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誰も本当の俺を知らない〜人気バンド天才キーボディストは裏の大富豪〜  作者: にんじんさん


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第4話「崩壊」

 他のメンバーは全員20歳以上。だから、平日の日中だけは、俺が唯一「普通の高校生」というカモフラージュを維持するための、退屈で貴重な空間のはずだった。


しかし、俺らのバンドが人気になるにつれ、それも過去の話になっていく。

「ねえ波瑠くん! 次のライブ、関係者席のチケットって余ってたりしない?」

「今度の雑誌の表紙、すっごく格好良かったよ! これ、お弁当余っちゃったから良かったら食べて?」


 昼休みの教室。俺のデスクの周りには、他クラスからも集まってきた女子生徒たちで、ちょっとした人だかりができていた。

「あはは、みんなありがとう。チケットは事務所が管理してるから難しいかな。お弁当も気持ちだけで十分だよ」


 俺はいつものように、当たり障りのない温厚な笑みを浮かべて彼女たちをあしらう。

(はぁ~)

 数億円を稼ぎ出す現役高校生キーボーディスト――世間が俺に求める「天才少年」の役割を演じるのは、もはや息をするよりも簡単ではあった。が…

(めんどくさい…)


 だが、当然そんな状況を周囲の男子たちが面白く思うはずがない。

「チッ、また群がってやがるよ。たかがバンドでちょっと売れたからって、調子に乗りやがって」

「どうせ裏で大人が糸引いてんだろ。高校生のくせに金持ちアピールとか、マジで鼻につくわ」


 教室の隅から、刺すような嫉妬と敵意の混じった視線と陰口が聞こえてくる。

 彼らにしてみれば、自分たちが必死に受験勉強や部活に励んでいる中で、一足飛びに大金と名声を手に入れた俺の存在は、不愉快極まりない標的なのだろう。


(ふん……可愛いものだな)


 向けられる嫌悪を肌で感じながら、俺は心の中で冷ややかに笑っていた。

 彼らがどれだけ睨みつけようと、俺の本当の資産は桁違い。お前らが一生かかっても拝めないような海外メガ企業のトップたちが、俺の一言で右往左往している。教室の中の小さな格差に一喜一憂している彼らとは、生きている世界の次元が違うのだ。


 そんな歪な学校生活を終え、俺は放課後、足早にいつものスタジオへと向かった。


     *


「よし、もっかいいくぞ! ワン、ツー、スリー、フォッッッー!」


 スタジオに久のカウントが響き、爆音が弾ける。

 昨日Jから聞いた「不穏なノイズ」を頭の隅から追い出すように、俺は鍵盤の上に指を滑らせた。メンバーたちと呼吸を合わせ、音を重ねていく。この時間だけが、俺を冷徹な世界から救い出してくれる唯一の救いだった。


(――ビーーーッ! ビーーーッ!)


 だが、サビに向けて最高潮に達しようとした瞬間、スタジオの爆音すら一瞬で掻き消すほどの、金属質で不快な警告音がいきなり鳴り響いた。

 音の発生源は、キーボードの脇に置いていた、俺のブレザーのポケット。


 ただの着信音ではない。世界最高峰のセキュリティが施された暗号化端末が、国家レベルの緊急事態、あるいは俺の資産に致命的な危機が迫った時にしか鳴らさない『最優先アラート』の音だった。


「うおっ、何だその音!?」「耳が痛いんだけど……!」

 演奏が完全に止まり、久たちが一斉に耳を塞いで俺を見る。


「あ、ごめん! 防犯アラームのアプリがバグっちゃったみたい。ちょっと止めてくる!」


 俺は引きつった笑顔を作ると、端末をひったくるようにしてスタジオの防音扉を飛び出した。

 尋常ではない胸の騒ぎを抑えつけながら、一番奥にある、普段は誰も使わない薄暗い非常階段の踊り場へと駆け込み、内側から厳重に鍵を閉める。

 画面には血のような赤色で『CRITICAL EMERGENCY(致命的緊急事態)』の文字が激しく明滅していた。


 通話ボタンを押し、耳に当てる。


「――J、何が起きた」

『……波瑠様、最悪の事態です』


 スピーカーから聞こえてきたJの声は、これまでの人生で一度も聞いたことがないほど荒く、切迫した動揺に満ちていた。


『先ほど、あなたが株式を保有するメガ企業の東欧の基幹データセンターが、武装集団による物理的な襲撃を受けました。昨日ご報告したシステムエラーは、施設の防衛網を内側から無力化するための、前段階のサイバー攻撃だったのです』


「……っ! 被害の規模は?」


『施設の心臓部であるメインサーバーが完全に爆破されました。これにより、世界規模の物流ネットワーク、および決済システムが瞬時に機能停止に陥っています。さらに……』


 Jが言葉を詰まらせる。その背後からは、何十人ものオペレーターたちの怒号と、システム崩壊を告げる警告音が津波のように響いていた。


『襲撃と同時に、市場で同社株の驚異的な規模の「空売り」が仕掛けられました。何者かが最初から、この瞬間を狙って破滅を仕組んでいたのです。ローレンス社長は先ほど、私邸の書斎で拘束され、現在行方不明。彼が必死に買い集めていた非上場株は、テロ組織への裏金を隠すためのダミーだった可能性が極めて濃厚です』


「あの雇われが、裏で糸を引かれていたってことか……!」


『同社の株価は、ニューヨーク市場の寄付きからわずか数分で、ストップ安を繰り返しながら垂直落下しています。このままでは……あなたの資産の大部分が、一瞬にして紙切れ当然になる恐れがあります』


 世界経済を裏から支配していたはずの、俺の絶対的な権力。

 それが、物理的な暴力と、用意周到な市場の罠によって、足元から音を立てて崩れ落ちていく。


「J、全力を挙げて買い支えろ。俺の裏口座の資金をすべて市場に投入してでも、暴落を食い止めるんだ。東欧の現地部隊にも連絡を取れ。生存しているセキュリティ人員をすべて動かせ!」


 階段の踊り場の薄暗い窓ガラスに映る俺の顔は、もう「クラスの女子にモテる天才高校生」のそれではない。世界の裏側を血に染めてでも、自分の領土を守ろうとする、冷徹な支配者の顔だった。


『承知いたしました。すぐに動きます。ですが波瑠様、敵の狙いは企業だけではないかもしれません。筆頭株主であるあなたの身元が割れるのも、時間の問題かと……っ』


 プツリと、通話が切れた。

 手の中の端末が、尋常ではない熱を持っている。


 深く、深く息を吐き出し、一瞬で頭を冷やしていつもの「波瑠」の仮面を被り直す。これ以上ここにいると、不審に思った久たちが追いかけてくるかもしれない。


 だが、重い扉を開けてスタジオの廊下へ戻ろうとしたその時、廊下の突き当たりにあるガラス扉の向こうに、ふと目が留まった。


 普段はバンドマンしかいないレンタルスタジオのロビーに、地味なスーツを着た、明らかにカタギではない体格の良すぎる外国人たちが三人、滑り込むようにして入ってきた。

 彼らは周囲を鋭く警戒しながら、迷いのない足取りで、俺たちのいるスタジオの部屋へと歩き始めていた。


「……嘘だろ。もうここまで来やがったのか」


 世界の裏側の戦争が、俺の大切な日常を、想像以上の速さで浸食し始めていた。


■ あとがき&ちょっとした用語解説


第4話をお読みいただきありがとうございます!

物語が一気に動き出しました。作中に出てきた少し難しい経済・投資用語について、簡単に解説します!


・3分の1の株式を保有する

会社の株を33.4%以上持っている状態です。これだけの割合を持っていると、会社の重要な決定を1人で決めれます。波瑠が「裏のボス」と呼ばれる理由がこれです。


・空売り(からうり)

普通の投資は「安く買って、高くなったら売る(値上がりすると儲かる)」ですが、空売りは「株価が下がれば下がるほど大儲けできる」という特殊な取りひきです。


筆頭株主ひっとうかぶぬし

その会社の株を「一番多く持っている人」のことです。つまり、その会社の一番のオーナー(持ち主)。


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