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追われかぼちゃと勘当姫  作者: 憤怒の灰かぶり
第三章
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マリィ=パンプキン9

もしもこの機会でなく早くの段階で申し出ていれば、猜疑心さいぎしんの強いロウシュは人質の提案など聞こうともしなかっただろう。ロウシュがホヅミに魔法の技術がない事に納得し、生まれた隙。しかもこの実戦試験でリリィの体内で生成される魔力量を目の当たりにすれば、その戦力欲しさにロウシュはマリィの提案に食いついてくる。マリィはそこを突いた。


「ほう、面白いことを言うではないか」


ロウシュは興味有り気にマリィへと向き直る。


「あの子はまだ下位の魔法しか唱えていない。私が上位魔法を教えるわ」


マリィが言うとロウシュは、檻開けの兵士に指示を出す。そして今まさにキングベアーは前に立ち塞がるリリィの背後にいるホヅミに向けて、鋭く巨大な爪を振り下ろした。


「キュオアアアアア!!!!!」


首が絞まり悲痛な叫びを上げて倒れるキングベアー。大きな地鳴りが響く。それには視界がおぼろげなホヅミも、自身が命を拾った事を察した。


「ホヅミん聞こえる?! ボクだよ?! リリィだよっ?!」

「……リ……リィ」


決死の覚悟であったリリィはキングベアーが倒れる直前を見ていた。首元の絞輪錠ストレンジオフに手をかけて苦しむその姿を。リリィはキングベアーがそうなった原因のある方へと顔を向ける。目に付く所では、マリィとロウシュが向き合って何かを話している様だった。それを見たリリィはママが上手くき伏せてくれたのだと感極まり、敬いの目を向ける。


「そうか。我々も今回の様な事を予見しての試験だ。存外でなかった。貴様の案、乗ってやろう。だが時間が惜しい………二日だけ待つ」

「わかったわ。ただこの錠がかけられてると魔法が使えなくて教えられないから、外してくれるかしら?」

「……ふん、良かろう。左手を出せ」


ロウシュはマリィの元に歩み寄る。マリィの首にもキングベアーと同じように絞輪錠ストレンジオフをかけているとはいえ、マリィの動向にはよく注意を払いながらその左手の封魔錠スペルオフを解錠した。


「二日後に再び試験を行う。ただし言っておくが、次に用意している魔物はキングベアーよりも強力だ」

「一ついいかしら? あなた達の目的は何?」


ロウシュは鼻下のちょび髭を整えながら、ニヤリと笑う。


「戦争だよ。とある国を落としたいのだが、間が悪くその国には勇者と名乗る用心棒がついてしまってな。用心棒は我々ルノーラの軍をたった一人で押し返してしまった。聞けば多勢のAクラス以下の魔物を一人で返り討ちにしてしまうほどで、最近ではS(スーパー)クラスのキングベアーですらたった一人で討伐してしまったらしい」


マリィは眉を顰める。多くの実力者が多勢集まってやっと斃す事の出来るS(スーパー)クラスの魔物をたった一人で倒してしまう程の実力を持っているという事は、勇者というのも頷ける。


「それでリリィの力が必要と?」

S(スーパー)クラスを一人で片付ける規格外の化け物だ。化け物に化け物をぶつけるのは定石じょうせきであろう」

「な、リリィは化け物なんかじゃないわっ!! 私の可愛い娘よ!!」


マリィは眉をり上げて怒りを顕《 あらわ》にする。だがロウシュはまるで物ともしていない。ロウシュによってリリィやリリィの友人と共に一度に命を握られている事で、憎いその顔に一撃入れる事すら出来ずに無念であるマリィ。切れて血が流れるほどに唇を噛み締める。


「化け物であろう? 純然たる。魔物と人間の混血など気味の悪い生き物、化け物と言わずして何と言うのだ? ふっふっふ……片腕を失くした貴様も、化け物の親らしく化け物らしい風貌ふうぼうであるわ! とてもよくお似合いだ、化け物親子め」


マリィの後ろで足音がする。そこには兵士に連れられたリリィの姿があった。リリィは兵士を振り払い腰をねじって飛び上がる。足を突き出して、ロウシュの首元に鋭い蹴りが向かった。


「貴様、分かっているのか? 貴様の行動一つで、私の機嫌が変わり、私の行動一つで貴様ら三人の首は潰れるのだぞ?」

「!?」


ロウシュはリリィの蹴りを腕で防いでいた。運動神経は高めであるリリィであったが、それは紛れもない少女の蹴り。大人の男であるロウシュに通じるはずもなかった。


「どうやら理解した様だな。まあこの様なくだらない事で貴様らを殺してもつまらん。貴様が選べ。貴様の母親の残った腕か、私の靴を舐めるか」

「子供になんて事要求するの! いいわ、私の腕を持っていきなさい! 魔法はリリィに」

「黙っていろ欠陥品けっかんひん! 私はこれに聞いたのだ。さあ選べ。貴様の母親の腕を切り落として、より化け物らしくするか、ペットの様に私のくつを舐めるか」


マリィは拳を強く握るが、その拳をロウシュにぶつけてしまえば三人が同時に殺されてしまうだろう。マリィは逸る気持ちを押し殺して、じっとしていた。ロウシュが同様の絞輪錠ストレンジオフを三人に嵌めたのは、こんな時のためなのかもしれない。


「さあ早く選べ、さもなくば」


リリィはぎこちない動きで地面に膝をつく。四つん這いになると、ロウシュが前に出した靴のつま先を見つめる。そして顔を近づけて、リリィはロウシュの靴を小さく出した舌でひと舐めした。


「もっとだ。まだ汚れが残っているぞ」


リリィは躊躇いを押し殺して、ロウシュのくつを舐め回す。土汚れが隅から隅まで取れるまで、何度も何度もその舌を酷使した。


「良いだろう。先の事は水に流そう」

「ぺっ! ぺっ! ぺっ! ぺっ!」


リリィは舌についた泥を地面に吐き散らす。ロウシュは満足した様に笑いを零すと、マリィとリリィの背後にいるホヅミへと目線を移した。


「その者に回復魔法を。奥のキングベアーは廃棄だ。それから広場の地面をならしておけ」

「「「はっ!」」」


ロウシュの指示に従い兵士達は動く。まず檻開けの兵士は手を挙げて魔力を放出。共に上がる悲痛な断末魔を広場の全員が耳にした。そして一人の兵士はホヅミに下位回復魔法ヒールをかけ始める。


「さて、魔法を教えると言ったがどのように教えるつもりだ?」

「私は昔、氷魔法を教える講師をした事があるの。氷の上位魔法から応用魔法まで全部あの子に教えるつもりよ」

「二日で出来るのかね?」


ロウシュは半ばせせら笑いながら言うが、マリィの揺らぎない瞳を見て本気で言っているのだと理解すると途端無表情になる。ロウシュは目を瞑った。ちょび髭を弄りながら何かを考えている様だ。目を開けると綻んだ口で話しを再開する。


「分かった。だが魔法の訓練であれば国の外で行ってくれ。そこの化け物の魔法は想像以上に砦を壊してしまうからな」


ホヅミの魔法によって抉られた地面を兵士達が均す様子を改めて見るように促す。


「二日後まで……この人間の体に入った貴様の娘は人質として牢屋に入れておく。念の為に貴様らには付き添いも付けておくが、くれぐれも逃げる事のないように」


ロウシュは乱暴にリリィの髪の毛を鷲掴みにして引っ張る。苦悶の表情を浮かべるリリィ。マリィは咄嗟にリリィへと手を伸ばすがすぐに引いた。


「逃げないから離してよ! 髪の毛ちぎれちゃう!」


痛がるリリィ。そこに一人の兵士が駆け寄ってくる。兵士に手渡されたロープをロウシュは受け取ると、リリィの絞輪錠ストレンジオフに通して縛り、ロープをリードの様にして持った。


「では期待しているぞ」


ロウシュはリリィを引き連れて砦の中へと戻っていく。リリィは不安気な視線を残し、ロウシュの後へ着いていく。マリィはそんなリリィを心苦しく見送った。そうこうしている内にホヅミの治療が終わる。脳震盪のうしんとうも治まった様で、ふらふらと立ち上がり事態の収拾に努めようとするがなかなか呑み込めない。


「リリィのお母さん?」


するとマリィはホヅミに向き直る。重い表情で真っ直ぐホヅミを見詰めた。


「あの……いったい何が」

「ホヅミさん、これから私はあなたに魔法を教えなくちゃいけない」

「それって……」


マリィの真剣な眼差しにホヅミの胸はぐっと締め付けられる。


「生き残るために協力してくれる? お願い」


優しい口調に含まれたしたたかな思いを感じ取ったホヅミは、無意識に首を縦に動かしていた。





ホヅミとマリィは幾人かの兵士に連れられてルノーラの外へと出向いた。ルノーラ周りは立木もなく周囲を把握しやすい様になっていた。どんな敵が攻めてきたとしても対処しやすい様にだろう。ホヅミとマリィはルノーラから離れたとある一角で留まる。そこは林のすぐ手前だ。


「それじゃあ今からあなたに魔法を教えるわ。私は氷魔法しか使えないから、氷魔法限定になるけれど」

「はい! お願いします!」


マリィは林に向けて左掌を突き出す。目を閉じて深く呼吸をした。


中位氷魔法コヒューム!!」


カチカチカチカチ。

マリィの前方の宙にはたくさんの氷の粒が疎らな大きさで生まれる。更には周りの木々は風に葉を揺らしているのにも関わらずマリィの前方の木々だけ時間が止まってしまった様に凍りついていた。ホヅミには覚えのある光景だ。それは自身が初めて使った下位氷魔法ヒュルル。けれども音の鳴り方や宙で生まれた氷も、マリィのものよりも断然に違った。


「これが中位レベルの氷魔法よ。最も、あなたの体で唱えればもっと威力の高い魔法になるわ」


腰に手を据えてホヅミへと説明する。


「まずあなたには今の魔法を覚えてもらいます。本来なら魔法学からしっかり理解した上で、レベルの低い魔法で慣れてから安全に覚えるのが普通なの。大きな魔法程、それが不完全だったり体に見合わないレベルだったりするとその副作用や代償は大きいからよ。でもあなたの……リリィの体は特別。魔力量が膨大だから、ひたすら魔法が出来るまで唱え続けても平気だわ。リリィが間違った氷の上位魔法を唱えてた事があったの。暑いからって毎日毎日、そう毎日唱えていたわ。でもリリィには何ともなかったわ。だから氷の上位魔法程度までなら、例え不完全でも副作用や代償はほとんどないから安心して」


ホヅミは"安全に"という言葉が気になった。回復魔法でリリィが酷い目に遭っていた件を思い出す。マリィの言う副作用というのは、あの一件が該当するだろう。

マリィはホヅミの元へと寄って、体のあちこちを触り始める。細かくホヅミを観察しながら、その姿勢を整えていく。


「あの……リリィのお母さん」

「マリィでいいわ」

「……マリィさん、実は私、魔法学とか習った事ないです」


これを言うのに躊躇いを感じていたホヅミ。命のかかっている状況なのにも関わらず、マリィの足を引っ張る様な事実を明かすのがとても怖かった。恐る恐るマリィの顔色を窺う。


「そうなのね」


予想外の軽い反応であった。今から行う特訓では魔法学の知識を要さないという事だろうか。

ホヅミはふと気がつく。久しく忘れていた義務教育という言葉を。この世界は日本と違い義務教育は徹底されていない。そもそもホヅミの世界でも日本以外で見れば義務教育も行われていない国さえあるのだ。この世界ではとことんホヅミの常識は無にすのである。


「両手を出して、目を瞑って? 鼻先に全意識を集中しながら鼻で深呼吸を十回」


ホヅミは言われた通りに行った。


「息を吸うと同時にお腹を膨らませて、吐くと同時にお腹を凹ませる」


マリィはホヅミのお腹に手を当てながら言う。学校の音楽の授業で習う、腹式呼吸をさせられているみたいだった。


「氷魔法の鉄則は冷やそうって考えるだけじゃ足りないの。そこの所初心者の子は大体勘違いしているわ。空気の流れを止める。風の流れを止める時の流れを止める。心の揺らぎを止める………そして固める」


ホヅミは深層心理に入っていた。五感から感じる全てものを止める。止まった世界で、ホヅミはじっと一つの何もない空間に焦点を合わせていた。


「下位魔法が花ならば、中位魔法は花畑。好きなお花畑の記憶の一面を切り取って、あなたの目の前に置くの。それは変わらないままあなたの目の前で広がり続ける。いいえ、変えさせないように、氷漬けにしてしまいなさい」


そして今、ホヅミは目を開く。


中位氷魔法コヒューム!!」


バキバキバキバキバキッ!!

ホヅミの前方にある木々は風の影響を受けずに固まったまま。宙に散らばった氷塊はガリンガリンと地面へと落下する。ホヅミは足を前に踏み出した。踏まれた草は簡単に粉々《こなごな》に砕けてしまう。辺りには変わらず吹く風によって冷気がただよい、兵士達は身を震わせていた。


「一回で出来ちゃうなんて筋が良いわ。後は何度か唱えてれましょう。そうしたら次は上位魔法よ」

「はい!」


それからマリィとの氷魔法特訓が続いていく。



「どうしよう、オレリリィを助けた方が良かったのかな」


ゴズは一人、シンア村付近の森で考えていた。


「でもあそこでリリィを助けたら、リリィの母上が殺されてしまうであろう」


ゴズは人型になったり竜型になったりと繰り返して頭を捻りに捻る。腕を組んで胡座(あぐら)をかいて、はてまたフラミンゴ立ちに逆立ちをしたりと体勢を変えて案の捻出を試みる。


「そうだ! リリィもリリィの母上も……ホヅミも今から助けに行けば良いのでは! オレ、頭良い!」


ゴズは竜の姿へと変わって飛び上がる。そしていざ行こうとした時、ゴズは重大な事に気がついた。


「あ! オレ、リリィの場所分からない!」


ゴズは地に舞い降りて再び考える事に時間を費やす。


「……よく思い出そう……確か……テイコク……テイコクって何だ? ……」


ゴズは悩みに悩んだ末にある決断をした。


「そうだ。リリィはウンメイの人なんだ。空を飛んでいれば、きっとまた会える! はっ! やっぱりオレ、頭良い!」


ゴズは空へと飛び上がると、直感で決めた方角へ向かって飛行を開始する。

さて、いつまた出会えるのやら。




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