第12話「巨人の進撃」
(――プルルルルル! プルルルルル!)
特設会見場からセーフハウスの統制室に戻る廊下。俺の私物のスマホが、壊れたかと思うほどの勢いで激しく震え続けていた。画面に表示されているのは久の名前。切っても、一秒後には結人、その次は宗介からと、メンバーたちからの着信がひっぱりなしに鳴り響いている。
俺は小さく息を吐き、通話ボタンを押して耳に当てた。
「もしもし、久? ごめんごめん、機材トラブルのバタバタでさ――」
『バタバタじゃねえよ波瑠!!! お前、今テレビ映ったろ!? 一兆円ってなんだよ! 社長代理ってなんだよ!?』
スピーカーの向こうから、久の鼓膜が破れんばかりの絶叫が響く。背景からは「SKYTOONの波瑠さんの関係者ですか!」「一言お願いします!」という、すさまじい数の報道陣の怒号と怒濤のフラッシュの音が漏れ聞こえていた。
『おい波瑠! スタジオの外、マジでヤバいことになってるぞ! テレビを見たマスコミが何百人も押し寄せてきて、俺たち完全に囲まれて外に出らんねえ! 頼むから波瑠、なんとかしてくれよ……!』
「久、落ち着いて。ちょっと今、世界的なややこしい大人の事情に巻き込まれちゃってさ。でも大丈夫、そのマスコミたちは俺がなんとかするから。みんなはスタジオの中でベースの練習でもして、安全に待ってて。用事をサクッと片付けたら、すぐ日本に戻るからさ。頑張って」
『は!? すぐ戻るって、お前――』
「じゃあ、また後でね」
パニックになる久の声をさらっと受け流し、俺は通話を切った。
廊下の突き当たりにある重厚な会議室のドアを開けると、そこには第一秘書のアリスカ、そして我がグループの頭脳である二人の最高幹部が待機していた。
そしてメインコンソールの前には、俺と共にプライベートジェットで東欧へと急行した、我が絶対的な右腕――Jが、すでに冷徹な眼光で無数のモニターを睨みつけ、キーボードを高速で叩いていた。Jは俺が入室した気配を察し、直立して洗練された一礼を向けた。
「波瑠様、日本の件はすでに私から直接、処理を執行いたしました」
Jの声には一切の動揺もなく、淡々と完璧な仕事の成果だけを告げてくる。
「日本国内の特殊防衛班を即座にあのスタジオへ派遣いたしました。1分以内に周辺一帯の道路を完全統制し、メンバーの皆様の安全圏を確保いたします。マスコミの群れに対しては、我がグループのメディアネットワークを用いて別の上位互換ニュースを流し、一瞬でターゲットを別の場所へ誘導させました。ご安心ください」
「さすがだ、J。助かるよ。日常の防衛が終わったなら、ここからはこちらから容赦のない反撃を開始する。全員、席につけ」
俺が総指揮官席に座ると、傍らに控えるJ、そして二人の最高幹部がそれぞれ一歩前に出た。
「社長代理、ローレンスの残した暗号データの解析により、テロ組織の資金調達ルートの『急所』の特定、完了しております」
Jがコンソールをスワイプすると、会議室の中央に敵の資金ネットワークが青白く浮かび上がった。Jの冷徹な指揮のもと、我が解析チームが完全に敵の裏を掻いたのだ。
「東欧のテロ組織が株の空売りで暴利を貪るために使っている、ダミー会社名義の秘密口座――その数、合計で四十八。ここが彼らの資金の心臓部です」
そう言って眼鏡の奥の鋭い目を光らせたのは、グループの最高財務責任者(CFO)であるアトリックス。
「さらに、彼らが市場で仕掛けている空売りポジションの全容も完全に監視下に置きました」
重厚な声で言葉を継いだのは、最高情報責任者(CIO)のカヴァリ。世界中のセキュリティ網を統括する巨漢の男だ。
「敵は我が社の株価がさらに下がることに賭けていますが、波瑠様が先ほど投入した一兆円の買い支えにより、すでに売り崩しの勢いは限界を迎えています」
俺は冷徹な笑みを浮かべ、Jたちが目の前に揃えてくれた完璧な盤面を見つめた。
「完璧な材料が揃っているな。J、カヴァリ、アトリックス、アリスカ。今から、敵を市場の底から完全に窒息させる『全面的な経済的報復』を執行する」
俺はコンソールを叩き、反撃のシミュレーションを展開した。
「カヴァリ、Jの指示に従い、国際決済銀行(BIS)および各国の金融当局へ、俺の名義(社長代理)でこれら四十八の口座の即時凍結を通報しろ。同時に、我がグループの資金力をもって、敵の取引を中継しているダミー銀行の資金流動性を一瞬で枯渇させる」
「御意。Jの構築した専用回線と同期し、敵のお金の流通を物理的・合法的に完全停止させます」とクラウスが冷徹に頷く。
「アトリックス、敵が仕掛けている空売りの裏をかき、スイスの裏口座からさらに二千億円を追加して市場で強烈な買い注文をぶつけろ。一兆円の壁に加えてこの買いをぶつければ、市場はパニックから一転して超暴騰を起こす。敵の空売りを強制的に買い戻させる(ショートスクイーズ)んだ」
「そうなれば、敵は天文学的な違約金を抱えて、組織ごと一瞬で自己破産に追い込まれますな」とカヴァリが不敵に笑う。
アリスカもまた、波瑠の無駄のない、そしてJという世界最高峰の右腕を筆頭に、世界中のトップエリートたちを完璧に率いた国家予算レベルの戦略に、深い畏怖の念を抱きながら見つめていた。
「よし、作戦開始だ。世界経済の最上流で、俺の資産と日常を脅かしたテロ組織だ。どこに隠れていようが、その資金源ごと、跡形もなく消し去ってやる」
Jが俺の傍らで、不敵な、そして絶対の忠誠を誓う笑みを浮かべた。
『御意。最高です、波瑠社長代理。これより、経済的報復措置、開始いたします』
メンバーたちを守り抜き、世界の黒幕を完全に圧殺するための、反撃が始まる。ハウスの静寂な空気の中で、俺とJの目の前で、静かに、だが確実に開始されようとしていた。
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・次回からの展開
Jと共にその場で完璧な反撃を開始した波瑠。しかし、この直後、物語は衝撃の急展開(第13話)へ……。スパイの裏切りにより、このセーフハウスそのものが物理的に強襲され、なんと波瑠もJも、幹部たちもろとも「その場で全員まとめて拉致される」という最悪の罠が発動します。現地にいるからこそ、拉致される絶望感も倍増します。次回をどうぞお楽しみに!




