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誰かがログアウトする前に。〜VTuber黎明期から、激動の界隈でただ一人、この世界から「落ちなかった」男の物語〜  作者: さじ
第2章:2019年「三次元への宣戦布告」

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第22話:僕らがマイクを握る理由

2019年12月31日から2020年1月1日にかけて。1万人という大台を突破し、激動の1年を駆け抜けたゼン。平成から令和へと時代が移り変わったこの年の最後に、彼は何を見つけたのか。システムや数字、巨大な資本の壁にぶつかりながら、ゼンが最後に見つけた「表現者として生きる理由」。そして、画面を横切る、懐かしくも新しい「奇跡」の物語です。

2019年12月31日、午後11時50分。

ボロアパートの6畳一間。暖房をつける余裕すらない底冷えのする部屋の中で、唯一の熱源である古いPCが、今夜も苦しげな排気音を立てて唸っている。

俺――ゼンは、モニターの右上に表示された「10,000」という数字を改めて見つめていた。


この一年、本当に色々なことがあった。

数人しかいなかった同接の暗闇から始まり、スターライブという巨大企業のスカウトを蹴り飛ばし、幕張の広場でゲリラ配信を決行し、19円のモヤシを旗印にして、綺麗に舗装された「VTuber業界」という巨大なシステムへ中指を立て続けた。

その結果、俺のこのひび割れたモニターの向こう側に集まったのは、1万人という、熱くて重い魂の数だった。


俺は、安物のマウスを握り直し、少しだけ震える指でマイクのスイッチを入れた。


「よっす。……あー、お前ら。……ついに、2019年も終わりだな」


配信を開始した瞬間、待機していた数百人のリスナーが一斉に流れ込んできた。同接のカウンターが凄まじい勢いで跳ね上がり、あっという間に700人、800人という数字を叩き出す。1万人の登録者のうち、これだけのダチが、令和最初の年越しを俺の6畳一間で過ごそうと集まってくれている。


『佐藤:兄貴! 最高の1年だったぜ!』

『タカシ:2019年はゼン兄貴の年だったな!』

『セリナ:ゼン様……ワタクシ、年越しの瞬間はゼン様といたいんですの!』

『黒猫:来年も、その特等席に座らせてください』


滝のように流れるチャットを見つめながら、俺は低く笑った。


「……1万人、か。数字なんてただの記号だって、大手の連中が競い合うだけの飾りにすぎないって、ずっと思ってきた。でもよ……」


俺は、画面の中の金髪アバターの視線を少しだけ落とした。


この1万人という数字の中には、俺の19円のプライドを金で買い叩こうとした企業のマネージャーや、底辺だと鼻で笑った連中は入っていない。ここにあるのは、俺の不器用で泥臭い生き方を「スジが通ってる」と笑ってくれた、最高に物好きなダチたちの数だ。物流倉庫で腰を痛めながら段ボールを運び、帰ってきてはPCの前に座る。そんな三次元の俺の生活すらも肯定してくれる、確かな熱量。


その時だった。

PCの右下の時計が、2019年12月31日23時59分から、2020年1月1日0時0分へと切り替わった瞬間。


「あけおめ!!」という怒涛のコメントと、色とりどりのスーパーチャットが狂喜乱舞する画面の隅で、俺はある「通知」に目を奪われた。

それは、激流のようなチャット欄の端っこに、ひっそりと、だが俺の目を射抜くように確実に現れた、一つきりの投げ銭の通知だった。


『¥1,919』


「いくいく」。金額は、いかにも底辺のノリを引きずった、俺たちらしいふざけた数字だ。だが、その送り主の名前を見た瞬間、俺の心臓は文字通り跳ね上がり、呼吸が数秒間止まった。


名前欄は、空白。

……いや、正確には「。」という、一文字のドットだけが記されていた。


だが、そこに添えられた短いメッセージは、俺と「あいつ」しか知らない、そしてあいつしか絶対に口にしない言葉だった。


『――折れてねえなぁ、ゼン。その城、いいスジだわ。あけおめ。』


「……ジャンク……? お前、ジャンクなのか……!?」


俺は、マイク越しに、思わず素の声を張り上げて叫んでいた。

ジャンク。かつて俺と同じ時期に配信を始め、同じように同接0人の地獄を這いつくばり、そして「スジを通せ」という言葉だけを残して、現実の重さに耐えかねて消えていった俺の相棒。

引退し、アカウントすら完全に削除されたはずの、同期の底辺配信者。


その通知は、すぐに他のリスナーたちが投げる高額なスパチャの波に飲まれ、上へと流されて見えなくなってしまった。慌ててマウスをスクロールし、リンク先を辿ろうとクリックしてみたが、飛んだ先のページには「このアカウントは存在しません」という冷たいエラー画面が表示されるだけだった。


それは、2019年の最後に、YouStreamという巨大なシステムが起こした、ほんの一瞬の「奇跡」だったのかもしれない。バグか、あるいは誰かの悪戯か。

いや、違う。

どこかで別の名前を名乗り、スーツを着て新しい人生を歩んでいるあいつが、日付が変わるこの瞬間だけ、俺の「1万人」という到達点を見届けるために、かつての亡霊として現れてくれたんだ。


俺は、ぐっと奥歯を噛み締め、目の奥から込み上げてくる熱いものを必死に堪えた。

今、ここで画面の向こうに向かって泣き顔を晒したら、絶対にあいつに「ダサい」「スジが通ってねえ」と鼻で笑われる。


「……おう。見てろよ、ジャンク。俺の城は、まだ土台ができたばかりだわ」


俺は、涙を堪えたせいで少しだけ掠れた声で呟き、改めて画面の向こう側のダチたちに向き直った。

ルカも、セリナも、黒猫も、佐藤も、名前も知らない大勢のリスナーたちが、今、この同じ瞬間を共有している。


「お前ら、聞いてくれ。俺たちがなんで、わざわざマイクを握るのか。……なんで、わざわざ『ゼン』なんていう二次元の皮を被って、19円のモヤシを炒めるなんていうバカな日常を晒してるのか。……その答えが、今日、2020年になった今、ようやくはっきりと分かったわ」


俺は、モニターの向こう側にいる、一人ひとりの「居場所」を想像しながら言葉を紡いだ。


「俺たちは、このクソみたいに息苦しい現実(三次元)に、自分を殺して合わせるために生きてるんじゃねえ。……自分らしくいられる『特等席』を、誰に頼るでもなく、自分たちの手で作るために戦ってんだ。……1万人のダチがいる。あの日幕張で一緒に叫んだ奴らがいる。そして、どこかの暗闇から見守ってくれてるあいつがいる。……それだけで、俺がこの安物のマイクを一生握り続ける理由は、十分すぎるんだよ」


俺は、デスクの横のスーパーの袋から、いつものモヤシを取り出した。

そして、2020年最初の火をつけたフライパンに、それを力強く放り込んだ。


ジャーーーッ!!


「いいか! これが2020年、最初の味だ!! 味わえよ、お前ら!! 時代が変わっても、俺たちの魂は19円で買えるほど安くねえんだよ!!」


油が弾ける激しい音が、最高に誇らしく6畳一間に響き渡る。

チャット欄は、俺の言葉に応えるように、今日一番のスピードで流れ続けた。


2019年、12月31日。そして、2020年1月1日。

個人勢・ゼン。登録者1万人突破の快進撃は、ここで一旦の区切りを迎える。



深夜1時過ぎ。配信を終えた後。

俺は、マイクとカメラの電源を切り、真っ暗になった部屋で一人、ジャンクから届いた(かもしれない)あの数秒間のメッセージを、何度も脳内で再生していた。


『折れてねえなぁ、ゼン。その城、いいスジだわ』


「……折れてねえよ。当たり前だろ、バカ野郎」


俺は椅子から立ち上がり、アルミサッシの窓をガラリと開けた。

2020年の冷たい1月の風が、PCの熱と興奮で火照った体に心地よく吹き込んでくる。見上げれば、星一つない東京の夜空が広がっている。


俺の手元には、相変わらず金はない。明日もまた、物流倉庫で段ボールを運ぶ現実が待っている。

けれど、俺の背中には、1万人の「スジ」を共に通す仲間たちがいる。そして、決して忘れることのない、同期との約束がある。


三次元への宣戦布告。

巨大なシステムに抗う、俺たちの泥臭い物語は、まだ始まったばかりだ。


「かかってこいよ、2020年。……これからどんな嵐が来ようが、どんなデカい敵が現れようが、俺の心は絶対に腐らせねえからな」


不敵な笑みを残し、金髪の大学生はPCのメイン電源を静かに落とした。


2019年、閉幕。

伝説は、激動の2020年、第3章へと加速していく。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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