勇者と魔王4
湧き溢れ出る戦いの記憶。リリィの頭の中ではある変化が起きていた。今の獄炎の荊棘も、使った事のない応用魔法だ。けれどなぜか使える。知っている。今までにこんな事はなかった。
「あが、あ、がはっ!」
口からどっぷりとドス青い血液を嘔吐するラーミア。リリィの首からは手が離れて、リリィは自由の身となる。
「もう許さないよ」
言ってリリィは周囲を見渡した。凄惨に破壊されたホーミストの街並みを見て、過去に起こしてしまった自身の過ちを思い出す。
「大切な仲間を傷つけた……素敵なこの街をこんな風にした……絶対に許さない。天に召されろラーミア、灼炎の霧砲!」
リリィの両掌はラーミアの胸元に翳される。黄色い閃光が輝いた後、ラーミアの胸を貫く様に炎が噴出された。
「んがあああああ!!!!」
シュウやゼロやノックやホヅミが手も足も出なかったラーミアを、一瞬にして満身創痍にしてしまった。
「………がはっ!……くっ……油断……した………やはり…………魔王は魔王って事か」
千鳥足で後退していくラーミアは、立っているだけでもやっとの様な具合だ。
「しかしなぜだ。…………魔王ならば分かるだろ………なぜ人間の味方をする……素敵な街と言ったが、多種族分け隔てないこの街に、虫唾が走らないのか」
「意味が分からない。魔王だから何? 魔王である前に、ボクはボクだ!」
そう言い切ると、リリィはトドメの魔法を撃つべく、両掌をラーミアへと翳した。
「紫炎の鋒鏑」
それは今のリリィが出せる最強の魔法だった。灼炎の霧砲が超位魔法の応用魔法ならば、この魔法は極位に位置する。放たれる紫炎の矛先は、まるで飢えた獣の様に真っ直ぐラーミアに向かって空気を食らっていく。
「迅雷線!」
ラーミアにリリィの魔法を躱す余力はなかった。故にラーミアは自身に雷を落とし、その電力を用いて神経伝達を無理矢理に可動させた。痛手の体には無理を利かしてしまう魔法であるが、ラーミアに選択の余地はない。
ラーミアは瞬時にしてリリィの背後へと回った。リリィは反応が遅れ、ラーミアの掌で頭を覆われる。
「その様子だと、まだ記憶が戻っていない様だな。いいぜ、思い出させてやるよ。俺たち魔王に託された、原初の魔王の魂を、その一部を、お前は知らなければならない。その力は人間と魔族を滅ぼすために存在するんだ!」
「んああああ!!!」
「リリィ!」
ホヅミの叫ぶ声も遠く。リリィの目には脳裏には映像が浮かぶ。それは過去に起きた出来事。まるで自身に起きた出来事の様にそれは鮮明で、はっきりとして、リリィの頭の中を支配していく。
原初に生まれ、魔人と化した人間に裏切られ絶命した記憶。次の生まれ変わりでは、魔族に捕まり、数々の拷問を受けて絶命した記憶。そのまた次の生まれ変わりでは、愛した魔族の者を、人間の手によって殺されてしまった記憶、更に次の生まれ変わりでは、魔族に売られ、人間の奴隷として一生を終えた記憶。
「やめて、やめて、殺さないで、嫌ぁ!!」
愛する者に、魔物である事を知られてしまったために、殺されてしまった記憶。
そしてこの力は、全ての生を通して培ってきた力であるのだと、心の奥底で誰かが語りかけてきていた。それは原初の魂。リリィの中に込み上げる、絶望と憎悪。
ほんの僅かな時間で、今までの生の繰り返しを身に体験したリリィの目には涙が溢れ出ていた。苦しくて苦して、首元を掻きむしって血だらけになっていた。
「どうだ? 憎いだろ? 人間が、魔族が。お前はそれを滅ぼすために、生まれて来たんだぜ?」
「はぁっ、はぁ、はぁ、はぁ」
動悸と震えが激しくなって呼吸に難があるリリィは息を荒くしていた。
「まあいい、魔王なら見逃してやる。なんせ知らなかったんだからな。今回の事は水に流してやるよ。ああ、そうそう。これから一週間後、勇者の街カルベラに一斉攻撃を仕掛ける。参加するかどうかはお前次第だぜ」
ラーミアはリリィから離れると、宙に飛び上がった。魔法の詠唱はなく、どの様にして空を飛んでいるのかが不明だ。
ラーミアの去った後、リリィはその場で立ち尽くしていた。
「リリィ?」
リリィの元に寄ってその肩に触れるホヅミ。するとホヅミの手を振り払う様に急に振り返ったリリィは、血相を変えて怯えた様相でホヅミを見る。
「リリィ、大丈夫? 泣いてるの? 汗も凄いよ」
リリィの額からは汗が噴き出していた。
「リリィ……どこにも……行かないよね」
ホヅミは不安になっていた。あの時の様に、入れ替わりが戻った傍から、どこかに行ってしまうのではないのかと、リリィの手を取ろうとする。
「ごめん……ホヅミん……………ボク…………」
リリィはホヅミから目を逸らすと、俯き加減に思い詰めた表情をする。
「ホヅミん…………さよなら」
リリィは駆け出した。
「待って! リリィ! 行かないでよ!」
咄嗟にホヅミはリリィを追いかける。けれどリリィの足は、ひ弱なホヅミでは追いかけてもその距離は遠のくばかりだった。いつの間にかその姿は点となって、角を曲がって姿を消してしまった。
リリィはミラージュフォレストの中をさまよっていた。歩けど歩けど、一向に出口は見えない。
ふと、背後に誰かの気配がした。
「リリィ、どこ行くのさ」
そこにいたのは、ホヅミでも、シュウやゼロ達でもなかった。自身の名前を呼び捨てにするその少年は、トト村にいるはずのフォトだった。
「フォト!? 何で、何でここに」
「へへっ、リリィの事が心配でさ。追いかけてきたんだよ」
「フォト…………フォト…………」
リリィはフォトに駆け寄ると、自身よりも頭一つ分小さな体を抱きしめた。
「何だよ、どうしたっていうのさ。せっかく会いに来たんだから、笑って見せておくれよ」
「ごめん……これでいい?」
リリィは涙を拭ってフォトに精一杯の笑顔を向ける。
「そうそう。それで、どうしたんだよ。一体何があったんだ?」
リリィはフォトに全てを話した。今までの出来事。魔王ラーミアに思い出させられた過去の出来事。親友との別れ。
トト村で仲の良かったフォトに、何故か全て話してしまえた。ホヅミの前では、胸が苦しくてその場から離れてしまいたい思いだったはずなのに。
「そうか。そんな事が……」
フォトは何も言わずに黙って聞いてくれた。トト村の他の皆とは違って、フォトだけは味方でいてくれるのだろうか。それともフォト以外にも、自分の味方がいるのだろうか。
「で、リリィはどうしたいんだ?」
「え?」
「迷ってるんだろ? リリィは今までの恨みを晴らしたいって思うのか? 必死に生きてきた今までを、ずっと弄ばれてきたんだよ、リリィは。いや、リリィでないリリィかな」
リリィは迷っていた。込み上げる憎しみと怒りと悲しみと喜び、全てが入り交じって、自身の頭が混乱していた事にリリィは気づく。
「ボクは……………」
「なぁ、リリィ。もし、リリィに滅ぼされたなら、俺は何も言わないよ。だってそれはリリィが決めた事だ。リリィは昔からすげぇって、俺知ってるからさ。そんなリリィが選んだ答えなら、俺はどんな答えでも受け入れるつもりだよ」
「フォト……」
フォトの温かい安心感のある言葉に、リリィの心は包まれた。
ふとリリィは意を決して立ち上がる。
「行くのか?」
「うん。フォト、ありがとう」
リリィの目の前に、一条の光が差す。リリィはそこへと向かって歩き出した。
「どうやら答えを見つけた様だ」
すると、フォトの姿はぷつりと消えてなくなる。
だがそれをリリィが意識することなく、やがてミラージュフォレストを抜け出す事となる。





