第041話 社畜、ロリマミ大湿原の状況を見に行く
魔王城の離れ。
オレの私室で、ヴェラがぷんすこしている。
「まったく! まったく、まったく!」
ソファに寝そべって、オレの枕をぎゅうとハグしている。
いや、ハグはハグでもベアハッグか。
枕の形が、にゅうと伸びてすっかり変わってる。
あれ、元に戻るんだろうな。
めっちゃ寝にくそうだけど。
「悪かったって。ちょっとお茶の時間にしようぜ、ヴェラ」
「そんなことで機嫌をとれると思わないでくださいまし。わたくし、安い女じゃありませんの!」
「まぁまぁ、そう言わずに、な?」
スッとヴェラの前に干し肉をだしてやる。
龍人族の里で作ってきたソフトタイプのやつだ。
ちらり、と横目でそれを見るヴェラ。
だが、つーんと顔を背けた。
ふふふ……だけどな、オレは見逃さないぜ。
ヴェラの悪魔型のしっぽが、下から干し肉をうかがっているのをな!
「そうか……要らないのか」
さっと干し肉を取り上げてしまう。
そろっと近づいていたしっぽが空ぶった。
「い、要らないとは言っていませんわ!」
「そう。じゃあ、要るの?」
「ハルトは意地悪ですわね!」
ヴェラの言葉と同時に、どーんと扉が開いた。
魔王様だ。
「もらったあああ!」
声が聞こえたと同時に、オレの手から干し肉が消えていた。
もちろん、干し肉は魔王様の口の中だ。
「もぐもぐ……実にけしからんな、良い匂いをさせおって!」
胸を張っているちびっ子魔王様。
その前に、ゆらりとヴェラが立ち上がった。
なんだかどす黒いオーラをまとっている気がする。
あれ? これ、マズいやつじゃ?
「……魔王様、わたくしにケンカを売っているのですね?」
グゴゴゴと背景に文字が書かれていそうなヴェラである。
とんだスゴみだ。
オレはこそっと距離をとる。
絶対に巻きこまれたらダメな戦いがそこにあるからだ。
「い、いや、そんなことはないぞ、うん。ぬはははは」
「それが遺言ですか! くったばりゃああああ!」
ヴェラの背中に真っ黒な翼が生えた。
コウモリ型のやつだ。
さらに頭には角まで生えている。
……本気中の本気か?
「うおおおお!」
魔王様の顔の前でヴェラの手が止まる。
その揃えられた指先には尖った爪があった。
「……本気でやろうというのか、ヴェラよ!」
「干し肉の恨みですわ!」
「よかろう、受けて立つ!」
ちびっ子魔王様も翼をだす。
こっちは龍のやつだ。
ビキビキと顔とか腕に鱗が浮き出てきた。
びたーんと尻尾が床を叩く。
「あかーん! 絶対にあかんやーつ!」
オレはそこで気絶した……たぶん。
目を覚ますと、ヴェラとちびっ子魔王様がいた。
くっちゃくっちゃと干し肉を食べている。
二人で。
「ほおん……そういうことか。なら、下見に行ったらどうだ?」
「それもいいですわね! わたくしなら往復しても日帰りできますから」
「うむ。そっちに関しては任せたぞ! そうだな、一応書類を作ってやるからちょっと待ってろ」
その場で紙とペンを使って、さらさらと書類を作るちびっ子魔王様。
最後に、掌を少し切って血を書類につける。
おおう……なんて野蛮な印鑑だろう。
「これでいいな! この書類を見せれば、魔王の名代ってことがわかるぞ」
うわははは! と笑い声をあげる魔王様であった。
「ハルト! いつまで寝たふりをしているのです?」
ヴェラにはバレていたようだ。
ふわぁとあくびの演技をかまして、身体を起こす。
で、ぎょっとしてしまった。
だって、色々とストックしてたのが食い散らかされていたから。
……食いしん坊魔族どもめ。
「では、ヴェラ、ハルト。ロリマミ大湿原まで下見に行ってこい!」
「え? 今から?」
つい、疑問を口にしてしまった。
もういいじゃん、明日で。
「いいから、いきますわよ!」
むんず、と首根っこをヴェラに掴まれてしまった。
そのままズルズルと引きずられていくオレ。
ちびっ子魔王様は指さして笑っていた。
離れにある勝手口から外へ。
「ヴェラ、どのくらい時間がかかるんだ?」
「ざっと三時間ってところですわね」
「ちょっとは手加減してくれよ!?」
「いきますわ!」
三時間ちょっとの空の旅は、不快なことの連続だ。
やっぱり空って慣れないな。
「そろそろですわよ、ハルト。どこに下ります?」
オレの眼下には森が広がっている。
この森の奥がなんとか湿原なんだろうか。
「いや、下りないでいいよ。そのまま行ってくれ」
「……大丈夫ですの?」
「だいじょばないけどな! でも、空からだと全体が見られるだろう?」
「確かにそうですわね!」
オレの言ったことを理解したんだろう。
ヴェラが加速しつつ、上昇していく。
うわお。
大湿原ってすげーな。
「緑と水がいっぱいだ!」
思わず、叫んでいた。
川と池? いや沼なのかな。
とにかく水がたくさんだ。
そして――辺りを埋めつくさんばかりの緑。
ところどころ色づいているのは花だろうか。
「ほええ……すげーな」
「あそこの川で魚が獲れるんですの。あと、湿原に生えている草も食べられますわよ? あんまり美味しくなさそうですけど」
「おいおい。あんまりそういうことは言わない方がいいぜ? なにせオレには鑑定先生という偉大な御方がついているんだからな!」
「……まぁそうですわね。龍人族の里でも大活躍でしたし」
「だろう? 鑑定先生は偉いのだ!」
オレ自身が褒められたわけじゃない。
でも、高笑いをしておく。
そんなオレの脳内にピコンと音が響く。
氏名:なし
種族:ポパーの木
性別:なし
状態:正常
備考:真っ赤な果実をつける木。成長が早く、この辺りでは貴重な薪になる。
しかも連続で。
氏名:なし
種族:ポパーの実
性別:なし
状態:完熟
備考:ポパーの果実。完熟した状態のものはとても甘くて美味しい。完熟前の果実は毒性があるが、完熟していれば問題ない。未熟な果実は熱を入れることで無毒化できる。ただし、ものすごくすっぱい。
キター!
鑑定先生だ。
「ヴェラ、ヴェラ! ちょっと止まって!」
「なんですの?」
「あれ、あそこに見える赤い実をつけた木があるだろ?」
「ああ……あれは食べられませんわ。とても甘くて良い匂いがするのですが、一口でも食べたら三日は手足が痺れるという毒をもっていますのよ。運が悪いと死んでしまうことも」
「ばっか。オレの鑑定先生が言っている! あれは食べられるやつだ、と!」
「……まぁいいですわ。ハルトの鑑定眼は信頼できますからね」
と、ヴェラに運ばれていくオレだ。
木の側までいって、ちゃんと鑑定してから実をもぐ。
もちろん完熟したやつだ。
「ヴェラ、食べてみようぜ!」
「……」
無言である。
訝しんでいるのだ。
ふん、口では信頼できると言っていてもこのザマだよ。
清浄化の魔法をかけてから、一口。
見た目はリンゴっぽいからな。
そのまま、がぶっといく。
ぷつん、と音がしたかと思うと、口の中にじゅわっと果汁があふれた。
ものすごく甘い。
しかも、ただ甘いだけじゃなくて上品な甘さだ。
ベトベトしない。
加えて、鼻を抜けていく香気のすがすがしいこと。
これは高級フルーツだな。
「……あの、ハルト?」
「なんだよ? ちょっと待って。もう食べ終わるから」
ふぅと一息。
ものすごく満足した。
「……わたくしも食べたいのですけど?」
「最初から素直に言えばいいのに。ってか、様子見してただけか!」
「ふん! いいですわ! これならいいでしょう!」
ヴェラがオレの指示も待たずに、ひとつ実をもぐ。
見た目は真っ赤で完熟しているように見える。
だが、それはまちがっているのだよ!
「ヴェラ、それは毒持ちだ。まぁ火を入れたら食べられるけど、めっちゃすっぱいらしいぞ」
じっと手の中のポパーの実を見るヴェラだ。
はっきり言えば、さっきオレが食っていたのと色味はほぼ変わらない。
「ほら、こっちだ。食べてみ?」
清浄化をかけてから渡してやる。
「にゃあああああ! にゃああああ!」
ヴェ、ヴェラさん?
なんで猫?




