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第13話 妖精と王子は結婚できるのでしゅか?

第13話 妖精と王子は結婚できるのでしゅか?


 求婚の翌朝、ピコは青い宝石の腕輪をつけたまま、アルフレッドの枕の右端で目を覚ました。桃色の羽には金色の髪が二本絡まり、頬には白いシーツの跡がついている。窓辺では夜露に濡れた洗濯物が朝日に照らされ、机には昨夜食べた木苺タルトの皿と、読みかけの法律書が積まれていた。ピコは腕輪を何度もなで、昨日の求婚が夢ではなかったことを確かめた。


「王子、朝なのでしゅ! 婚約妖精のキスで起こすのでしゅ♡」

 ピコはアルフレッドの額へ飛び、右頬、左頬、鼻先へ続けてキスをした。アルフレッドは四回目で目を開き、婚約したからといって一日十回の規則がなくなったわけではないと注意する。ピコは今日はまだ四回なので余裕があると答え、彼の金髪へ潜り込んだ。


「それより、国王陛下へ正式に報告しなければならない」

 アルフレッドは寝台から起き、白い寝間着の襟を直した。父であるエドワード国王には、ピコを愛していることまで伝えている。しかし、妖精を正式な伴侶として迎えることについて、王国の法律を確認した者はまだいなかった。


「王子が結婚すると言えば、結婚できるのではないのでしゅか?」

 ピコはアルフレッドの肩へ座り、寝癖のついた金髪を両手で整えた。王子は王国で二番目に偉いのだから、結婚くらい自分で決められると思っていた。アルフレッドは、人の一生を左右する制度だからこそ、王族でも勝手には決められないと説明した。


 朝食後、二人は国王の執務室へ向かった。アルフレッドは濃紺の正装を着て、ピコも桃色のミニドレスと青い腕輪を身につけている。食堂で出された茸入りの卵焼きは食べきったが、ピコは非常事態に備えると言い、胡桃パンの欠片をポケットへ詰めていた。その膨らみのせいでドレスの片側が重くなり、廊下を飛ぶたび体が斜めに傾いた。


「パンは私が持つ」

 アルフレッドはピコから胡桃パンを受け取り、布へ包んで胸ポケットへ入れた。ピコも当然のように同じポケットへ入り、パンの隣から顔を出す。婚約者になった自分は王子の胸ポケットへ正式に住めるのだと、通りかかった侍女たちへ説明した。


「その件も、今日確認する必要がありそうだな」

 アルフレッドが答えると、ピコはポケットの中で首をかしげた。侍女たちは笑いをこらえながら頭を下げ、二人を見送る。廊下には朝の掃除で使った石鹸の匂いが残り、窓の外では庭師が落ち葉を堆肥用の籠へ集めていた。


 国王の執務室では、エドワードが法律書を前に難しい顔をしていた。机には焼き栗の殻、冷めた紅茶、赤い紐でまとめた法令集が並んでいる。王家の法律顧問である老侯爵も同席し、分厚い眼鏡を鼻へ載せて古い頁をめくっていた。ピコはアルフレッドの胸ポケットから出ると、机の上に用意された角砂糖へ腰を下ろした。


「結論から言えば、人間と妖精の婚姻を認める規定はない」

 法律顧問は法令集を閉じ、白い髭を指で整えた。王国の婚姻法は、人間同士の結婚だけを前提に作られている。妖精については守護精霊、魔法生物、希少動物という三種類の記述があるものの、意思を持つ一人の住民として扱う規定は存在しなかった。


「ピコは動物ではないのでしゅ!」

 ピコは角砂糖から立ち上がり、両手を腰へ当てた。自分で服を選び、仕事をし、恋をし、木苺ケーキを三個までなら数えられる。最近は雑草堆肥の水分量も判断できるため、王城の猫よりずっと多くのことを考えていると訴えた。


「猫と比べる必要はない」

 アルフレッドはピコを手のひらへ移し、法律顧問へ向き直った。ピコは愛玩動物でも、所有物でもない。自分の意思で森を出て、自分の意思で王城に住み、自分の意思で求婚を受け入れた一人の女性だと主張した。


「しかし、妖精の年齢はどう確認するのです?」

 法律顧問は新しい帳面を開き、羽根ペンを持った。人間との結婚を認めるなら、本人が成人していることを確かめなければならない。ピコは十五センチの体と幼い口調のため、何も知らない者から子どもと誤解される可能性があった。


「ピコは立派な大人なのでしゅ!」

 ピコは羽をいっぱいに広げた。妖精は成人すると羽に三本目の金色の筋が現れ、満月の魔力を自分で扱えるようになる。ピコの羽には五年前からその印があり、人間の年齢に換算すれば二十二歳ほどになると説明した。


「語尾は大人らしくありませんな」

 法律顧問が指摘すると、ピコは机の上にあった胡桃を持ち上げようとした。大人の力を見せるつもりだったが、胡桃は重くて動かない。アルフレッドが指先で手伝うと、ピコは自分一人で持ち上げたことにしてほしいと小声で頼んだ。


「年齢と話し方は関係ない。意思と判断能力を確認すればよい」

 アルフレッドは譲らなかった。しかし国王はすぐに許可を出さず、王国の大臣や貴族を集めて会議を開くよう命じた。王族の伴侶を認定するだけでなく、妖精を王国の法の中でどのように扱うかという大きな問題になったからである。


 翌日から、セレスティアは王立図書館へ通い詰めた。彼女は白いブラウスへ灰色の上着を重ね、銀色の髪を一本に結んでいる。机には何十冊もの古文書が積まれ、パンくず、冷めた珈琲、削った鉛筆の屑まで散らばっていた。完璧な公爵令嬢だった頃なら人前に見せなかった机だが、今は一枚でも多くの資料を読むほうが大切だった。


「三百年前の記録にも、妖精は薬の材料としてしか書かれていませんわ」

 セレスティアは頁をめくり、眉間を指で押さえた。妖精の羽を病気の治療へ使った記録や、魔力を利用して作物を育てた記録は多い。しかし、その妖精本人が何を望み、何を受け取ったのかは、ほとんど残されていなかった。


「昔の人は、妖精にお礼を言わなかったのでしゅか?」

 ピコは積まれた本の上へ座り、干した木苺をかじった。森では木の実を取るときも、必要な分だけ受け取り、残りは鳥や虫のために置いておく。妖精の力だけを使い、本人の言葉を記録しない人間の習慣を理解できなかった。


「書いた人が、妖精を対等な相手と思っていなかったのでしょう」

 セレスティアは古文書の汚れを柔らかな刷毛で払った。ピコは妖精粉を提供する道具ではなく、自分の好き嫌いと選択を持っている。法律を作るなら、人間が妖精を守るだけでなく、妖精が嫌だと言える仕組みも必要だと考えた。


 三日目の夜、二人は図書館の最も古い書庫へ入った。石造りの地下室は湿っており、古い革、埃、蝋燭の油が混じった匂いがする。棚の隅には鼠がかじった紙や、表紙の外れた帳面が積まれていた。ピコはくしゃみをするたび妖精粉をまき散らし、セレスティアに古文書へ粉を落とさないよう注意された。


「こちらの箱だけ、妖精文字が書かれているのでしゅ」

 ピコは棚の上にある木箱を見つけた。蓋には蔓と月を組み合わせた印が刻まれ、人間の文字で「森の盟約」と記されている。セレスティアが箱を開けると、乾燥させた木の皮へ、人間と妖精の二種類の文字が並んでいた。


「ありましたわ。五百二十年前の記録です」

 セレスティアは蝋燭を近づけ、慎重に文章を読んだ。かつて王国の開祖と森の妖精族は、互いの土地と命を尊重する盟約を結んでいた。人間は妖精を所有せず、妖精も人間の意思を魔法で操らず、双方の自由な同意によって協力関係を結ぶと記されている。


「結婚とは書いていないのでしゅ」

 ピコが木の皮を読み、首をかしげた。セレスティアは、これは婚姻より広い意味を持つ対等な契約だと説明した。家族、仕事仲間、領地の共同管理者など、種族の違う二人が生活と責任を分け合うための制度だった。


「これなら、新しい法律の土台になりますわ」

 セレスティアは木の皮を専用の箱へ入れ、王城へ運ぶ準備をした。ピコは見つけたお祝いに木苺をもう一つ食べようとしたが、袋はすでに空だった。二人は図書館の厨房へ行き、夜番の司書が残してくれた豆のスープと固いパンを分けて食べた。


 五日後、王城の大議場で特別会議が開かれた。国王を中心に、大臣、法律顧問、聖職者、貴族、魔導院の研究者が長机を囲んでいる。机には資料、羽根ペン、冷め始めた紅茶が並び、会議が長引くことを見越して胡桃パンまで用意されていた。ピコのためにも小さな椅子と机が設けられ、花の形をしたカップへ蜂蜜水が注がれていた。


「なぜ妖精のために、国の法律を変えなければならないのです」

 年配の伯爵が口を開いた。妖精は森に住む魔法生物であり、王族の伴侶として国民の前へ立つ前例はない。かわいいから、王子が愛しているからという理由だけで認めれば、王家の権威が損なわれると主張した。


「ピコの外見ではなく、意思と行動を見ていただきたい」

 アルフレッドは黒い正装で席を立ち、議場を見渡した。ピコは森の異変を感知し、荒れた農地を回復する方法を教え、人間と妖精の交流へ協力している。何より、自分の意思で求婚を受け、自分の言葉で王子と生きることを望んでいる。


「殿下が先に亡くなった場合、妖精は何百年も生きる可能性があります」

 別の大臣が相続や財産の問題を指摘した。妖精が王家の財産を何世代にもわたって所有すれば、王位継承へ影響するかもしれない。アルフレッドは、だからこそ曖昧な扱いをせず、権利と責任を法律で定める必要があると答えた。


「今まで規定がなかったから認めないのでは、規定は永遠に作られない」

 アルフレッドは机へ両手を置いた。人間以外の種族が意思を持つと分かった以上、愛玩物や所有物として扱い続けることはできない。結婚という名称にこだわらずとも、二人が生活と責任を分け合える法的な制度を設けるべきだと求めた。


 セレスティアは森の盟約を議場へ提出した。五百二十年前の木の皮には、王国の開祖が押した印章と、妖精族の魔力が残っている。魔導院の研究者が調べた結果、偽造ではないことも確認されていた。議場へ古い盟約の内容が読み上げられると、反対していた貴族たちも資料をのぞき込んだ。


「人間と妖精は、もともと対等な相手として国を支えていたのです」

 セレスティアは妖精研究の帳面を開いた。のちの時代に妖精を魔法の材料として扱う考えが広まり、最初の盟約が忘れられた。新しい制度は前例のない暴挙ではなく、失われた関係を現代に合う形で取り戻すものだと説明した。


「しかし、その妖精本人に王族の伴侶としての自覚があるのですか?」

 伯爵の視線がピコへ向いた。ピコは小さな椅子の上で胡桃パンをかじっていたが、慌てて皿へ戻した。口の周りについたパンくずを布で拭き、桃色のドレスの裾を整えて立ち上がった。


「ピコにも、お話をさせてほしいのでしゅ」

 ピコの声は広い議場では小さく、後ろの席まで届かなかった。アルフレッドが手のひらへ乗せて壇上へ運び、魔導院の研究者が拡声魔法をかける。自分の声が天井から聞こえたため、ピコは驚いて一度ひっくり返ったが、すぐに立ち直った。


「ピコは王子を、とっても大切にできるのでしゅ!」

 ピコは両手をいっぱいに広げた。毎朝キスをして起こし、朝食の人参を残したら口へ運び、仕事をしすぎたら羽根ペンを隠す。悪夢を見たら妖精の魔力で食べ、体が冷えたら胸ポケットへ入って温めると説明した。


「羽根ペンを隠すのは、仕事の妨害ではありませんか?」

 大臣の一人が尋ねると、ピコは休ませるための愛だと答えた。アルフレッドが苦笑し、実際に重要書類の途中でペンを持ち去られたことが三回あると補足する。議場のあちこちから小さな笑いが起こった。


「王子が疲れたときは、頬へキスをするのでしゅ。とても疲れたときは、十回するのでしゅ!」

 ピコは胸を張った。法律顧問が回数に上限はあるのかと真顔で質問すると、ピコは婚約後は無制限だと答える。今度は国王まで咳払いで笑いを隠し、重かった議場の空気が少し緩んだ。


「ただし、ピコが嫌だと言ったことを、王子が無理にさせるのはだめなのでしゅ」

 ピコは表情を引き締めた。王子が嫌だと言ったことを、ピコが魔法で従わせるのもいけない。どちらか一人だけが我慢を続けるのではなく、困ったら話し合い、食事も仕事も暮らしも一緒に考えると伝えた。


「ピコは王子に飼われるのではないのでしゅ。王子と一緒に生きたいのでしゅ」

 議場から笑いが消え、貴族たちは十五センチの妖精を見つめた。かわいいだけの存在と思っていた者にも、ピコが自分の意思でここに立っていることが伝わった。アルフレッドは手のひらのピコへ小指を差し出し、彼女は両腕でそれを握った。


 会議は昼を過ぎても続いた。相続、住居、財産、医療、契約解除の条件など、決めるべきことは多かった。冷めた紅茶は何度も入れ替えられ、胡桃パンの籠も三回空になった。ピコは途中で机の上に横になりかけたが、自分の将来を決める会議だからと頬をたたいて起き続けた。


「婚姻法へ無理に加えるより、新しい制度を設けるべきです」

 法律顧問は何枚も書き直した案を国王へ差し出した。種族や身分にかかわらず、成人した双方が自由な意思で合意し、生活上の権利と責任を分け合う制度である。どちらかを所有物として扱うことを禁じ、契約には本人同士の同意を必須とした。


「名称は、王国公認パートナー制度としてはいかがでしょう」

 セレスティアの提案に、法律顧問もうなずいた。人間と妖精だけでなく、今後ほかの意思ある種族が現れた場合にも適用できる。国王は法案を読み、机に置かれた二つの印章を見た。


「新しい制度を作れば、王国には混乱も起こるだろう」

 エドワード国王はピコ、アルフレッド、集まった貴族たちを順番に見た。前例がないことを理由に拒めば簡単だが、それでは王国が古い誤りを守り続けるだけになる。国王は羽根ペンを取り、法案の最後へ署名した。


「双方の自由な意思と対等な責任に基づく、王国公認パートナー制度の設立を認める」

 国王の印章が押され、赤い蝋へ王家の紋章が刻まれた。議場には拍手が起こり、セレスティアは大きく息を吐いた。ローランドは会議の記録へ、ピコとアルフレッドが制度の第一号となることを書き加えた。


「ピコは、王子と結婚できるのでしゅか?」

 ピコはアルフレッドの手のひらで、国王を見上げた。エドワードは、法律上の名称は王国公認パートナーだが、二人が夫婦と呼び合うことを妨げる者はいないと答えた。ピコは意味を理解するまで数秒かかり、そのあと桃色の羽を全開にした。


「やったのでしゅ! ピコは王子のお嫁しゃんになれるのでしゅ♡」

 ピコはアルフレッドの鼻先へ飛びつき、議場の全員が見ている前で何度もキスをした。アルフレッドは三回目で止めようとしたが、国王から祝いの日くらい好きにさせろと言われる。反対していた伯爵まで、孫へ聞かせる話ができたと笑っていた。


 会議のあと、小さな祝宴が開かれた。長机には鴨肉の焼き物、蕪と豆のスープ、白パン、木苺のケーキが並び、ピコの前にも専用の皿が用意された。何時間も会議へ参加したピコは腹を空かせ、ケーキへ飛び込もうとしたが、桃色のドレスを汚してはいけないと思い、手前で停止した。


「成長しましたわね、ピコさん」

 セレスティアが木苺のケーキを小さく切り分けると、ピコは婚約妖精から正式なお嫁さん候補になったからだと胸を張った。ローランドは祝いの干し肉を差し出し、アルフレッドはスープが冷める前に食べるよう促す。国王も同じテーブルへ座り、大きい王子のお父しゃんと呼ばれて苦笑した。


「王子、これからはピコをどこへでも連れていくのでしゅ」

 ピコは木苺を食べながら、青い腕輪をなでた。アルフレッドは会議、公務、森の調査には連れていくが、入浴だけは別だと念を押す。ピコは王国の法律が変わったのだから、お風呂の規則も変えるべきだと主張した。


「その法律は別に作ってもらえ」

 アルフレッドが答えると、ピコは国王へ新しい法案をお願いしようと飛び立った。エドワードは慌てて焼き菓子を差し出し、ピコの注意をそらす。セレスティアとローランドは笑い、法律顧問はその法案だけは担当しないと宣言した。


 夕方、正式な証書が二人へ渡された。人間用の大きな証書にはアルフレッドが署名し、妖精用の小さな欄にはピコが木炭で名前を書いた。文字は少し曲がったが、誰にも代筆させず、最後まで自分の手で書いた。金色の妖精粉が署名の周囲へ落ち、消えない印として紙に残った。


「ピコは、王子の持ち物ではないのでしゅ」

 ピコは証書を両手で持ち、自分の名前を確かめた。守られるだけでも、かわいがられるだけでもなく、意見を伝え、責任を分け合う相手として認められた。アルフレッドも自分の証書を持ち、ピコへ小指を差し出した。


「俺も君の持ち物ではない。だが、自分の意思で君の隣にいる」

 ピコはその小指へ両腕で抱きついた。桃色の羽から金色の粉が舞い、二枚の証書の上へ降り積もる。人間と妖精が対等な意思で結ばれた、王国最初の一日になった。


「王子、これから百年分、大好きなのでしゅ♡」

 ピコはアルフレッドの金髪へ飛び込み、いつもの場所へ頬を埋めた。王城の窓には夕日が差し、洗濯係が取り込み忘れた一枚の白いシーツが風に揺れている。新しい法律ができても変わらない日常の中で、ピコはもう誰にも遠慮せず、自分で選んだ相手のそばへ座っていた。



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