「蜘蛛」(『化物怪奇譚』)②
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浦隅氏と知り合いになったのは、量仁寺で働き始めて一週間程が経過した頃だ。
その日、僕はいつも通り自転車で寺に行き、緩やかな石段を上って本堂の裏、末崎住職やスタッフが出入りする入口へと向かい、呼び鈴を押した。
「はい」
末崎住職とは異なる声で返事があった後、奥の方からTシャツを着て眼鏡をかけた初老の男性が姿を現した。頭は住職と同じく禿頭で、手首に数珠を付けていたので、この人も僧侶なのかな、と思った。
「彰人さんの言っていた、お手伝いの方?」
男性は、抑揚のあまりない低い声で問い掛けてきた。
「土門です。バイトでやって参りました。……初めまして」
「こちらこそ。私は浦隅藤水、彼の従叔父に当たる本山からの愚禿だよ」
浦隅氏との出会いはこれで完結である。末崎住職と出会った時のような特別の思い出もなければ、何かきっかけがあった訳でもない。スタッフの二人と知り合った時のように、ごく自然に「寺に住む住職の親戚」と出会った。それで終わりだった。
何故住職の他に僧侶が居るのか、という事を末崎住職に尋ねて、冒頭の浦隅氏訪問の経緯の説明に至る。
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「年齢を重ねた時間が、そのままその人の価値に繋がると考えるような思想は好きではないけどね。それでも藤水さんは私よりずっと経験豊富で、長い時間修行を行ってきた。私より優れた住職になるだろうという事は否めないし、そうなった時、私は仕方ないと思うだろう。でも、私は彼に負ける訳には行かないんだ」
浦隅氏について語って下さった時、末崎住職はそう言った。
「ここは私の居場所だ。私の守るべき場所でもある。父母の代まで継承されてきた寺の血脈を、私で終わらせたくはないんだ」
浦隅氏には恩がある、とも言った。感謝もしている、と。だが、完全に浦隅氏に寺を明け渡すような事は出来ないという事だった。
小学校卒業から、高校を卒業し雲水となるまでの六年間、末崎住職は進んで仏教を学び、寺の仕事を手伝った。浦隅氏は、親としては非常に優しかったが、師匠としては非常に厳しかった。仏事に関して何か失敗をする度、徹底的に叱咤された。それは彼を優れた僧にする為、というより、寺を継ぐのを諦めさせる為、に近かった。
浦隅氏は、末崎住職が居なくても寺を回せるのだ、という矜持のようなものを持っており、それに見合う程の仕事ぶりを見せた。生前、先代がやり残していた仕事というのもたちまちのうちに片付けた。
その仕事というのは、檀家の方々の墓地移転に関する事だった。
何でも昭和初期に量仁寺の建て替えを行わざるを得なくなる程の豪雨があり、その被害は敷地内の墓地にも及んだそうだ。その際、例の加苅神社の墓が半数を占めている宗派不問の霊園に多くの墓が移転したのだが、二十年前の落雷で神社がなくなってから氏子の人々が霊園から墓を撤去、維持費が集まらなくなり霊園は経営を終了する事になったので彼らはまた戻ってくる事になった。その手続きが、数の多さにより非常に難航した。
浦隅氏は末崎住職たちが最も頭を悩ませていたこの問題をたちどころにして解決、敷地の整理やそれに伴う他の檀家の人との話し合い、工事開始までを一週間も経たずに終わらせた。それ以外にも、今まで階蔀さんたちに任されていた仕事を自ら率先して行い、予算案も再編して経営を格段に安定させ、また人望も先代より圧倒的に得ていた。
人望に関しては、彼の行動力も大きく関わっていた。
彼はよく街へ出て、量仁寺の界隈に住む人と言葉を交わし、様々な悩み事や頼みを解決して回っていたという。
「大切なのは、人と繋がり合う事、出来るだけ沢山の人と良い関係を築く事、そして絵空事を現実にする力だ」
浦隅氏はよくそう言っていたそうだ。
どれも、当時の末崎住職にとっては難易度の高い事に思えていたらしい。
「人は、一人では自分が自分だって事すらも分からないんだよ、と藤水さんはよく言っていた。私には何の事かよく分からなかったけれど、要するに友達は沢山作っておけって事みたいだね。私が非力なのも、友達って呼べる人が少ないからなのかもしれない。そんな風な事が言いたかったんじゃないかな」
末崎住職は、お茶を一口含んでからふっと息を吐いた。
「時々考えるんだ。彼を中心に、見えないくらい細い糸が四方八方に張り巡らされていて、それに引き寄せられた人々が彼の元に集まっていく。そうすると彼は段々力を強めていって、糸でこの世すらも操ってしまう。そうすると、虚構と現実が皆一緒くたになってしまう」
「それも何か、この街に伝わる伝承みたいなものですか?」
「いや、凄く捻くれた、私のものの見方だよ」
末崎住職は子供のように笑った。




