第15話 :『跳ねろ、麻雀牌』。確率を超えたスジの通し方
2019年4月。VTuber界隈は「麻雀」という伝統的な遊戯によって、かつてない一体感を迎えていました。
知略、確率、そして何より「運」が支配する卓上。企業勢の理論派たちが「最適解」を計算する中、ルールすら怪しい個人勢・ゼンが、19円のモヤシで鍛えた圧倒的な「勘」と「スジ」を武器に、ガチ勢たちの鼻を明かす物語です。
2019年、4月。
ネットの海では、ある無料オンライン麻雀ゲームを舞台にした「V最強雀士決定戦」の話題でもちきりだった。
麻雀。それは4人で卓を囲み、限られた牌を奪い合う、古来より伝わる頭脳戦だ。
だが、この時期のV界隈において、麻雀は単なるゲーム以上の意味を持っていた。企業、個人、性別、登録者数――あらゆる格差をフラットにし、「運」という名の暴力がすべてをなぎ倒す。そのカオスな魅力に、リスナーも配信者も熱狂していた。
俺、ゼンはこの狂騒を、少し冷めた目、あるいは「別世界の出来事」として眺めていた。そもそも麻雀なんてやったことがない。19円のモヤシを炒めるのに忙しい俺にとって、牌を並べて役を作るなんて高尚な遊びは、西麻布のシャンパンと同じくらい縁遠いものだった。
だが、運命というやつは、いつだって19円のモヤシより安っぽく、そして唐突に俺の首根っこを掴んでくる。
「……えーっと、リャンメン? 待ち? ……あー、これ、同じのを4つ集めればいいんだろ?」
深夜。俺は、モニターに映る慣れない麻雀画面を凝視しながら、不器用にマウスを動かしていた。
なぜこうなったのか。きっかけは、先日助っ人として参戦した『E-Leg』の大会での活躍だった。
「謎の天才エイム、金髪のゼン」。そんな二つ名が独り歩きし、大会運営から「今、界隈で最も勢いのある個人勢」として、この麻雀大会への招待状が届いてしまったのだ。本来なら断るところだが、俺の「ダチ」たちが、掲示板やチャット欄で勝手にお祭り騒ぎを始めてしまった。
『佐藤:兄貴! 麻雀で企業勢の鼻を明かしてやってくれ!』
『タカシ:リーチって叫ぶ兄貴が見たい!』
そんな声に応えないのは、俺の「スジ」に反する。……というわけで、俺は今、人生で初めて「麻雀」という名の戦場に立っていた。
画面の端にあるチャット欄は、すでに爆笑の渦だった。
『佐藤:ゼン兄貴、頼むからまずルールを覚えてくれww それ、全部バラバラだぞ!』
『タカシ:それ「リーチ」ボタン光ってるぞ! 押せ! 早く押せ! 逆転のチャンスだ!』
『黒猫:麻雀は人生の縮図と言いますが、ゼンの卓は完全に崩壊しています……見ていてハラハラしますよ』
「うるせえよ! 俺の人生に「安牌」なんて言葉はねえんだ。捨てた牌が当たり牌だったら? その時はその時だわ。……よし、このリーチってやつ、ポチッとな!」
カチッ、という小気味いい音と共に、ゼンの中のアバターが不敵に笑う。
今回の大会、俺は完全な数合わせの「野良犬枠」として招待されていた。
対戦相手は、大手事務所所属の「理論派雀士」として知られる知的な女性Vや、毎日10時間麻雀を打ち込んでいるというガチ勢ライバーたち。彼女たちにとって、ゼンという初心者は、点数を献上してくれる「カモ」に過ぎなかったはずだ。
大会本番。準決勝の卓。
静寂の中に、デジタルな打牌音が響く。
東3局。点数はゼンがダントツの最下位。俺の持ち点は、もはや風前の灯火だった。
理論派の対戦相手たちは、河(捨てられた牌の山)を冷静に分析し、ゼンの「スジ」を読み解そうとしていた。麻雀における「スジ」とは、安全な牌を導き出すための理論的な道筋のことだ。
だが、彼女たちは知らない。俺の通す「スジ」は、そんな計算式では導き出せないことを。
『ゼンさん、そんなに無防備に高い牌を捨てて大丈夫ですか? 私の待ち牌、分かっていらっしゃらないのでは……?』
ボイスチャットから、冷静な、どこか余裕を感じさせる企業勢の声が流れる。彼女の河は美しく整い、隙がない。
「……あ? 大丈夫かって? あんた、俺が毎日どんな思いでスーパーのタイムセールに突っ込んでるか知らねえだろ。賞味期限ギリギリの卵を掴む時、俺の指先は一ミリも震えねえんだよ」
俺は、手元の画面で、ある牌を掴んだ。
確率論で言えば、ここでその牌を捨てるのは「死」を意味する。相手の当たり牌である可能性が極めて高い、危険極まりない牌――通称『生牌』だ。初心者が絶対に手放してはいけない、禁忌の一枚。
だが、俺の指は迷わなかった。俺の脳裏には、物流倉庫で山積みになった段ボールの中から、一番重いものを迷わず掴み取る時の感覚が蘇っていた。
「いいか、確率がどうだの、期待値がなんだの。そんなもんは、腹が減ってる時に一袋19円のモヤシを最後の一つで見つけ出す「執念」の前じゃ無意味なんだわ。あんたたちの計算式に、俺の「空腹」は入ってねえだろ?」
俺は、全力でマウスをクリックした。
「勝負っていうのはな、安全な道を選んだ時点で負けてんだよ。俺の人生、ずっと無防備で、ずっと崖っぷちだ。……食えるもんなら食ってみろよ、このモヤシ牌を!!」
バシッ! と、画面上で牌が叩きつけられる。
……沈黙。
誰も、当たり(ロン)を宣言しなかった。
理論派の雀士たちが、動揺したように息を呑む。
『……通った!? 嘘でしょう、今の牌、私の読みでは100%当たりのはずなのに……! ゼンさん、もしかしてわざと誘いを受けなかったの……!?』
「読み? ……ははっ、あんたたちが読んでるのは「ルールブック」だろ。俺が読んでるのは、あんたたちの「ビビり」だわ。……俺の「スジ」は、確率じゃ計れねえんだよ!!」
俺は、自分の手牌を見つめた。バラバラだった牌が、まるで意志を持っているかのように、一つの形へと収束していく。
19円のモヤシが、最高級のふかひれに化ける瞬間。
俺は、最後の一枚――山の中に眠っているはずの、たった一つの牌を呼び寄せた。
「――ツモだわ。……えーっと、これ、なんて言うんだ? 役満? ……よく分かんねえけど、とにかく俺の勝ちだ!!」
画面いっぱいに広がる派手なエフェクト。
『国士無双』。
麻雀において最も難易度が高く、最もロマンに満ちた、バラバラな牌を繋ぎ合わせる究極の役。
チャット欄は、もはや解読不能な速度でスクロールし、スパチャの虹色の雨が降り注いだ。
『佐藤:兄貴ィィィィ!!! 歴史が動いた!! モヤシが国士になったぞ!!』
『匿名希望:……震えました。これが、ゼンの通すスジですか。理論を超えた意志の勝利だ……』
『ルカ:ちょっと、あんた何やってんのよ! 確率どこ行ったのよ! 私の三時間を返してよ!w』
俺は、熱くなったヘッドセットを外し、大きく伸びをした。
大会終了後。
俺は、結局決勝で負けて準優勝に終わった。だが、優勝者よりも、その後の話題は俺の「国士無双」でもちきりだった。
深夜二時。
いつものボロアパートで、俺は勝利(?)の美酒ならぬ、勝利のモヤシ炒めを口にしていた。
「……ふぅ。麻雀っていうのも、疲れるな。でも、悪くねえ」
俺は、モニターに反射する自分の顔を見た。アバターの金髪は相変わらずチャラいが、その目はどこか満足げだった。
企業勢の奴らは、みんな賢い。
データを見て、最適解を選び、傷つかないように、負けないように戦う。それはプロとして正しい。でも、それじゃ「熱」は生まれない。俺たちがこのバーチャルの海に飛び込んだのは、正しい答えを出すためじゃなく、誰も見たことがない景色を作るためだったはずだ。
俺みたいに、ルールも知らず、明日をも知れぬ個人勢が、全財産を賭けるような勢いで無茶な牌を叩きつける。その「バカさ」があるから、リスナーはワクワクするし、自分もまだ戦えるって思えるんだ。
「……なぁ、匿名希望。お前も、たまには無茶しろよ」
俺は、誰もいなくなったチャット欄に、ぽつりと呟いた。
「人生なんて、麻雀と同じだ。どんなに悪い配牌が来ても、自分の「スジ」だけは通し抜く。……そうすりゃ、最後に笑うのは俺たちみたいな不器用な奴らだって、今夜証明できたろ?」
2019年、4月。
オンライン麻雀というデジタルな卓上で、ゼンは「確率」という名のシステムに風穴を開けた。
それは、三次元の論理に支配され始めたV界隈に対する、金髪の大学生なりの、最高に粋な「リーチ」だった。
「……よし。次はもっと高い役、覚えてくるか。……いや、その前に明日のバイトのシフト確認だな」
俺は、フライパンに残った最後の一本のモヤシを口に放り込み、不敵に笑った。
物語は、さらに加速していく。
平成が終わり、令和という新時代が、すぐそこまで足音を立ててやってきていた。だが、時代がどう変わろうと、俺が握る牌(信念)だけは、絶対に曲げられない。
俺は、一袋10円で買い足した切り餅を焼きながら、窓の外を見上げた。
四月の夜風はまだ冷たいが、俺の胸の奥は、国士無双を和了った時の熱が、まだ静かに居座っていた。
「……見てろよ。令和になっても、俺の「スジ」は一本、通し続けてやるからな」
金髪の大学生・ゼンは、ボロアパートの片隅で、新しい時代への挑戦状を、19円のモヤシと共に噛み締めていた。
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