を認めた時、急かされているような、叱られているような胸騒ぎがわくわくと込み上げ、長胴太鼓の如く鎖骨のすぐ下を震わせる。
あの夜、舞い降りるかのように地上に尾を伸ばした漏斗雲の渦から、僕は今でも逃げ続けているような気がする。逃げていると認める事こそが、僕がこの街、小暮市の伝承を受容したという証拠で、一層囚われるようだった。
旅先など、慣れない場所で眠る事が出来ない時、静寂の中で僕の耳を侵し来るものはいつも風の音だった。
そしてその風の中に、僕はいつも獣の咆哮を聞いた。
* * *
「湊は、特に工場の予定も入っていないんだよな」
言い出したのは、櫛引耿彦だった。「シルバーウィークに宵啼山に行こうぜ」
僕は三年前、小暮農商連携大学に進学すると同時にこの街にやって来て、一人暮らしを始めた。櫛引は、そこで初めて出来た友人だ。
「地元を離れてまでこんな田舎に来るなんてな。東北なら普通に、仙台とかさ」
生まれも育ちも小暮の彼は言ったが、庄内地方の辺境の村出身の僕からすれば、市と認定される人口と、それを養う都市機能のキャパシティを有しているだけでも、この街は田舎ではなかった。
小暮市は自然が豊かな街で、古くからの街並みが至る所に点在する地方都市だ。見渡せば山や森はすぐ傍にあり、古民家などが立ち並ぶ昭和風の景観もあちこちで見られる。それは都市を夢見ていた僕にとっても、突然仙台や東京のコンクリートジャングルや雑踏に放り込まれるよりもずっと優しい環境だった。
最初のゼミで櫛引に会い、民俗学研究サークルの存在を知った時は驚いた。だが、よくよく考えれば驚く程の事ではない。
この辺りの獣は日本の中でも平均的にかなり大きく、昔は神々として敬われていたものもあったらしい。その名残りなのか今でも街中に動物が紛れ込んだ時、自治体は害獣としてそれらを駆除したりはしない。無論住民に被害が出たら大事なので、その場合は警察が出動したりして捕獲には当たるものの、出来るだけ殺しはしないという。穏便に捕まえて、元居た山に返すだけだ。
日本三大妖怪である妖狐、貉、河童の伝承も、都市化の進んだ東京の中心部に流布しているというし、自然を敬う小暮では当然と言える事なのかもしれない。櫛引曰く、このサークルの活動は有名であり、市内を回って未開時代の史跡を探したり、それにまつわる言い伝えを現地の人に取材したりして、活動報告が地域広報紙「小暮新報」で取り上げられたりする事もある。また高校や小中学校で語り部や読み聞かせのような事も行い、彼自身も聴いた事があると言った。
「先輩たちは最近就活で忙しいし、後輩たちもなかなか乗ってくれなくてさ。でも、だからこそ報告会で皆をびっくりさせられると思うんだ。それに、何より楽しそうじゃん」
僕と櫛引と他数人は、現在小暮に伝わる龍神伝説について調べている。
これは、民俗学研究会に於いて昔からロマンとして扱われていた題材だった。小暮の民間伝承に登場する神々や妖怪、異界の存在を統べるものは龍神とされていたし、その話の出所は他の伝承よりも古く、鎌倉時代まで遡ると言われている。また、文献にそれらが見られ始めるのは鎌倉幕府により奥州藤原氏が討滅された辺り、つまり東北地方が完全に朝廷の系譜を持つ和人の傘下に置かれた頃なので、ややもすると発祥は蝦夷かもしれないとの意見もある。
龍神伝説発祥の謎を解く事は、朝廷に反抗する勢力全般を指す呼び名であったとされる蝦夷が、独自の自治体制を持った一部族だったのか否かの解明にも繋がるとされる。ここまで来ると最早民俗学の域を逸脱しているが、現在でも神道とはまた別の信仰の歴史があるこれは、小暮の人々の生活形態全ての歴史を紐解く鍵になり、研究会の大義が詰まったテーマではあった。
無論、同好会としての性格が強い大学サークルでそこまで本格的な調査をしようとしたら途方もない事になるので、歴代メンバーたちの情熱は専ら聖地巡礼に向けられた。宵啼山はそれ程高い山ではないが、龍神信仰の最古の痕跡が見つかった場所であり、在学中にここで山小屋宿泊をする事は研究会の誰もが最終目標と定める冒険だった。
だが、櫛引はそれを単なる憧憬で終わらせるつもりはないようだった。
* * *
僕は、夏の間は繁忙の日々を送ってきた。というのは、僕が小暮へ引っ越してから思いがけなく関わる事となった花火職人の仕事が関係している。
市内を流れる百々目川の河川敷で、毎年八月下旬に行われる花火大会。それは小暮の数少ない名物であり、僕も以前から話には聞いた事があった。主催者は鹿嶋攝雄という人物で、秋田の全国花火競技大会にも繰り返し出場し、十号玉の部で中小企業庁長官賞を受賞した事もあるそうだ。この街が気に入った事、新しい土地での生活を謳歌したかった事から、僕はこの街ならではの変わったアルバイトをしてみたくなり、大学から徒歩圏内にあった鹿嶋氏の工場を訪ねた。
「アルバイトは無理だなあ」
僕が頼むと、鹿嶋氏はそう言って頭を掻いた。子供に教え諭すような穏やかな口調ではあったものの、生半可な気持ちで臨める仕事ではないぞ、とこちらの軽薄な意志に苛立つような気配はあった。
「遠くから見れば綺麗で済むものだが、実際に打ち上げている側からすれば、大量の火薬を使用する以上危険物には違いない。それを扱うのだという自覚と資質が第一になくてはならない。実際に作るとなっても、火薬の配合、造粒、更に『星』──造粒した薬剤をこう呼ぶんだがね、これを玉に詰める作業、どれも緻密で、尺玉を作るとなれば一発に一ヶ月以上掛かる事もある。大変忍耐心の要る仕事だ。アルバイトなんていう雇い方をしても、任せられる事は雑用がせいぜいだよ」
頭ごなしにこちらを全否定するのではなく、噛んで含めるような話し方に、僕は彼の職人としての矜持を感じ取った。そこで、変わった仕事を学生のうちに経験したいなどという浅薄な気持ちは雲散霧消した。代わりに萌したのは、その矜持を貫き通す仕事に挑み、道を歩き通したいという思いだった。
「ならば、弟子では駄目ですか?」
僕が言うと、鹿嶋氏は、ほう、というように眉を動かした。
「資格が要るなら、あなたの下で学んで取得します。時間が掛かるなら、出来るようになるまで掛ければいい。どうしても資質がないと思われたら破門して下さい。僕は決して軽い気持ちなんかじゃない」
芝居掛かっていると思われても文句は言えないが、確かそのような言い方をしたと思う。鹿嶋氏もそこで僕の意志を汲んでくれ、長い道程になるが、と言って弟子入りを認めて下さった。最初の方は本当に雑用ばかりだったが、その傍らで勉強し、火薬類製造保安責任者の資格を取ると、手持ち花火などの作り方も教えて貰えるようになった。
二年生の時、何処から話を聞いたのか、同じように農商大新入生の女子が工場を訪ねてきて、なかなか可愛かったのだが、僕はそこで初めて昨年の鹿嶋氏の気持ちを悟ったのだった。花火職人への道は甘くない、と、師匠から言われた事をそのまま伝えてもその子は揺らがなかったので、師匠も彼女の弟子入りを認め、僕は初めて妹弟子というものを持つ事になった。恐らく多くの人が一生涯持つ事はない存在だろうと思うと、何だか嬉しかった。
三年生へ上がる直前に一種煙火消費保安手帳という資格を取った僕は、今年の花火大会で打ち上げも行う事となった。花火の製造と運営事務の双方に忙殺され、おまけに今年は何やら特別な年だったようで、師匠から水晶のような透明な何かも打ち上げると言われて混乱した。これについては、妹弟子とその同級生の男子が何処からか確保してきてくれたので、僕は当日打ち上げるだけで済んだのだが、結局何だったのかは分からないままだ。
大分話が脱線してしまったが、秋はそのような訳があり、僕の日常にやっと一息つく余裕が生まれた季節だった。




