どこにも行かせないよ4
ホヅミとリリィの二人はニト町を出て、ソウハイ山の麓へと向かった。分かれ道の看板まで戻り、矢印の指すソウハイ山へ。程なくして立ち入り禁止の看板を目にする。
危険! 凶暴なアンデッドドラゴンが出現! 賞金稼ぎ組合より
一般人の立ち入りを危惧して立てかけた看板は、二人には関係のないもの。怯んだホヅミだが、前を行くリリィと離れないようにしっかり後についていく。
まだお昼くらいのはずなのに辺りは薄暗い。空を見上げると灰色の雲が埋め尽くされている。
「ん?」
ホヅミの頬には濡れた感触が伝う。指で拭って確認をすると、水滴がついていた。
「雨が降ってきた」
「そんな! 傘、傘もってないよ傘!」
「かさ? ……ああ、漆皮の事ね」
漆皮とは漆を塗りこまれた樹皮で織られた衣服の事を指すらしい。
「ちょっと待ってね………下位魔鎧魔法!」
リリィはホヅミに手を翳して魔法を唱える。すると雨はホヅミの体に当たって弾けているのに、その雨の冷たい感触が伝わらないのだ。
「今のは?」
「今のは魔法壁。これでしばらくは大丈夫だよ。でもすぐ切れちゃうから、そん時はまたかけ直してあげる」
リリィは自身にも下位魔鎧魔法をかけた。
「どれくらいで切れるの?」
「うーん、三分くらい?」
「え!? じゃあすぐじゃん! いいよ、雨くらい。ちょっとくらい濡れたって全然平気だから。リリィは魔法を温存して」
目的地の洞窟までの距離は分からないが、ずっと魔法をかけ続けるとなると大変だ。しかしリリィの顔にはどうということは無いという静かな余裕さえ見られる。
「ボクならなんて事ないよ。千回くらいはかけられるから。それよりも、風邪引いちゃったら大変でしょ?」
千回と聞いて呆れ返るホヅミ。それから十回以上は魔法をお互いにかけ直したリリィ。二人は森を抜けるとようやくソウハイ山の麓の洞窟に到着した。洞窟の入口は広々としていた。ど真ん中に家を建てたとしてもまだ通れる余裕があるくらいだ。そしてそのど真ん中には大きな看板が立てかけられている。書いてある事は先程見たものと同じであった。
「ここが例の洞窟だね」
リリィが言うと疲れた様子もなく、余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)と中央に立てられた看板を避けて洞窟の中へと入っていく。ホヅミもその後についていくと中はとてつもなく暗く、先が全く見えない様子だった。
「下位火炎魔法」
バッと空洞内は明るく照らされる。それでも奥までは見えない。
二人は先を進む。右にも左にも何もない。あるとすれば散らばった岩の破片。しばらくすると自分らの足音以外に呻き声の様な何かが、じんわりと耳に伝う。
「近いよ」
リリィが言う。二人はこれから対峙するであろう魔物に心構えを調える。間もなく目にするのは大空洞。
「広い」
「あそこに何かいるよ?」
ホヅミは大空洞の奥の岩盤に居座る巨大な影を指した。それは呻き声の正体であった。
「ぐぁおおおおおお!!」
「ひぃっ!」
ホヅミは悲鳴を漏らす。雄叫びは大空洞内を反響し、二人の肌にじりじりと伝わる。緊張感は高まり、やがて襲いかかる影。
「下位火炎魔法ジェラ《ジェラ》! 下位火炎魔法! 増幅魔法!」
リリィは天井に向けて魔法を放つ。リリィの魔法は大空洞全体を照らし、ドシドシと地鳴りを立てて歩く影をもすかさず明るみにする。その姿は巨大な恐竜の骨。翼の骨格を持つそれは、ホヅミの見た事がない"ドラゴン"である証なのだろう。
「飛翔の極意!」
リリィはホヅミを抱えて飛んだ。アンデッドドラゴンは見上げる。リリィは後ろを取ろうとしたが、アンデッドドラゴンの動きは思っていたより早く、一旦着地。リリィは続けて火炎魔法、そして飛翔魔法、火炎魔法、飛翔魔法を繰り返してアンデッドドラゴンの撹乱を試みるがなかなか上手くいかない。
「下位火炎魔法! ………飛翔の極意! ……下位火炎魔法! ……やっぱり魔法も効かないよね」
「ぎゃあああああおおおおお!!」
リリィの火炎魔法がアンデッドドラゴンの怒りに火をつけてしまったのか、洞窟を揺らすほどの大声を上げる。
「ねえ何かやばくない!?」
アンデッドドラゴンのお腹周りにはだんだんと霜が出来ていく。お腹を膨らませて、今に何かを吹きかけようとしているのがまるで分かる。
「ばおおおおおお!!!」
アンデッドドラゴンから吐き出される息はとてつもない風圧を持って二人を狙う。
「あわわわわ冷たい! 何あれ冷気!? やばいやばいやばい! 死ぬ死ぬ死ぬ!」
直撃を避けて飛び回るリリィだが、付近を掠めるだけでもホヅミは脚全体に保冷剤を直に張られている冷たい感覚が襲う。
「リリィもっと早く! 早く飛んで!」
その瞬間リリィの意識に隙が出来てしまい、アンデッドドラゴンの吐く冷気が左足に直撃するホヅミ。直後左足の感覚がなくなり恐怖に見舞われる。
「ひいいぃぃぃっいいやぁああっ!?!? ……ひ、左足が! 左足が凍っちゃった! 凍っちゃったよリリィ!」
「え!? ど、どうしよ! 飛びながらだと回復とか熱魔法とか出来ない!」
「えぇーっ!?!?」
焦る二人にアンデッドドラゴンの冷たい息の猛攻が止まらない。
「そうだホヅミん! 今からホヅミんに飛翔魔法をかけるよ! で、アンデッドドラゴンのところまで飛ばすから!」
「え? う、うん。分かった!」
リリィは自身の飛翔の極意を解いた。
「ひっ!? おちっ落ちるぅーっ!」
二人の体は降下していく。
「飛翔の極意!」
ホヅミの体は降下が止まり、リリィの意志でアンデッドドラゴンの方に飛ばされる。アンデッドドラゴンはどちらを狙えばいいか少し迷った様だが、すぐにホヅミに狙いを定める。
「こっち向け骨ぇ!!」
リリィは威勢よく叫ぶと、腰の短剣をアンデッドドラゴンに向けて投擲。頭蓋骨に弾かれるが、怒ったアンデッドドラゴンはリリィに向けて再度息を吹きかける。
その隙にホヅミの体はアンデッドドラゴンの頭上を取った。
「下位火炎魔法! 下位火炎魔法! 増幅魔法!」
リリィはリリィの体で下位火炎魔法・倍。大空洞の天地両方に触れそうな程の大きさで火炎が燃え盛り、アンデッドドラゴンの冷気を飲み込む様に相殺している。
「え!? また落ちる!? 落ちるぅーっ!!」
ホヅミは魔法の働きかけを失い、アンデッドドラゴンの頭に乗っかると、頭蓋骨の凸凹にしがみついた。
「ぐおおおおお!(翻訳:そこはらめぇ〜)」
アンデッドドラゴンの動きが止まると、やがて力が抜けるように地盤へと崩れていく。
「わわわわわわ!?」
ホヅミ投げ出されそうになるも何とか腕の力で耐え凌ぐ。大きな頭蓋骨から飛び降りるが、片足が凍ってしまっていたせいでバランスを崩してしまう。倒れた体を起こして、ホヅミは辺りを見渡した。
「リリィ!?」
そこには仰向けに倒れるリリィがいた。すぐに起き上がらないリリィは様子がおかしい。リリィの元へと向かおうとするが再び転けてしまう。
「痛ぁ〜」
ホヅミはもう一度立ち上がると、片足でけんけん飛びをしてリリィの元へと寄った。
リリィは自身を治療中の様で、その手からは下位回復魔法の緑色の光が溢れ出ていた。後頭部からは血を流しているようで、ホヅミは顔面蒼白に。
「心配しなくても大丈夫。もうすぐ動けるようになるから」
とリリィは笑って見せた。
リリィはホヅミに飛翔の極意をかける際に、一度自身の飛翔の極意を解いていた。てっきりホヅミは下位火炎魔法を両手に出しているところや、自分とリリィ自身に下位魔鎧魔法をかけるところを見てリリィが一度に複数の魔法を使えるものだと思い込んでいた。だがそれは違った。魔法を解いて魔法を発動したり、アンデッドドラゴンの頭上でホヅミにかかった魔法が解けたのも、リリィが落下寸前までずっとホヅミへの魔法の制御をし続けていたからだ。
「まさかあの高さから落ちたの!?」
「えへへ……でも倒せたから……いーよ」
掠れた声で苦しそうに呟くリリィ。きっと骨が砕けてまともに声も出せないのだろう。
「無茶し過ぎだよ……あの魔法って同時に使えないの?」
「そう……同じ魔法で弱い魔法なら誰でも同時発動出来るんだけどね……飛翔魔法二人分は無理」
回復が終わった様ですくっと起き上がると、リリィはホヅミの足に手を当てて下位熱魔法をかける。ホヅミの足にはじわじわと感覚が戻っていき激痛が走る。続いて下位回復魔法をかけると、赤く腫れ上がった足がだんだんと綺麗な肌色を取り戻していき、痛みもすっきりとなくなっていった。
二人は依頼を完了した事を証明するため、アンデッドドラゴンの骨を持ち帰ろうとするが、どの部位の骨を持ち帰ると良いか悩んでいた。どれも大きくてとても町まで運べそうにない。相談の末リリィが足蹴りでアンデッドドラゴンの歯を折ってそれを持ち帰る事になる。そしてリリィは投げ飛ばした短剣を探して拾って、腰に収めた。二人は無事なのだが無事とは言い難いほどの苦労をして、洞窟を後にする。
小ぶりの雨でホヅミはリリィを案じて魔法壁を断るが、リリィは元気そうに大丈夫と言って下位魔鎧魔法を唱える。それから山を抜けるまで小ぶりの雨は続いたが、リリィは絶やすことなく魔法を唱え続けた。
二人がニト町に入って賞金稼ぎ組合に到着する頃には夕方になってい。組合には午前中に訪れた時よりも人がいた。くたびれた様子を見るに依頼帰りで、組合で一時居座っているといったところだろう。
「アンデッドドラゴン、倒してきたよ!」
溌剌とカウンターに身を乗り出すリリィ。
「お疲れ様でした。では鑑定致しますのでしばらくお待ちください」
リリィの差し出したアンデッドドラゴンの歯を受け取る。
「下位分析魔法! ……ん……確かにアンデッドドラゴンの牙の様ですね。では報酬の白金貨二十枚をお渡し致します」
受付嬢は後ろの別室へと姿を消した。しばらくするとジャリジャリと音を立てながら小さめの巾着袋を両手にカウンターへと戻る。
「こちらが今回の報酬、白金貨二十枚です」
リリィは受け取るとホヅミんに手渡した。
「これ、ホヅミんが持ってて」
「え? …うん」
ホヅミは袋を開けて中を覗き見るとそこには白くきらきらとした綺麗な硬貨が何枚も入っていた。
「それじゃあ行こっか!」
「どこに?」
「決まってるじゃん」
二人は組合を出てとあるをお店を探して町を歩く。様々な露店が軒を並べる中で、目的のお店を見つけて二人は入店。
「わぁ、色んなのがあるよ! うはっ! あは!」
喜ぶホヅミが潜ったお店は衣服屋さん。まず目の行くのは、白いレースをあしらえたドレスの並ぶコーナー。次から次へと手に取っては自身の体に合わせて、お店の鏡で見て楽しむホヅミ。どれにしようかと悩んでいると、後ろからリリィの声がかかる。
「ドレスもいいけど、あまり汚れが目立たない方が良いよ? お家もないし、仕舞って置ける場所もないからね」
「分かってるよー」
言葉が耳に入っているのか入っていないのかも分からないほどの喜びように、リリィは微笑んだ。リリィは別に、雨天時用の漆皮を予備含め四着手に取るとホヅミの様子を再度見る。ホヅミは女店主に捕まってしまっていて、何やら愉快そうに会話をしている様子が窺えた。
「ではでは! こちらのローブ何かはいかがでしょう? 素材の樹皮を最大に生かして、森のデザインをあしらえてございます!」
「うわぁ、素敵なローブですね!」
「見たところお客様は賞金稼ぎとお見受けしますが、こちらのローブ何と魔法加工が施されており、物理的耐久や魔法的耐久も抜群の性能を誇っています!」
デザインも気に入った上に便利な性能を持っていると聞いてホヅミはこれに決めたようだった。
「金貨五枚でいかがでしょう!?」
「買った!」
「ちょっとホヅミん!?」
普通でない金額にリリィは驚いてホヅミに声をかけるが、ホヅミの気持ちに押し負けるリリィ。
二人は店を後にすると今度は宿屋へと向かう。以前ホヅミがリリィの体でこの町の宿屋に泊まった事があったため、道に迷うことはなかった。
「これだけ使ってもまだ白金貨十九枚に金貨四枚に銀貨五枚だよ?」
宿屋にお金を支払って借りた二人部屋の椅子に腰をかける二人。新しい服を買えて嬉しそうなホヅミは言う。それ以外にはリリィが購入した雨具の漆皮や腰巾着二人分に、宿代が差し引かれている。
「それでもまだ足りないよ。それにここで暮らすなら、まずは家を何とかしなきゃ」
宿屋で銀貨一枚を支払って日々を過ごすのは、いずれ財布に痛手を追うことになると考えていたリリィ。
「アパートみたいな……借家みたいな所ってないの?」
「あると思うよ。町に来る事自体経験ないから、探してみないと分からないけど」
言われてホヅミは改めてリリィの境遇を思う。リリィはあまり村から出た事がないのであった。
「とりあえず今日はもう遅いしここでゆっくりしよう。んで明日借家探しに行こうよ……ふぁ〜わ」
とリリィは大きく欠伸をしながら背伸び。テーブルに突っ伏した。さすがのリリィもそれなりに疲れていたようだ。
「リリィ、そんなとこで寝たら風邪引いちゃうよ。せっかく二人部屋なんだからさ」
「すぅー………すぅー………」
手遅れだった様で、ホヅミは仕方なくリリィの体に掛け布団を掛ける。
魔法講義ちゃん第6弾!
今回の魔法は……じゃかじゃかじゃかじゃかジャカルタタタタタ!!
風の弾丸です!
この魔法は下位風魔法の応用魔法ですね。下位風魔法自体が身を躱すために使用する程の低威力な魔法なんです。しかしいきなり中位風魔法を放てと言われてもそれは難しいでしょう。それで風魔法を得意とするエルフ達が思いついた、下位風魔法を攻撃魔法に変える応用魔法、風の弾丸。弱きは知恵ってやつですね!





