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「蜘蛛」(『化物怪奇譚』)③


          *   *   *


「あれ、璃紗古本は読まないんじゃなかったのか?」

 僕のもう一つの、と言うよりこちらがメインの仕事、山猫宅急便での休憩時間、控え室で『小暮民俗資料集』第一巻を読んでいると、霞さんが話し掛けてきた。

 資料集は最初に言ってしまえば、本当に面白かった。元々民間伝承の多い街ではあるが、どの時代にも神秘的な話、怖い話がある。加苅神社の裏手に、龍神の眷属である化け物の化身が棲んでいて、大昔から子供を攫って喰らっていたという「獣人」の話などは、作り話だと分かっていても怖かった。鬼面を被った男たちが突然山の中から大量に現れて、夜道を歩く人々に辻斬りを行ったなどという話もあった。

 夢中になって読んでいたのか、頭上から霞さんの声が降ってきた瞬間、僕はどきりという一際(ひときわ)大きな心臓の拍動と共に我に返った。

「霞さん?」

「霞って呼ぶなって言っただろ、璃紗。何だか、存在感薄そうに感じる」

 霞萌花(ホノカ)さんは、僕と同じ学年のゼミ生でありながら、僕がそれに気付いたのは入学からかなり後になってからだった。

 最初にお互いを認識したのはこの山猫宅急便のバイトで、彼女は僕がこのバイトを始める少し前に採用された為バイト歴は殆ど同じだが、何かにつけて僕に対して先輩面、否、姉貴分のように絡んでくる。

「璃紗、って何か女の子みたいな名前だろ? 顔も成人を間近に控えた男にしては可愛いし、初めて入ってきた時一瞬マジで性別分からなかった」

 そう言う彼女は、ショートヘアでかなり中性的な外見をしている。彼女は中学時代から剣道を行っており、高校一年の時はインターハイ選手にもなる程の実力だったという。今はガス抜きと称して園芸サークルに所属しているとの事だったが、男勝りな性格や口調は抜けきっていない。

「民俗資料、か。ホラー系好きなの?」

 霞さんはぐいと身を乗り出し、器用に斜めの角度で逆さの文章に目を通してくる。

 僕は肯き、見開きのページを逆さにして読みやすいようにした。

「特別好きって訳じゃないよ。それにこれは僕の本じゃない。最近量仁寺で手伝いみたいな事してて、住職に貸して貰ったんだ」

「へえ、テラバイトか」

「情報量じゃないんだからテラバイトはやめてくれ」

「フリーターなら、璃紗はこっちで午前中勤務だから、よく午後から夕方にかけて行く事になるんじゃないのか? 少し遠いから大変だろ」

「自転車転がせば、二十分掛かるか掛からないかくらいだよ」

 そこまで答えてから、今度は僕が話を主導する方に回った。

「それより萌花さん、何か用事があったの? 読書は僕の唯一安らげる時間なんだから、没入している時は話し掛けないでって前に言ったと思うけど」

「ああ、そうそう。ちょっと聞いて欲しい事があったんだよ」

 霞さんは思い出したかのように、胸の前で手をパシッと叩いた。忘れていたという事は、それ程緊急の用事ではなかったらしい。

「璃紗ってさ、占いとか信じる?」

「信じない」

 即答する。僕は心理テストは好きだが、占いはむしろ嫌いの域に入っていた。

 心理テストは無意識から何かを読み取ろうとするが、占いは本来何の意味も持たないものから何かを読み取ろうとする。星座、血液型、生年月日、身に着けている服やアクセサリ。だが、そんな不特定多数の人に当て嵌まるようなものが信用出来るのでは、同じようなパターン化された人間しか存在しない事になる。

 誰かが楽しみでするのであればいい。だが、何かにつけて験を担いだり、縁起の良い悪いで他人の行動にまで口を出してくる人が以前居たので、あまり良い印象は持っていない。

「守護霊とか、気とかは信じる?」

「もっと信じられない」

「そうか……やっぱりそうだよな。それなら安心した」

 霞さんは「もう用はない」と言いたげに身を翻す。てっきり何か、雑誌やらネットやらで見た方法でも披露されるのかと思っていたので、僕は拍子抜けした。

「安心した、って、何か胡散臭い占い師に嫌な事でも言われたの?」

「……私の愚痴、聴いてくれんのかよ?」

 彼女はちらりと振り返り、僕の顔を見つめてくる。その目付きと仕草に、色香に近いものが漂った気がした。僕が思わず唖然とすると、彼女は背中を壁に預け、上目遣いの何かを思い返すような表情になって語り始めた。


          *   *   *


「この間、サークルの友達の家に遊びに行ったんだ。まあ、遊びに行くっていうよりレポートを手伝って貰いに、っていうのが正確かな。ちょっと風邪引いて数日欠席しちまった事があってさ。

 時間決めて行ったんだけど、その友達、直前で急用出来たけどすぐ戻るからってメールしてどっか行っちまったんだよな。本当に数分で戻るって言ってたから、私はそいつの玄関前で待つ事にした。ああ、あいつ家は学生寮じゃねえよ。元々大学に近いとこに実家あって、そこから直接通ってんだ。

 待ってたら、急に家からセーラー服の子が出てきてさ。中学生か高校低学年くらいだったな、あれは。その子が、中に入ってていいよって言ってくるから甘えさせて貰ったんだ。妹居たんだ、って意外だった。

 で、その子に麦茶出して貰ったりしながら待ってたんだけど、友達は五分十分経っても戻ってこない。仕方がないからその”妹”と駄弁ってた。あ、いつまでもこの呼び方じゃ何だから言っとくけど、彼女の名前はショウコっていったな。漢字は忘れたけど、何だか難しい字だった。

 占いがどうこうってのはそのショウコちゃんの事だよ。彼女は、何か守護霊とか気の類、その人に宿っているスピリチュアルなものが見えるって言うんだよ。

 昔から、不思議な子だって言われ続けていたんだって。最初の話は、幼稚園のお昼の時間に園庭から戻ってこないショウコちゃんを先生が探しに来た時の事。昔の事すぎてよく覚えていないって言ってたけど、ショウコちゃんはその時園庭を囲むフェンス越しに誰かと話していたらしい。当時の彼女は先生に、何で教室に戻らないの、って聞かれてこう言ったんだってさ。

『お散歩していた私と同じくらいの女の子とお喋りしてたの』って。

 園庭で遊んでいる時、教職員は必ず見守りで園児たちに気を配るし、防犯対策の為に囲いの近くはチェックしていたそうだ。けど、そんな子は通っていなかった。

 それからショウコちゃんは、本当に色々不思議な事を言った。庭の木に誰かが登っている、とか、家の奥の座敷で子供が遊んでいる、とか、毎晩怖いお化けが窓から覗いてくるから部屋で寝られない、とかな。

 子供はよくそういう事を言う。作り話だって事もあるし、子供の感性はある意味大人より鋭い上に、彼ら彼女らは世界をあまり知らない。それ故に、官能が見せた幻だって事も十分有り得る。でも、ショウコちゃんのはそういう次元じゃないんだ。あまりにも、そういう事を言いすぎる。幼稚園から小学校にかけて、同級生を怖がらせて泣かせた事も何回もあったんだって。

 ショウコちゃん自身は、全く自覚がなかった。あまりにも当たり前にそういうものが見えるから、人間が他人を見るように、動物や植物を、世界を見るように、この感覚はごく自然なものだと思っていた。それが大きく変わるきっかけになったのは、彼女が小学三年生の時だった。

 上級生の、縦割り活動でよく一緒になった先輩が居たんだ。その先輩、水路に落ちて死んじゃったんだけどさ──私も地元だから覚えているよ。同年代の子が近所で事故死したって事で、死が何も日常からかけ離れた事じゃねえんだって思ったのが忘れられなくてさ──、その何ヶ月か前から、ショウコちゃんは気付いていたんだ。先輩に、何か不快なものがくっついているって。それが近いうちに、先輩の命を奪う事になるって事も。

 ショウコちゃんはそこまで来て、とうとう自分が異質な事に気付いた。両親に相談したら、彼らはすぐに信じた。幼い頃から、ショウコちゃんの異常は両親が誰よりも知っていたから。で、お寺の住職に見て貰ったら、どうも彼女には霊感があるって事が分かった。憑依体質、って言うのか? 何か、モノに取り憑かれやすいんだと。それで、その類に対して免疫が出来たのか、あらかじめそういうモノの存在が分かるようになったんだって。

 住職は、幼い頃ショウコちゃんが何の前触れもなく体調を崩す事が多かったり、ふらっと居なくなったりする事はなかったか、って聞いてきた。それで両親は納得したんだ。幼稚園に入る前、三歳頃までだな。急に熱出して両親を慌てさせたり、ちょっと目を離した隙に居なくなって、探したら縁の下で裸で倒れていた、なんて事も何回もあったらしい。それで、幼稚園入学以前に免疫が付いたんだろう、って。

 守護霊を感じられるようになったのも、その体質からなんだって言ってた。今まで同級生たちをそれで占ってみた、正確には見るだけだけど、試してみたら本当に色んなものが見えたんだってさ。試験でいい点取る、とか、中総体で好調になる、とか、疲労が溜まりやすくなる、とか。もっと細かいとこまで行くと、一週間のうちに身内に不幸が起こる、とか、駄菓子屋の籤引きで大当たりする、とかまで。

 そして、占われた子たちの未来は大抵その通りに成就した。

 私は、信じられない、って言ったよ。そんなの、幾ら何でも出来すぎているじゃないか。きっとショウコちゃんは中三だし、自分の事を何か特異な能力を持った者として考えたくなる年頃なんじゃないかって。それに守護霊がもたらす、っていう運命は漠然としたものが殆どだし、その通りに進んだとしたら過去の占いに結び付けたくなるのは自然な事だし。

 そしたら彼女、むきになったみたいに否定するんだ。本当だから、信じてくれないならお姉ちゃんに憑いているものも見てあげる、って。

 私は挑戦するような気持ちで、ショウコちゃんに見て貰ったよ。そしたら、彼女の顔が急に曇ってさ。

『お姉ちゃんは、呪いに貫かれているから近いうちに死んじゃうかもね』

 嫌な事言うだろ? 殆ど嫌味だよ。彼女はそれだけ言って、急に奥に引っ込んじまった。私が”特別な力”を否定したのが、そんなに気に食わなかったのかね。

 で、ムカつきながら待ってたら友達が帰ってきた。数分で済むから、なんて言って十五分も遅れてきたんだぜ? 私は文句を言ったし、妹があまりにも失礼じゃないかって苦言を呈しもした。最初の方は居心地悪そうに謝ってたあいつだけど、ショウコちゃんの事を言ったら急にきょとんとなってさ。

 誰それ、って。私に妹なんか居ないよ、なんて言うんだよ。ショウコ、って名を出しても反応は変わらなかった。さすがにおかしかったから、その友達の昔からの同級生に私から連絡して聞いてみたんだけどさ。

『何言ってんの萌花、彼女はずっと一人っ子だよ』って返された。

 全く、何が何だか分かんねえよ」

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