マリィ=パンプキン5
「……朝だ」
ホヅミは目を覚ました。まるでついさっきまで起きていたかのように頭が冴えている様だ。ホヅミはぐいっと上半身を起こす。
「リリィ!」
ホヅミは隣のベッドのカーテンを開くとリリィがすやすやと気持ちよさそうに眠っていた。ホヅミはそっとリリィの額に掌を乗せると、昨晩の高熱が嘘のようにすっかりと引っ込んでいた。
「良かったぁ、リリィ」
ホヅミは安堵の胸を撫で下ろした。
ぐぅ〜。
「そういえば昨日は旅館で朝食を食べたのが最後だっけ」
安心したせいかホヅミのお腹が軽快にお腹が鳴っている。
「ん? 何この良い匂い」
診察室を出るともう一つ先の奥の部屋からカチャカチャジューと物音が聞こえてきていた。そこからは美味しそうな料理の匂いが漂ってきている。それにつられてホヅミは足を運ぶと、そこではカリマが料理の支度をしていた。
「おや、見つかってしまったね。実は二人が起きる前にこっそり朝食を用意しておこうと思っていたんだ。私は出張に行かなくてはいけないからね」
と頭を抱えて困った様に笑うカリマ。
「先生、本当にありがとうございます! 私の友達を、リリィを救ってくれて!」
ホヅミは頭を深々と下げる。カリマはそんなホヅミを優しい目線で見下ろしていた。
「リリィくんの事を、大切にしてあげてください。これから先……ずっと。どんな事があっても、見捨てないでください」
「はい!」
しばらくそうしていると次第に焦げた様な臭いが出始めてカリマは慌てる。
「わわっ! ちょっと焼きすぎてしまった! 仕方ない。これは私が食べましょう」
作っていたのは目玉焼きの様だ。しかしこの世界ではまた違う呼び方をするのかもしれない。
「それって何て料理なんですか?」
「おや? この料理を知らないんですか?」
(あー言っちゃった。またややこしくなる)
目玉焼きは日本で知らない者はいないと言われるほどの料理だ。恐らくこの世界でも目玉焼きを知らない者はいないと言われるほどに有名な料理なのだろう。
「もしかしてホヅミさんて、イリッシュ大陸の方ですか?」
「え?! あ、はい、そう、そうです、はい、あはは」
(咄嗟にはいなんて言っちゃったけどイリッシュ大陸ってどこぉ〜!? これ以上質問しないで! もう答えられないぃ〜)
「イリッシュ大陸は鎖国政策を行っていますからね。なるほどです。私的にはイリッシュ大陸の料理など知りたい気持ちもあるのですが……」
と何か伝統的な料理を知りたそうにしているカリマ。もしかすると趣味は料理なのかもしれない。医者でも人の体を切り刻むから、それに似た切り刻んだりする料理も好きなのだろうかと勝手な偏見を抱いてみたりする。
「い、良いですよ〜」(とりあえず適当な日本の料理教えとけば大丈夫でしょ!)
「では、卵料理などを」
ホヅミはお箸とお椀を手に取った。卵を二つ割ってかき混ぜる。フライパンには油を敷いて火を通す。食塩を少々溶き卵にふりかけて更に混ぜる。フライパンに流し込む。何層かに分けて卵を折りたたんでいく。
「はい……で、でで出来ました〜これぞイリッシュ流卵焼き〜なんつって…………」
黙りこくったままじ〜っとホヅミの作り上げた卵焼きを見つめるカリマ。その視線にホヅミは冷や汗が流れ出るばかりだ。
「斬新ですね! 本来卵焼きというものは黄身の綺麗な形を守りつつ焼き上げるのに対し、イリッシュ大陸では黄身と白身をかき混ぜる。そして更に予め味付けをしておく事でそのまま食べる事が出来ると! 素晴らしい! いや素晴らしいですよ! 料理を嗜む者としてこの様な斬新な発想はとても愉快ですね! 勉強になります」
「あはははは〜それほどでも〜」
(えっ、上手く誤魔化せたぁーっ! ていうかあれ普通に卵焼き言うのね! 確かにね! 目玉焼きなんて目玉を焼いただなんて名前グロテスク過ぎるもんね!)
そんなこんなでカリマとホヅミは料理を通じて仲を深める事となった。医者というだけで天の上の人だと自ら関わろうとしなかったホヅミにとってはとても新鮮な気持ちだ。
朝食の用意はホヅミの卵焼きとカリマの卵焼きに、木の実を練り込んだパン、それから温めた山羊のミルクだ。ただカリマは出張に行かなくてはならないとの事で、先ほど焦がしてしまった卵焼きだけをその場で平らげると、出かける支度を始めてしまった。
「残念です。リリィもカリマ先生とお話したかったでしょうに」
「ああ大丈夫ですよ。リリィくんならまだ起きませんから」
「え?」
ホヅミは疑問に思った。なぜリリィはまだ起きないのだろうか今朝ホヅミが様子を窺った感じだと今にもリリィは起きてきそうな程に顔色が良くなっていた。
「ああ、ちょっとした睡眠薬ですよ。体力をしっかり回復してもらうためにです」
「ああー」
納得のいく理由だった。
「せっかくですからリリィくんが目覚めるのを待って、温め直してから食べてください。一人で食べるのはリリィくんが可哀想です」
「はい」
支度を済ませて頭に黒いハット被ると、鞄を抱えてカリマは入口に立つ。
「くれぐれも……リリィくんを」
「はい! …………?」
すると何か言い残したげな雰囲気でカリマは扉を開けるのを躊躇う。
「では」
その一声を皮切りに扉を開けて出ていった。リリィの事に関してはよっぽど心配なのだろう。ホヅミは自分もあの様に親身になって心配してくれる先生が欲しかったという気持ちが心に残った。ホヅミは穏やかな笑みを浮かべて踵を返す。
「わあっ!? り、リリィ! 起きたの?」
「うん……何かすっごい眠ってたみたいだね……しかもここどこ?」
リリィは眠たそうに目を擦りながら辺りを見回す。
「ん? あっ!? 食事じゃん!! え? これホヅミんが作ったの? え、何何この黄色いの。卵焼き?」
「それはここの家の人と一緒に作ったんだよ」
「へぇーそなの」
リリィは席につかずにつまみ食い感覚でホヅミの作った卵焼きを一口で平らげる。
「こーら。行儀悪いよ? ちゃんと座ってから食べよ?」
「んー、ホヅミんたらママみたいな事言うー」
二人は互いに向かい合った席に着く。
「「いただきます」」
途端違和感に思ったホヅミ。この世界にもいただきますという挨拶は存在していたという些細なことだ。特に気にしても意味はないのかもしれない。
「ん? ホヅミん? 何してんの?」
「あー何でもないよ……ってこれ……冷めてる」
「そっか! ホヅミん知らないもんね!」
と冷めた山羊のミルクを手に取るホヅミを見て嬉しいそうにするリリィ。
「これね、食器の方に術式が篭ってるの。ちょっとした魔力を込めるだけで……ほら! 冷めた料理もぽっかぽか」
手渡された山羊のミルクからは湯気が立っている。
「あ、ありがとう……何かコマーシャルみたい」
「? こまー……何?」
「何でもない、日本の特有の創作物みたいなの」
首を傾げるリリィ。ホヅミは早速教わった通りに他の冷めた料理を温め直す。
「んーっ! 美味しいー!」
特に木の実を練り込んだパンが良い焼き加減でホヅミを満足させていた。
「そういえばホヅミん、さっき言ってたこの家の人って?」
「え? あーそうそう。言っとかなきゃね。私は知らないんだけどさ、リリィの住んでたトト村って所に健康診断とか臨時講習に来てた、カリマ・イエスマンさんっていうお医者さんだよ。リリィの体調を治してくれたのもその人のおかげ」
それを聞いた途端リリィの手からはナイフとフォークが離れて地面にポトリと落ちてしまう。リリィは驚きの顔を見せていた。それもそうだろう。何年も前も昔の先生がいたというのだから。カリマがリリィを大切に思うように、リリィもカリマを大切に思っていたに違いない。いや、そうであって欲しい。
「あ……っく……ふぇっ……」
リリィは口を片手で覆う。目はうるうるとしていて今にも涙が溢れそうであった。
「カリマ先生が……カリマ先生…………カリマ先生!」
堰を切ったように涙が食べかけのパンにポタポタと落ちていく。食事を忘れてしまい、泣くのに夢中なリリィをホヅミは微笑ましそうに見詰める。
「リリィ、パンがびしょびしょになっちゃうぞ」
「ひっ、くっ……だって……だって……ボクにもまだ………………味方がいだんだなぁっでっ……っく……もうじってるはずなのに……魔物の血って……知ってるはずなのに…………うっく…… ひっくっ」
最早食事どころではなくなってしまったようだった。
コンコンコン。
するとドアをノックする音がした。
「イエスマン氏! いらっしゃるか?」
「リリィ、ちょっと出てくるね」
「ゔん」
ホヅミは扉の鍵を開けようとするが閉まっていなかった。なのでそのまま扉を開けたその瞬間、扉はホヅミから引き剥がされるように無理矢理開かれた。
「え……と……兵隊さん?」
鉄の甲冑に鉄の槍、武装した兵士が流れる様に家の中に上がり込んできた。その数十五人。リリィも何事かと目を見張っていると、後に続いて入ってきたのは肩章をつけた高貴な軍服を拵えた中年の男性で、ちょび髭が生えておりどこかで見たエのつく人間に似ている様な節が窺える。
「リリィ・パンプキン及びその付きの者! ルノーラ皇帝から捕獲の命が出ている! 神妙にお縄につけ!」
胸を張り見下すような目線でリリィとホヅミに威張る兵隊長らしき男。対し何が起きたか分からないと言った様子のリリィとホヅミ。警戒する二人は席を離れて後退した。
「ここはカリマ・イエスマンさん宅です!どうしてリリィを求めてここに…………まさか」
「そのまさかだ。カリマ・イエスマン殿は快く貴様らの引渡しにご協力頂いた」
ホヅミは驚いた。なぜならカリマ先生を信じきっていたからだ。リリィの体を治してくれたのもカリマ先生のおかげだ。朝共に料理を作りあっていたあのカリマ先生がと、ホヅミは耳を疑った。
「そんな……そんな訳ない……カリマ先生がボク達を……ボクを…………そうだ……嘘だよ……嘘に決まってる! カリマ先生はそんな事しないもん! だってカリマ先生は……」
ホヅミ以上に激しく動揺するリリィ。
「おい、カリマ! どうやらお前は随分と信用されているらしいな!」
肩章のちょび髭が呼ぶと、ゆっくりとその姿を現したのは紛れもないカリマ・イエスマンだった。
「何で……何で……あんなにリリィを大切にしてって言ってたのにっ!!」
「ホヅミさん……でしたか? 正直な所、あの話を窺っただけでは信用にするに値しません。しかし正しいにしろ正しくないにしろ念の為お二人共捕獲の必要がある旨を伝えさせていただきました」
ホヅミの知っているカリマの朗らかな笑顔とは全く正反対。冷ややかにせせら笑うその姿はまるべ別人格のよう。
「カリマ……先生! カリマ先生! 嘘ですよね! …………だって先生はいつもボクの事を褒めて」
「魔物を褒める言葉など持ち合わせてはいません。魔物は死した時初めて褒められるのですよ……よくぞ死んでくれた……と」
「?!…………」
冷徹に嘲笑う様にカリマが浴びせたその言葉はリリィの眼前を暗く塗り替えてしまっていく。
「カリマ先生……私はあなたを信用していました。でも……あなたは言ってはいけない事を言いましたね」
「ホヅミさん、もしあなたが本当にホヅミさんで人間という中身を持っているのなら分かるでしょう? 魔物というものは恐ろしい生き物です。生きていてはいけない邪悪な存在なのです」
「リリィは違う! リリィは邪悪なんかじゃない!! ちょっと無鉄砲で、明るくて、天然だけどいざっていう時に頼りになって、隠れてこっそり徹夜して見張り番したり、どこかからともなくたくさん木の実を取ってきて食べてたり、得意な魔法で子供達と遊んだり、泣いている子がいたら見捨てられなくて自分が辛い目に合ってでも助けようとしたり、もう無茶しないって約束もしてくれたし、そんな良いとこばかりのリリィが邪悪なわけないでしょ!!!」
ぎろりとカリマを睨めつけるホヅミ。カリマは無表情で冷たくホヅミを見下ろしていた。
「ホヅミん、ありがとう…………増幅魔法!」
すると部屋の中で大きな火炎が渦巻き始める。リリィは家が燃えないように火炎を伸縮させて制御していた。それには兵士達も手も足も出せずに立ち往生している。
「ホヅミん、今のうちに」
「うん…………っ!?」
リリィと息を合わせてその場から逃れようとしたが、次の瞬間体を強烈な電気が駆け巡るかの様に全く手足が動かせなくなって二人共その場で倒れ込んでしまう。牽制のために出したリリィの火炎も瞬く間に霧散して、二人を守るものは何もない。
「ようやく麻痺毒が効いてきたようだな。カリマ」
ホヅミもリリィも体中の筋肉がつってしまったように、どんなに動かそうとしてもピクリとも動いてはくれない。
「何で……リ、リィを……?」
辛うじて出す事の出来る声を絞り出してホヅミは問う。
「リリィという者がその強大な力を用いてハイシエンス王都を滅ぼした事は知っている。陛下はその大きな力をお求めになっているのだ」
つまりリリィを兵器として軍事利用しようとしているのだろう。けれど今のリリィはホヅミの体と入れ替わってしまっている。もし捕まったとしてリリィの体を上手く使いこなせずに見切りをつけられれば即殺されてしまうだろう。
「どうもそちらがリリィという者らしいな。まあどちらでも構わんが……我々の用のあるのはその肉体だ」
肩章ちょび髭が指示を出すと二人ずつ兵士がリリィとホヅミの元に寄ってくる。ホヅミの両腕は後ろに回して封魔錠をかけられて、リリィの両腕もまた同じようにされようとしている。
「下位火炎魔法!」
「うわあっちちち」
「ぎゃあっ!」
リリィは火炎魔法を放ち、兵士二人を後退させる。
「入れ替わり……と言ったか。確か王都を滅ぼしたのは火炎魔法を使っていたと聞いた」
肩章のちょび髭がゆっくりと這いつくばったリリィの元へと歩み寄ってくる。兵士は先ほどの魔法で警戒心を高め、リリィに槍を向けて威嚇していた。肩章のちょび髭はその兵士達を抑える様に手振りする。
「人間の体ではあの様な強大な魔法は使えない……貴様がリリィだな?」
しゃがみこんでニヤリと邪悪に笑むちょび髭。リリィの目には以前苦戦を強いられ挙句の果てに捕まり、指の骨を何度も折る拷問を繰り返してきたエピルカ=シエンスの影が重なって見えた。震えが止まらない中で負けじと睨みをきかせて肩章ちょび髭を見上げる。
「確かマリィとか言ったな……貴様の母親は」
頭の中が真っ白になったリリィは開いた口が塞がらない。
「ま……ママ? ママに……何を……」
「何もしちゃいない。身柄を拘束しているだけだ。もとよりあれを餌に貴様を誘き出すつもりだった」
「生き……てるの? ママが……ママ」
衝撃の事実にリリィはこんな状況にも拘わらず胸が高鳴る。肩章のちょび髭がその様子を見て、無抵抗である事を確認したところで兵士達に合図をした。リリィの両腕も背中で固定。封魔錠をかけられる。
「ママに……ママに会わせて!」
「ああもちろん」
こうしてリリィとホヅミの二人はルノーラ帝国の兵隊に捕まってしまう。カリマ宅から連れ出される間際、ホヅミはちらりとカリマを睨んだ。よくも騙してくれたなと、精一杯の念を込めて。しかしその時のカリマの表情は先程の様な冷たい表情でなかった。何かを悔やんでいるように下唇を噛んでいる。
『リリィくんの事を、大切にしてあげてください。これから先……ずっと。どんな事があっても、見捨てないでください』
そう言った時のカリマの面持ちに似ている気がしたのであった。
えっと、前回前々回は失礼しました!!
私とした事が、不覚。エピルカなんぞにやられてしまうだなんて!!でも無事ですよ!!こうして生きてます!作者権限で蘇りましたから!あはははは!
では、今回もやっていきまっしょい!
魔法講義ちゃん第12弾!!!だん!!!だん!!!だん!!!だん!!!
今回ご紹介する魔法は!!超位火炎魔法!
作中でリリィが元の体で使用しておりましたね。
あの完全無欠かと思われたデスドラゴンでさえも黒焦げですよ。ただその時はね、増幅魔法を用いていましたがね。
それでこの魔法、下位火炎魔法とは対して変わらないのですが、その凄さはとにかくでかい!!
また下位火炎魔法よりも温度の高めな炎となっています。
増幅魔法ありですが、デスドラゴンの巨体も容易に包み込んでいましたね。
きっとデスドラゴンさんは呼吸もまともに出来なかったのではないのでしょうか??
でもそろそろリリィさん。
応用魔法覚えた方が良いんじゃないすか?
単一魔法だけじゃ燃やせない敵も出てきますよ??





