ホヅミとリリィ5
二人は村長の家に訪れていた。
村長の居座る大椅子の前には大きな布が敷かれ、その上にたくさんの果物が並ぶ。
「どうかね? このエルフの村で栽培しておる果物じゃ」
一人お淑やかに果物を口にするホヅミを隣に、次々と口に果物を詰め込み飲み込みを繰り返すリリィ。
「ん!? ん、ん! んー!」
リリィは喉を詰まらせたようで、慌ててホヅミがリリィの背中を叩く。
「ごくり…………ありがとうホヅミん」
「リリィ、もっと落ち着いて食べなよ。果物は逃げないよ」
「ほっほっほ、そうじゃ、まだまだ果物はたくさんある。ゆっくりと食べなされ」
言われてリリィは食事のペースを落とした。
「さて、改めて! お主たちには感謝するぞ!」
村長は頭を下げる。それに合わさって、村長の付きのエルフ二人もその傍で深々と頭を下げお辞儀をした。
「それで気になっておったのじゃが、お主達はなぜあの様な夜更けに外を出歩いておったのじゃ?」
その問いに、リリィは手を止める。それについてはホヅミも気になってはいた。町に入らず野宿を選んだリリィには、きっと何か理由があるのだろう。昨日に見せたリリィの涙は、ホヅミの気がかりの一つだ。
「それは……」
リリィは焦りを隠せないでいるようで、目を動揺させている。
「お、お金がなかったの! ……そうそう」
「ほう、それであの様な所で……ほう、そうかそうか……」
と二、三度首を縦に振る村長。皺の伸びた顔で満面に笑みを浮かべた。村長の納得ぶりを見てリリィは安心した様子だった。
「いくらでもこの村にいなされ。お主達ならば大歓迎じゃ」
ホヅミはお主達という言葉を気に留める。昨夜一番活躍したのはリリィであり、自分は何もしていない。そう思うと少し居心地が良くない様に感じた。
かじりつくように果物を貪るリリィに対し、遠慮する様に食べるホヅミに気づいた村長は、どうぞどうぞと促す。だがやはり何もしていない事が、ホヅミ自身のたがを締める。
「ほっほっほっ。食欲がないのかの。まあそんな若者もおるじゃろうて。ん?」
村長の視線は二人から外れ、二人よりも更に後ろの方に注がれた。二人も気になって、入口の方に振り返る。するとそこには隠れ気味にこちらを覗く、エルフの子供がいた。
「何をしておる、客人が来ておるのじゃぞ」
「え、えっと……あの……お姉ちゃん達、ぼくやお父さんお母さんのケガを治してくれてありがとう!」
やけに緊張している様で、リリィとホヅミはお互いに顔を見合わせて、ふっと微笑。
「良いよ気にしなくて。助けたいって思ったからした事なんだよ?」
リリィは優しく言うと、にょきにょきとエルフの子供の後ろに隠れていた、更に複数のエルフの子供達が姿を現した。
「オレも! ありがとう! お父ちゃん、オレを庇って死にそうになってたんだ! ほんとにありがとう!」
「ワタシも、おばあちゃんを治してくれてありがとうございます!」
「僕も!」
「私も!」
「「ありがとう!」」
急に五エルフに増えて少し驚くも、改めてお礼を言われて頬を指で掻くリリィ。
「こらぁ! 客人が来とると言うとろうがぁ!」
場を弁えずに沸いた村の子供に叱咤する。
「わぁー!」
「村長が怒ったぁ!」
「みんな逃げろ!」
「お姉ちゃんをユウカイしろ!」
リリィは一エルフの子供に手を引っぱられて外へと連れ出される。
「ああ!ちょっと!ボクの果物……」
「クダモノは逃げないよ!」
その様子に口をぽかんと開けていたホヅミは、自分の服が引っ張られているのに今気づいた。
「ねぇ、お姉ちゃんも一緒に行こ? おじじつまんないよ」「おじっ!? おじっ!?」
「え? あ、えっと……私は……村長さんにお話があって……」
村長と何か話をしたかったという訳ではない。もちろん食事をしたい訳でもない。きっと、複数いたからだ。いじめを受けた時も、周りに複数いたからだ。またいじめを受けるかもと、恐怖を抱いてしまっている。もちろんこんな無垢なエルフの子供に限ってそんな事はないのだろう。人間不信というものなのかもしれない。そもそも人間でないのだから人間不信という言葉遣いは相応しくないだろうか。どちらにせよ、ホヅミは臆病になっていた。
「ねぇー、行こーよー。水遊びしよぉ?」
不意なエルフの女の子の発言に、我を失っていた村長が正気を取り戻す。
「こら、ホヅミどのが困っておるではないか!」
「えー……じゃあそのお話終わったら遊んでよ?」
「うん、分かったよ」
エルフの女の子はつまらなそうに木屋を後にした。ホヅミはそれを見送ったあと、村長の前に向き直る。村長はあからさまに異様に期待を乗せた目でホヅミを見詰める。
「さて、ホヅミどの。ワシに話があるとな? 何でも聞いてくだされ!」
肘を上下してうきうきとした様子の村長。ホヅミは聞きたいことなど何一つ考えていなかったのでまた困り始める。
「??」
村長はきょとんとした顔でホヅミを見続けた。ホヅミは一旦目を逸らして、ここに来た経緯を思い返してみる。そうして疑問に思った事ならば山ほどにあった。でもそれは日本で、異世界を基に作られたゲームやライトノベルを読んでいたので、凡そは対応出来ている。そもそも日本という別の世界から来た事を話そうか、もしくはその事自体に触れない様に質問を探ろうかと迷う。
「あの……あっ、そういえば……ああ、えと」
「そういえば?」
言いかけてホヅミは止めた。
このエルフの村に来る前に一度町に寄ろうとして、なぜか自分だけが町に入れなかったと言いそうになってしまった。これを村長に聞いてしまえば、リリィに申し訳がない。けれど内心ではとっても気になっていた。リリィが話してくれるのを待とうと決める。
ホヅミは言いかけたままで、このまま途切らせてしまうと返って失礼と踏んで、咄嗟に質問の路線を変える。
「そういえば…………ま、魔王……的なものっているんですか?」
ゲームやライトノベルの世界に慣れていたからか、軽い調子で魔王と発言をした。しかし村長には軽いどころか重く捉えられる。
「魔王……全ての魔物に君臨すると言われる存在。それを聞いて、ホヅミどのはいったいどうなされるおつもりじゃ?」
「え? いえ、特には何も……」
魔王を倒すだなんて意気揚々と勇者の真似事の様なものはするつもりはなかった。日本でのゲームやライトノベルの設定では、主人公が異世界に飛ばされる。最終的になんやかんやで魔王を倒すため旅をするみたいになる。ホヅミもそういったのは好きな方だ。憧れだった魔法だって使える。ただ、ゲームやライトノベルならだ。現実で魔王を倒すなどそんな危ない真似、正直したくない。
「ふむ。それが良い。魔王など倒そうなどと考えるものは、必ず死がつきものじゃ。それこそ、魔王討伐は勇者に任せておけば良いのじゃ。さて、魔王がいるかとの質問じゃったが、今まさに、この世では魔王誕生が騒がれているのじゃ」
ホヅミはゴクリ唾を呑み込んだ。
「数百年前にも魔王はいた。ワシが80歳の頃じゃったかのう。そのかつての魔王は勇者によって滅ぼされたはずじゃった」
ふとホヅミはエルフの寿命はいくつだろうと考えてみた。今の話によれば、少なくともこの村長は数百年も生きている。
「あの、村長さんって今おいくつなんですか?」
「? ワ、ワシか? ワ……ワシはの……そのぉ……笑うでないぞ?」
「は、はい」
顔を赤らめながら手招きをする村長に、ホヅミは耳を近づけた。
「ごにょごにょ」
「え? あ、そんなに。とても長生きでいらっしゃいますね」
「やぁ〜それほどでもですじゃ」
村長は頭を掻きながら照れる。
「話を戻そうかのう。かつての魔王が滅んでも、魔物は滅びんかった。勇者もその後姿を見た者はおらんと聞いた。それから数百年が過ぎて、新たに魔物が増えてきおった。更に強い力を身につけ狂暴になっていった。人間達は、魔物の討伐を対価に賞金を出す制度を作り出し、多くの強者を募り始めておったのぅ」
「へぇ〜、そうなんですねぇ」
話の流れから察するに、勇者はかつての魔王と相打ちになったと考えるのが妥当だろう。
「魔王は魔物を生み出す存在と言われておる。その魔物が近年あまりに増え続けておる。昔はエルフが魔物化する事もなかったのじゃ。それがエルフまでもが魔物化する様になってしまっての」
「それで、魔王が誕生したと」
「うむ。ともすれば、かつての魔王よりも強大な力を持ってじゃ」
話の流れからすると、かつての魔王は倒されたけども死んではいなくて、時を経て力を蓄えていたとも考えられる。
「そうじゃ。ワシもあの頃はの、めっぽう修行に勤しんでおった。ひとたび魔法を振るえば魔物は一掃。キラリ歯を見せれば、黄色い声が飛び交っとったもんじゃわい。あの頃はエルフもまだ大勢いたのぅ。若いピチピチのエルフがキャッキャと騒いどるところを眺めるのはワシの楽しみの一つじゃったわい。おおそうじゃ、このエルフの村から離れた所にオートロ洞窟という場所があっての。そこを住処にしておるパニックドラゴンが、理性もなく暴れ回って森をめちゃくちゃにしていると報告を受けて退治しに行った事もあったのう。それからほ……」
村長の話が長くなりそうで、ホヅミは先ほど子供エルフ達とリリィが出ていった外を覗いてみる。
「うわぁ! お姉ちゃんすげぇ!」
「おっきくてきれい!」
「生きてるみたいだ!」
リリィは得意気に火炎魔法を、子供エルフの前で実演して見せている。
「良いなぁー。オレ、風魔法と水魔法の体質だからなぁ」
「ワタシはまだ、魔法体質も分かってないの」
「どんな魔法だって、練習すれば凄くなるよ。そうそう、こんな事だって出来る」
言うとリリィの手元から立ち上る火炎が、形を次々と変える。炎の薔薇、炎の鳥、炎の手、炎の星。
「すっげぇ!!」
「わぁ、こんなの見た事ない!」
「ねぇねぇ! もっかい星やってよ」
「え? 星? ほ、ほらぁ!」(ヒトデだったんだけどな)
するとリリィは何か思いついたようで炎の鳥を作り出すと、魔法体質がどうのと言っていた子供エルフに寄った。子供エルフに何かを話して小さな手を取ると、炎の鳥の維持を子供エルフに任せたらしい。子供エルフは自分にも魔法が使えたと喜んでいる様だ。嬉々とした様子で、近くにいた親と思えるエルフに大きく自慢する。
「すごいすごい!」
そんなやり取りに気がついた周りの他のエルフにも笑顔が溢れかえる。子供エルフ達も笑顔で、そしてリリィも笑顔で、このエルフの村に来た時とは大違いに、愉しげな空気が流れていた。
「私って、笑うとあんな顔になるんだ」
ホヅミは鏡で笑おうとしても上手く笑えなかった過去を思い出していた。もしかすると"こんな形"でリリィと一緒にいれば、いつかは自然な笑い方を思い出せるのかもしれないと考える。
ふと音色が聞こえてきた。聞き覚えのある音色はエルフルート。その綺麗な音色に皆も耳を傾けている様だ。奥の方ではやはり緑色の靄がかかり始める。誰かが外からやって来るらしい。
「村長さん、緑色の靄が……誰かやって来るみたいですね……村長さん?」
村長は目を見開き、とにかく怖い形相をしていた。
「ホヅミどの。エルフルートというのは、エルフのために作られた笛じゃ。それぞれのエルフに持たされ、音色もまたそれぞれ違うのじゃ。その聞き分けを、ワシたち耳の良いエルフだけが出来るようでな」
村長は立ち上がると重々しい足取りで入口に向かう。
「あれは……仲間のエルフルートじゃ。それも、連れ去られた仲間の……じゃ」
「え!?」
ホヅミはあまりに衝撃を受けて声を失った。
村長はそのままゆっくりと階段を下りていく。お付きの二エルフも槍と盾を手に村長に続いた。緑色の靄はやがてトンネルの様に形作られていき、モヤの中からは影が複数浮かび上がる。
「へぇー、ここがエルフの村ねぇ。思ったのと違って、何だか寂れた村だな」
と毒づいて現れたのは高貴な衣装に身を包んだ大男だった。そしてそれに続き、鎧兜に武装した兵士がぞろぞろと現れでる。
「我は! ハイシエンス王都に住まう由緒正しき貴族なるぞ! ほれ! 出迎えはどうした」
貴族と名乗る大男は腰に手を当てふんぞり返る。下にはその場に向かう村長の姿が見えた。
「ほっほっほ……これはこれは王都の貴族様。いったいこの様な寂れた村に何用で?」
「何用? このエピルカ=シエンス様が来たというのに、出迎えは老いぼれと物騒な付き人が二人とは……」
「おのれ貴様! 我らが村の長を愚弄する気か!?」
付きの一エルフが槍を構えると、貴族のエピルカに付く兵士もぞろりと槍を構える。しかしエピルカは後ろに手を上げてそれを諌めた。
「これはこれは村長どの。実はですな。このエピルカ=シエンスの耳にですな、良い情報が入りましてね」
「ほほ、それはいったい如何なる情報でしょうや」
くるりとうねったちょび髭を弄りながら辺りを見回すエピルカ。
「この村には、まだ良い玩具がたくさんと残っていると耳にしましてね」
「貴様ぁ! まさか我らエルフを連れ去る気か!!」
と村長は今にもエピルカに飛びかかりそうな付きエルフを手で制す。
「ほう、それで」
「ふん。それでですな、このエピルカ=シエンスのために、幾人か寄越してはくれないだろうか? 最近では退屈が極まり、私の心が疼くのです! 私の渇きを潤すそんな逸材が欲しい! ……しかし、人の玩具ではダメだ……簡単に壊れてしまう。そこで、ここにたくさんの壊れにくい玩具がいると耳にしましてね……国の陰では大反響ですよ。良き玩具がたくさんこの村で取れたと」
「……………………」
「そうですな。村長殿、この村には、おなごは後どれだけ残っておられる」
「……貴様の様な下衆に……一エルフとして渡すものか!…………中位風魔法!!」
詠唱がなされ村長の周りには風が纏わりつく。そして村長が両手を空へ大きく振り上げると同時に、地面から突風が吹き上げた。
「戯け、上位風魔法!」
貴族エピルカの詠唱と共に、目にはっきりと見える程の風の塊がエピルカ自身の体に巻きつき、空にかざした右手を大きく下に振り下ろす。すると視覚化した竜巻が空から村長を地面に叩きつけた。
「ぬぉぉぉおおおーっ!!!」
手も足も出ない村長の頭をガシッと足で踏みつけるエピルカ。
「はっ! 風の魔法でこのエリート貴族のエピルカ=シエンス様に勝てるとでも思ったか」
ガリガリと強く村長の頭を踏みつけるその様に、憤慨した付きエルフがエピルカに飛びかかる。
「貴様ぁー!!」
「そこになおれぇーっ!!」
「鋭利な旋風」
詠唱と共に目に見えない刃が、村長の付きエルフの体を切り裂いていく。
「ぐぁーっ!」
「ぎゃぁーっ!」
最後に思い切り村長の頭を踏みつけたエピルカは、その場から離れて適当な木屋に向かう。
離れた木陰で子供達と隠れていたリリィはその光景を見て、いてもたってもいられず走り出した。
エピルカは次々と木屋を覗き、自分の楽しみに利用するエルフを探す。
「いたいた、ここにいるではないか」
「やっ! 止めてよ! 離して!」
エピルカは嫌がる女エルフの腕を引っ張り木屋から引きずり出す。
「これ、大人しくしろ!」
「助けて! 誰か! リリィ様!」
女エルフは強く出る。
「リリィ? 誰だそれは……」
「リリィ様なら、お前なんて一捻りよ!!」
「ほぅ……ならばそのリリィとやらを呼んでみるとしよう。さぁリリィ様! どうかこの私から、この女エルフの命を救いたまえ! リリィ様! リリ……ん?」
すると横から火の塊が飛んできたと思った瞬間、それはエピルカの顔にぶつかり
「ぐあぁぁあっちゃちゃちゃちゃァァァ!!!」
女エルフを掴んだ手を離して燃え盛る自分の顔を慌てて叩きながら家を飛び出ると、先の床が途切れているのに気が回らずそのまま地面に落下してしまった。顔も体中も痛そうに悶絶をするエピルカ。
「誰だ! 無礼者! 良くも! 良くも私の顔に! っどわーっ!!??」
次にエピルカへと向かってきたのは、先程のとは比べ物にならない程の大きな火炎。エピルカは慌てて横に飛び退いた。
「何だ今のは、火炎系上位魔法、ジェラリーバか??」
「リリィ様!」
その場に座り込んだ女エルフは両手を合わせてリリィを拝む。
「ほう、いる所にはいるな……上玉が……よし、決めたぞ。私はお前を持ち帰ろう」
「良いのですか? あれは人間ですよ?」
後ろから駆けつけた兵士に、座り込んだエピルカの体は持ち上げられる。
「良い! あれほどの魔法をうったのだ。面白い。白い肌に白い髪。無垢な瞳に凛とした顔立ち。良い良い!」
「何が良いだコラァ! 天に召される覚悟は出来てんのかクソ野郎!」
ソイと出会ってから、傷ついたエルフ達を見て溜まりに溜まった怒りを爆発させるリリィ。エピルカは衣服を叩いて砂埃をたてると、ちょび髭を整える。
「覚悟? 貴様がこの私に勝てるとでも?」
エピルカは胸を張り、後ろで両手を組んで自信に溢れた態度を取る。その表情までもが高慢で、リリィを舐め回す様に見回している。それにリリィはますますと、メラメラ怒りを煮え滾らせてその場に立つ。そんな二人を、ホヅミは怯えながら木陰でこっそりと見守るしか出来ないでいた。
風が吹いた。二人の間を小さな木の葉が通りすがる。瞬間、互いの詠唱が始まった。
「下位火炎魔法!」
「上位風魔法!」
「下位火炎魔法! バイリっ…きゃあっ!」
リリィは伸びた竜巻に後ろへと突き飛ばされ、木屋を突き破る。
「ふっ、なるほど……増幅魔法を唱えようとしたな?……面白い。何なんだこの玩具は! 欲しい! なぜ組織はこの様な玩具を放って置いたのだ」
エピルカは突き飛ばされたリリィの元による。ホヅミの目線では、埃の舞う木屋の中に、壁に背中を張り付け怯えているエルフの子供が見えた。
「リリィ様! 頑張って!」
「ん? 目障りだガキ」
「ひっ!?」
エピルカはエルフの子供に手を翳す。
「バイ……リン…グ……まだ炎は消えてないよ!」
「ぬっ!?」
木屋からは大きな火炎が噴出される。エピルカは慌てて身を躱そうとするが間に合わない。
「下位風魔法」
エルフの子供に向けていた手を足元に伸ばして詠唱すると、その風によってエピルカの体は横に吹き飛ぶ。よってリリィの下位火炎魔法・倍は躱されてしまう。
「まだ……まだ…下位火炎魔法、下位火炎魔法、増幅魔法」
「させるか! 鋭利な旋風」
鋭い風の刃が幾重にも重なり竜巻を形取る。それはリリィの放った下位火炎魔法・倍さえ引き裂き、勢いは止まずにリリィへ向かって飛んでいく。
「きゃああああ゛あ゛っ!!!」
肉を引き裂く音が聞こえた。木屋の屋根は吹き飛び、赤い飛沫が上がる。
「リリィ、リリィ!?」
思わずホヅミは声を出してしまった。が、エピルカに気付かれる事はなく。それほどに自分を脅かすリリィに夢中だったのだろう。
「ちっ、ちとやり過ぎたか。壊れてはいまい?」
ゆっくりとエピルカはリリィの元に歩み寄る。エピルカは木屋の中に手を伸ばすと、リリィの胸元を掴み上げる。リリィの姿は風の刃に無残に切り裂かれ、痛々しく血だらけになっていた。
「う………うぅ」
「まだ息はあるようだな……おいお前! 帰る途中でこいつを治しておけ」
と放る様に、付きの兵士にリリィを渡す。
「は、は! しかし、この傷、我ら兵士の中に治せるものはいません!」
「全部治さなくて良い。死なない程度にだ。封魔錠もかけておけ。魔法を使われると面倒だからな」
エピルカは肩の凝りを解す様な仕草をする。そして去り際に邪悪に口元を歪ませて微笑む。ホヅミはそれを見たまま何もする事が出来ずにいた。固まった体に動け動けと命令しているにもかかわらず、ぴくりとも動かない。けれど例え動いたとして、ホヅミには何も出来ないだろう。木屋の中にいるエルフの子供も震えながら、唖然として何も出来ずに腰を抜かしていた。
再び笛の音が聞こえた。緑色の靄のトンネルは姿を現し、エピルカとその付きの兵士達はその中へと潜り込んでいく。やがて笛の音色は途絶え、緑色の靄は空中にさっと霧散した。





