第20話神の知能の拒絶
「早くしろ! なぜ起動しない!?」
セーフハウスの最深部、メインコンソールの前。敵のボスは車椅子の上で激昂し、画面を殴りつけていた。その顔は怒りと焦りに満ちている。
その傍らでは、第一秘書のアリスカが、額に大量の脂汗を浮かべながら狂ったようにキーボードを叩いている。画面には、彼女が監獄の檻の中で波瑠の口から完璧に盗み出したはずの文字列が、冷酷に打ち込まれていた。
【 C - G - Am - Em - F - C - F - G 】
しかし、エンターキーを何度叩こうとも、画面に表示されるのは冷酷な『ACCESS DENIED(アクセス拒否)』のエラーログだけだった。世界を支配するはずの未来予測AI『ラプラス完全版』の防壁は、ぴくりとも動かない。
「おかしいわ……そんなはずはないのよ!? あのガキは確かに、これが完全版を解除するコードだと言ったのよ!?」
「何が間違っているというのよ!?騙された!」
アリスカがヒステリックに叫んだ、まさにその時だった。
「――騙した? 人聞きが悪いな。俺は最初から、本当の『コード』を教えてあげたはずだよ?」
統制室の重厚な自動ドアが、内側から乱暴にこじ開けられた。
煙の立ち込める通路から、ゆっくりと歩み出てきたのは――ブレザーを失い、白いワイシャツの袖を不敵にまくり上げた少年、波瑠だった。
「なっ……お前たち、なぜここにいる!? 処刑班はどうした!?」
ボスが驚く。
アリスカが「ひゃぁ、」と悲鳴のような声を上げる。
波瑠のすぐ後ろからは、衣服に敵兵の返り血を浴びた老紳士Jが、何事もなかったかのようにネクタイを整えながら静かに進み出てくる。さらにその後ろには、銃を構えた男装の少女、そして完全に形勢が逆転したことを悟ってニヤニヤしているカヴァリとアトリックスの姿があった。
「お前たち、そのガキを捕らえろ! 今すぐ――」
ボスが絶叫し、傍らに控えていた数名の精鋭ガードマンたちに命じようとしたが、Jの身体が残像を残して動いた。
「――お前の相手は、私です」
(バキィィィィィン!!!)
突如として炸裂した重低音。Jの放った神速のローキックが、突撃しようとした敵兵の膝を容赦なく破壊し、そのまま凄まじいアッパーカットが顎を撃ち抜いた。巨体の兵士が、天井に届かんばかりの勢いで文字通り上空へ吹き飛び、コンソールに叩きつけられて白目を剥く。
(ドシュッ! バキッ! ドサッ……!)
一撃、また一撃。Jの拳が繰り出されるたび、訓練されたはずの敵の精鋭たちが、まるでゴミ袋のように次々と壁や床に叩きつけられ、部屋の装飾ごとボッコボコに破壊されていった。わずか十数秒。統制室に残されていた敵の戦力は、文字通り跡形もなく更地へと変えられた。
「ひっ……! いや、嫌ぁぁぁぁぁ!!!」
目の前で味方がボッコボコにされる光景を見て、完全にパニックになったアリスカは、手元のUSBを投げ捨てて部屋の非常口へと猛スピードで逃げ出した。
「あ、待ちなさいーっ!!」
それを見逃さなかった男装の彼女が、キャップを押さえながら、地の可愛い女の子の声で叫んで非常口へと全速力で追いかけていく。
――静まり返った統制室。
床に転がる死体の山を冷然と踏み越え、波瑠は車椅子の上でぶるぶると全身を震わせているボスの一人だけの前に、ゆっくりと歩み寄った。
「さて。誰もいなくなったところで、本当の『真相』を教えてあげるよ、ボス」
波瑠はコンソールの画面を指差し、冷徹極まりない支配者の瞳で彼を見下ろした。
「アリスカがお前に報告したあのアルファベットの羅列。あれはね、日本のバンド『 SKYTOON 』の新曲の、ただのサビの『音楽のコード進行(和音)』だよ。ただのJ-POPのメロディさ」
「お、音楽の……和音……!? そんな、バカな……!」
ボスは絶望に顔を歪め、ガタガタと歯の根を鳴らした。
「そうさ。俺たちの最高傑作であるラプラス完全版は、文字データなんかじゃ起動しない。俺がキーボードの鍵盤を叩き、その生の指先が生み出す『生の演奏波形』そのものが、世界に一つしかない本物の解除キーなんだ。日常を共有していないお前たちには、逆立ちしても理解できないルールだったろ?」
勝ちを確信し、世界を支配した気になっていた悪魔の計画が、高校生の日常のメロディによって100%粉砕されたのだ。
「これで完全にチェックメイトだ。俺の日常と資産を脅かした代償、たっぷりとその身で払ってもらうよ」
「クソ、クソッ……!!! クソォォォォォ!!!???」
すべてを失い、ポツンと一人だけ残されたボスの、みじめで、あまりにも情けない断末魔が、真っ赤に染まった統制室の中に虚しく響き渡っていた。
第20話をお読みいただきありがとうございます!
Jによる圧倒的なボコボコ無双作戦を描きました!どうだったでしょうか?
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次回もお楽しみに。




