第12話:『バトロワの嵐』と、背中を預けるエイム
2019年2月。VTuber界隈に突如として吹き荒れた「新作バトロワゲーム」の嵐。
それは、それまで個々で活動していた配信者たちを、3人1組の「チーム」として結びつけ、凄まじい熱狂とドラマを生み出しました。
今回は、事務所の期待と重圧に押し潰されそうになっていたルカが、あえて「格下の個人勢」であるゼンに助けを求めた、運命の大会予選前夜の物語です。
2019年、2月。
ネットの海に、突如として巨大な「津波」が押し寄せた。
事前告知なしでリリースされた新作バトロワゲーム――『E-Leg』だ。
それまで、バトロワと言えば100人の中で1人の生き残りを決める個人戦が主流だった。だが、このゲームは違った。3人1組の部隊を組み、キャラクター固有の能力を駆使して戦う、徹底的なチームプレイが要求される。
この「3人」という絶妙な数字が、VTuberたちの横の繋がりを爆発的に加速させた。
「……っはー。またチャンピオンかよ。このゲーム、俺のために作られたんじゃねえの?」
深夜二時。俺――ゼンは、ボロアパートの六畳一間で、熱を帯びたキーボードを叩きながら、不敵に笑った。
画面には、黄金色に輝く『YOU ARE THE CHAMPION』の文字。
俺は、根っからのゲーマーだ。反射神経と直感だけなら、そこらの企業勢には負けない自信があった。配信を始めてからというもの、雑談ばかりが目立っていたが、この『E-Leg』がリリースされてから、俺の隠れた才能がリスナーたちの前で開花していた。
『佐藤:ゼン兄貴、エイムえぐすぎだろww』
『タカシ:さっきの壁ジャンプからのヘッドショット、見惚れたわ』
『黒猫:仕事のストレスが、ゼンの銃声で浄化されます……』
「おう、見たか。俺はただのモヤシ食いじゃねえんだよ。戦場に出れば、19円のモヤシが最高級の弾丸に変わる。……お?」
配信ソフトの端っこ。Mutterの通知が、激しく点滅した。
送り主は、戦友の『ルカ』だった。
ルカは今、かつてない窮地に立たされていた。
彼女の所属する大手事務所『スターライブ』は、この『E-Leg』の爆発的なブームを逃さず、初の大型公式大会への参戦を決定したのだ。
だが、問題があった。ルカに与えられたチームメイトは、同じ事務所の新人二人。彼女たちの教育係を兼ねながら、事務所の看板として「勝つこと」を絶対条件として突きつけられていたのだ。
ルカ:
ゼン。起きてる?……というか、配信中よね。ごめん。
相談があるの。……ううん、お願い。
私と一緒に、戦ってくれない?
俺は、モニター越しにその文字を見つめ、少しだけ目を細めた。
スターライブのような大手事務所が、個人勢である俺とチームを組むことを許すはずがない。それは第11話で俺自身が語った「巨大資本の壁」そのものだ。
「……おいおい、ルカ先輩。あんた、事務所に怒られるんじゃねえのか? 俺みたいな、看板もねえ野良犬をチームに入れたりしたらさ」
俺は配信を一時停止にし、ルカに通話を入れた。
数秒で繋がった受話器の向こうから、彼女の、今にも消え入りそうな声が聞こえてきた。
『……分かってるわよ。マネージャーには、「野良の猛者を見つけたから、広報のために組む」って嘘をついたわ。……でもね、ゼン。今の私、誰を信じていいか分かんないのよ』
ルカの声が、微かに震えていた。
『事務所は「勝て」としか言わない。後輩たちは私の顔色を伺うばかりで、背中を預けられない。……画面の向こうに何万人の視聴者がいても、ゲームの中で私は、たった一人なの。……お願い、ゼン。あんたの、あの「スジの通ったエイム」で、私の隣にいてよ』
俺は、窓の外の暗闇を見つめた。
2019年の界隈は、あまりにも早く、あまりにも残酷に巨大化していた。
かつて、俺たちが深夜の牛丼屋で語り合っていた「楽しみ」は、いつの間にか「ノルマ」や「契約」という、冷たい鎖に置き換わっていた。
「……っは。最高にダサいな、スターライブ様もよ」
俺は、安物のマイクを掴み直し、ミュートを解除した。
「お前ら! 悪い、今日の配信はここで終わりだ! 理由?……ダチのピンチを、放っておけない不器用な男の美学、ってやつだよ」
『佐藤:お、兄貴、ついにルカ姉さんと密会か!?』
『匿名希望:……行ってらっしゃい、ゼンさん。あなたの「エイム」を見せてやってください』
俺は配信を切り、ルカにだけ聞こえるように、ニヤリと笑った。
「いいぜ、ルカ。……ただし、俺は「お客様」扱いはしねえぞ。俺のチームに入るなら、お前も19円のモヤシ並みの根性見せてもらう。……スジの通らねえプレイしたら、味方撃ち(フレンドリーファイア)してやるからな」
『……ふふっ。望むところよ。あんたに撃たれるくらいなら、敵の弾に当たったほうがマシだわ』
彼女の笑い声に、少しだけ熱が戻った。
その夜、俺たちは非公開のプライベートサーバーで、夜明けまで練習を重ねた。
ルカのプレイは、相変わらず正確だった。だが、どこか守りに入っていた。事務所の看板を背負い、「失敗できない」という重圧が、彼女のトリガーを重くさせていた。
「ルカ! 今のは攻める場面だろ! なんで後ろに引いた!?」
『だって、今ここで倒されたら、ポイントが……後輩たちに示しが……』
「バカ野郎! お前の背後にいるのは、スターライブのマネージャーじゃねえ! この、19円のモヤシを食い繋いでる世界一図太い男、ゼン様だぞ!!」
俺は、画面の中の自分のアバター――ゼンを、彼女のキャラクターの前に割り込ませた。
「お前が何発外そうが、何回ダウンしようが、俺が全部リカバーしてやる。お前は、ただ自分が「最高に楽しい」と思うエイムを叩き込め。……それが、俺たち個人勢の、唯一にして最強のマナーだろ!」
『……ゼン……』
「いいか、ルカ。三次元だの、事務所だの、数字だの。そんなもんは、この戦場の砂嵐の中に置いてこい。今、ここにいるのは「スターライブの看板」じゃない。俺の隣で笑ってる、ただの「ゲーマーのルカ」だ。……だろ?」
通信の向こうで、ルカが、深く、長く、息を吐く音が聞こえた。
『……そうね。私、何に怯えてたんだろう。……ゼン、行くわよ。次は、私が先陣を切る。あんたは、黙って私の背中を守りなさい!』
「おう、言ってくれるじゃねえか!!」
そこからの彼女の動きは、まさに圧巻だった。
迷いの消えたエイムが、次々と敵のヘッドショットを射抜いていく。
俺は、彼女が撃ち漏らした残党を、不器用だが力強いショットガンで確実に仕留めていった。
画面の中で重なり合う、二つのアバター。
企業勢と、個人勢。
住む世界も、背負っている数字も違う二人。
けれど、この仮想世界の銃撃戦の中では、そんな境界線はどこにもなかった。
午前五時。
窓の外から、薄暗い冬の朝の光が差し込み、俺の安物モニターを白く照らし出した。
『……ゼン。ありがとう。私、ようやく「配信」が楽しいって思えたわ』
「感謝なら、大会で優勝した後に聞かせろよ。俺の取り分は、19円のモヤシ一生分でいいからな」
『ふふ、安上がりね。……でも、一つだけ約束して。もし、本番で私がまた迷いそうになったら、またあんな風に、デカい声で怒鳴ってよ』
「……スジが通ってねえ時だけな。じゃ、俺はこれからバイトだ。おやすみ……じゃなくて、行ってくるわ」
俺はヘッドセットを外し、軋む首を回した。
2019年、初春。
VTuberという文化が、「ビジネス」という巨大な歯車に飲み込まれていく中で。
俺は、ルカという戦友の、剥き出しの「魂エイム」に触れた。
数字じゃない。事務所じゃない。
ただ、画面の向こうにいる誰かと、背中を預け合って笑うこと。
それが、どんな最新技術の3Dモデルよりも、どんな豪華なライブステージよりも、尊いものであることを、俺は再確認していた。
「……よっす。今日も、いい朝じゃねえか」
俺は、冷え切ったキッチンで、朝飯代わりに、19円のモヤシを炒めるために火をつけた。
フライパンが弾ける音は、まるで戦場に響く乾いた銃声のようだった。
三次元への宣戦布告。
その真の戦いは、もう始まっている。
俺は、俺たちの特等席を守るために、この19円のプライドを、世界で一番正確なエイムに変えてやる。
「見てろよ、スターライブ。俺のダチを泣かせた代償は、大会のトロフィーで払ってもらうからな」
俺は、ニヤリと不敵に笑い、朝日の中へと歩き出した。
駅までの道すがら、俺はスマホで昨夜の練習風景の録画クリップを確認していた。
ルカが最後に見せた、あの迷のない超長距離狙撃。
あれは、彼女が「事務所のルカ」から「配信者のルカ」に戻った証拠だ。
界隈は、これからもどんどん変わっていく。
広告代理店が入り込み、台本のある企画が増え、配信者の個性は「商品」として綺麗にパッケージ化されていくだろう。
それが「三次元リアル」という世界が、俺たちバーチャルの住人を飲み込んでいくやり方だ。
でも、俺は抗い続ける。
「ゼンさん、おはよう。今日も早いね」
顔なじみのコンビニ店員に声をかけられ、俺は軽く手を挙げて応える。
この現実世界での俺は、ただの貧乏学生だ。誰にも注目されず、誰にも期待されない、その他大勢の一人。
けれど、一度PCの電源を入れ、あの金髪のアバターを被れば、俺はルカのようなスターを支え、数千、数万のリスナーの心を揺さぶることができる。
バーチャルとは、現実からの逃避じゃない。
現実を、俺たちの「スジ」で塗り替えるための、聖域なんだ。
ルカが事務所に嘘をついてまで俺に助けを求めたこと。
その一事だけでも、俺がこの一年間マイクを握り続けてきた価値はあった。
「……さて。バトロワの嵐、か」
俺は、駅のホームで電車を待ちながら、スマホをポケットにしまった。
大会の本番は、来月。
俺たちのチーム名は、まだ決まっていない。
でも、俺の中ではもう決まっていた。
『19円の野良犬たち(モヤシ・ドッグス)』。
格好いいだろ? 世界で一番安っぽくて、世界で一番折れないチーム名だ。
電車が、轟音を立ててホームに滑り込んできた。
満員電車に揺られながら、俺は目を閉じる。
瞼の裏には、ルカが放ったあの黄金色の弾道が、いつまでも鮮やかに焼き付いていた。
2019年、2月。
俺たちのエイムは、もう、誰にも外させない。
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