第13話「完璧なる敗北」
「――チェックメイトだ、テロリストども」
ハウスの統制室。俺は中央コンソールの前に立ち、冷徹な笑みを浮かべてエンターキーを叩きつけた。
Jが解析し、カヴァリとアトリックスが形にした完璧なプラン。東欧のテロ組織が使っている四十八の秘密口座を、国際法と圧倒的な資金力で一網打尽にする。
こちらには、700兆円企業の全情報網と、俺の個人資産から投入した一兆円という、国家予算に匹敵する暴力的なまでの資金がある。敵の資金ルートを完全に凍結させ、組織ごと一瞬で自己破産に追い込めば一瞬だ。
モニターに映し出された敵の資金チャートが、俺たちの包囲網によって一網打尽にされていく。幹部たちからも「勝った……!」と歓喜の声が漏れ始めていた。
――だが、その勝利の余韻は、わずか数十秒しか持たなかった。
(――チカッ、チカッ、チカッ!)
突如として、ホログラムディスプレイに表示されていた四十八の標的(口座)のデータが、次々と灰色に変色し、消滅していった。
「なっ……!? 馬鹿な、敵の資金が……消えた!?」
コンソールを叩いていたカヴァリが、椅子から転げ落ちんばかりの悲鳴を上げた。
「どういうことだ、J!」
俺の傍らにいたJが、猛烈な勢いでキーボードを叩きつける。その額からは、見たこともないほどの冷や汗が流れていた。
「は、波瑠様……! こちらの凍結要請が当局に届く『わずか数秒前』に、四十八すべての口座から、全資金が完全に引き抜かれています! 資金の移動先は……暗号資産の闇ルートを経由され、完全に追跡不能です!」
「……っ!?」
俺はコンソールを凝視した。背筋に、冷たいものが一筋走る。
それだけではない。液晶画面が血のような赤に染まり、新たなアラートが鳴り響く。
「報告します!」とアトリックスが体を震わせながら叫んだ。
「我がグループが敵を罠にかけるために市場に仕込んでいた、二千億円規模の防衛買いポジションが、狙い澄ましたようなタイミングで一斉に売り崩されました! まるで、こちらの注文の『タイミング』を最初からすべて知っていたかのように……!」
「う、嘘だろ……。今ので、さらに追加で一千億の損失が……っ」
統制室が、再び絶望的なお通夜状態へと叩き落とされる。
エリート幹部たちが頭を抱えてパニックになる中、俺とJは、凍りついたようにただ立ち尽くしていた。
「……なぜだ。何が起きている」
俺の隣で、Jが信じられないといった様子で声を震わせる。
「我がグループの暗号化は世界最高峰のはず。……敵の組織に、我々の防衛網をリアルタイムで突破するような、想像を絶する高度な天才ハッカーでもいるというのですか!?」
「いや、それだけじゃない」
アトリックスが青ざめた顔で、巨大なコンソールを凝視しながら割って入った。
「もし外からのハッキングなら、私のセキュリティチームがどこかで検知しているはずだ。だがログには何の形跡もない。……まさか、我が内部の人間から情報が直接漏れているのか? あるいは、私が構築したメインサーバーの管理権限そのものが敵に乗っ取られ、我々の出す指示がすべて上流から盗み見られているのか……!?」
周りの幹部たちがざわめきだす。
アトリックスの言葉に、カヴァリやアリスカの顔が恐怖でさらに強張る。
もし敵のハッカーがアトリックスの指示を完全に掌握しているのだとしたら、この部屋で立てるどんな作戦も、最初から全て敵の掌の上ということになる。
こちらの資金力、こちらの通報のタイミング、こちらの罠の仕込み場所――そのすべてを、まるで最初から上空から見下ろしているかのように、完璧に読み透かされている。
「行動を、読み透かされている……?」
ポツリと漏らした自分の声が、やけに冷たく響いた。
完璧なはずの、神の視点を持つ俺たちのチェックメイトが、完璧に破られたのだ。
パニックに陥る幹部たちの様子を、俺は一歩引いた位置から静かに観察していた。
天才ハッカーの仕業か、あるいはシステムの乗っ取りか、それとも――。
世界経済のトップに君臨する俺の『完璧な戦略』が失敗した本当の理由は、一体どこにあるのか。
俺は脳の芯をジリジリと冷やしながら、この統制室に蠢く、見えない『闇の正体』をじっと見据えていた。
第13話をお読みいただきありがとうございます。
第14話へと進みます。波瑠はどうするのか…?どうぞお楽しみに!




