第36話 開廷
ギルド支部の大広間は、普段、依頼の張り出しに使われる場所だった。
その日は、長机が奥に据えられ、椅子が半円に並んでいた。
窓には、厚い布が下ろされている。外の光が遮られ、燭台の炎だけが、部屋を照らしていた。
◇
レンツ・ノルムは、資料の入った袋を抱えて、部屋の隅に立っていた。
奥の長机に、支部長が座っている。その脇に、記録役の女が一人。羽根ペンと、紙の束を用意していた。
紙は、グロースマン商会から取り寄せたものだと、後で聞いた。
◇
半円の椅子に、ガルド・ブレンナーが座っていた。
その隣に、生き残った二人の隊員。一人は、ヨナスだった。もう一人は、名を知らない魔法使いだった。
誰も、口をきかなかった。
燭台の炎が、揺れるたび、壁に、人の影が伸びたり縮んだりした。
◇
「これより、査問会を開く」
支部長が、立ち上がった。
「対象は、パーティー『不倒の牙』。案件は、装備の管理不備による重大事故」
彼女の声は、静かだが、よく通った。
「提出者、レンツ・ノルム」
「はい」
レンツは、前に出た。
◇
「証拠を、示せ」
支部長が言った。
レンツは、袋から、一枚の木札を取り出した。
すすけて、色の変わったもの。
燭台の光の中で、刻まれた文字が、浮かび上がって見えた。
◇
「四年前の記録です」
レンツは言った。
「この日、俺は、ガルド・ブレンナー様の剣の歪みが、限界に近いことを、お伝えしました」
部屋が、静まり返った。
「そして、点検簿を提出しました。ここに書かれているのは、その写しです」
◇
レンツは、木札を、記録役に手渡した。
彼女が、それを読み上げた。
「――是正を求めた相手の名。ガルド・ブレンナー。応答、拒否」
声が、燭台の炎の中に、静かに響いた。
◇
ガルドは、動かなかった。
だが、彼の拳が、膝の上で、わずかに強く握られた。
「これは」
支部長が言った。
「四年前の記録だ。今回の事故と、どう繋がる」
「はい」
レンツは、袋から、別の板を出した。
二十五本分の剣の記録だった。
◇
「これは、俺が装備管理係だった当時、四年間、月ごとに測っていた記録です」
レンツは言った。
「ガルド様の剣は、この四年間で、常に、他の前衛より速く傷んでいました」
彼は、板の数値を指した。
「これが、追放される直前、最後に測った数値です。空、六十八」
◇
「その後、四年間、この剣は、誰にも測られていません」
彼は続けた。
「五層から帰還した際、金物屋の裏に、折れた状態で置かれていました。俺は、それを拾い、測りました」
「数値は」
「六十九です」
◇
部屋の空気が、わずかに変わった。
「これは」
支部長が言った。
「四年前、限界に近いと言われた数値を、既に超えていたということか」
「はい」
レンツは言った。
「四年間、一度も点検されなかった剣が、五層という、未知の環境で使われました」
◇
「異議がある」
ガルドが、初めて口を開いた。
声に、力はなかった。だが、彼は、目を逸らさなかった。
「装備を測る係は、お前じゃなくなってた」
彼は言った。
「四年前、俺が、お前を追放したんだ。誰が測るかは、俺の責任だ」
◇
「その通りです」
レンツは言った。
「俺は、四年間、あなたの剣を測っていません。その責任は、俺にはありません」
「じゃあ」
「ですが」
レンツは、言葉を続けた。
「この街には、決め幅という仕組みが、既にできていました」
◇
「あなたは、それを、知っていましたか」
レンツは聞いた。
「知ってた」
ガルドは言った。
「酒場で、聞いたことがある」
「利用しようと、思われたことは」
「……なかった」
彼は言った。
「必要ないと、思ってた」
◇
支部長が、記録役に、何かを書き取らせた。
「証人、ヨナスに問う」
彼女は言った。
「五層での出来事を、証言せよ」
◇
ヨナスが、立ち上がった。
顔が、青ざめていた。
「……通路が、崩れました」
彼は、言葉を選びながら、話しはじめた。
「前も、後ろも。中に、閉じ込められました」
部屋の誰もが、静かに聞いていた。
◇
「未知の魔物が、現れました」
ヨナスは続けた。
「頭領が、前に出ました。いつも通りです」
「それで」
支部長が促した。
「剣が、折れました」
彼は言った。
「根元から。今まで、見たことのない折れ方でした」
◇
「頭領の体勢が、崩れました」
ヨナスの声が、震えはじめた。
「魔物が、隙を突いて、腕を伸ばしてきました」
彼は、一度、言葉を止めた。
燭台の炎が、大きく揺れた。
「そこに、マルティンが、割って入りました」
◇
部屋が、静まり返った。
ガルドが、目を閉じていた。
両手を、膝の上で、強く握りしめている。
誰も、その様子を、咎めなかった。
◇
「証言は、以上か」
支部長が言った。
「はい」
ヨナスは、崩れるように、椅子に座り直した。
支部長は、しばらく、机の上の資料を見ていた。
燭台の炎が、静かに揺れていた。
◇
「この場に、もう一人、証人がいる」
彼女は言った。
「マルティン・クレー。療養中だが、今日、証言のために来てもらった」
部屋の入り口に、視線が集まった。
◇
扉が、静かに開いた。
白い外套を纏った男が、一人で立っていた。
右腕の袖が、空だった。
その姿を見て、ガルドが、初めて、顔を上げた。
今回もお読みいただきありがとうございます✨️
査問会が、開かれました。
派手な糾弾ではなく、静かに、証拠が積み上げられていく場面でした。
四年前の木札。
四年分の測定記録。
折れた剣の数値。
そして、生存者の証言。
レンツは、一つ一つ、事実だけを並べていきました。
そして、ガルド自身が、こう言いました。
「装備を測る係は、お前じゃなくなってた」
「誰が測るかは、俺の責任だ」
これは、正しい主張です。
レンツに、四年間の測定義務はありません。
しかし、レンツは、こう続けました。
「この街には、決め幅という仕組みが、既にできていました」
利用できたはずの仕組みを、利用しなかった。
――責任の所在は、一つではありません。
――誰にも咎がないように見えて、
誰かが、動けたはずの場面はあります。
そして、証人のヨナスから、
五層での出来事が、初めて公式に語られました。
未知の魔物。
剣の破断。
頭領の危機。
そして、マルティンの介入。
部屋は、静まり返りました。
最後に、扉が開き、
右腕を失ったマルティンが、姿を見せます。
次回、いよいよ、彼の証言が語られます。




