勇者と魔王7(挿絵あり)(一巻完結)
パチパチパチ。
どこからともなく、ゆったりとした拍手の音が聞こえてきた。
「はっはっは。素晴らしい。実に素晴らしいですね。その様な解決方法もあったのですか」
やって来たのは新調された卸し立ての様な蒼いコートを羽織り、中を軽装の鎧で固めた大柄な男だった。
衣装の整った清潔感のある人間の様に思えたが、何故かホヅミにだけは言い様のない嫌悪感と不快感が背筋を襲うものだった。
「あん? てめぇ誰だ」
「これはこれは申し遅れました。私、先日復活を果たしました………原初の勇者の、ウルス=ジラソウルと申します。お初にお目にかかります」
片足を引いて腕を折る様に一礼をなす立ち振る舞いはまさに、貴族の様に精錬されたもの。貴族自体は見た事はないが、テレビで何度か見かけた事のある様な動作には違いなかった。
「この度は魔王の無力化を図る事に成功し、おめでとうございます。どうぞ、心ばかりのお礼です。受け取ってください」
原初の勇者と名乗る人物からシュウやホヅミに手渡されたのは、刺繍の入ったワッペンの様なものだった。刺繍は積み重なった蛇の頭が一本の剣で串刺しにされた様なもので不気味だった。
するとリリィはホヅミの腕をがしりと掴んだ。震えている様で、ホヅミはリリィの様子を窺う。
「ホヅミん、そいつ……魔人だよ………覚えてる? ホーミストでゼロから話してもらったよね。魔物達を裏切って魔王に仕立てあげた話」
それは確か、魔人と化した人間が人間や魔族や魔物に悪さを働いて、最終的には魔物にその罪を擦り付けたというものだ。
「まさか」
「そう……ボクを………最初のボクを殺した張本人だよ」
ホヅミはリリィの体を通してその記憶を知っていた。道理で背筋に悪寒が走るのだと自分でも納得がいく。
「どうしたのですか? いらないのですか?」
警戒を強めたホヅミとリリィ。成り行きを窺っていたシュウは、二人の様子に気づいて、共に警戒心を持つ。
「ごほっ、ごほっ! ごほごほごほ! ごぼっ!!」
リリィは途端に咳き込みだした。
「げっほ、げほ! げほげほげほ! ぅげっ!!」
シュウも同じ様に咳き込んだ。同時に咳き込む二人の口元と抑えた掌には赤い液体がどっぷりと付着していた。
「リリィ! シュウ!」
「おやおや、どうやら死が迫ってきている様ですね」
あたかも何かを知っているかのように傍観者を気取るウルスは、冷ややかにその様子を見物していた。
「どうして……何で二人とも?」
「存じ上げませんか? ふふふ、では教えて差し上げましょう。君達はなぜ、勇者という称号の下、この世界へやって来たのか………ふふふふふ」
怪しい笑みを浮かべて気味の悪い笑い方をするウルス。
「ごほごほごほっ! ごほっ!!」
「リリィ!!」
リリィの容態は悪化し、リリィはその場で倒れ込んでしまう。
「勇者の称号。それはすなわち、呪いです。魔王の魂を対価に召喚を完全なものとする。魔王を全て倒しきらないと、その寿命は完全とはならない。全員倒しきれなかった時、召喚された勇者は命を支払う。そんな呪いです」
「そんな………」
魔王を全て倒しきらないと死んでしまう。つまりそれは、リリィの体を殺す事を意味する。
「直にこちらの方にも私が召喚した勇者が、あなたを倒しにこちらへとやって来る。この世界での命を繋ぐために、魔王であるあなたを殺しに」
「あん! 上等だ! だったら俺が全員ぶっ飛ばしてやるよ!」
叫び散らすシュウの額には汗が見えた。恐らく今のシュウはまともに戦える状態ではないだろう。そうホヅミには思えた。
「シュウ………一旦離れよう」
「あん!」
「お願いシュウ。リリィを休ませてあげたいの」
シュウは弱り切ったリリィを見て、威勢を鈍らせる。
「ちっ………亜空の支配者!」
ホヅミ達三人は離脱を図る。
ウルスは逃がさないと追いかける訳でもない。空間の裂け目を通っていくホヅミ達を嘲笑う様に、背に両手を添えてその場で立ち尽くしていた。
もしウルスの話が本当ならば、魔王であるリリィの命を捧げなければいけないのか。打つ手がないといった状況に追い込まれる。
三人はアルストロメリアに戻り、アリスに事の経緯を説明した。城に戻る頃にはリリィやシュウの体調も回復していて、平然とした姿を見せている。
「まさか……そんな事が………」
アリスは苦悶していた。
「お前は魔王であったな、リリィ……いや、今はホヅミか………召喚での契約の処理について、一つだけ方法がない訳でもない」
「え!? それは、どんな方法ですか?」
「それは、一度魔王としての肉体が死を遂げる事じゃ。そうする事で契約から解放されるだろう」
ホヅミが死ぬ事。それがリリィとシュウの助かる方法であると宣うアリスに、リリィは訴えかけた。
「嫌だよ! ホヅミんが死ぬなんて! そうまでして生きたくないよ!」
「まあ聞け、リリィ。そなた蘇生魔法を唱えておったな。あれは使えぬのか」
「使った事はあるけど……でも……成功した事はない」
マリィが死んだ時に、リリィは必死になってかけていた。それが超位蘇生魔法だ。その時は成功しなかった。けれどふと、ホヅミはその時に発言したリリィの言葉に気を留める。そして自身の過去の記憶と結びつけた。
「魔力供給」
「え?」
「前に賞金稼ぎ組合で見たの。リリィの固有能力。あれって、人に魔力を分け与えるって事だよね」
それを聞いた瞬間、リリィの顔は青ざめる。
「それって………ホヅミんだめだよ!ボクの魔法は一度も成功した事ないんだよ!」
「でも、してみる価値はあるよね」
「そんな! 試す様な真似でホヅミんが死ぬなんて、嫌だよ! 成功しなかったらどうするの? ホヅミんずっと死んじゃうんだよ!」
ホヅミはリリィに向き直って、両肩に優しく掴んだ。
「しなくても死んじゃうんだよ………リリィ、私リリィと離れたくないの………だから、ね?」
「そんな! 嫌だよ! 絶対に嫌! もし死んじゃったら………死んだままだったら」
「大丈夫。リリィならきっと上手くいくよ。私信じてるから。リリィの凄いところいっぱい知ってるから。例えそれで死んじゃったとしても、私は何も言わないよ」
と笑いかけるホヅミは、ミラージュフォレストで再開したフォトの様に、温和で優しい安心感のある口調で言う。そんなホヅミの言葉に安心してしまいそうになり、怖くなるリリィ。
「ホヅミん………だめだよ………絶対に出来ないよ」
「リリィ………私を………私達を………助けて」
「無理だよ………」
ホヅミはリリィを強い力で抱きしめた。
「リリィなら出来る」
ホヅミはリリィを信じていた。どんな困難があっても、リリィがいれば乗り越えられる。そんな安心感を与えてくれたのが、リリィだったから。
「私だって死にたくないよ………でも、リリィといられない世界なんて考えられないよ……そんなの、死んでるのと一緒なの……だから」
魔力の流れを認知していたホヅミ。それを分け与える感覚は何となく分かっていた。ありったけの魔力をリリィに流し込む。
「やめて………やめてやめて! ホヅミん!」
じたばたと暴れるリリィを、離れないように強く強く抱きしめる。
「それじゃあ、お願いね」
「ホヅミん!」
ホヅミはリリィを離して、自身の胸に掌をかざした。アリスに目で合図を送り、魔力抑制の結界を解いてもらう。
「氷槍の狙撃手」
心臓を突き破って現る血に濡れた氷柱。倒れゆく体。仰ぎ見る天井。薄れゆく視界。その僅か数秒でホヅミは、意識を、命を失った。
「あ、ああ、あ」
涙が堰を切りそうになるのを堪え、リリィは心を落ち着かせる。
(ま……まずは……………致命傷の修復を)
「下位回復魔法下位回復魔法増幅魔法!」
焦る心が魔法の制御を鈍らせる。ホヅミが死してから一分以内。それまでに治して蘇生魔法をかけなければ二度とホヅミが蘇る事はない。
「よし……次は………超位蘇生魔法」
それから蘇生魔法。
「超位蘇生魔法!」
魔力は足りて、それは発動した。神々しい真っ白な光が、掌からきらきらと降り注ぐ。
時間的には一分は経過しただろう。魔力もほとんど使い果たして、掌からはもう何も出なくなった。だがホヅミは動かない。ぴくりともしない。やはり失敗してしまったのだろうか。
「ホヅミん…………ホヅミん……うぇ〜ん!!!」
ホヅミの胸元で咽び泣くリリィ。その慟哭は王座の間を木霊した。
「ホヅミん?」
不意にリリィの背中を摩るのは、ホヅミの手。ホヅミは目を開けて、リリィの顔をじっと見詰めていた。
「ほーら。成功した」
「ホヅミぃ〜ん!!!」
こうして無事に呪いを一つ解く事が成功した。両手を広げて喜び抱き合うホヅミとリリィ。そんな二人の様子を微笑ましく見守るアリスや近衛兵達。シュウはそっぽを向いてその場から離れていってしまった。
そして訪れる副作用。リリィは血反吐を吐いて倒れる事となる。
「リリィ! 嘘! どうして! 呪いは!?」
「恐らく副作用じゃの。なぁに安心せい。城の医療配備は万全じゃ」
「いやいや、安心出来ないよ! 血吐いてるもん! 嘘でしょリリィ〜っ!」
いつか見た中位回復魔法の副作用に似ていた。当然蘇生魔法ならば副作用もあるだろう。そんな事にも気づかなかった自身が愚かしいとホヅミは叱咤する。
その後高熱を出して倒れ込むリリィ。すぐさま緊急治療が行われ、三日は安静との事だった。





