第5話「支配者」
「波瑠ー? マジでどうしたんだよ、今の音……」
非常階段の重い扉をそっと開けると、廊下には心配そうな顔をした久と結人が立っていた。ロビーのガラス扉の向こうでは、先ほど入ってきた例の黒スーツの外国人三人組が、鋭い視線でこちらをキョロキョロと探している。
(チッ、もうそこまで来ているか。だが、こいつらを巻き込むわけにはいかない)
「あはは、ごめん! やっぱりスマホが完全に壊れちゃったみたい。それはそうと、ちょっと頭を冷やしに、外の自販機まで行ってくるよ!」
「え? おい、波瑠!」
久たちの制止の声を振り切り、俺はあえてロビーとは逆方向にある非常口のドアへとダッシュした。
裏口からスタジオのビルを飛び出し、そのまま狭い路地裏へと滑り込む。走りながら、ポケットからもう一台の暗号化端末を取り出し、世界最速のダイヤルでJへと繋いだ。
「俺だ。スタジオのロビーに敵の斥候が来ている。俺が裏口から引き付けた。すぐに迎えを回せ!」
『承知いたしました。すでに波瑠様の現在地をGPSで捕捉しております。3分後に、上空にヘリを回します。近隣のタワービルの屋上ヘリポートへお急ぎください。それと……東欧の現地データセンターの件ですが、事態は一刻を争います』
「分かっている。俺が直接行く。プライベートジェットのフライトプランを今すぐ書き換えろ。成田でも羽田でもいい、滑走路を一本、力技でこじ開けろ!」
『御意。すべての大統領令と特権をスルーさせます』
ビルの隙間から、東京の濁った空を見上げる。
息を切らしながら商業ビルのエレベーターに飛び乗り、最上階のヘリポートへと駆け上がる。ドアを開けた瞬間、凄まじいローターの風圧が俺のブレザーを激しく揺らした。
そこには、極秘カスタマイズした超大型ヘリコプターがすでに到着していた。
「波瑠様、お急ぎください!」
機内から防弾仕様のスーツを着た男たちが手を差し伸べる。俺は彼らの手を借りて機内へと飛び乗り、そのまま機体は爆音を上げて都心の上空へと跳ね上がった。
眼下に広がる東京の街並みが、一瞬で小さくなっていく。
つい数分前まで、俺はスタジオで、久たちと新曲のサビのコード進行について悩んでいたのだ。その「日常」があまりにも遠く、儚いものに思えてくる。
ヘリのシートに深く腰掛け、用意されていたモニターを見つめる。画面には、東欧のデータセンター周辺の衛星画像と、リアルタイムで暴落し続ける我が企業の株価チャートが映し出されていた。
「これ以上の株価下落は、我がグループの信用崩壊を意味する。現地に到着するまでに、どれだけの買い支えができる?」
マイクを通じて、別機から通信しているJに問いかける。
『現在、スイスとケイマン諸島の裏口座から、計5000億円規模の資金を市場に投下し、防衛線を張っています。ですが、敵の空売りの勢いがそれを上回っています。物理的にメインサーバーを復旧させ、テロリストの通信拠点を制圧しない限り、この出血は止まりません』
「上等だ。俺の日常を壊そうとした代償がどれだけ高いか、テロリストどもに骨の髄まで教えてやる」
『私は爆発の起こった現場に向かいます。波瑠様は隠れ家に行き、混乱している本部を立て直し、支持をお願いいたします。ローレンス社長の秘書アリスカがいるようです。力になるはずです。』
「わかった。無事でいるんだぞ。」
ヘリはわずか十分で、羽田空港の隔離されたプライベート専用ハンガーへと着陸した。
ローターが止まるよりも早くハッチが開き、俺はタラップを駆け下りる。目の前に鎮座しているのは特注プライベートジェットだ。すでにエンジンは咆哮を上げ、離陸の準備を完璧に整えていた。
「波瑠様、東欧までの推定飛行時間は6時間45分。これが、現在の国際法を無視して出せる限界の速度です」
機長が敬礼しながら報告する。
「1分でも縮めろ。燃料の効率なんて気にするな。エンジンが焼き切れても構わん、最大戦速で飛ばせ!」
座席に飛び込み、シートベルトを締めると同時に、機体は凄まじいGを伴って滑走路を滑り出した。日本の管制塔を、俺の権力で強制的に黙らせ、他の民間機をすべて待機させての緊急発進だ。
窓の外、急速に遠ざかっていく日本の大地を見つめる。
あいつらは今頃、まだスタジオで「波瑠のやつ、遅いな」なんて言いながら、ベースの練習でもしているのだろうか。
「久、結人、宗介、蒼……。待ってろよ。俺がサクッと世界を救って、次の週末のライブには必ず間に合わせてやる」
天才高校生キーボーディストの仮面を完全に脱ぎ捨て、世界を裏から操る俺を乗せたヘリコプターは、嵐の渦巻く東欧の戦場へと向かって大空を飛んでいった。
第5話をお読みいただきありがとうございます!
ついに波瑠が「富豪」としての本領を発揮し、プライベートジェットで戦場へ急行する超ド派手な展開になりました!結構ツッコミどころ満載ですね!波瑠の権力すごい!
引き続きよろしくお願いします。




