マリィ=パンプキン11
マリィとホヅミは特訓に連れ出してもらっていた。昨日と同じ箇所で留まる一行。木々は溶けて、バラバラになったその痛々しい自然の姿が残っていた。溶けた氷は水となって、一帯を水浸しにしている。自然を無闇に破壊してしまって、いたたまれない気持ちになっていたホヅミ。
「それじゃあ今から応用魔法を教えるわ」
マリィは左掌を吹き抜けに向かって突き出す。
「氷槍の狙撃手!」
カチカチカチカチと音を立て、マリィの手元には鋭い氷柱を象るように一つの氷が形成されていく。
「発射!」
何かに弾かれた様に鋭く尖った氷は凄まじい速さで真っ直ぐ飛んでいく。その速さは輪ゴムを飛ばした時の様で、その上減速はまるでしない。やがて向こうの一本の立木を激しく穿いた。奥でギギギギと軋み音を立てて、そのまま立木は倒れてしまう。片手に持つ事の出来るほどの大きさの氷だったのに、とてつもない威力のある魔法でホヅミは驚いていた。
「まずこれが一つ目ね。敵を狙い撃ちする時に使うわ……で二つ目がこれ……」
マリィは視線を戻し呼吸を整え左掌を前に突き出す。
「氷槍の縷々!!」
今度は先程と同じ大きさの氷がマリィの背後で幾多も形成されていく。
「発射!!」
鋭く風を裂く音を立てて、あっという間に向こうの木々を薙ぎ倒す。一つ目の魔法で驚いたばかりのホヅミは開いた口が塞がらない。
「最低でもこの二つは覚えてもらうわ」
ホヅミは言葉も出せずに、更に続くマリィの動向に注目する。
「で三つ目。この魔法は難しいけれど、その分極めればこの先負ける事はないはずよ」
ゴクリ。ホヅミは息を呑む。恐らくとてつもない魔法なのだろうとホヅミは考える。震える手足、早まる鼓動。マリィはゆっくりとその口を開いた。
「」
マリィとホヅミの特訓中、リリィは牢屋にて寝転がっていた。エピルカに捕まっていた時にはホヅミが着ていた服に入っていたヘアピンが二つあって、封魔錠の解錠をする事が出来ていた。だけど今は何もない。昨日も牢屋の中を手当り次第探索してみたが何もなかった。更に言うならする事もない。楽しみもない。
「はぁーあ」
リリィはため息をついていた。そんな時、奥からカチャリカチャリと足音が聞こえてきた。マリィとホヅミではない。足音は一つだけで、鎧を着用しているとリリィは推測をする。現れたのは看守を任された兵士。事態を良い方向へ導いてくれる何かかと少し期待をしていた。けれどそれは期待外れだった。リリィは再び鉄格子に背中を向けてぐったりする。
カチャカチャカチャ。
リリィは背後で聞こえる妙な音に気づいて、ちらり見やる。何と看守が鉄格子の鍵を開けて牢屋の扉を開いたのだ。
「何? 何の用?」
リリィはもしかすると外に出してくれるのかもしれないと期待して飛び起きた。だが看守は牢屋に入ると鉄格子の扉を閉めて中から鍵をかけてしまった。
「え?」
看守は兜を脱いだ。兜の下に潜んでいたニヤついた顔。困惑するリリィの様子に舌舐めずりして、その体を下から上まで舐める様に見回す。
「な、何……何なの?」
看守の不審な挙動をリリィは警戒する。
「はぁ、はぁ。実は俺……ロリが好きなんだよなぁ」
「は? え、ちょっ、来ないで! やっ」
嫌らしい手つきで両手を上げて迫る看守。ニヤけた目つきで一歩、また一歩とリリィに迫る。ついにはリリィは怖くなって、無意識に後退していく。
「さあて、その服を脱がさせてもらうぞ……うへへへへ」
ジュルと涎を垂らして獲物を狩るような眼光を露にし、リリィを牢屋の角へと追い詰める。
「く、来るな、やめ、やっ……ぎゃああああああああああ!!!!!!!!!!!」
それから時が経ち、夕方が過ぎる。封魔錠をかけられた二人は兵士達に連れられて牢屋へと戻ってきた。ホヅミは特訓のおかげで随分とへとへとになっていたが、昨日とは違いちゃんと意識を保ったままである。
「……ママ、ホヅミん」
戻ってきた二人を縋り付く様な目で出迎えるリリィは、牢屋の地べたでへたり込んで、目元を真っ赤に腫らして泣いていた。二人は何事かと思って血相を変える。
「リリィ! どうしたの? 大丈夫? 何があったの?」
マリィは問うが、リリィは首を何度も横に振って何も教えようとはしない。その様子には何があったのか全くもって想像がつかず、マリィとホヅミは首を傾げる。
「ホヅミん」
リリィは母親のマリィでなく、ホヅミの胸に飛びついた。それにはホヅミもバランスを崩して尻餅をつく。
「ホヅミん……ごめん、ごめんよぉ〜」
その言葉にホヅミはますます訳が分からなくなって混乱する。
「何があったの? 話して」
「無理……」
戸惑うホヅミはマリィに助けを求める視線を送るが、マリィは首を横に振る。
「しばらくこのままでいさせて」
ホヅミとマリィは顔を見合わせてお互いにお手上げ状態だった。
リリィが泣き鎮まった頃にちょうど食事が到着した。看守は鉄格子の下の隙間から三人分の食事を通す。食事は朝と変わらずコッペパンの様なパンに何かの透明なスープだった。ただパンの数は一つと減っていて、ホヅミは物足りないと思う。
「ん? リリィ?」
リリィは隅っこに隠れる様にして座っていた。思い出せば看守の足音と台車を引く音が聞こえ始めた頃に、隅へと移動した様な気がするホヅミ。
「リリィ、食事だよ?」
「いらない」
それにはホヅミは驚いた。リリィとの旅路で一番食い気のあったリリィが食事をいらないなどと言うなど、今までにない発言だ。マリィも驚いており、どうやらリリィは相当な重症らしい。
「きっ! この変態野郎がっ」
鉄格子の外で看守がいきなり毒づく様に捨て台詞を吐いた。それを聞いていたマリィにはその意味が分からなかった。ホヅミにも聞き始めは自身が言われているものと感じるが、この世界に来てそんな言葉を聞いたのは初めてだと冷静な思考が為される。直後ホヅミは気がつき、リリィへと首を回す。
(まさか……リリィ……)
リリィは今ホヅミの体をしている。ホヅミがリリィの症状を理解するには、それだけで十分であった。何と声をかけてあげればよいかホヅミには分からない。けれど理解した自分が何か言ってあげなければならないと、ぱくぱくする口を自制してリリィの名を呼んだ。
「あ……あの……リリィ……」
「もう寝る。寝て忘れるからもう何も聞かないで」
生気のない声で言うリリィは、こちらを向かないでそのまま丸まる様に寝転がった。残った食事は、マリィもいらないと言ってホヅミへと譲られる。ホヅミはかなりとお腹が空いていたので嬉しく思うが、同時に複雑な気持ちでもあった。
その晩、ホヅミはぐっすりと眠りについた。寝心地の悪いところだが、疲れが幸いしてすんなりと夢の中。
ホヅミは目を覚ました。そろそろ体臭が気になってきた頃だ。シャワーをしたい。お風呂に入りたい。ホヅミはつくづく思う。何とか魔法でシャワーだけでも浴びさせてもらいたい。そんな事を考えていると、真っ暗闇の奥から順々に魔法のランプが点けられていき、足音がゾロゾロと聞こえてくる。ホヅミは一昨日の様な事が起きないようにと、眠るリリィとマリィの体を揺さぶった。
「おはようホヅミちゃん……」
「おはようホヅミん……」
似た様な動作で目を擦っているところを見るに、やはり親子であると感じるホヅミ。そんな二人を微笑ましく思い、鉄格子の方へ向いては気を引き締める。やって来たのはロウシュを先頭にする複数の兵士。ロウシュは後ろで両手を組んでふんぞり返り気味の姿勢でホヅミ達三人を見る。
「約束の日だな。どうだ? 特訓の成果は」
「上々よ……と言いたいところだけど、やっぱり不安ね」
マリィに言われてホヅミは少し肩を落とした。
「弱気ではないか。分かっておろうな? そこの混血が力を証明出来なければ、貴様ら全員を廃棄する」
「分かってる……ねぇ中隊長さん、一つ提案があるんだけど」
「ん? 今更何の提案だ」
ロウシュは顔を顰める。
「私とリリィも戦うというのはどう? もちろんあなた方の目的である戦争にも参加するわ」
それは昨日三人で話し合った作戦であった。三人が戦争へと赴くための口実。それを聞いたロウシュの眉はぴくりと動いた。
「ホヅミちゃん一人に戦わせて、私達が何もしないでいるのはとても耐えられないの。ホヅミちゃん一人に命を委ねて、ホヅミちゃんが負けて、何もしないで死んでいくなんて嫌なの。それなら私達が参加した方が、勝率が上がって両者両得だと思うのだけれど」
ロウシュは聞くと、目を瞑ってちょび髭を触る。しばらく無表情で何かを考えている様な素振りを見せると、座り込んだマリィに鋭い目を向けて辛い口を開く。
「人間の体である貴様と貴様が、化け物の戦いに参戦をしていったい何が変わると言うのだ? それに余計な感情を抱かせて、足を引っ張るだけではないのか?」
「こう見えても、私の固有能力は超速魔力生成なの。一定間隔で、連続で上位魔法を放つ事が出来るわ」
それを聞いたロウシュの背後で待つ兵士達はざわつき始める。
「ほう…………そういえばそこの貴様は、増幅魔法を使っていたな。使えるのは火炎魔法だけか?」
「あとは回復魔法なら増幅魔法出来るよ。それにボクはどんな魔法だってギャッ!?」
リリィのお尻に強い刺激が走る。どうやらマリィが抓ったらしい。
リリィの発言を聞いてまたもや兵士達はざわつく。
「喧しいわ貴様ら!」
「「「はいっ!!!」」」
ロウシュの一喝で兵士達は背筋をぴんと伸ばして口を強く閉じる。
「確かに使える能力だ。だが所詮は人間の体であろう。到底化け物の手助けが出来るとは思えん」
その言い方はリリィの作戦が上手くいかなかった事を示唆する様で、マリィは歯を食いしばる。
「だが、戦争への"参戦"という事であれば認めよう。使える能力がルノーラの戦力に加わるのであればこちらもそれに越したことはない。牢屋で待つのは退屈であろうからな。精々《せいぜい》役立ってもらおう」
三人はほくそ笑む。リリィの作戦は上手くいった。これで後は戦争開始時にどの様にしてロウシュの魔力を封じるかだ。先程のリリィの言葉で、ロウシュはリリィが火炎魔法と回復魔法しか使えないと思ったはずだろう。だがそれは違う。リリィは基本的な魔法であれば、覚えている限りどんな魔法でも使用出来る。リリィにはとある魔法を使ってもらうのだ。そして無力化したロウシュを人質にとってその場から退散する。完璧な作戦だ。
話し合いを終えると、試験を行う場所へ向けてホヅミが牢屋から連れ出される。しかしマリィとリリィの二人はホヅミの戦いを見届けたいと強く要望した。よって三人共が牢屋を後にする。兵士らはルノーラに来た際の人数程であった。ルノーラの関門を通り、吊り橋を渡る。横に逸れた箇所で二人の兵士が待ち構えていた。赤いガウンの下に露出の多い薄い鉄鎧を拵えた兵装で見覚えがある。転移の空間魔法を唱えていた者達だろう。一行とその者達は円陣囲む。二人の兵士はブツブツと呪文を唱え始め、次第に魔法数式の羅列が球状に一行を取り囲み、圧縮されると一行はその場から姿を消した。
巨大な大空洞。ルノーラが嘗てより所有している鉱山にて、鉄鉱石の発掘をしている際に発見された場所であった。壁には魔法のランプが張り巡らされていて明るい。付近では発掘作業がされ切っており、今ではただの空き地と成り果てている。ロウシュ一行はそこへと転移した。
「今日貴様に戦ってもらうのはあの魔物だ」
「グゴォォォ……」
数十メートル先には巨大な鋼の檻がずしりと置かれていた。その中に収まる生物の鳴き声からライオンの魔物であるとホヅミは思うが、そんな単純明快な風貌ではなくその悍ましさにホヅミは身を硬直させる。悪魔の様な黒い角が頭から伸びて、威厳ある立派な茶色い鬣をしたその生物は、魔物であるからに普通のライオンの五倍は大きく見える。だがそこまではキングベアーの様に熊を巨大化させた様な魔物を見たホヅミにとっては予想に耐えうる範囲だ。ホヅミの恐怖を更に煽ったのは、大きな鶯色の翼にその緑色の尻尾。特に尻尾は、ヤマタノオロチの様に複数の大蛇が担っている。毛皮は毒々しい紫色を帯びており、鋭く大きな牙と爪を光らせる。
「あれは我々の生み出した合成体、キマイラだ。潜む悪魔、バフォメット。鋼の獅子、ネメア。黄金の竜、オウルドラゴン。呪いの化身、ヒュドラ……それぞれBクラス、Aクラス、Aクラス、Sクラスの魔物を掛け合わせた。但しバフォメットはただの合成用の媒介に過ぎん」
「そんな……聞いてないわ。いくらなんでも」
マリィもリリィも愕然としている。
「言っていなかったが、そもそも貴様らを捕らえた理由は、そこの混血の方が操りやすいと踏んだからだ。本当であればあのキマイラを使い、目的を果たすつもりであったのだが、あれは手懐けが難しくてな。人の言葉が分かる貴様らの方が汎用性が高く何より安全である」
キマイラの首には絞輪錠が嵌められており、それを発動させてから一人の兵士は檻に向かう。
「そこの混血が強ければあのキマイラは廃棄する。だが弱ければ、予定通りあのキマイラを起用する。つまりこの試験で生き残った方を使う」
三人は何も言い返す事が出来なかった。やがてキマイラの入った檻は開けられる。兵士は魔力を行使しつつゆっくりと檻から離れる様に後退していく。けれど兵士は気づいていなかった。
カブリ!! ミシャミシャ! ミシリミシリ!
キマイラは発動した絞輪錠に屈したフリをしていたのだ。そして隙を見計らって、絞輪錠の魔力媒介人である兵士は瞬食されてしまう。それを見ていた全員は揃って唖然とする。中でもロウシュは度肝を抜かれた様に、怒りが暴発した。
「何をやってるんだあの馬鹿野郎はっっ!!!!!」
ゴクリ、キマイラはかなりお腹が減っていた様でぎらり標的を一行に定める。
「うわぁ、来る!」
「早く転移の準備をしろ!!」
兵士の一人が情けない声を上げるとロウシュは大声で指示を出す。
「貴様! 何を放心している! 早くあれと戦わんか!」
「ぅえ、えっ?」
凄まじい勢いでホヅミ達の方へと駆けるキマイラ。ホヅミは慌てて両掌を前方へと翳す。
「風の弾丸!」
大きな球状の空圧はキマイラ目掛けて発射された。キマイラは空圧に後ろへと押し戻される。
「ググ………グゴォッ!」
だがキングベアーの時の様にはいかなかった。キマイラは空圧を背後へと受け流して、再び体勢を整える。
「準備が出来ました!」
「よし貴様ら! 混血を置いてこの場から離脱だ!」
ロウシュはマリィとリリィの襟元を掴んで後ろの円陣へと乱暴に放る。自身も円陣の中に入ると、兵士に合図を出した。
「転送開始!」
「おい貴様! 絶対勝てよ! 勝たなきゃこの二人を」
ロウシュの叫びを遮って空間魔法が作動。ホヅミを残し、他の者はこの場から姿を消す。
「グルルルル!!」
「こ………こい」
緊張で体が強ばり、恐怖は極限状態にまで高まる。逃げればリリィとマリィが殺されてしまう。後には引けない。自分がやるしかないんだと、ホヅミは自身を鼓舞した。
ホヅミ「ゴホンっ……え、ええと、今回の魔法講義ちゃんなんですが、作者さんに代わって私が執り行う事となりました。作者さんなんですが……見ての通り……」
カチンコチン
リリィ「やっほー、実はホヅミんに頼まれちゃって。この凍った人を溶かしてるんだよねー。あ、魔法切れた。下位火炎魔法!!!」
ホヅミ「という訳なんです……あはは。なので私が担当します」
ホヅミは手に紙を持つ。
ホヅミ「えと、魔法講義ちゃん第18弾! 今回の魔法なんですけど、私が初めて覚えた魔法をご紹介します。この魔法は風の下位魔法です。とても弱い魔法で、単一魔法だと攻撃魔法にすらならない魔法で、別の用途で用いられています。戦いでは攻撃を躱したり、日常生活では涼んだりする事が出来ます……ど、どうですか? 伝わりましたか? 初めてなので、上手く話せなかったかも……あはは」
リリィ「ホヅミん大丈夫! ボクにはちゃんと聞こえたし理解出来たよー! ……下位火炎魔法!」
ホヅミ「ほんと? 良かったぁ〜。それじゃあ最後に、私がその魔法を使ってみせますので、よぉく見ててくださいね。まず、攻撃を躱す時」
ホヅミは呼吸を整えて、右掌を斜め下部に向ける。
ホヅミ「せーのっ、下位風魔法!! きゃっ!?」
リリィ「ん? わわわわわ! ホヅミん飛んできたぁーっ!!」
ホヅミ「ぎゃっ!!」
ガッシャーン!! ガシャガシャガシャガシャ!!
ホヅミ「あ痛たたた………あ」
リリィ「……………」
チーーーーーン。





