マリィ=パンプキン12
「下位風魔法!!」
ホヅミの瞳は紅く染まる。襲いかかるキマイラの鋭く巨大な爪から逃れる。
「……っとと……」
ホヅミは魔力向上状態での下位風魔法を使い、より一層の敵の攻撃を大きく躱すことが可能となっていた。ただし躱す方向の制御や着地の面で難があり、使いこなしているとは程遠い。
「下位風魔法! 下位風魔法! きゃっ!?」
連続で唱えていればやはり失敗する事もあった。
「痛たたぁ………」
「ガルルルルッ!!!」
体勢を崩し尻もちをついているホヅミに、キマイラの追撃は止まらない。
(む、無理ぃ! 心臓破裂する! いやほんとに心臓どうにかされる!)
「ぶ、下位風魔法! きゃっ!」
ホヅミは座ったまま魔法を唱えると、めちゃくちゃな体勢なまま飛んでいってしまい、地面に着くと体中に擦り傷を作りながら転げる。
(……っ! ……逃げてるだけじゃ……勝てない。勝たなきゃ私達皆殺しなんだから……)
ホヅミは痛む体を無理矢理に起こして、両掌をキマイラへと向ける。
「氷槍の狙撃手!」
ホヅミは手始めに、マリィから教わった応用魔法を唱える。ホヅミの手元にはマリィとは比べ物にならないくらいの大きさの氷柱が顕現される。通常のライオンの土手っ腹に大穴を空けられる程の大きさだ。そしてそれは凄まじい勢いで、通常のライオンの五倍はあるキマイラへと向かって発射される。
ガリンッ!
氷柱は呆気なくキマイラの巨大な爪によって砕かれた。
(う、うそん?………)
手始めのつもりであった。けれどしかし手応えの皆無さにホヅミは次に繰り出す魔法へと不安を覚える。
「氷槍の縷々!!」
ホヅミの背後に顕現されたのは、十、二十、それ以上の数の氷柱である。大きさは先程の魔法よりはやや小さめ。一点集中が必要となる氷槍の狙撃手よりも生成が困難であるからにして、ホヅミにはまだ上手くこの魔法を完成させる事は出来ていなかった。
「いっけぇーっ!」
振りかぶった両手をキマイラの方へと払う。それに従ってたくさんの氷柱はキマイラへと一斉掃射。
「グガォッ! グガォッ! グゴォォオオ!」
キマイラは爪で氷柱を何度も砕くも防ぎ切れず、氷柱のほとんどがキマイラへと直撃する。
「やった! ………………え……そんな」
キマイラは氷柱のほとんどが直撃しても平然として立っていた。胴体には傷一つ見受けられない。ただ氷柱の一つがキマイラの左目を潰していた。キマイラは眉に皺を寄せてホヅミを恨めしげに睨んでいる。
(そ、そうだ! あの目さえ何とかすれば)
ホヅミはキマイラの潰れた左目を見て画策をしようとするが、そんな落ち着いた時間を与えてくれる間もなかった。咆哮をあげたキマイラはホヅミに向かって猛突進。
「下位風魔法!」
(どうすれば……どうすれば……また同じ魔法唱えて上手く当たるとは限らないし………そうだ!)
ホヅミはふと頭に浮かび上がった作戦を実行する事にした。
(一旦あの魔物の足を止める……たぶん下位魔法じゃ無理………上手くいってよ。お願い私!)
「すぅー、はぁー…………上位氷魔法!!」
キマイラを包む空間は、ホヅミの魔法により急激な温度低下を招く。
「グガォ!! グガ……ガオォ!」
キマイラの動きは徐々に遅くなっていく。
(よし! 上手く……)
「ガルルル……ガボォォ!!」
キマイラの口からは黄金色に輝く炎が吐き出される。空間の温度はホヅミの魔法に反して急激に上昇し、凍りつきそうになっていたキマイラの全身を激しく温める。
「あっち! 熱い熱い熱い!」
少し離れた場所にいたホヅミだが、ホヅミの元までその火炎熱は届いていた。そしてキマイラは変わらずホヅミの元へと突き進む。
「あんなの……どうしたらぁ!」
ルノーラ帝国門外にて。
ホヅミを一人鉱山の大空洞に残し、空間魔法で安全な場所へと戻ってきた一行。ロウシュは魔水晶を通じてホヅミとキマイラの戦いを見ていた。それを覗き見る兵士達やマリィにリリィ。兵士達は半ば催し物の観戦状態。マリィとリリィは冷や冷やとしながら先行きを見守っていた。
「もっと時間があればホヅミちゃんだってもっと魔法を覚えられたのに」
魔水晶をロウシュの後ろから覗き込みながらマリィは、口元を歪めて愚痴を零す。魔水晶を手に持ちそれを聞いていたロウシュは反応した。
「二日後にアルストロメリア王国とエスプランドル王国の首脳会議が行われる。恐らく内容は同盟条約の締結。それまでにはアルストロメリアを潰さねばならん」
エスプランドル王国。ルノーラ帝国が今一番恐れている国だろう。エスプランドル王国には魔法技術の卓越した魔法兵士が勢揃いしており、軍事力だけであればルノーラ帝国を大いに上回るはずだ。更には光魔法の使い手を束ねた、光の騎士団なるものも編成している。
対しアルストロメリア王国は小国だ。ルノーラ帝国にとっては眼中にも入らない程の弱い国家。然るになぜアルストロメリアを滅ぼしたがっているのか。
「アルストロメリア? ……どうして潰す必要があるの? あそこはただの小さな国のはず………もしかして、勇者が目的?」
「ただの小さな国……か……ふふふ、勇者など興味はない。そのただの小さな国の王族が、我々の計画を脅かす"血統"なのだよ。ただでさえ勇者と吐かす煩わしい用心棒が就いたのだ。エスプランドル王国まで敵に回す訳にはいかぬのだよ」
マリィはそれを聞いて眉に皺を寄せた。
「血統って……いったい何があるっていうの?」
「知らないのか……アルストロメリア王家の血には代々特殊な力が引き継がれている。その特殊な力というのは、術式解除、魔力無効化。我々ルノーラ帝国の未来に、その力は邪魔なのだ」
側で聞いていたリリィの頭には疑問が過ぎる。ならばなぜ魔法でしか戦えないホヅミを戦力にしようと目論んだのか。
「それじゃあ、ホヅミんが魔法を唱えても無効化されるんじゃないの?」
「言ったであろう? 混血には用心棒の相手をしてもらう。今の新女王は先代よりも遥かに剣才では劣る様だ。魔法が効かないのであれば力と数でねじ伏せればいい」
ロウシュは不敵に笑みを浮かべる。その時マリィの脳裏に浮かんだのは恐ろしい一つの可能性。
「まさか……先代アルストロメリア女王が病で亡くなったのって……」
「無論、我らルノーラが行った事だ。その後にやって来たのだ。あの忌々《いまいま》しい用心棒め」
マリィは人伝にアルストロメリア女王の病死を聞いていた。リリィもその事件については塾での"お報せ"で知っていた。二人はロウシュの口から思いがけない真実を知り絶句する。
「上位氷魔法!!」
「ガルルル……ガボォォ!!」
何度も唱えても高熱の火炎により一瞬にて相殺されてしまう。ホヅミは逃げの一手に追い込まれていた。
(あの炎……何とかしたい)
「上位氷魔法!!」
「ガルルル……」
その時ホヅミはある事に気がついた。何度も上位氷魔法を連発していつか固まってくれる事を願っていた時だ。炎を吹く直前、キマイラは息を吸い込んでいる。
(そっか! 炎を吐き出すには空気が必要なんだ!)
突破口を見つけたホヅミは早速実行する。
「上位氷魔法!!」
猛烈な気温の急低下にキマイラは動きを緩める。
「氷槍の狙撃手!」
ホヅミはタイミングを見計らって巨大な氷柱をキマイラに向けて放つ。ちょうどキマイラは口を開いて空気を体内に取り込もうとしているところだった。
「ガルルルアッ!? ファガッ!? ガッ!?」
巨大な氷柱はキマイラの大きな口を塞ぐ。キマイラは顎が外れた様で、氷柱を噛み砕く事も出来ないでいた。
「(よしっ!)上位氷魔法!!」
慌てふためくキマイラの動きがだんだんと鈍っていき、やがては四足で立ち尽くす様に固まってしまった。
「氷槍の狙撃手!!」
「グガォォォ!」
キマイラのライオンの頭部分における両目はこれにて完全に潰れてしまう。これでキマイラは自身を追う事も出来ないだろう。おまけに動く事も。ホヅミはそう油断していた。
「ガ……ガガガオオ」
キマイラは口の隙間から呼吸を繰り返し、微かな火炎を肺の中で生成していた。その熱で凍ったはずの体を徐々に溶かしているのだ。
「キシャアアアア!!!」
キマイラのライオン部分しか注視していなかったホヅミはその声に聳動した。キマイラの尻尾を担っているヒュドラ。九体の大蛇がホヅミを睨んでいる。そしてそれに従うかの様にキマイラの胴体は歩行を始めたのだ。
「まさか……嘘でしょ……」
「キシャァアアアッ!!!」
更には大蛇の口からは毒々しい色の霧が吐き出されている。もしあれを吸ってしまえば、恐らくは命がないだろうとホヅミには理解出来た。
「氷槍の縷々!!」
幾多の氷柱が槍となってキマイラに降り注ぐ。しかし氷柱は先程とは打って変わって小さくなってしまっていた。マリィが放っていた魔法と同等かそれよりも少し大きい程に。
(え? ま、魔力切れ? どうして? 今日そんなに魔法使ってないのに)
キマイラは速度を上げてホヅミに迫る。
「上位氷魔法!」
「キシャァアアア!!」
「うっそぉ!? 全く効いてない!」
先程まで効いていた上位氷魔法がまるで通用しなくなっていた。これでは打つ手なし。いや、一つだけ残っている。ただこの魔法はまだ完成していなかった。マリィから教わった三つ目の応用魔法。特訓の最中で日が暮れてしまったのだ。おまかに魔法の反動でホヅミは一時低体温症に見舞われてしまった。
(一か八か……あの魔法にかけよう)
成功しても諸刃の剣。失敗しても諸刃の剣。どの道この魔法を唱えなければ、キマイラに殺されてしまうだろう。
「氷霧の暗殺者!」
ホヅミは成功を祈るかの様に目を瞑った。するとホヅミの体は急激に冷え始める。
(ひぃぃっ!)
ホヅミはそっと目を開ける。そこには一面銀色の世界が広がっていた。
「や、やった」
氷霧の暗殺者。この魔法は魔力によって氷霧を直接生み出す魔法である。この魔法の一つ目の利点は、氷槍の狙撃手等と同様に溶けない事。魔力のぶつかりによって消滅したり、術者の意思や放棄による霧散はあれど、単純な熱による融解は起きない。
(凄い………分かる。キマイラの動きが手に取る様に分かる……)
二つ目の利点。それは魔力によって生成した氷霧に飲まれた標的の動きを、術者が読み取れるというものだ。
「グゴォォ!」「キシャアアアア!!」
キマイラは辺りが真っ白になって見えなくなり混乱状態に陥る。尻尾の蛇は毒の息をやたらめったらに吐き散らす。けれど毒の成分はホヅミの魔法に晒されると凍りつきバリバリバリンと鋭い破砕音を立てて地面へと落下していく。
「キシ……シ、シャア」
蛇の部分は苦しそうに次々と息絶えていく。ここでホヅミの魔法の三つ目の利点。それは氷霧を吸い込んだ者に作用する。氷霧を体内に取り込む際に周囲の器官や内蔵を傷つけてしまう恐ろしいものだ。
「ゲホゲホッ!! ゲホゲホゲホッ! ゲホッッ!!?」
凍えるホヅミは激しく咳き込む。弾みで魔法を解いてしまった。その時口に当てていた掌に、何か生暖かいものが付着した様な感じがした。ホヅミは恐る恐る掌を見る。そこには赤色の血が吐き出されており、ホヅミは驚愕する。どうもホヅミは自身まで氷霧の影響を受けてしまっていたらしい。やはりまだこの魔法は未完成なのだろうとホヅミは骨身に応えていた。
「キュウウン……キュウウン」
ヒュドラの尻尾は全て絶命。残るネメアの頭部は両目が潰れ、顎も外れて口は氷で塞がれている。ホヅミの魔法で氷霧を少しずつ体内に取り込んだせいでぐったりと虫の息だ。
「氷霧の狙撃手! ………あれ?」
魔法が発動しなかった。どうも魔力をほとんど使い切ってしまったらしい。ホヅミはどうしたものかと少し考えて、腰にあるサーラから貰った短剣に手をかける。そしてホヅミはなるべくキマイラの無闇な攻撃に当たらぬ様に音を立てずにそっと気づかれない様に近づいていく。
「キュウ……キュウ……」
悲痛に唸る魔物を見た。今にも苦しそうで助けを求めている様にも見える。先程まではとても恐ろしい存在であったのに、弱ったその姿を見たホヅミの心は酸鼻を極める。
(ごめんね)
ホヅミは短剣を握り締め、キマイラの喉元に刃先を突き立てた。
「キュウウウウウンン!」
こうしてホヅミとキマイラの実戦試験は幕を閉じる。
たーた
たーた
たーたタータタータータータータータタタタタタタタァーーーー
タッ!
ターターターターーータターー
タッタータータタタター!
ドボルザーク!!!
目覚めたし!!!!
はっ!!!
作者「かぶこさん復活であそばせ!」|ω’)
ではでは、今回の魔法講義ちゃん!
第19弾ですね!
今回の魔法は、旋風の爆砲!
この魔法はですね。言うなれば設置型の風圧爆弾です!至る所に配置出来ますよ! 中位魔法クラスの魔法なので、常人は多用しないでね? ♡笑
当たればもちろん爆弾の様に吹き飛ばしちゃいます。作中ですと、ゼロさんの足、痛々しい事になっちゃいましたね。後でリリィに治してもらったわけなんですがね。
この魔法はトラップにも応用出来ますよ? 応用の応用。なはは!





