登坂修2
修が飛ばされたのは異世界。外では魔物と呼ばれる異形の生物達が闊歩し、魔法と呼ばれる不思議な現象を起こす術が知れ渡っていた。火を起こすにもライターやマッチなどではなく、水道も通っていない。全てにおいて魔法が用いられている。
「おいおっさん。今日の分だ」
「おぉこれはこれはシュウさん、今日もまた景気の良い事で」
ラタリナの町。そこの賞金稼ぎ組合という組織に登録していた。名も登坂修でなく、この異世界に従ってシュウ=トサカと変えた。
「オウルドラゴンの鱗、確かに頂戴します」
異世界で生きていくためにはまず仕事を見つけなくてはならなかった。しかしシュウは身分も持たない。そんなシュウが流れ着く場所は決まっていた。賞金稼ぎだ。やりたがる人間は一部の腕っ節に自信がある輩くらいの職業だ。その点、シュウには好都合だった。そこで分かった事だが、どうにも自身にはスーパーパワーという固有能力があるらしい。通りで異常なまでの力を出せるのだ。しかし弱点もある。それは街に張ってある魔物除けの結界内では能力の発動は制限される事だ。
「けれどシュウさん。いつもいつもこんなにもたくさん採集なされて……まさかおひとりでオウルドラゴンを倒されてるなんてことは」
「あん? だったらなんなんだ? いいから早く金持ってこいよ」
半ば恐喝気味に急かすと、受付はぴくりと跳ねて裏へと姿を消す。
オウルドラゴンとはAクラスの魔物だ。クラスというのは人間達が自身らを指標にして決めた強さの階級みたいなもので、Aクラスは戦闘に長けた兵士や賞金稼ぎなどの大人が大勢集まってやっと仕留める事の出来るくらいの強さらしい。だけど今のシュウには大した喧嘩相手にもならない程に弱い魔物だ。オウルドラゴンの鱗は金に相当し、換金が高値であるから、シュウはオウルドラゴンを倒していた。どこの世界も金は高値なのだろうか。
シュウには小さな目的があった。それは自身の住む家と身分を手に入れる事だ。日々魔物を狩るという仕事を生業として貯蓄を繰り返す。家も身分もお金さえあれば何とかなるのがこの異世界の特色だった。
「気をつけて行ってくるんだよ」
家が手に入るまでは宿屋で逐一部屋を借りていた。ラタリナには位の高い人が泊まる高級宿屋も存在していたが、シュウは好んで安い宿を選んでいた。日本にいた頃に見たビジネスホテルよりも質は良くない。だが寝床を確保出来ればそれで良かった。
今日もシュウは賞金稼ぎ組合へと向かった。到着するといつもの様に張り出される依頼書に目を通す。オウルドラゴンの素材集めの依頼をまた受けようとしたが、その隣に並ぶ依頼書に目がいった。
草原に現れた猛獣と見出しに大きく書かれている。討伐対象の名はソルム。その横にはHと書かれていた。報酬は透貸一枚。日本円にすれば凡そ一億円に相当する。
「オリハルコン級か……」
シュウの昇級メダルのランクは金だ。つまりこの依頼は受けられない。
「ちっ、面白そうなんだけどなぁ」
シュウは渋々オウルドラゴンの素材集めの依頼書に決めた。オウルドラゴンは金もしくは銀のランクで受けられる。ランクが低いのは討伐が目的とされていないからだ。無論、シュウは倒してしまっているわけだが。
シュウは受付に寄ると、依頼請負の手続きをする。
シュウは街の外に出て、舗道を歩いていた。実はもうひとつ、賞金稼ぎ組合に行って判明した能力がある。それは空間魔法だ。自分の指定した空間と空間を繋ぐ事が出来る固有魔法だ。オウルドラゴンのいる場所までは距離がある。空間魔法で行き来すれば早いだろう。だが異世界に来てそう経っていないシュウにとっては、わくわくとさせる道のりを空間魔法ですっ飛ばす理由はない。
左には大きな森。その森をぐるりと一周する様に歩いていくと、何やら小さな集団が目に入った。その様子を見るからに何かの事件だろう。こういう発見があるから、シュウは空間魔法を使いたくないのだ。
「何だ? 襲われてんのか?」
どうも険悪な雰囲気で、馬車を取り囲んだ野蛮な格好した者達。それに対し苦渋を舐める様な顔で片腕を怪我した兵士が一人剣を握って構えている。その付近にはやられてしまったのか数人の兵士が横たわっていた。
「あーらら、一人になっちゃったね。とっとと王女様を渡さないからこんな事になるんだぜ?」
「黙れ! 貴様ら、こんな事をしてただで済むと思っているのか!」
気の入った怒声を浴びせる兵士。すると馬車からはもう一人の影が姿を現した。
「王女様! 出てきてはなりませぬ!」
出てきたのは熱く燃えたぎる炎の様に赤いロングヘアーをした、赤いドレスを身にまとった女だった。胸元に光るルビーがとても印象的だ。
「ここまでされて、黙っていられる妾ではない! 妾も戦うぞ」
王女と呼ばれた女は馬車に手をかけながら降りてきた。どうやら何か不都合そうにしていて動きがぎこちない。
「しかし王女、その足では!」
「なに、心配要らぬ。これでもお母様の剣筋を引き継ぐ妾じゃ。足の骨折など、大した事はない」
女は馬車に積んだレイピアを手に取ると、賊達に先端を突きつける。
「貴様ら! 覚悟せい! 女王アリアナ=アルストロメリアが娘、このアリス=アルストロメリアが直々に成敗してくれる!」
「おぉ怖い怖い。とんだ王女様のお出ましだ」
凄まじい気迫だが、賊達は下品な笑みを止めない。びくともしていない様だ。
「ゆくぞ! アルストロメリア剣術、秘技、清々落花生! ぐっ!?」
足を踏み込んだと思いきや、アリスはその場で転げてしまった。
「王女様!」
「くっ……ええぃ役立たずの足め! 動け! 動くのじゃ!」
アリスは立ち上がる事が出来ないでいた。
「威勢だけはいいな、王女様? どうやら足を怪我していたのは本当らしい」
「何? どういう事じゃ?」
まるで初めから足を骨折した事を知っていたかのような口ぶりに、アリスには疑念が溢れ返る。
「おっと、口が滑っちまった。まあ王女様の知るところじゃねぇよ」
ビュン。
王女に対して口を利いていた賊の一人の眼前を、何かが通り過ぎた。見ると、飛んできたのは賊の内一名だった。
「何だお前! ぐあっ!! 」
「おいおい喧嘩かよ? 俺も混ぜてくれよ」
シュウだ。一人一人に殴りかかり一発でノックアウトしていっている。
「何なんだ! おい! お前誰だよ!」
「俺か? 俺はシュウ=トサカだ。通りすがりの喧嘩好きだぜ」
あっという間に賊の一人を残して全員を蹴散らしてしまったシュウ。最後の一人の胸ぐらを掴んで持ち上げていた。
「ちっ、何だよ。めちゃめちゃ弱ぇじゃねぇか……やっぱ人間相手だとつまんねぇな」
「ひぃぃっ!」
シュウは最後の一人にも鉄拳をお見舞いすると、自身の首に手を当ててポキリポキリと音を鳴らした。
「さて、行くとするか」
シュウはその場から立ち去ろうとした。
「待て! お主、礼を申す」
「んあ? 別に。気にすんな。俺は喧嘩がしたかっただけなんだ。んじゃーな」
大きく背伸びをすると、再びシュウは歩き出す。
「待て! お主、確かシュウと名乗っておったな。シュウよ、お主の強さを見込んで一つ頼みがある」
「あん? いや、俺忙しいから」
「そんな事を言わんと、頼む。礼なら出そう」
シュウは気怠そうな表情でアリスを見た。
「妾の護衛についてはくれぬか?」
これがシュウ=トサカと、アリス=アルストロメリアとの出会いである。





