解けた入れ替わり2
そこは王都北東のエピルカ邸より、更に東に位置する場所。ラストラビットのゼロはリリィを抱えて辺りを飛び回り、リリィは火炎魔法を打つ準備を。リリィとゼロは、ちょび髭を生やした貴族の大男から何とか立ち回ろうとしている。
「ええぃちょこまかと! うさぎの分際で!! 旋風の砲弾!」
エピルカの魔法は見えない風圧を砲弾の様に繰り出すもので、当たれば文字通りどうなるか分かったものではない。少なくともそれは樹木に当たれば、大きく円形にその部位だけ削り飛んでしまうようだった。
「リリィさん!」
「うん! 下位火炎魔法! 下位火炎魔法! 増幅魔法!」
エピルカは後ろを取られて咄嗟に風魔法で身を翻す。大きな火炎は惜しくもエピルカを捉えずに空中で燃え盛る。
「おのれ小賢しい! 旋風の爆砲!連弾!」
エピルカはめちゃくちゃな方向に魔法を連続して打ち始めた。空気の歪みでしか視認する事が出来ない砲丸サイズの風圧の塊を、辺りに散りばめている様だ。
「旋風の砲弾!!」
ゼロは避けた。だが先程散りばめたエピルカの旋風の爆砲に被弾。リリィはゼロが反射的に放り投げたお陰で助かったが、体中がボロボロになったゼロ。特に被弾した足は向いてはいけない方に向いていて、傷だらけで骨肉が剥き出しになっている。
「ゼロ!!」
「ふっ、これでちょこまか動けまい!」
赤紫色の血に塗れた足を抑えながら悶え苦しんでいるゼロの元にリリィは急いで駆け寄った。
「今回復魔法かけるから! 下位回復魔法、下位回復魔法! 増幅魔法!」
ゼロに緑色の癒しの光が注がれる。
「おかしい……最初の上位レベルの魔法といい、中位レベルの魔法の多用、これは人間の域を超えている」
ゼロの言葉にリリィはふと記憶が蘇る。それはエピルカの書斎に侵入した際に見た出来事だ。この目で見るまでは信じ難い程に鮮烈な光景。それはエピルカとエルフの融合。あまりに異様で、残酷な場面だった。
「あいつ……エルフと融合してる」
「何だって!? エルフと融合?! くっ!」
ゼロの足の状態はあまりに深刻で、さすがのリリィの魔法でも短時間ではなかなか治らない。その様子にエピルカは邪悪そのものの笑みを浮かべた。両手をリリィ達に翳して、歯を剥き出しにする。
「リリィさん!俺の事は放っておいて!」
ゼロを回復しきる事は出来なかった。リリィはやむ無く、放たれるだろうエピルカの魔法に備える。
「来ますよ、リリィさん」
「もうあの魔法しかない……どうなっちゃうか分かんないけど」
リリィはすっと目を閉じて集中。パッと目を開いて、自身の両手に精力を注ぎ込む。
「中位火炎魔法! 中位火炎魔法! 増幅魔法!!…… うあっちぃ!!」
二十メートル直径はあるだろう凄まじい巨大な火炎が出現する。
「痛っ……くっ……でも、食らえ!!」
「特位魔法、嘆きの暴風!!」
エピルカは特位魔法を発動させた。それは最初に打った竜巻の弔砲よりも規模が大きく、辺りの木々を巻き込む程の風力で離れているゼロの皮膚でさえ傷つける。まさにサイクロン。それを圧縮したものを人間が主導権を握っている様なものだ。
「死んでくれるなよ、リリィ! お前は私の玩具だからな?」
「皆の痛みを思い知れ!! 天に召されろぉっ!!」
互いの魔法が鬩ぎ合う。巨大な嵐と巨大な火炎のぶつかり合いは熾烈を極め、リリィの魔法が揺らぎ始める。
「リリィさん、腕が?!」
「くっ……く」
リリィの腕はみるみるうちに真っ赤に焼け焦げていく。リリィは今まさに腕を炎に焼かれている状態だった。その激しい火傷の痛みは、リリィの魔法の心根を大きく乱す。
「ハッハッハ! 弱い弱い! 実に軟弱だ! だから捨てたのだよ! 人間の体を!!」
「くぅっ!!……」
押されるリリィの魔法。このままではリリィの傍にいるゼロまでもが巻き込まれてしまうだろう。
「くそっ! 動け! 動け俺の足!」
ゼロは無理に立ち上がろうとするが、痛みで力をまともに入れることが出来ず、バランスを崩して転んでしまう。
「ゼロ、あなただけでも逃げて」
苦悶の表情を浮かべるリリィ。
「そんな、リリィさんだけ置いて逃げるなんて」
「あなたには妹が待ってるんでしょう? それなら、生きて帰らなきゃ」
一瞬、うさぎに戻って目をうるうるとさせるゼロ。顔を横に振って、決意を目に宿す。
「逃げませんよ、俺。リリィさんのお陰で、生きて日の目を見られたんです。逃げるなんて真似、ラストラビットの誇りにかけてしません。それにこの足じゃ、逃げても逃げ切れません。ちゃんとリリィさんに治してもらうつもりですから」
言うとゼロはふらふらとした足で立ち上がる。
「絶対に治してくださいね……上位強化魔法!」
ゼロは切れた魔法を再度かけ直す。ゼロは典型的な近距離戦型の魔物だ。そんなゼロの出来る事はただ一つ。身を滅ぼしてでも肉弾戦を貫き通すこと。
(動け! 俺の足! こんなの痛くない! 壊れてもいい! 壊れてもリリィさんに治してもらえばいいんだ!)
「ぬおおおおぉぉぉぉ!!!……迅速の」
「当たりやがれぇぇぇええっ!!!!!」
その時、どこかから声が聞こえた。ゴンと鈍い音が響いたかと思うと、エピルカの魔法は霧散する。リリィも限界がきていたようで、倒れたエピルカに魔法が届く前に霧散してしまった。
「な、何が」
ゼロは拍子抜けして、その場にへたり込んでしまう。リリィも膝から崩れ落ちて、ぐったりとしていた。
「リリィ!」
左を見る。こちらに向かって駆けてきたのはブロンドセミロングで緑色の瞳をした女の子。
「リリィ!!」
「ほ……ホヅミんぶわぁっ!」
ホヅミはリリィを抱きしめた。その様子にいまいち頭がついていかないゼロ。リリィは疲労で瞼が閉じかかってはいるが、ホヅミの登場に驚き困惑していた。
「さっすが俺のピッチングだぜ。見事にヒットしてやがらぁ!」「リリィぃ会いたかったよぉ!」
奥で大きな声を吐き散らす男の子を差し置いて、ホヅミはワンワンと泣きじゃくる。そんなホヅミの背中を優しく叩いてあげたいが、リリィは火傷でもう腕を動かす事もままならない。
「あれ? どうしたのこの腕! やだ! そんな! リリィ! どうしてこんな目にぃ! うわぁーん!!」
更に泣き喚くホヅミに大丈夫大丈夫と言い聞かせて少し落ち着きを取り戻させると、早速リリィはまともに動かない腕に魔力を集中させる。互いの手を向き合わせて、下位回復魔法・倍を施した。
「んがああっ!? いっつぁー」
みるみるうちに傷は治っていくが、治す過程でも尋常でない痛みが発生し、思わず奇声を上げてしまうリリィ。ホヅミが心配そうに見守る中、その背後から男の子シュウがやって来た。
「へぇー、初めて見たぜ。増幅魔法か……でだ」
シュウはゼロの元に寄ると、いきなり胸ぐらを掴んでメンチを切る。そのシュウの形相にうさぎに戻って怯えるゼロ。
「ホヅミに言われなきゃこっちに向かって岩ぶん投げてたんだが、何で結界の中にてめぇみてぇなうさぎ、もとい魔物がいんだアンッ!?」
「きゅいんっ」
俺は何も悪くないよと言わんばかりに首と手を横に振るゼロ。
「待って! その子もボクと同じ様に奴隷にされてただけなの! それにあいつを倒すのに協力してくれたとっても良い魔物なの!」
「へぇー、へぇー、へぇえー?」
疑り深いの模範を表した様な目で、ゼロに顔を近づけるシュウ。
「よしっ! 治った。次はゼロの番」
リリィは綺麗に治った両掌をゼロの足に翳す。それを面白くなさそうにシュウは睨んでいるが、無事にゼロの足は治り、嬉しい気持ちのゼロはうさぎの様にその場をぴょんぴょんと飛び跳ねている。
「さてと、あとはあいつだな」
シュウは歩いて仰向けに倒れるエピルカの元に寄る。巾着袋からまた何かを取り出したと思いきや、封魔錠だった。頭に大きなたんこぶをつけて気絶しているエピルカの体を起こして両腕を後ろに回し、そこで封魔錠をかける。そしてメイドの時と同じ様なミスをしないために、エピルカのズボンを脱がし、ロープ代わりにして足を縛り上げた。
「下位水魔法!」
大きな水の塊をエピルカの顔にぶちまけると、エピルカは目を覚ます。先程の闘争に駆られた様な恐ろしい目つきとは打って変わり、惚けた顔でシュウを見上げた。
「お前、エピルカだな? お前が集めていた魔道具や魔本とは一体なんだ? 何故エルフばかりを奴隷にする? 答えろ」
「えと……ああ……れ?」
まだ寝惚けている様で、それならばとシュウはエピルカのすぐ頭上を素通りして、樹木に拳を埋める。
「答えろ」
「ひぃっ!?」
小さな悲鳴を上げるエピルカ。
「わ、私は古より伝わる禁呪法に興味があるだけでしてぇ! 人間が魔物と同じかそれ以上の体を得られると言われる禁呪法をたまたま見つけて実験していたんです!!」
「ほぅ……ならその禁呪法とやらはどうやって知った?」
「とある遺跡にあったと言われる魔本から」
「どこの遺跡だ!」
「カナリア遺跡でふ!!」
シュウの迫力に押されて、エピルカは思わず語尾を噛んでしまう。
「魔本はどこにある?」
「へ!? そ、それは……」
「どこだ!?」
困り顔でエピルカは目線を逸らす。
「あのリリィという者に燃やされました」
「え!? ボク?!」
後ろで聞いていたリリィが自身を指してゼロやホヅミに確認を求めるが、どちらも当然知らないようで。不意にリリィはエピルカの書斎で火炎魔法を連発して色々燃やしてしまった事を思い出していた。
「魔道具も何もかもです」
シュウは振り返ってぎろりと憤怒の相でリリィを睨む。
「あはは、やっちゃったね!」
笑い飛ばすリリィを見てクスリと笑うゼロ、苦笑いのホヅミ。シュウは顔を引き攣らせて、エピルカに向き直る。
「魔物を捕らえていたのは何故だ? 拷問か?」
「いえ……最後に魔物と融合する事で、あの禁呪法は完成します。そのための材料です」
「そうか分かった。ありがとよおっさん」
シュウはエピルカの腹に目掛けて思い切り蹴りをお見舞いした。エピルカは再び気絶して動かなくなる。それからシュウはホヅミ達の元へと戻った。
「俺の用はもう済んだ。あとはあいつを煮るなり焼くなりお前らの好きにしろ」
言うとシュウはここには用はないといったようにこの場から立ち去ってしまう。
「待ってよシュウ!」
堪らずホヅミが呼び止める。ホヅミはシュウの元に駆け寄ってその腕を掴んだ。
「私達と一緒に行こうよ!」
「あー言ってなかったけど、俺今任務中なんだわ。わりぃな」
とシュウは掌を見せて軽く返す。
「そう……残念だけど。それじゃあこれ、受け取って」
ホヅミはポケットから銀貨四枚を取り出してシュウに渡した。
「ああそうだったな。忘れるとこだったよ」
シュウは銀貨を受け取ると、背中をホヅミに向けた。
「じゃあな。またどこかで会うかもな」
片手を空に上げて別れのポーズを取るシュウ。
「はぁ」
ホヅミはため息をついて肩を落とした。シュウに背中を向けてリリィの元へととぼとぼと戻っていく。
「ホヅミん。あの人何てーの?」
下を向くホヅミの顔をしゃがみ込んで下から見上げるリリィ。
「シュウって言うの。私と同じ日本から来たんだ」
「ふーん」
「でね、リリィを助けるためにここまで手伝ってもらったんだ。お金を払ってね」
それを聞いたリリィははっとなり、目を潤ませる。
「ホヅミん……迷惑かけたねぇ……ごめんねぇ」
泣きつくようにホヅミを抱きしめるリリィ。困るホヅミの制服はだんだんと湿っていく。
「り、リリィっ、謝らなくていいよっ」
「じゃあありがとう」
そうしているとやがて、シュウの姿は茂みの中へと消えていった。
「さて、そろそろ俺も行きます。リリィさん、またあの結界避けお願いしていいですか?」
「任せて! 下位魔鎧魔法・微!」
「ぺらぺら?」
こうしてゼロの体には薄い魔法癖が張られる。
「それじゃあ!」
ゼロは物凄い速度で高い壁のてっぺんにまで一気に駆け上がってしまった。
「すごーい」
ホヅミは感心しながら見上げている。
「あっ、リリィ。これからどうする?」
「んーどうしよっか?」
リリィは腕を組んで眉に皺を寄せる。
「とにかく他のエルフを助けたいんだよね……」
「それいい! そうしよう!」
「でもホヅミん、無理しなくて良いからね? 何なら宿屋で待ってても」
ホヅミが魔法を知らない世界から来た人間である事を懸念してのリリィの思案だ。
「大丈夫。足でまといって言われたら仕方ないけどね……あ、そうだ! 私も魔法使える様になったんだよ?」
ホヅミは壁に向かって片手を翳した。
「……風の弾丸!」
シュッと空気を切り、掌の方向へ風圧の塊が小鳥を追い越す速度で飛んでいく。当たった壁は小さく削り飛んでおり、それにはリリィも驚いて喜ぶ。
「凄いよホヅミん! 完璧じゃん! それにそれ、応用魔法だよね! 凄い凄い!」
「え? そ、そんなにすごい? あはは」
「うん! 普通じゃ魔法を初めてから数日足らずで応用まで出来る人なんていないんだよ!?」
リリィがあまりに喜ぶもので、ついホヅミも顔が赤くなってしまう。リリィには遠く及ばないだろうけど、少しでも力になれるならそれでいいと考えるホヅミ。
「よしっ! これならエルフの皆だけじゃなくて、この王都にいる奴隷全員助けられるよ!」
「えっ!? ぜ、全員!? それはさすがに無理じゃ」
「まずは片っ端からそれっぽいとこ殴り込みね!」
意気込むリリィは本気のようだった。ホヅミはこの世界についてはあまり知らないが、エピルカという一人間にでさえ、リリィは痛めつけられていたのだ。そう上手くいくとは思えない。
「ねぇリリィ、やっぱり私達二人だけじゃたぶん無理じゃないかな?」
「何言ってんの! 今にも泣いて苦しんで助けを求めてるんだから!」
「でも、あのエピルカって人だけでもあれだけ強かったんだよ? いくらリリィが強くたって、体が持たないよ 」
あんな酷い目にあってほしくないという思いで何とかリリィを説得しようするホヅミ。だがそんな話し合いの最中、空から何かが降ってきて二人は気を取られてしまう。
「ゼロ? どうしたの? 何で戻ってきたの?」
舞い戻ってきたラストラビットのゼロ。見るからにその表情は青ざめていた。
「大変ですリリィさん! 魔物の大軍が王都に迫ってきています!」
「「何だってぇ!?」」
一刻前。ハイシエンス王都、王の間にて。
「陛下! 大変にございます! 北に魔物の軍勢が迫ってきています!」
中央奥に座しているのは白髪の老人はハイシエンスの王。鼻下と顎下の白い髭は整えられている。高貴で盛大な重々しい衣装に身を包み、台座の肘掛に肘を乗せて顎をついていた。平面よりも高く位置しているその台座に座った者には、周りものが全て低く見える仕組みだ。王は目先で膝をついて深々と頭を下げる兵士を見下していた。
「ならば全兵を挙げて迎え撃て」
「はは!」
兵士は立ち上がると歩いて王の間から去ろうとする。
「待て!」
「はっ!」
兵士は振り向いて直立する。
「何故歩く」
「はっ! 申し訳ありません!」
王はその返答にイラついた。
「違う、何故だと聞いている」
「はっ! 僭越ながら陛下の座すこの間に埃を立ててはなるまいと思った次第であります!」
「そうか、ならばよい。ではお前も例の作戦の一人となれ」
広い赤いカーペットに沿ってズラリと並ぶ何人もの兵士たちがどよめく。
「お、お言葉ですが陛下。私は陛下のためを思って」
「余のため? ふふふふふ、そうだ。だから申しておる。お前はよほど忠誠心がある様だ。ならば薬など使わずとも、お前の意思で命を捨てるその覚悟を余に見せるのだ」
王は極めて柔らかい言動で淡々と話していた。その笑顔の裏に恐ろしいものを見た兵士は体を小刻みに震わせている。ガタガタと鎧の音が鳴っており周囲の兵士達にもはっきりとその兵士の恐怖が伝わっていた。
「では行って参れ」
「は、はっ!」
これからあの兵士は死ぬのだと、王の付き兵士達は青白い顔で見送っていた。そして王の近くにいれば近くにいるほど、次は自分の番かもしれないという恐怖に慄く兵士達。
「走る爆弾……ふっふっふ、我ながら良い名だ。使うのもどこぞで拾ってきたゴミに過ぎん」
王は高らかに笑う。その笑い声は王の間の高い天井からカーペットの先にまでおぞましく響き渡る。
「魔物共、貴様らも年貢の納め時だ」





