第18話:『クラフト・ワールド』。100人で繋ぐブロックの絆
2019年5月。令和という新しい時代が幕を開けました。世間がお祭り騒ぎに沸く中、VTuber界隈では自由な建築が楽しめる大型共有サーバー『クラフト・ワールド』の企画が乱立します。ゼンはこの広大なデジタル大地で、かつての戦友との「約束」を果たすための無謀なプロジェクトを立ち上げます。
2019年5月1日。日本中が「令和」という新しい響きに包まれていた。
改元の瞬間、渋谷の交差点や各地の神社は大騒ぎだったようだが、俺――ゼンの過ごし方は、平成最後の日も令和最初の日も、何一つ変わらなかった。ボロアパートの6畳一間。湿った夜の空気。そして、ジッと熱を持つPCの排気音。
「……っし。ログイン完了」
俺の目の前に広がったのは、カクカクとした立方体のブロックで構成された果てしない世界――『クラフト・ワールド』だ。このゲームは、土を掘り、木を切り、自由に建物を造ることができる。今、界隈では複数の事務所や有志が「大型共有サーバー」を立ち上げ、100人規模のライバーが同じ世界で生活する企画が爆発的なブームを巻き起こしていた。
俺が今立っているのは、個人勢の有志が管理している『野良犬サーバー』の片隅だ。
『佐藤:ゼン兄貴きた! 令和1発目の配信、何作るんだ?』
『タカシ:やっぱり19円のモヤシの巨大オブジェか?ww』
「おい、お前ら。俺をなんだと思ってんだ。令和だぞ? もっとこう、ロマンのあるもん作らねえとな」
俺はアバターの目を細め、夜空に浮かぶドットの月を見上げた。実は、このサーバーにログインしたのには理由がある。第1章の終盤、データの海へと消えていったかつての戦友――ジャンクと交わした、酔っ払った上での約束だ。
『なぁゼン……いつかよ、俺たちの居場所が100万人に見つかるくらいデカくなったら、この世界のてっぺんに「最高に安っぽくて、最高に折れない城」を作ろうぜ』
あいつは笑いながら消えていった。今はもう、ジャンクのアカウントがこの世界に現れることはない。けれど、このデジタルな大地には、あいつのログが、確かにどこかに眠っている。
「……よし。今日からここで、『モヤシ城(仮)』の建設を開始する。……1人でやるんじゃねえぞ。俺たちのスジに賛同する奴ら、全員でだ」
登録者5,000人。大手から見れば吹けば飛ぶような数字だが、俺の言葉に反応する速度は、どのサーバーよりも速かった。俺がそう宣言した瞬間、チャット欄に1通の赤いスーパーチャットが飛んできた。
『ルカ:ちょっと、勝手に始めてんじゃないわよ。私も手伝うに決まってるでしょ』
驚いた。スターライブとの「コラボ制限」があるはずのルカが、サブアカウントを使って、ひっそりと、だが確実に俺の配信に現れたのだ。
「ルカ先輩……。あんた、事務所にバレたらどうすんだよ」
『ルカ:これはプライベートのゲームプレイよ。仕事じゃないわ。……それに、あんたの不器用な建築を放っておいたら、令和が終わっても完成しないでしょ?』
さらに、画面には見覚えのある金髪縦ロールのキャラクターも現れた。セリナだ。
『セリナ:おーほっほ! ゼン様、この没落令嬢セリナ、土運びならお任せくださいまし! 3Dモデル代を稼ぐための体力は有り余っておりますの!』
5,000人のリスナーのうち、サーバーの参加権を手に入れた「ダチ」たちが次々とログインしてくる。100人まで入れるこの広大な大地に、30人、50人と、慣れ親しんだ名前が並んでいく。
大手事務所のような、プロの建築チームが作る精密な城じゃない。ある者は土を盛り、ある者は海から砂を運び、ある者は貴重な鉱石を俺に差し出す。効率なんて最悪だ。誰かが作った壁を、誰かが間違えて壊す。暗闇から現れるモンスターに襲われ、作業が中断する。けれど、そのカオスな光景こそが、俺が求めていた「共有」の形だった。
「いいか、お前ら! この城の素材は、全部『誰かの汗』だ! 19円のモヤシを食って生き延びてきた俺たちの、しぶとい根性をこのブロックに刻み込め!」
俺の声に合わせて、数十人のキャラクターが一斉に作業を開始する。深夜の静寂の中、つるはしが岩を砕く音と、ブロックが積み上がる音が、心地よいリズムとなって部屋に響いた。
数時間が経過し、夜明けが近づく。サーバーの負荷で画面がカクつくなか、広場の中央に、巨大な土台が出来上がっていた。まだ城の形すらしていない。ただの歪な石の塊だ。けれど、朝日に照らされたその塊は、どんなクリスタルよりも美しく輝いて見えた。
『ルカ:……ねえ、ゼン。あの日、幕張で聞こえたあんたたちの声、このブロックの中にも聞こえる気がするわ』
「ああ。……俺たちの居場所は、画面の中だけじゃねえ。こうやって、誰かと一緒に何かを作るっていう、その『記憶』の中にしかないんだわ」
俺は、一番高い場所に1本の松明を置いた。
「ジャンク、見てるか。……令和になっても、俺の隣にはこんなにバカな奴らが揃ってる。……お前の分まで、最高に折れない城、作ってやるからな」
2019年5月。新しい時代の最初の朝。ゼンは、仲間たちと共に、デジタルの大地に深く、深く、自分たちの「存在」を刻みつけた。
巨大事務所のシステムでは決して作れない、不揃いで、歪で、けれど誰よりも熱い絆の建築。それは、三次元への宣戦布告を続けるゼンにとって、最も頑丈な「盾」になるはずだった。
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