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誰かがログアウトする前に。〜VTuber黎明期から、激動の界隈でただ一人、この世界から「落ちなかった」男の物語〜  作者: さじ
第2章:2019年「三次元への宣戦布告」

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第17話:三次元への宣戦布告。リアルイベントの光と影

2019年4月末、幕張メッセ。平成最後を飾る超大型リアルイベントが開催されました。画面の向こう側にいた「ダチ」たちが、初めて現実の空間に集結します。大手事務所が豪華なステージで数万人を熱狂させる中、登録者5,000人の個人勢ゼンは、顔を出さない制約を逆手に取り、ある「仕掛け」で三次元リアルに挑みます。


2019年4月27日。

千葉・幕張メッセ。平成最後となる超大型リアルイベント『ニコニコ超会議』の会場は、開場前から数万人の熱気に包まれていた。

アニメ、ゲーム、そして急速に勢力を拡大しているVTuber。会場の至る所に巨大なモニターが設置され、きらびやかな衣装を纏ったスターたちが、画面越しに現実のファンへと手を振っている。それはまさに、バーチャルがリアルを侵食していく、歴史的な光景だった。

俺――ゼンは、その喧騒から少し離れた、会場の隅にある「企業ブース」でも「メインステージ」でもない、多目的広場の片隅にいた。

「……っはー。マジで人がゴミのようだな、ここ」

俺は、物流倉庫のバイトで着古したグレーのパーカーのフードを深く被り、マスクで顔を隠したまま、行き交う人々を眺めていた。今回のイベント、俺にはどこからも正式な招待なんて届いていない。スターライブとの決裂以来、俺は業界の「要注意人物」として、大手メディアからは完全にシカトされていた。

だが、俺には、俺を呼ぶ「声」があった。

『佐藤:兄貴! 今、多目的広場の時計塔の前に着きました!』

『タカシ:ゼンさん、今日のために地方から有給取って来ましたよ。どこにいますか?』

スマホの画面には、俺の個人ファンサーバーに集まった「ダチ」たちの書き込みが流れている。登録者5,000人。大手から見れば端した金のような数字だが、その一人ひとりの熱量は、どんな企業勢のファンにも負けない自負がある。

俺がMutterで「当日は幕張の隅っこで、顔は出さねえけど声だけ届けてやるよ」と呟いた。それだけで、俺のために300人近い奴らが、この広大な会場の端っこに集まろうとしている。

「……よし。やるか」

俺は、自腹でレンタルしたモバイルバッテリーと、小型のスピーカー、そして1台のノートPCを、多目的広場のベンチにセットした。画面の中には、いつもの金髪アバター――ゼンが映っている。俺は、安物のマイクを口元に寄せた。

「――よっす。……あー、お前ら、よくこんな僻地まで来たな。物好きもいいところだわ」

スピーカーから、俺の「地声」がデジタル加工され、少し割れた音で広場に響いた。その瞬間、広場に点在していたパーカー姿の若者や、疲れ果てた顔のサラリーマンたちが、弾かれたように一斉にこちらを向いた。

『ゼン兄貴だ!』『マジかよ、本当にゲリラ配信やってんのか!?』『兄貴ィィィィ!!!』

瞬く間に、ベンチの周りは三重、四重の人垣で埋め尽くされた。メインステージのような派手な照明も、高解像度の大型モニターもない。あるのは、13インチの小さなノートPCと、19円のモヤシの匂いが染み付いた1人の男。けれど、そこに集まった奴らの瞳の熱量は、間違いなく会場で一番だった。

「おい佐藤! お前、その手に持ってるのスターライブの限定グッズじゃねえか! 浮気か? 浮気なんだな!?」

俺がスピーカー越しに、人混みの中にいた「常連の佐藤」を見つけて弄る。佐藤は、まさか自分が名指しされるとは思わず、飛び上がって驚いた。

『えっ!? なんで俺だって分かったんだよ! 兄貴、どこにいるんだ!?』

「ははっ、どこにいても関係ねえよ。俺とお前らは、画面があろうがなかろうが、この『特等席』で繋がってんだからさ」

チャット欄の文字ではない、生身の人間の笑い声が、ダイレクトに俺の耳に届く。これが、「リアル」だ。画面の向こう側の数字だった存在が、今、俺の目の前で呼吸し、笑い、熱を放っている。俺がこれまでマイクの電源を切りたくなるような夜を幾度も乗り越えてきた、その理由が、ここに実体として存在していた。

その時だった。多目的広場の大型ビジョンに、スターライブのメインステージの様子が映し出された。そこには、ルカがいた。豪華な衣装を纏い、プロのダンサーたちと共に、数千人の観客の前で完璧なパフォーマンスを披露している彼女。だが、俺には分かった。大型モニターに映る彼女の笑顔が、どこか、檻の中にいる鳥のように不自然であることを。

「……おい、お前ら。あっちを見ろよ」

俺は、スピーカーのボリュームを少し上げた。

「あそこに立ってるルカ先輩、すげえ綺麗だろ。でもな、あいつ、本当は今、ここに来てお前らと一緒に19円のモヤシの話をしたいんだよ。……俺は知ってる。あいつの本当のエイムは、あんな台本通りの笑顔じゃねえってことを」

広場に集まった300人のダチたちが、静まり返る。

「俺は、今日ここに宣戦布告しに来たんだわ。三次元の巨大なルール、事務所の冷てえ計算。そんなもんに、俺たちの『魂』は飼い慣らされないってな。……いいか、お前ら! 今日ここに集まった300人で、あっちのメインステージを食い尽くすくらいのデカい声、出してみせろよ!!」

俺は、PCのキーを叩き、激しいBGMを流した。

「19円のプライド、見せてやろうぜ!! せーの!!」

『よっすーーーーーーーーーーー!!!!!』

多目的広場の隅っこから放たれた、300人の絶叫。それは、幕張メッセの巨大な屋根を震わせ、メインステージの煌びやかな音楽を一瞬だけ掻き消した。モニターの中のルカが、一瞬、驚いたようにこちらを見た。そして、彼女は台本にない「不敵な笑み」を、ほんの1秒だけ、カメラに向かって浮かべてみせた。それは、檻の中から放たれた、彼女なりの「応答」だった。

***

イベント終了後。俺は、撤収作業を終え、再び1人の大学生に戻って、海浜幕張駅のホームに立っていた。足は棒のようになり、喉は枯れ果てている。スマホを確認すると、Mutterには『#19円のゲリラ』のタグと、俺の配信を見て涙したというファンの書き込みが並んでいた。そして、ルカからのDM。

『……聞こえたわよ。馬鹿みたいな声。おかげで、平成最後のステージ、台無しになっちゃったじゃない。……最高に気持ちよかったわ。ありがとう、ゼン』

俺は、ホームに入ってくる電車の風を浴びながら、小さく笑った。平成31年4月27日。三次元への宣戦布告。俺は、数字や資本といった「巨大な怪物」に対して、俺たちの『居場所』が、決して幻想ではないことを証明した。

金はない。事務所もない。けれど、俺には、あの多目的広場で見せた、300人のダチたちの最高の笑顔がある。

「……よし。帰ったら、令和になる前にモヤシを炒めるか」

俺は、満員電車に揺られながら、深く、深く眠りに落ちた。夢の中で、俺はルカと、そして消えていったジャンクと、3人で大きなステージの真ん中に立っていた。そこには、19円のモヤシで作られた、世界で一番豪華な王座が据えられていた。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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