第14話侵食する影
「――すまないが、少し一人で考えさせてくれ」
なんとも言えない重苦しい空気が漂う統制室。俺はコンソールから手を離し、短くそう言い残して席を立った。
「波瑠様、しかし今この場を離れるのは危険です……!」
Jが引き留めようと声を上げた。が、俺はそれを軽く手で制し、ハウス内に用意された仮の寝泊まりをする私室へと向かった。
重厚な防弾ドアを閉め、静寂が部屋を包み込む。
「くっそ!」
すぐそばにある椅子を蹴飛ばす。しかしすぐにトップとしての顔に戻り、冷静さを取り戻す。
追い詰められた時だからこそ感情的になるのはさけるべきだ。
そう思いブレザーを脱いでベッドの端に腰掛け、俺は暗闇の中でじっと思考を巡らせていた。
敵の超高度なハッキングなのか。
カヴァリのセキュリティ網の完全な敗北なのか。
あるいは、世界経済の裏側に潜む、もっと巨大な権力が動いているのか――。
それとも―。
脳をフル稼働させながら。パズルのピースを一つずつ組み立てていく。しかし、いつまでたっても答えにはたどり着かない。ここ数日フルで働き続けたせいだろう。疲れもたまっている。
少し頭を休めたほうがいいな…。
そう思った時だった。
(カチャッ……)
その時、静まり返った部屋の入り口から、微かな、だが確実に不自然な金属音が聞こえた。
ドアノブがゆっくりと、音もなく回されている。
(――しまっ……!)
俺が跳ね起きると同時に、内ポケットに入れたままの暗号化端末が激しく振動を始めた。Jからの緊急着信。通話ボタンを押すと同時に、スピーカーからJの悲鳴に近い音声が飛び込んでくる。
『波瑠様! 大至急そこから退避を――! ハウスの外部防衛網が完全に無力化されました! すでに敵の突入部隊が内部へ――ガハッ……!?』
「J!?」
激しい銃撃音と、肉体が激突する鈍い音。そして、愛用のインカムが床に叩きつけられる甲高い破壊音が響き、通信は完全に途絶えた。
時すでに遅し、だ。
(ドガァァァァァン!!!)
直後、俺の部屋の防弾ドアが、凄まじい爆発音と共に内側へ向かって吹き飛んだ。
「くっそ!まんまとはめられた!」
爆風とコンクリートの破片が吹き荒れる中、暗視ゴーグルを装着し、最新鋭のアサルトライフルを構えた漆黒の特殊部隊が次々と室内に突入してくる。
「動くな! 手を上げろ!」
容赦のない威嚇。俺は瞬時に身を隠そうとしたが、すでに部屋の四方を完全に包囲され、三本の銃口が俺の眉間に突きつけられていた。
(逃げ切るのは不可能か…。コイツらは…?)
男の一人が、俺の背後から迫り、その首筋に冷たい注射針を突き立てた。
一瞬で視界がぐにゃりと歪み、全身の力が抜けて床に膝をつく。強烈な麻酔薬のせいで、俺の意識は底のない真っ暗な闇へと沈んでいった。
*
(ガタゴトと、重い振動が身体に伝わってくる……)
どれだけの時間が経ったのだろうか。激しい頭痛と共に、俺はゆっくりと目を覚ました。
ブレザーは剥ぎ取られ、手首には頑丈な金属製の手錠が嵌められている。
薄暗い視界の中で周囲を見回すと、そこは窓がすべて鉄格子で塞がれた、大型の移送バスの車内だった。
「波瑠様……っ! お気が付きになりましたか……!」
俺が目を開けたのを見て、隣のシートにいたアリスカが、声を殺しながら涙を浮かべて身を乗り出してきた。衣服はボロボロに汚れ、絶望に身体を震わせている。
「アリスカ……。他の奴らは無事か?」
「はい……。みなさん手錠をかけられていますが、命に別状はありません」
見回すと、硬いシートの上には、ぐったりと頭を垂れている財務担当のカヴァリや、体を小さく丸めているセキュリティ担当のアトリックス、物理的な衝撃で頭から血を流して意識を取り戻しつつあるJの姿があった。
「……申し訳ありません、波瑠様」
Jが掠れた声で、痛々しく顔を歪めた。
「私の不徳の致すところです。あのハウスの場所が、これほどあっさりと特定され、物理的に突破されるなど……」
「気にするな、J。お前のせいじゃない。それより、ここがどこだか分かるか?」
「外の様子は全く見えませんが、エンジンの音とタイヤのロードノイズからして、未舗装の山道を走っているようです。おそらく……敵の主要な本拠地、監獄のような隔離施設に向かっているのでしょう」
すると、後ろの席からカヴァリが青ざめた顔で声を震わせた。
「バカな……世界経済の最上流を牛耳る我々を、まとめて拉致して無事で済むと思っているのか!? 一体どんな組織が裏にいるんだ……!」
「おい、、大声を出すな。外の兵士に聞こえる」
アトリックスが低い声でカヴァリを制する。そういいながらも、彼の声はあり得ないというように震えていた。
「認めざるを得ん。敵の規模は、我々の想像を遥かに超えて大きい。私の最高機密セキュリティ網に一切の形跡を残さず、セーフハウスの防衛システムを内側から完全に機能停止させた。……向こうには、国家のサイバー軍をも凌駕するような、化け物じみた超天才ハッカーがいる」
「国家レベルを上回る天才ハッカー、か……」
アリスカが血の気の引いた顔で、小さく身を震わせる。
「そんな強大な敵を相手に、私たちはすべてを奪われてしまったのですね……」
「静かにしろ」
俺が短く、冷徹に言い放つと、車内の動揺は一瞬でピタリと止まった。
高校生であるはずの俺の、世界を裏から支配する王としての威圧感に、大人たちが本能的に従ったのだ。
「敵のバックにどれほど巨大な組織がいようが、どんな天才ハッカーがいようが関係ない。完璧なシステムなんてこの世に存在しない。必ずどこかに綻びがある。俺らはその綻びを見つけるだけだ。」
俺の言葉に、Jは一瞬だけ不敵な笑みを浮かべ、静かに頷いた。
「おっしゃる通りです、波瑠様。いつでも、あなた様の『駒』として動く準備はできております」
ガタゴトと、不気味なエンジン音で動く俺たちを乗せたばす。
「全員、最悪の目的地に備えろ。カモフラージュは剥がされたが、俺たちの戦いはまだ終わっちゃいない」
読んでいただきありがとうございます。
なんと拉致されてしまいました。どうなるのでしょうか?評価とブックマークおねがいします。
次回もお楽しみに!




