勇者と魔王3
「超位雷魔法」
その朝ホヅミ達は、暖かな日差しにでもなく、可愛らしい小鳥の囀りでもない、けたたましい雷の落ちる音で目を覚まさせられた。
一瞬の出来事だった。屋根は吹き飛び、立ち上る火。粉塵の舞う中でゼロは妹の無事を確認する。
「ユキ! 大丈夫か!」
ユキは井戸の傍で倒れていた。それを見て血相を変えたゼロは家の外へと赴いた。外には火の手が広がっている。民家のほとんどはその原型をなくしていた。
「ユキ! しっかりしろ! ユキ!」
「おにい…………さま」
「ユキ!」
優しくユキを抱きかかえるゼロの心は、悲しみと怒りの入り交じった感情が渦巻いていた。力ない弱ったユキ。ユキをこうした犯人。気配のある空を仰ぎ見ると、一点の存在が宙で見下ろしていた。
「ざまぁ見やがれ! このラーミア=フルドリン様からの天罰だぜ! 何が多種族分け隔てない街だ! そんな街、目障りでしかねぇ!」
叫ぶ一点の存在は高らかと笑う。
不意にその存在ラーミアはホヅミ達のひとかたまりに気がついた。空中浮遊でこちらへと向かってくる。次第にはっきりとしていくその姿は、まさしく魔物。裸の上半身は赤褐色の肌色。紅色の瞳に尖った耳。筋肉の出来上がった体は武闘のそれを表しているかの様だ。
「おいおい、まさかこんな所で出くわすとわな。あ、もしかしてお前もこの街狙ってたのか? あっはっは。わりぃけどたった今俺が片付けちまったよ」
けろりと笑い飛ばすラーミアはどうやらホヅミに話しかけている様だった。何の事だか分からないホヅミは、ゼロやシュウからの視線を受けて戸惑う。
「ま、待って……私は知らないよ」
「おい、知らねぇってひでぇな。同じ魔王の交じゃねぇかよ」
ホヅミはそれを聞いた途端、思い当たる節があり、リリィの方を見る。そのホヅミの視線に合わせて、シュウもリリィに視線を送る。
「あはは………ごめん、実はそうみたいなんだよね。ボクの称号、魔王なんだ」
ホヅミはうすうす勘づいていた。いくら魔物の血を引いているからといっても、所詮は半分だ。なのにリリィは常軌を逸していると言えるほどの魔力を有している。この異世界に来て浅いホヅミにでさえ、リリィの凄さは身に染みて分かる程だった。魔王であれば、何となく納得出来る。
「リリィ………魔王だったのね………」
「まあ俺は最初から分かってたけどな。お前の体が持ってる魔力量、尋常じゃねぇ。そこのラーミア何とかっていう奴ぐれぇによ」
「おい人間、ラーミア=フルドリン様だ! 様をつけろ! 」
だが、リリィが魔王だというならば、勇者の称号を持っているシュウや自分はリリィの敵となるのだろうか。リリィは自分達が勇者だと知っても何もして来なかった。いやそもそも魔王が勇者を襲うものなのか、勇者が魔王を襲うものなのか、この世界での勇者と魔王が何か未だ分かっていない。
「そんな事はどうでもいい…………よくも………よくもユキを」
愛らしい瞳も今は鋭い刃の様に変わっていた。ゼロはそっとユキを横たわらせると、ラーミアの前に出る。
「上位強化魔法」
ゼロは左足を前に踏み込み、握った右拳を腰に据える。焦点を定める様に、左掌をラーミアに向けた。ラーミアの眉は寄る。
「これだけ至近距離ならば、いくら貴様が魔王でも一溜りもないだろう」
「お、何か来ますか? やりますか?」
ふざけた態度でゼロを挑発して煽るラーミア。
「舞え……迅速の剛拳!!」
刹那、ゼロの姿は消え、いつの間にかラーミアの目の前に到達。そして
「ぐああああああ!!!」
ゼロの右腕はへし折られた。
「何だよそりゃ。遅ぇし弱ぇし、てんでなっちゃねぇ」
「ぐぬぅ……」
「拳ってのはよ、素早く、力強くなきゃいけねぇんだよ。俺が手本見せてやるよ」
ラーミアは右拳を握る。バチバチと拳の周りを電流が弾ける。
「迅雷の剛拳」
ボコォッ!!!
ホヅミには何が起きたのか分からなかった。ただ目に見えるのは、滴る青い血と胴体を拳で貫かれたゼロの悲惨な姿だ。
「ゼロォ!!」
リリィの叫び声が上がる。ラーミアがよろよろになったゼロの体から拳を引き抜くと、ドボドボと青血が大量に流れ出る。膝から折れて、ぐらりと力なく横たわった。
「ゼロを治さなきゃ! シュウ!」
「あん! 分かってらぁ!」
シュウは地面を蹴り飛躍する。あっという間にラーミアの元へと到達した。
「スーパーパワー!! の、踵落とし」
「ぐほっ!?!?」
ラーミアは自身の拳にべっとりとついたゼロの血を拭っていたせいか、呆気なくシュウの踵落としは頭上に直撃。
「からのぉ! 回し蹴り!」
一回転で蹴り飛ばしたラーミアは地面を体で抉った。
「ゼロ! 下位回復魔法! 下位回復魔法! 増幅魔法!」
ゼロの傍に寄ってすぐさま治療に移るリリィ。シュウはお構いなしに吹っ飛んでいったラーミアに追撃。
「まだまだァ!!!」
シュウは拳を握って振り抜く。三撃目も直撃すると思いきや、ラーミアはシュウの腕を掴んで止めた。
「痛ぇ痛ぇ、てめぇ何だその力。本当に人間かよ」
「ちっ! 離しやがれ!」
「ああいいぜ」
ラーミアはシュウの腕を離すと、シュウはすぐさま後転しながら飛び退く。
「つーかあれ、何であいつ治そうとしちゃってんの? どう見ても助からないっしょ」
「余所見してんじゃえねぇ!」
シュウはラーミアの隙をついて殴りかかる。
「だからよぉ、あいつも、おめぇも、どうしてこんな攻撃なんだ? こんなの、パンチでもねぇぜ」
言いながら連続するシュウの猛攻をいとも簡単に躱していく。
「ま、一発の強さはめちゃめちゃ強ぇ……鍛えりゃ光るかもな」
言うだけ言うとラーミアはシュウの右腕掴んだ。くるりと捻り回して背中から左腕も掴む。足で背中を押して、腕を強く引っ張った。
ゴキュリ。
「ぬああああ!!」
「お前は面白そうだし、生かしといてやるよ」
両肩を脱臼させたラーミアは、シュウを横へと放り投げた。
ラーミアの襲撃の後、ユキの元へと一直線に駆けていたノック。遠目に倒れたユキの姿を見る。
「ユキみゃーん!」
ユキの傍によって体を揺さぶる。ユキは気絶している様で、命に別状はなさそうだ。だが可憐で綺麗で優しくて温かい心で出迎えてくれるユキをこんな目に合わせた奴が許せない。ノックは魔物の勘で理解していた。向こうにいる赤褐色の男が、正しくレッドなのだと。
迸る怒りを胸に、敵わないかもしれない敵に立ち向かう勇気を振り絞って、今仇討ちへと臨む。
「グルルル! よくも! よくも俺の大事なユキみゃんをーっ!!!!」
「んあ? 何だ? ありゃボスウルガルフか?」
自身へと向かってくるノックに対して、冷めた視線を送るラーミア。
「 喰らえ! 焔の鉤爪!!」
ノックの鋭い爪には魔力の炎が宿る。果敢に飛びかかるノック。
「邪魔だ。雷の鋭槍」
バチバチと宙で電流が弾け、現れたのは槍を象った雷。ノックは止まる事が出来ずに、雷の槍をもろ腹に受けた。
「がぎゃあああ!!!」
腹を中心に全身に走る激痛に身を焦がすノックは、その爪をラーミアに当てる事のないまま地面に突っ伏した。
(すまねぇユキみゃん………………仇……………取れなかった)
ちょうどその頃、ゼロの胴体にぽっかり空いた穴は塞がりかけていた。あともう少し時間があれば、一命は取り留められる。けれどその時間すらも与えてくれそうにない。
「氷槍の狙撃手! 氷槍の狙撃手! 氷槍の狙撃手!」
ホヅミは何度も魔法を撃ち続けるが、その何度に亘って回避を繰り返すラーミア。
「これならどう! 氷槍の縷々!」
顕現される数多の巨大な氷柱。しかし回避が難しくなれば今度はシュウの様に氷柱を砕いて直撃を避けるラーミア。それどころか牽制にもならず、徐々にその距離は狭まりつつある。
「おいおい、お前魔王だろ。もっとこう………すげぇのやんねぇの?」
氷霧の暗殺者はまだ制御が難しい。故にリリィやゼロを巻き込んでしまい兼ねない。これ以上はもう打つ手がないホヅミ。
「きゃっ!!」
「つーか何で人間なんかといんだよお前」
ホヅミは首を鷲掴みにされて持ち上げられる。
「おい、魔王なら分かるだろ? 人間の醜悪さ、意地の悪さ、愚劣さ。俺はそんな存在が許せない。なぁ、お前もそうだろ?」
「あがっ、がっ、がっ」
だんだんとラーミアの手には力が入っていく。息もままならない程にまでなっていた。
「やめろぉ!!」
リリィはラーミアに向かって魔法を撃とうとした。けれど今魔法を撃てばホヅミまで巻き込まれてしまう。なので切り替えた。ホヅミの腰に差してある短剣に手を伸ばし、掴み、引き抜いて、回転を交えてラーミアに切りかかる。
「中位強化魔法!」
短剣は見事ラーミアの脇腹に直撃した。けれど傷一つ付けられていない。
「痒ぃーな。今こいつと話してるとこなんだ。邪魔すんな!」
「がはっ!?」
まるでボールが蹴り飛ばされる様に、軽く吹き飛ぶリリィ。
ゼロがやられ、シュウがやられ、ノックがやられ、ホヅミはラーミアの手中。このままでは敗北して殺されてしまうかもしれない。そんな不安の念が頭を過ぎる。
「ったくよぉ、魔王が人間に助けられようとしてんじゃねぇよ………ああ胸糞悪ぃ…………殺すか、こいつ」
―――あいつは今、殺すと言った。殺される。ホヅミんが、殺されてしまう。ボクが何とかしなきゃ。けれどどうやって。あいつにホヅミんの首が折られたら、治せない。治しても残るのは抜け殻。早く何とかしないと。何とか。何とか。
「あれ? 何? 何が……どうなって」
ホヅミは今までラーミアに首を掴まれていた、はずだった。お腹にある鈍痛も不思議だ。何が起こったのかさっぱり合点がいかない。
「あれ?! 嘘! もしかしてこれって!」
ホヅミはふと下を見た。自分の着ている服が違う。そう、それは、リリィが着ているはずのものだった。
考えられるとすれば一つ、ホヅミはまたリリィと
入れ替わってしまったのだろう。
「リリィ!」
予想通り、リリィはリリィの姿でラーミアに首を掴まれていた。
「そんな! リリィ! 止めて! リリィを殺さないで!」
リリィはホヅミの声を聞いて、目だけをホヅミに動かした。
「だい……じょうぶ………これで……ボクは負けないよ」
「は? 何言ってんの? お前今から殺されんだよ? 分かってる? 魔王の癖に、弱っちぃお嬢さん?」
「獄炎の荊棘」
その瞬間、リリィの体から幾本もの白い炎の荊棘が伸びて、ラーミアの体中を貫いた。
何か急に魔法いっぱい出てきちゃいましたね。
でも、魔法講義ちゃんはお休みです。
なんたって
ユウジさんのおかげで全治数ヶ月でござんす。
かぶ子のお見舞い、誰か来てくれるかしら。





