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誰かがログアウトする前に。〜VTuber黎明期から、激動の界隈でただ一人、この世界から「落ちなかった」男の物語〜  作者: さじ
第2章:2019年「三次元への宣戦布告」

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第13話:数字という名の怪物、事務所からの招待状

2019年3月。ルカと共に挑んだ『E-Leg』の大会予選は、界隈に激震を走らせました。

「謎の金髪個人勢」として一躍注目を浴びたゼンのもとには、かつてない数の通知と、そして「数字」という名の怪物が忍び寄ります。

個人の自由と、巨大組織の論理。ゼンが初めて直面する「大人たちの事情」と、提示された数千万の契約金。彼が選ぶのは安定か、それとも19円の矜持か。


2019年、3月。

窓の外では春の訪れを告げる雨が、木造アパートのトタン屋根を等間隔で叩いている。


だが、俺――ゼンの六畳一間に満ちている熱気は、春の陽気とは程遠い、もっとギラついた、殺気立ったものだった。

デスクの上に置かれたスマホは、さっきから通知の振動が止まらない。マナーモードにしているにもかかわらず、バイブレーションの音が「ジジッ、ジジッ」と、まるで警告音のように部屋に響き続けている。


「……なんだよ、これ。バグってんのか?」


俺は、熱暴走寸前のスマホを恐る恐る手に取り、画面をスワイプした。

通知の正体は、先日開催された『E-Leg』の大会予選の切り抜き動画だった。


『スターライブのルカを救った謎の超絶エイム! ゼンとは何者だ!?』

『19円のモヤシを語る狂気の天才個人勢。その実力は本物か?』


そんな刺激的なタイトルと共に、俺がルカを叱咤激励し、敵部隊を壊滅させたシーンが、数百万回という単位で再生されていた。

モニターに目を向ければ、チャンネル登録者数のカウンターが、まるで故障した時計のように高速で回転している。


五百人。千人。五千人。そして、ついに「一万人」という数字が、無機質に、だが圧倒的な質量を持って俺の目の前に提示された。


一年前、同接「0」の中で一人、虚空に向かって喋っていたあの夜からすれば、これは奇跡を通り越して、何かの悪い冗談にしか思えなかった。


「……一万人、か」


俺は、独り言ちた。

数字。それは、この界隈における絶対的な「力」であり、同時に配信者を狂わせる「毒」でもある。

数字が増えれば、入ってくる金が増える。有名になれる。だが同時に、自由という名の翼が、少しずつ、だが確実に毟り取られていく。


その時だった。

一通の、これまでのファンからの激励とは明らかに毛色の違うメールが、俺のビジネス用メールアドレスに届いた。


件名は、『【重要】専属マネジメント契約に関するご提案』。

差出人は、界隈最大手の事務所――『スターライブ』。


数日後。

俺は、人生で初めて「西麻布」という街の、入り口すら分からないような高級カフェの奥まった席に座っていた。


対面に座っているのは、高級そうなスーツに身を包んだ、三十代半ばの男。ルカのマネージャーであり、スターライブのスカウト担当だという。


「ゼンさん。単刀直入に申し上げましょう」


男は、俺の前に一冊のクリアファイルを置いた。

そこには、俺がこれまで見たこともないようなゼロの数が並ぶ「契約金」の数字と、数千項目に及ぶ「禁止事項」が記されていた。


「君のエイム、そしてあの独創的な『19円のモヤシ』というブランディング。非常に魅力的だ。わが事務所に入れば、君に最高スペックのPC、防音スタジオ、そして専属の編集チームを用意しましょう。君はもう、物流倉庫で段ボールを運ぶ必要はない。ただ、カメラの前で笑い、ゲームをしていればいいんです」


俺は、出された一杯一千円もするような苦いコーヒーを一口すすった。

味はよく分からない。ただ、六畳一間の安物のインスタントコーヒーよりも、ずっと喉を通りにくかった。


「……ルカはどうなる?」


俺は、顔を上げずに聞いた。


「彼女とのコラボも、事務所の公式企画として正式にセットしましょう。君が『スターライブ所属のゼン』になれば、彼女のブランドを傷つけることもない。むしろ、美談として売り出せる」


男は、勝利を確信したような笑みを浮かべた。


「ただし、条件があります。……あの『19円のモヤシ』というトークは、今後は控えていただきたい。イメージ戦略として、もう少し『スタイリッシュな天才ゲーマー』という方向にシフトしていただきます。中身の生活感は、ファンを幻滅させるだけですから」


俺は、その言葉を聞いた瞬間。

胸の奥で、何かが冷たく冷めていくのを感じた。


スタイリッシュな天才。中身の生活感は隠せ。

事務所の台本に従い、数字のために「ゼン」をパッケージングしろ。


「……なぁ、あんた」


俺は、ファイルをパタンと閉じた。


「あんたの言う『ゼン』ってのは、誰のことだ? そのファイルに書いてあるのは、ただの便利なプログラムの部品だろ。……俺が19円のモヤシを食わなくなったら、俺の配信を見て「明日も生きよう」って思ってくれてるダチたちは、どこへ行けばいいんだよ」


男の表情から、笑みが消えた。


「ゼンさん、君はまだ若い。数字という怪物の本当の恐ろしさを知らない。個人勢で一万人。そこがピークですよ。この先、企業勢の巨大な資本に押し潰され、誰にも見向きもされなくなる。……今、ここで手を握らなければ、君の居場所なんて、一年後にはネットの藻屑です」


俺は立ち上がった。

一千円のコーヒー代をテーブルに置き、俺は男を真っ直ぐに見据えた。


「居場所がなくなる? ……上等じゃねえか。誰にも見向きもされなくなって、また同接がゼロになったとしても、俺は俺の食ってるモヤシの味を、嘘ついてまで売るつもりはねえよ。……それが、俺がこの界隈で通してきた、唯一の『スジ』なんだわ」


カフェを出ると、雨はさらに激しさを増していた。


その日の夜、二十一時。

俺は、ずぶ濡れになったパーカーを脱ぎ捨て、いつもの安物マイクの前に座った。


「よっす。……あー、お前ら、驚かせちゃったな。なんか数字が勝手に爆伸びして、俺自身が一番ビビってるわ」


チャット欄は、一万人の登録者を祝うコメントと、俺の動向を伺う野次馬たちで溢れかえっていた。

その中には、心配そうに見守る匿名希望や佐藤、そして虹色バッジを外して潜り込んでいるルカの気配もあった。


「……今日さ、大手事務所からスカウトされたわ」


俺の一言に、チャット欄がピタリと止まった。


「契約金は、俺が一生かかっても倉庫バイトじゃ稼げねえような額だった。綺麗なスタジオ。最高の機材。……でもさ、その代わりに「モヤシを食うのを辞めろ」って言われたんだわ。ゼンっていうアバターの中身を、事務所の都合のいい人形に変えろってさ」


俺は、画面の中の、少し目つきの悪い金髪アバターをニヤリと笑わせた。


「だから、断った。……当たり前だろ! 俺からモヤシを取り上げたら、ただの金髪のチャラ男じゃねえか。そんなの、俺じゃねえし、お前らが好きになってくれた『ゼン』じゃねえ」


チャット欄が、爆発した。


『兄貴……!!』

『一生ついていくわ!』

『佐藤:それでこそ俺たちのゼンだ!』

『匿名希望:……信じていました。あなたの帰る場所は、ここ以外にありません。』


「いいか、お前ら。数字がなんだ、企業がなんだ! 俺は一万人になろうが、百万人に笑われようが、19円のモヤシを炒め続ける。……俺が俺自身に嘘をついてまで手に入れたステージなんて、そんなの、ただの牢獄だわ!」


俺は、全力でマウスをクリックした。


「見てろよ、スターライブ! 俺は俺のやり方で、お前らのその高い壁、モヤシ一本でぶち破ってやるからな!!」


同接、二千五百人。

かつての「過疎配信」は、いつの間にか、界隈の「良心」を象徴する、小さな、けれど激しく燃え盛る聖域フィールドへと成長していた。


配信終了後。

Mutterムッターには、ルカからの、たった一行のメッセージが届いていた。


ルカ:

……バカね。でも、あんたがそう言うって、信じてた。

ゼン。私、いつかあんたの隣に、事務所の看板を脱ぎ捨てて立ちに行くわ。

それまで、その安っぽい席、空けておきなさいよ。


俺は、スマホの画面を見つめ、不器用に鼻を鳴らした。


2019年、3月。

数字という名の怪物を跳ね除け、ゼンは自らの「不自由な自由」を選んだ。


金はない。機材はボロい。

けれど、俺の背中には、一万人のダチたちの熱い視線がある。


「……っし。お腹空いたな」


俺は、冷蔵庫から、今日買ってきたばかりの19円のモヤシを取り出した。

フライパンで奏でる、安っぽい、けれど最高にリアルな音。

この音が聞こえる限り、俺はどこまでも高く、どこまでも自由に飛んでいける。


「宣戦布告、その二だ。……スターライブ、俺の生き様、特等席で見せてやるよ」


深夜の六畳一間。

金髪の大学生は、19円の誇りを胸に、新しく手に入れた一万人の仲間たちと共に、さらなる嵐の中へと漕ぎ出していった。


2019年の春は、まだ始まったばかりだ。

俺は配信を切った後の、少し寂しい静寂の中で、改めて一万人という数字の重さを噛みしめていた。


一万人。その一人ひとりに、人生があり、悩みがあり、今日を生き抜く理由がある。

その重さを無視して、「ただの数字」として扱うようになった時、俺は本当にあのスカウトマンと同じ怪物になってしまう。


「忘れるなよ、俺」


俺は、フライパンの火を止め、皿に盛ったモヤシを見つめた。


「お前を支えてるのは、数千万の契約金じゃねえ。……この19円のリアリティを面白がってくれる、あいつらなんだぞ」


俺は、一口、モヤシを運んだ。

少しだけしょっぱい、いつも通りの味。

それが、今の俺にとっての、最高のご馳走だった。


誰にも支配されない、俺だけの味。

この味がする限り、俺の物語は、誰にも終わらせることはできない。


ゼンは、真っ暗な部屋で、モニターに反射する自分の金髪を誇らしげに眺め、2019年の過酷な戦いへと、改めて覚悟を決めたのだった。

【読者の皆様へのお願い】

「ゼンの決断、カッコいい!」「モヤシの誇りに痺れた!」と思っていただけましたら、

ぜひページ下部より**【ブックマークの追加】と、【☆☆☆☆☆】から評価(星)**をポチッと押して応援をお願いいたします!

何卒よろしくお願いいたします!


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