第3話
アニーが私に返したのは、言葉ではなく大きなため息だった。
全身からあきれたという空気を出し、彼女はエメラルド色の瞳で私を見つめる。
「馬鹿をおっしゃらないでください。私はここに居続けますよ」
当然のように言ってくれるのは嬉しいけど、今後のことを考えるとやっぱりよそに行ったほうがいいと思う。
――という私の気持ちを読み取ってか、アニーは私の額を軽く小突いた。
「私はフィロメネお嬢さまが心配なのですよ」
「それって、私のせい?」
「言い方を変えれば、そういうことになりますかね」
あまりに遠慮のない物言いに、ちょっとだけカチンとくる。
しかし、彼女の言葉を否定することはできない。
前回は、恨みを買って刺されて亡くなっているわけだし。
「今のフィロメネお嬢さまを見ていると、不安でいっぱいなのです」
「うぅ」
まぁ、玉の輿を目指して悪女ムーブをしていたわけだし、彼女の心配ももっともだ。
……これ以上言っても、現段階では無駄だろう。大人しく引き下がるべきだと思う。
「じゃあ、私が心配をかけなくなったら、アニーは好きに生きることができるのね?」
言葉にしたあと、やってしまったと後悔した。
だって、これじゃあ私がアニーのことを邪魔に思っている風に受け取られてもおかしくないもの。
私の不安をよそに、アニーは自身の唇に指をあてる。
「そうですねぇ。その通りですが、フィロメネお嬢さまを見ていると、そんな日は一生来ない気もします」
彼女が傷ついていないことには安心したけど、そういわれるとなんだか腹が立つ。
私が落ち着くことは一生ないって言われているに等しいんだもの!
「その日は絶対に来るわよ! 今に見ていなさい!」
「本当ですかねぇ」
アニーの言葉に、やっぱりやっぱり腹が立つ。けど、同じくらい嬉しくもある。
だって、前回ではこんな風にアニーと軽口をたたくこともいつの間にかなくなっていた。なつかしさが胸いっぱいに広がって――涙があふれた。
「あ、あれ?」
どうして、私は泣いているの?
涙の理由がわからないまま、慌てて涙を手で拭う。
突然泣き始めた私にアニーはうろたえるえことなく、静かにレースのハンカチを差し出してくれた。
「まったく、フィロメネお嬢さまはいつまで経っても泣き虫なんですから……」
ハンカチを受け取った私をアニーは困ったような表情で見つめていた。でも、その瞳には隠し切れないほどの心配が宿っていて、心が温かくなる。
(私はアニーの気持ちも踏みにじっていたんだ)
こんなに私のことを心配して、大切に思ってくれる侍女がいた。
彼女もまた、私の行動に苦言を呈していた。なのに、私はその苦言を無視して、邪険に扱って……。
(ご、めん、なさい)
謝っても許されることじゃないとわかっている。
(ごめんなさい。アニー、もっとあなたの言葉を、聞けばよかった)
だけど、今の私にできることは心の中でひたすら謝罪をすることだけ。
「フィロメネお嬢さま。今ならまだ、大丈夫ですよ」
彼女の言葉の意味が、痛いほどわかる。
今ならまだやり直せる。命がある限り、やり直せるんだ。
「わ、たし、もう今までみたいな行動はしないわ……」
「はい」
「もっと別の方法で、この家を救うから」
私の決意をアニーは黙って聞いてくれた。
優しい手の感触は、きっと未来永劫忘れない。いや、忘れたくない。
たとえ死んでも――忘れない。




