第32話 神のお定め
教会の扉は、閉まっていた。
レンツ・ノルムは、それでも戸を叩いた。
しばらくして、ヴァルター司祭が顔を出した。
「レンツか」
「マルティンさんに、会えますか」
「今は、無理だ」
司祭は言った。
「傷が、まだ塞がっていない」
◇
「少しだけでも」
「レンツ」
ヴァルターは、扉の隙間から、レンツを見た。
「お前が、何をしたいのか、分かっている」
「何をしたい、というのは」
「原因を、探したいんだろう」
司祭は言った。
「今回のことは、深く、暗い場所での出来事だ。誰にも、分からないことがある」
◇
「それも、神のお定めですか」
レンツは言った。
ヴァルターの表情が、わずかに変わった。
「……以前も、同じことを聞いたな」
「はい」
「あのときと、同じ答えになる」
彼は言った。
「マルティンの腕は、戻らない。これは、受け入れるしかない」
◇
「受け入れることと」
レンツは言った。
「なぜ起きたかを知ることは、別のことです」
「なぜ、知りたい」
「同じことが、また起きるかもしれないからです」
ヴァルターは、しばらく黙っていた。
「……お前は、変わらないな」
「はい」
「二十年前から、そうだった」
◇
司祭は、扉を大きくは開けなかった。
「マルティンは、まだ話せる状態じゃない」
「分かりました」
レンツは言った。
「回復されたら、伺います」
「回復しても」
ヴァルターは言った。
「腕は、戻らないぞ」
「はい」
レンツは言った。
「話を聞くのは、腕のことではありません」
◇
教会を出て、レンツは、街を歩いた。
「不倒の牙」の宿の前を通ると、戸口に、一人の男が座り込んでいた。
足を引きずっていた、生存者の一人だった。
斥候だったはずだ。名は、確か――ヨナスといった。
◇
「あんた」
ヨナスが、顔を上げた。
「装備係だった人だよな」
「はい」
「今さら何の用だ」
彼は言った。声に、力がなかった。
「五層で、何があったか」
レンツは言った。
「伺えますか」
◇
ヨナスは、しばらく黙っていた。
それから、地面を見たまま、話しはじめた。
「……崩れたんだ」
「通路が」
「ああ。前も後ろも」
彼は言った。
「閉じ込められた。中に、何かいた」
「何か、というのは」
「見たことないやつだ。灰色で、大きくて」
ヨナスは、両手を広げた。
「石みたいな肌をしてた」
◇
「頭領が、前に出た」
彼は続けた。
「いつも通りだ。あの人が前に出れば、大抵、なんとかなる」
「はい」
「今回も、そのはずだった」
ヨナスは、拳を握った。
「途中で、折れた」
「剣が」
「ああ」
彼は言った。
「今まで、見たことない折れ方だった。根元から、すっぱり」
◇
「その後、どうなりましたか」
「頭領が、崩れた」
ヨナスは言った。
「一瞬だ。剣がなくなって、体勢が崩れた。あいつが、その隙に」
「あいつ、というのは」
「灰色のやつだ」
彼は言った。
「頭領に、腕を伸ばした」
◇
「マルティンさんは」
レンツは聞いた。
ヨナスは、目を閉じた。
「割って入った」
彼は言った。
「頭領を、押しのけた」
◇
しばらく、沈黙が続いた。
「治癒師なんだぜ」
ヨナスは、絞り出すように言った。
「前に出る役目じゃない。誰も、あいつにそうしろなんて言ってない」
「なぜ、そうしたんでしょうか」
「知らねえよ」
彼は言った。
「聞いてない。聞けるわけがない」
◇
レンツは、その話を、板に書き留めた。
崩落。未知の魔物。剣の破断。頭領の体勢崩れ。マルティンの介入。
「一つ、伺いたいのですが」
レンツは言った。
「頭領の剣は、いつから使っているものでしたか」
「知らねえよ、そんなの」
ヨナスは言った。
「新しいの買ったって、聞いたことはある。いつだったかは」
「覚えていませんか」
「……冒険者になって、そんなこと気にすんのか」
彼は、初めて、少し苛立った声を出した。
◇
「いえ」
レンツは言った。
「誰も、気にしません。それが、問題だと思っています」
ヨナスは、彼を見た。
「……どういうことだ」
「剣は、使えば傷みます。どれだけ気をつけても、必ず」
レンツは言った。
「傷みが、ある程度を超えると、折れます。それは、防げます」
◇
「防げた、って言うのか」
ヨナスの声が、鋭くなった。
「マルティンの腕が、防げたって言うのか」
「分かりません」
レンツは、正直に言った。
「防げたかどうかは、まだ分かりません。ですが、剣が折れる可能性は、防げたはずです」
◇
ヨナスは、しばらく、レンツを睨んでいた。
それから、目を逸らした。
「……頭領には、言うな」
「何をですか」
「俺が、この話をしたこと」
彼は言った。
「あの人、今、誰の言葉も聞ける状態じゃない」
◇
その夜、レンツは、納屋で板を並べた。
崩落。未知の魔物。剣の破断。マルティンの介入。
そして、四年前の木札。
彼は、それらを並べて、しばらく見ていた。
証言は、まだ足りない。ガルド本人の話も、聞けていない。
だが、輪郭は、見えはじめていた。
◇
「レンツさん」
イルゼ・シュミットが、階段の上から降りてきた。
「教会、どうでした」
「会えませんでした」
「そうですか」
彼女は、板を覗き込んだ。
「進んでるんですか」
「少しずつです」
レンツは言った。
「ヨナスさんという方から、話を聞けました」
◇
「頭領には」
「まだです」
レンツは言った。
「話を聞くのは、簡単ではないと思います」
「怖いですか」
「怖くはありません」
彼は言った。
「ですが、あの人が、聞く耳を持つとは思えません」
◇
イルゼは、板の隅の、すすけた木札を見た。
「これ、使うんですか」
「まだ、決めていません」
レンツは言った。
「ですが、証言を集めるほど、この木札の意味が、はっきりしてきます」
彼は、それを見た。
四年前の一行。応答、拒否。
あのときの拒否が、今回の崩落と、どこまで繋がっているのか。
彼は、まだ、証明できていなかった。
今回もお読みいただきありがとうございます✨️
レンツは、教会を訪ねました。
司祭は、以前と同じ言葉を口にしました。
「これは、受け入れるしかない」
しかし今回、彼は前回と違う一言を返しました。
「受け入れることと、なぜ起きたかを知ることは、別のことです」
原因究明は、運命を否定することではありません。
次を防ぐために、必要なことです。
――受け入れることと、諦めることは、違います。
そして、生き残った斥候から、初めて証言が得られました。
未知の魔物。頭領の剣が、根元から折れたこと。
その隙をついて、頭領が狙われたこと。
そして、治癒師であるマルティンさんが、
前に出て、頭領を庇ったこと。
「治癒師なんだぜ」
証言者は、そう言って、絞り出すように続けました。
彼が、なぜそうしたのかは、まだ、誰にも分かりません。
さて、レンツは大事なことを言いました。
「剣が折れる可能性は、防げたはずです」
腕が戻るかどうかとは、別の話です。
事故そのものが、防げたかどうか。
――結果は変えられなくても、
原因は、明らかにできます。
あなたの職場でも、
「もう終わったことだから」と、
原因の追及が止められてしまうことは、ありませんか。
次回、レンツは、頭領本人と向き合うことになります。




