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誰も本当の俺を知らない〜人気バンド天才キーボディストは裏の大富豪〜  作者: にんじんさん


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第17話裏切りのチェスボード




「……ふぅ、相変わらず手際がいいな」


 男装の工作員が差し込んできた特殊な解除キーによって、手首の電子手錠がパチンと軽い音を立てて外れた。高電圧の罠を無力化された金属の塊が、床に落ちて鈍い音を立てる。

 J、カヴァリ、アトリックスの3人も次々と手錠から解放され、それぞれのプロとしての顔を取り戻しつつため息をついた。


「波瑠、話はあと。敵の次の見回りが来るまであと三分。私のルートに付いてきて」

 彼女はショートヘアを揺らしながら、手慣れた動作でアサルトライフルのボルトを引いた。


「よし、全員移動するぞ。Jは彼女のナビゲートを頼む」

「御意」


 俺たちは静かに最下層の雑居房を後にした。

 彼女が用意していた脱出ルートは完璧だった。敵の未来予測AI『ラプラスの簡易版』の死角を完璧に縫うようにして、地下の迷宮を突き進んでいく。


 やがて、地上への非常脱出口である重厚な鉄扉が見えてきた。あそこを抜ければ、我がグループの装甲車が待機しているエリアに出られる。

 脱出は、成功した――誰もがそう確信し、一歩を踏み出そうとした、その瞬間だった。


(カチャッ)


 俺のすぐ背後で、冷たい金属の稼働音が響いた。


「――そこまでよ、波瑠社長代理。みんな、一歩も動かないで」


 ピタリと、全員の足が止まる。ゆっくりと振り返った俺の視線の先。

 そこには、たった今まで俺たちの後ろを走っていたはずの第一秘書、アリスカが立っていた。

 その細い両手には拳銃ハンドガンが握られ、その銃口は、胸の真ん中へと真っ直ぐに向けられていた。


「ア、アリスカ……!? お前、何を考えているんだ!」

 カヴァリが絶叫し、アトリックスが形相を変えて一歩後ろに下がろうとする。


「動かないでって言ったでしょう、アトリックス。あなたの頭を撃ち抜くくらい、今の距離なら簡単よ」


 アリスカの声から、さっきまでの怯えや涙は完全に消え失せていた。

 彼女は、俺たちの前で、口元を歪めて「ニカッ」と、どこか凶悪で冷酷な本性を剥き出しにした笑みを浮かべたのだ。


「アリスカ、お前……」

 Jが怒りで顔を血に染め、アサルトライフルを構えようとしたが、その時、前方の鉄扉が不気味な重低音を立てて外側から完全に開き放たれた。


 外から差し込んできたのは、脱出用の装甲車ではない。

 眩いばかりのサーチライトの群れと、いつの間にかそこを完全に包囲していた、数十名のテロ組織の重武装部隊だった。その中央には、仕立ての良い最高級のスーツを着こなした、あの冷酷な敵のボスがワイングラスを片手にニヤニヤとこちらを見下ろしている。


「無駄よ、J。最初からあなたの行動も、その男装の工作員が潜入してきたことも、ぜーんぶ私がリアルタイムでボスに報告していたのよ」


 アリスカは銃口をブレさせずに、狂気的な笑みを深めた。


「なぜ完璧な作戦が失敗したか、まだ分からなかった? 私の端末から、すべて上流でボスに流していたの。ローレンス社長をハメて絶望させたのも、私。そして、あなたをこの監獄へおびき寄せ、最後の『ラプラス完全版』の起動コードを吐かせるために、ここまで健気な秘書を演じてあげていたのよ」


 アリスカは、勝ち誇ったように俺を見つめる。


「『C、G、Am、Em、F、C、F、G』……。坊や、あなたがさっき檻の中でご丁寧に教えてくれたその文字列。これこそが、ラプラス完全版のロックを解除するための『本物の暗号コード』。しっかりと私の頭に叩き込んだわ。ボス、ついに鍵を手に入れました!」


 敵のボスは、アリスカの言葉を聞いた瞬間、狂喜乱舞して大笑いした。

「――くははは! これだ! これだぞ! よくやった、アリスカ! ついに世界を支配する神の知能の起動コードを手に入れたぞ!」


 言い逃れのない、最悪の裏切り。

 脱出口を完全に塞がれ、背後からはかつてない冷たい銃口を突きつけられる。

 

 Jはあまりの衝撃に言葉を失い、カヴァリとアトリックスは絶望の表情で崩れ落ちそうになっていた。男装の工作員すら、包囲した圧倒的な軍隊の数と、身内の悪魔の裏切りを前にして、銃を構えたまま指先を動かせずにいる。

 味方の中にこれほどの毒蛇が潜んでいたこと、自分たちが信じた希望が最初から全て敵の掌の上だったという事実は、統制室を襲ったあの爆発を遥かに凌駕する、本当の、本当の絶望となって、俺たちの全身に容赦なく襲いかかっていた。


「これで完全にチェックメイトね、波瑠」


 世界を裏から支配してきた財力も、社長代理としての権力も届かない、冷たいコンクリートの境界線。

 銃口の向こうで笑うアリスカの瞳には、一切の慈悲など存在していなかった。


「さようなら」


第17話をお読みいただきありがとうございます!

ずっと完璧な味方を演じていたアリスカが、ついに「ニカッ」と凶悪な本性を現し、波瑠の眉間に銃口を突きつけるという最悪の裏切り回になってしまいました…。


絶対絶命の焦土の中で、波瑠の本当の反撃のチェスが始まります。次回、第18話をお楽しみに!


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