第11話「画面の向こうの支配者」
「あー、マジで波瑠のやつ遅えな。機材トラブルって、どんな大荷物運んでんだよ」
日本のスタジオ。ベースの結人が、ソファに寝転がりながらスマホをいじっていた。
「全く…帰ってきたら新曲合わせるつもりだったのに、」
スタジオ内には、いつものように久、宗介、蒼が集まっているが、キーボードの席だけがぽっかりと空いている。Jが裏で流した「フライト遅延」の偽スケジュールを信じ切っている彼らは、まさか波瑠が東欧の爆発的なテロ現場にいるとは夢にも思っていなかった。
「まあ、焦るなよ。あいつのことだから、次の週末のライブにはきっちり仕上げて戻ってくるさ」
久がギターの弦を張り替えながら笑う。
「そうだな」
結人が答える。
その時、スタジオの壁に掛けられたテレビの画面が、突然『緊急報道特報』のチャイム音と共に切り替わった。
『――続いてのニュースです。東欧で発生した大規模なデータセンター襲撃事件について、先ほど大きな動きがありました』
画面に映し出されたのは、きらびやかだがどこか緊迫した、海外のプライベートホテルの特設会見場だった。
フラッシュの嵐が激しく焚かれる中、数万人を率いる世界トップクラスのメガ企業の最高幹部たちが、一列に並んで頭を下げている。
「おいおい、なんか海外でデカい事件起きてんぞ」
宗介がスティックを回しながらテレビを見上げる。結人も呑気にポテトチップスを口に運んでいた。
『行方不明となったローレンス社長に代わり、臨時の『社長代理』が就任し、先ほど緊急の公式声明が発表されました。驚くべきことに、その社長代理は――若干18歳の、日本人の少年です』
「は? 18歳? 俺らとほぼ変わんないじゃん。波瑠と同年代か…すげえ奴がいるもんだなー……」
結人が鼻を鳴らした、その瞬間。
テレビの画面が、演壇へと歩み寄る「その少年」の姿を、正面から大きく捉えた。
「ゲホッ……!!!???」
結人が盛大にチップスを喉に詰まらせて、床に転がった。
久の手からギターのピックが滑り落ち、間一髪で拾い上げる。「あっぶな、」
蒼がめくっていた文庫本の手がピタリと止まる。宗介は文字通り、顎が外れそうなほど口を開けて固まっていた。
きっちりと着こなしたオーダーメイドの黒いスーツ。
フラッシュの光を浴びながら、何百人もの海外記者を冷徹な眼光で見下ろすその少年は――どこからどう見ても、自分たちのバンド『SKYTOON』の、あの少し気弱で温厚なキーボーディスト、波瑠だった。
『――我が社のすべての顧客、そして国際社会に告げる』
スピーカーから流れてきたのは、スタジオで聞くいつもの優しい声ではなかった。
世界経済の最上流に君臨する、絶対的なトップの、低く重厚なカリスマ性に満ちた声。
『今回のテロによって発生した天文学的な損失、および株価の変動を食い止めるため、本日、私個人の裏口座から一兆円(約66億ドル)の予備資金を直接、会社へ投入した。これをもってすべての売り崩しを完全に買い支え、処理することを約束する。また、被害に遭った現地のすべての職員、その家族に対しては、我がグループの全力を挙げて通常の三倍以上の補償を即座に支払う。安心してほしい。我々は、テロリストの脅迫には一瞬たりとも屈しない』
毅然と言い放ち、群がる記者たちの質問を一切受け付けずに、Jやアリスカ、最高幹部たちを引き連れて颯爽と会見場を去っていく波瑠の姿。
テレビの前の4人は、完全に言葉を失っていた。
「……おい、嘘だろ……?」
久が震える声で呟く。
「波瑠って……あいつ、ただの天才高校生じゃ、なかったのか……?」
「いや、何かの間違いだ」
「そうだよね…?」
「え…?ライブどうすんの?」
「バカ!、そんなところじゃないだろ」
数億円を稼ぐ天才バンドメンバー。彼らが知っていた波瑠のプロフィールすら、世界を裏から支配する大富豪のほんの「カモフラージュ」に過ぎなかったのか。
日本のスタジオに、テレビの砂嵐のような重苦しい沈黙が広がる中、日常は、画面の向こうの波瑠の本当の姿によって、完全にひっくり返されようとしていた。
第11話をお読みいただきありがとうございます!
ついに日本で待つバンドメンバーたちに波瑠の本当の姿がバレてしまいました!
メンバーたちが大混乱に陥る中、物語の舞台は再び東欧の波瑠サイドへ。このド派手な会見の直後、裏の戦争がさらに加速する次回をどうぞお楽しみに!




