第30話 見送りの群衆
二十本の注文が、納品された朝だった。
行商の隊列が、荷を積んでいく。決め幅の印が刻まれた剣が、荷馬車の中で光っていた。
「全部で、二十三本作りました」
イルゼ・シュミットが、注文票を見ながら言った。
「三本、余分に」
「余分に、ですか」
「決め幅から外れたのが、二本出たので」
彼女は言った。
「捨てるのは、もったいないから、通常品として売ります」
レンツ・ノルムは、頷いた。
外れたものを、外れたと分かった上で、別の値で売る。それも、一つのやり方だった。
◇
行商の頭が、金を払いながら言った。
「次も、頼めるか」
「はい」
「西の街で評判になったら、もっと数がいるかもしれん」
彼は言った。
「その時は、よろしく頼む」
荷馬車が出ていくのを、イルゼとトビアスが見送った。
トビアスは、少し誇らしげな顔をしていた。
◇
その日の午後、街の空気が、いつもと違った。
人が、中央通りに集まっている。何かを待っているようだった。
「何があるんですか」
レンツは、通りかかった老人に聞いた。
「不倒の牙が、出立するんだと」
老人は言った。
「五層に潜るらしい。誰も行ったことのない場所だ」
「見送りですか」
「そうだ。大したもんだよ、あの頭領も」
老人は、目を輝かせた。
「街の名を、上げてくれるかもしれん」
◇
レンツは、その人だかりの端に立った。
通りの向こうから、五人が歩いてくる。
先頭が、ガルド・ブレンナーだった。腰に、剣を差している。
新しい剣だった。二本目の、そのまた次かもしれない。
彼は、視ようとして、やめた。
群衆の中からでは、視界の縁に数は滲まない。それに、視る資格が、彼にはなかった。
◇
群衆が、歓声を上げた。
「頑張ってこい!」
「五層、踏破してみせろ!」
ガルドは、片手を上げて応えた。誇らしげな表情だった。
レンツは、その後ろを見た。
マルティン・クレーが、続いて歩いていた。
彼は、両手に、いつもより厚い手袋をしていた。指の付け根まで、しっかりと覆う形のものだった。
歩きながら、彼は、その手袋の合わせ目を、何度も確かめていた。
◇
行列が、レンツの近くを通り過ぎた。
マルティンと、目が合った。
一瞬だった。
彼は、何も言わなかった。レンツも、何も言わなかった。
マルティンは、視線を前に戻し、歩いていった。
その背中を、レンツはしばらく見ていた。
◇
群衆が、街の門まで見送りに向かう。
レンツは、その流れに加わらなかった。
人だかりが遠ざかっていくのを、通りの端で見ていた。
「行かないんですか」
イルゼが、隣に来ていた。
「行きません」
「見送りたくないんですか」
「そういうことでは、ありません」
レンツは言った。
「俺が見送っても、意味がありません」
◇
イルゼは、少し黙っていた。
「あの人の剣、心配なんですか」
「分かりません」
レンツは言った。
「測っていないので」
「測れないんですか」
「測る資格が、ありません」
彼は言った。
「あれは、もう俺の仕事ではありません」
◇
群衆の歓声が、遠くで続いていた。
レンツは、通りに立ったまま、その音を聞いていた。
彼の手元には、板がある。工房の道具、九軒分の決め幅、街の外への注文。全部、彼の測れる範囲のものだった。
街の門の向こうには、彼の測れないものが行こうとしている。
彼は、それを、見送ることしかできなかった。
◇
その夜、納屋で、レンツはトビアスの手順書を清書していた。
十二枚。イルゼの動き、すべてを言葉にしたもの。
この作業は、彼の仕事だった。地道で、目立たない。だが、確かに、この街の何かを変えていた。
彼は、板を重ねながら、ふと、四年前のことを思い出していた。
装備管理係として、剣を測っていたころ。
あの頃も、彼は、五人の後ろを歩いていた。前には立たず、戦いもせず、ただ帰ってきたものを検めるだけの役目だった。
今は、その役目すら、ない。
◇
窓の外を見ると、遠くで、篝火が焚かれているのが見えた。
街の門で、まだ見送りが続いているのだろう。
レンツは、板を閉じた。
明日から、また、いつも通りの仕事が続く。
九軒の工房。決め幅の確認。街の外への注文。
彼の測れる世界は、それで、十分に忙しかった。
――五層から、いつ戻るのだろう。
その問いに、彼は、答えを持っていなかった。
今回もお読みいただきありがとうございます✨️
決め幅の剣が、初めて街の外へ大量に送られました。
規格から外れたものを、
外れたと分かった上で、通常品として売る。
捨てずに、正直に分けて使う。
これも、レンツたちが積み上げてきたやり方の一つです。
私達の世界でも、規格外品として野菜や工芸品が安値で売られていることがありますよね。
それと同じ仕組みを作ったことになります。
そして同じ日、街は、
別のことでも沸き立っていました。
不倒の牙が、誰も潜ったことのない層へ向かう。
レンツは、その見送りの群衆に、加わりませんでした。
――彼が見送っても、意味がない。
――あの装備は、もう、彼の測れる範囲の外にある。
これは、正しい判断でしょうか。
かつて彼は、装備管理係として、
帰ってきたものを検める役目でした。
今は、その役目すら、ありません。
――手が届く範囲だけを、誠実に守ること。
――届かない範囲を、諦めること。
この二つは、時に、同じ顔をしています。
さて、街の門の向こうへ、
五人が歩いていきました。
篝火が焚かれ、見送りは、夜まで続いたそうです。
彼らが、何を持って、いつ戻ってくるのか。
それを知る術は、今のレンツには、ありません。




