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追われかぼちゃと勘当姫  作者: 憤怒の灰かぶり
第一章
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ホヅミとリリィ4

見張りも時間が経ち、焚き火が弱くなる頃、リリィはうとうととしていた。絶対に寝まいとリリィは、眠っては起きて、眠っては起きてを繰り返す。やがて視界が薄くぼんやりとしていった。リリィは首を左右に振り目を覚まそうとするが、視界が晴れない。そして気づいた、辺りは白い霧に包まれていた。



『たすけて』



どこかからともなく声がした。はっきりと目が覚めると、すっと耳を済ませる。そっとささやかな風が木々を揺らす音、虫の鳴き声、二つの音が耳の奥までしんと染み渡る。



『いたいよぉ……たすけて』



聞こえた。子供の声だ。助けを呼んでいる。リリィはさっと腰を上げた。しかしホヅミをここには置いていけない。



『たすけて……たすけて』


声のする方は分かっている。焚き火もまだ残っている。辺りに魔物の気配はない。最悪、少し離れたところでも魔物の気配は感じられる。そしてすぐにこの場所に戻れば大丈夫だと、リリィは自身を説得して声のする方へ向かって歩き始めた。



『いたいよぉ……うぇーん』



子供が泣いている。リリィは急ぐ気持ちがはやり、早歩きになっていた。そして少しずつ子供の声は大きくなっていく。


「ママぁー! パパァー!」


月光に照らされて白い霧に浮かび上がる一つの影。そこに向かってリリィは急ぐ。徐々に影は姿を現すと、そこには子供がいた。ただ少し違うのは、子供の耳は切れ長。暗くて良くは見えないが赤っぽい帽子に、衣服はボロボロ。体中傷だらけの様だ。


「エルフの子供?」


リリィは昔、塾で習った知識を思い出す。エルフとは魔族のたぐいだ。魔物ではない。エルフは人型をしているが、人よりも魔力が強い。更には魔物を食べずとも魔物化の可能性がある。しかし人に最も近いおかげか、魔物化の影響はほとんど受けないとされている。またエルフは人でなく魔物でもない故に、人からは魔物に近いものだと忌み嫌われ、魔物からは人に近いものだとさげすまれるなどの迫害はくがいを受ける事がよくある。そして同じ魔族でも、種族が違えば仲間意識を持たれることもない。更には魔族の中でもエルフは弱く、同じ弱い人間よりも数の少ない魔族で、他の魔族からいびりや支配を受ける事が多い。そのために繁栄が難しいとも言われている。


「人間!? もう止めてよ! オイラを、オイラをいじめないでよぉ!」


エルフの子供はリリィを見ると、頭を抱えて怯える。リリィは一歩一歩エルフの子供に歩み寄っていく。体を震わせて目を瞑るエルフの体に、リリィは両手をかざした。


下位回復魔法ヒール!」


リリィの両手からはまばゆい緑色の光が溢れ出す。だがなかなか傷が塞がらない。


「足りないか……下位回復魔法ヒール増幅魔法バイリング!」


すると緑色の光は強まり、エルフの子供の体についた痛々しい傷はたちまちに消えていった。エルフの子供は傷の消えた体のあちこちを見回して不思議がる。リリィを見上げてはきょとんとしていた。


「お姉ちゃんは、オイラをいじめないの?」


その子供にリリィは自分を重ねていた。リリィも似たようなもので、魔物と人間のハーフ。そして人間に追放された身。そして恐らく魔物を嫌う魔族にも、人間や魔族を蔑む魔物にも良く思われない身であろう。


「そうだよ。ボクは君を……助けたかったんだ」


エルフの子供はぱっと笑う。


「ありがとう!」

「ねぇ、さっきの傷は誰にやられたの?」


エルフの子供は深刻な表情をすると、語り始めた。


「人間だよ! あいつら、オイラがエルフだからって……オイラは病気の母ちゃんのために薬草を取りにちょっと外に出ただけなんだ!」


とエルフの子供は激しくいきどおる。


「でも、人間は悪いやつばっかって聞いてたけど、お姉ちゃんは良いやつだ」


と無邪気に笑うあどけないそのエルフに、リリィは「そっか」と穏やかに微笑んだ。


「お姉ちゃんの名前、なんて言うの?」

「名前? ボクは……うーん、リリィ」


一瞬、入れ替わっているホヅミの事を思い出して、どちらの名前を言うのが良いのか迷いはしたが、事情を説明しても信じて貰えるかも分からないし、深く関わる相手でもなさそうだと判断したので、本名を口にする事にした。


「そっか!たすけてくれてありがとうリリィ。オイラは見ての通りエルフで、ソイって言うんだ!……それでなんだけどさ……お姉ちゃん、オイラ達の村に来ないか? オイラ達エルフ族はギリガタイ一族で、恩人は村に迎える様にしてるんだ。もちろんお礼にもてなすつもりだよ!」


考えるまでもなかった。夜が明けたら、町に入ることが出来る自分が、町へと魔除けの道具を買いに行こうと決めていた。だがそうまでして、ホヅミと二人野宿を続けるのはリリィにとっても、もちろんホヅミにとっても精神的にもきついだろう。これから先の宛もない。エルフの村に二人の身を置いてもらえればと思慮する。


「ありがとうソイ……お願いがあるんだけど……もう一人仲間がいるの、その子も良い?」

「全然良いよ! お姉ちゃんの仲間なら大歓迎だよ!」


リリィはソイを連れて薄い霧の中、焚き火の灯りが浮かんでいる位置に向かって凸凹とした道を行く。しばらくすると焚き火の側で横たわるホヅミの姿が視認できた。リリィはホヅミの元に寄る。すやすやと眠るその姿に、リリィはほっとした。


「ホヅミん、起きて」


ホヅミの体を揺さぶると、ん〜とうめき声を漏らしながら重たいまぶたをゆっくりと持ち上げる。ホヅミが目を覚ますと、リリィとその隣からひょいと顔を覗かせる耳の切れ長なソイを何度か行き来する。リリィからはソイがエルフである事や他事情を聞くと、今度はソイを先導に、一行は林の中へと潜り込む。ホヅミは疑問に思い、白い霧について口にすると、ソイが反応した。


「このきりは、エルフの村に行くために必要なんだ。きりがないと、村への入口は見えないよ」


とソイが腰に差した木製のオカリナを手に取って二人に見せた。


「これを吹いて、入口を開くんだ。ほらあそこ」


ソイの指す箇所には、楕円型だえんけいの緑色のもやが見えた。複数人は通れるくらいの大きさだ。


「あそこがオイラたちエルフ族の村の入口だよ」


緑色のもやにさしかかったソイは迷わず身を乗り出す。するとソイの体が半分が消えた。そして緑色のもやはソイの全身を呑み込んでゆく。その様子に二人は顔を見合わせて驚いていた。


「行こ、ホヅミん」


とリリィが先に思い切って緑色のもやに飛び込んだ。するとリリィはいなくなり、慌ててホヅミもリリィに続く。



そこは緑色のもやで出来たトンネルの様だった。前にいるソイはついてきた二人を見ると、オカリナを手に取り演奏を始める。綺麗な音を奏でていると思っていると、先には出口の様なところが見え始めていた。一行はやがて出口と思われるところに到達する。全員が通り切るまでオカリナを吹いてから、口からオカリナを離すソイは二人に元きた場所を見るように促す。すると緑色のもやは消えていて、何もなくなっていた。


「これがエルフルートの力さ……そしてここが、オイラたちエルフ族の村だよ。今は夜更けだから、あんまり騒がないでね」


くねくねと大きな大樹の数々が地面にずっしりと根を張っている。あちこちに木屋が立てられていて、それは大樹の上にまで建付けられていた。縄の代わりにはつるを用いられていて、大樹には蔓梯子つるばしごや、大樹に木の板を取り付けて作られた階段が見える。ただおかしな点が一つあった。まるで魔物からの襲撃でもあったかのように、その地は荒れていた。木屋もいくつか崩壊していたりと、争いの痕跡が見て取れる。二人は不思議に思いながら辺りをキョロキョロしていると、ソイに声をかけられる。


「あそこ、見える?」


ソイはある上方を指した。そこにはポツンと明かりが見える。夜中ということだけあって、明かりが見えるのはその一点だけであった。


「あそこが村長の家だよ。二人を紹介するからちゃんとついてきてね」


二人はソイに連れられて、村の奥、上方に構える住居に足を運ぶ。周りには他のエルフ達も見えたが、皆がさっと逃げる様に家の中へと入り込んでいく。招かれざる客なのだろうか。大樹に取り付けられた階段は壊れかけていたが、思いのほかしっかりとしていて、下さえ見なければなんて事はなかった二人。ソイは慣れているのか、スキップ気味にその小さな体で飛び跳ねながら階段を上っていく。先に着いたソイは上で手招きをするも、二人は大樹に体を寄せて落ちないように上ることしか出来なかった。


「二人とも、遅いよ」


気疲れした二人はソイに煽られて住居の中へと足を踏み入れる。

入口に吊り下げられた竹製の暖簾のれんくぐると、その先には大椅子が構えており、そこに居座る老エルフが重く垂れたまぶたを少し持ち上げる。


「村長、ただいま戻りました」


ソイは立膝をついて頭を下げた。


「何やら笛の音が聞こえたと思いきや、ぞろぞろと連れてきおったな」

「はい、この方々はオイラの命の恩人なんです」


村長と呼ばれた老エルフは杖を頼りに、ぐっと体を大椅子から持ち上げる。


「きぇぇぇええいっ!!」


村長は二人に片手を向けると、家の中では強い旋風が巻き起こる。


「ままっ、待ってよ村長! このお姉ちゃん達は大丈夫だって!」

「ソイよっ! まさか忘れておるわけではあるまい! 我らの恩返しをあだで返しおった不届き者を! 喰らえぇぇえええっ、がはっ! おおぇっ! げほっ! ごほっほっ!ごほっ!?」


いきった村長は咳き込むと、部屋の中を渦巻うずまいていた強風は止む。


「村長!」


ソイは村長の元に駆け寄り、体を支える。


「くぅ~、古傷が開きおったわい」

「村長! 血が、血が」


村長の吐血におたおたとするソイ。その様子を見ると、リリィは村長の元に駆け寄った。


「ちょっと、ボクに見せて」


リリィはお腹を抑える老エルフの手を退けて衣装をめくると、そこからは痛々しい傷跡が見えた。


「今回復魔法かけるから……下位回復魔法ヒール!」


そう唱えると、忽ちにその痛々しい傷跡は綺麗さっぱり消えていく。


「ほら、治った」

「こ、これは……人間に助けてもらうなど……もらうなど」


重たい瞼をこじ開けて驚く村長はその場で腰を抜かす。


「な? オイラの言った通りだろ?」

「……お主……すまんことをした」


リリィは首を横に振って微笑んだ。



それから村長は再び大椅子につくと、改めてソイがリリィとホヅミの紹介をする。


「先ほどは失礼な事をした。ほんとうにすまない……それでなんじゃが……不躾な頼みで申し訳ないが、ちゃんとお礼はさせてもらう。じゃから、お主の力、もう少し貸してはいただけないだろうか」


行く宛のないリリィはこれからこの村でお世話になる事を考えるにあたって、断る理由もないだろうと話を聞くことにした。


「何かあったんですか?」

「ああ、実は」


村長の話によると、数日前に一エルフが恩人と称して三人の人間を村に案内した。お礼にと皆が三人の男をもてなしていると、その夜三人は一エルフからエルフルートを奪って勝手に緑のもやを呼び出したそうだ。そして外にて待機していたのだろうか、たくさんの人間がエルフの村に攻め入り、エルフを複数連れ去っていったとの事。回復魔法の使えるエルフは全て連れ去られ、傷を負ったエルフ達は薬草にて治癒を施しているらしい。エルフルートまで奪われてしまった今、いつ再び人間が襲ってくるやもしれない恐怖に、皆怯えているのだという。


「そこでじゃ、回復魔法の使えるお主に頼みがある。薬草だけでは先のワシの通り、回復に時間がかかるばかり。我らエルフ族の治癒を、どうか、どうか!」

「分かりました。でもその代わりなんですけど……」


リリィは事情を話した。これから先、行く宛もない二人は頼れるところに頼る他ない。


「ああぜひとも。いくらでもこの村に居てくだされ」


交渉は成立した。早速ソイに連れられ二人は村をまわる事となる。こんな状況だというのに、なぜソイは人間のリリィ達を村に連れてきたのか。それはソイも村を救うために必死だったからだ。ただ少し、心が純粋で警戒心が足りていないだけである。


「やぁ、邪魔するね」

「おい! 何考えてんだよソイ! そいつら、人間じゃねぇか!」

「おい人間! 俺たちをいったいどうする気だよ! まさかまたエルフを連れ去る気か!?」


怪我をして怯えるふたエルフの子供。子をかばって大怪我を負い寝込む母エルフ。その母エルフを庇うように足や腕に包帯ほうたいを巻く父エルフ。


「この人が治してくれるよ」

「正気かソイ!? 何で人間なんかが」

「さっきだってオイラや村長の怪我を治してくれたんだ」


リリィが歩み寄るとまず前に立ちはだかる父エルフ。完全に怯え切っていて、体の震えが止まらないようだ。


「連れていくなら俺を連れていけ!俺ならまだ、労働力になるだろ!」

「落ち着いて、ボクはあなたを治しにきたんだよ」

「信じられるか!」


恨みをあらわにした目線をリリィにぶつける父エルフ。リリィが近づくと後退あとずさってしまう。


「じっとして! ソイ、抑えてて!」

「うん!」


とソイは暴れる父エルフを押さえつける。


「痛て! ソイてめぇ! 何しやがる!」

「いきます……下位回復魔法ヒール!」


リリィの両手からは眩い緑色の光が溢れ出す。あっという間に父エルフの体に負った傷は塞がってしまった。


「き、傷が……まさか、本当に……」

「言ったでしょ? 治しに来ただけだって」


それから続いてエルフの子供を治し、最後に重傷の母エルフを治す。重傷であった母エルフの時にだけ、リリィは増幅魔法バイリングを唱えた。


「まさか!? 増幅魔法バイリングが出来るなんて……一族にバイリングを行える者は誰もいないのに!」

「へへっ。回復魔法の増幅魔法バイリングは、出来てもあまり得意じゃないんだけどね。あと増幅魔法バイリングが出来るのは、得意の火炎魔法だよ」


驚く父エルフに、長い眠りから覚めきょとんとした表情で辺りを見回す母エルフ。それを見たエルフの子供は、元気な姿で母エルフに飛びついた。ソイ、ホヅミ、リリィ一行は木屋を出る。家族三人で一行を笑顔で見送るエルフ達。リリィは手を振ると、ソイに連れられ次の家へと向かう。



それから次々にエルフ達を治癒していくリリィ。ホヅミの体だと魔力が足りず、とても下位回復魔法ヒールだけでは治らなくて、増幅魔法バイリングを用いて治癒をすることが幾度もあり、そんなエルフ達を治していくうちに、痛々しい傷跡も目にしたリリィには、エルフ達を酷い目に合わせたという人間への怒りが募るばかり。


「これで最後ね……下位回復魔法ヒール! はぁ、はぁ………」


全てのエルフを治癒すると、リリィはふらつき倒れかかったところをホヅミが支える。


「大丈夫? 私、あんまり魔法の事分かんないんだけど、使い過ぎたら、大変だよね?」

「ま、まあね……はぁ、はぁ、少し、休ませてくれる?……」


その様子を見たソイは自分の家へと二人を案内する。リリィはホヅミの肩をかりて、ソイについていく。やがてたどり着くソイの家には、額に湿った布をのせて汗をかきながら苦しむ、一エルフの女が床に横たわっていた。


「オイラの……母ちゃんだ」

「じゃあ、はぁ、はぁ、治してあげなきゃ」

「いや、母ちゃんは……病気なんだ。下位回復魔法ヒールじゃ治せない」


ソイは母エルフの額にのった布を取ると、傍にある木バケツにんだ水につけて絞り、再び母エルフの額にぺたりとのせた。

それからソイは壁に立てかけた草編みの布団を床に敷く。ソイに促されて、ホヅミはリリィをそっと横たわらせた。



ホヅミとソイはリリィを残し、再び村長の家へと向かう。



「おぉ、戻ったか。それで、どうじゃ?」

「はい、村長。無事にエルフ族皆の治癒が完了致しました。今はオイラの家で休ませています」

「そうか……旅の方よ。ほんとうに申し訳ない。夜が明けたら、もう一方を連れて、我が家に参られよ。ご馳走を用意して待っておる」


そしてソイとホヅミは帰される。ソイは家に戻るついでに、村長から草編みの布団を二枚借りた。家には二人用しか置いていないらしい。二人はソイの木屋で草編み布団を敷いて、眠りにつくことになる。


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