第28話 外へ出た紙
印の一覧は、ギルド支部の掲示板の脇に置かれた。
板ではなく、紙に写された。支部長が、費用を出したという。
「これで、正式なものになる」
支部長は言った。
「うちの本部にも、写しを送る」
「本部は、どこにあるのですか」
レンツ・ノルムは聞いた。
「王都だ」
支部長は言った。
「ギルドは、国ごとに分かれていない。支部同士が、繋がっている」
◇
一覧が貼り出されて、十日ほど経ったころ、街に見慣れない荷馬車が入ってきた。
行商の隊列だった。西の街道から来たという。
レンツが金物屋の前を通ると、隊商の頭らしき男が、店主と話していた。
「アイゼンタールの決め幅とやら、噂で聞いた」
男は言った。
「三層まで、七回分長持ちすると」
「そうらしいですね」
店主が答えた。
「まとめて買えるか。西の街まで運んで、売りたい」
◇
その話は、その日のうちに納屋にも届いた。
イルゼ・シュミットが、興奮した様子で戻ってきた。
「レンツさん、聞きました? 行商の人が、剣を買いに」
「聞きました」
「西の街まで持っていくって」
彼女は言った。
「決め幅、うちの街の外でも、通じるんでしょうか」
「分かりません」
レンツは言った。
「まだ、誰も確かめていません」
◇
行商の頭が、直接訪ねてきたのは、翌日だった。
「決め幅、というのを見せてくれるか」
レンツは、印の一覧の写しを見せた。
「これが、うちの街の九軒分です」
男は、それを眺めた。
「これ、向こうの街でも使えるのか」
「使えません」
レンツは言った。
「決め幅は、この街のこの工房が、この方法で作ったときの数字です。西の街の工房が、同じ方法で作れば、また別の数字になります」
「じゃあ、意味ないじゃないか」
「意味はあります」
レンツは言った。
「西の街で、剣が『十四から十九』と書かれて売られていたら、それは、この街のこの印のものだと分かります。真似はできません」
◇
男は、少し考えて、頷いた。
「なるほどな。証になるってわけか」
「はい」
「じゃあ、この印がついた剣だけ、買っていく」
彼は言った。
「向こうで、高く売れそうだ」
◇
その日、シュミット工房に、大きな注文が入った。
決め幅の印がついた剣、二十本。
イルゼは、注文票を見て、しばらく黙っていた。
「二十本、うちだけじゃ無理です」
「ホルストさんと、クヴァントさんに、声をかけますか」
「はい」
彼女は言った。
「みんなで作れば、間に合うかもしれません」
◇
夜、レンツは板に書いた。
――決め幅が、街の外へ出た。
良い話だった。だが、彼は、もう一つのことも考えていた。
街の外で、誰かがこの印を真似たら。
証明する手段が、まだ、ここにしかない。
◇
その数日後、グロースマン商会の支店から、使いが来た。
「決め幅の一覧を、写させていただきたいのですが」
若い店員だった。
「かまいません」
レンツは言った。
もともと、公にするために作ったものだ。断る理由はなかった。
「商会が、何に使うのですか」
「詳しくは、聞いておりません」
店員は言った。
「上の指示で、来ただけです」
◇
写しを渡してから、レンツは、その理由を考えていた。
商会は、紙を扱っている。決め幅とは、直接関わりがないはずだった。
だが、彼は覚えていた。
荷馬車引きの言葉を。壊れなくなれば、修理も買い替えも減る、と。
商会が、何を商っているのか。
彼は、まだ、その全体を知らなかった。
◇
その夜、レンツは、久しぶりに酒場の前を通った。
中から、聞き覚えのある声がした。
「決め幅? 知らねえな」
ガルド・ブレンナーの声だった。
レンツは、足を止めた。
窓の隙間から、中の様子が見えた。ガルドが、卓を囲んだ数人に、笑いながら話している。
「そんなもんに頼らなくても、俺たちはやってきた」
彼は、剣を軽く叩いた。
「これで十分だ」
◇
レンツは、その剣を見た。
視界の縁に、数を出そうとして、やめた。
遠すぎる。それに、視る資格が、彼にはもうなかった。
あの剣が、二本目だということは知っていた。
だが、今、何を示しているかは、知らない。
誰も、測っていない。
◇
彼は、酒場の前を離れた。
夜道を歩きながら、板に一行だけ書いた。
――知らないものは、測れない。
その隣に、もう一行。
――測らないものは、いつか折れる。
彼は、それを見ていた。
これは、今のところ、彼には関係のないことだった。
彼は、追放された身だ。あのパーティーの装備は、もう彼の仕事ではない。
それでも、板を閉じるまで、しばらく時間がかかった。
今回もお読みいただきありがとうございます✨️
決め幅が、初めて街の外に出ました。
行商人が、印つきの剣を求めて訪ねてきました。
そして、レンツは大事なことを言いました。
「決め幅は、この街のこの工房の数字です。
西の街で同じ数字が出るとは限りません」
規格というのは、簡単に持ち出せるものではありません。
場所が変われば、確かめ直しが要ります。
しかも、この世界にはまだレンツの目以外の明確な測定方法が存在しません。
――便利に見える言葉ほど、
持ち出すときには注意が必要です。
そして今回、二つの影が、静かに姿を見せました。
一つは、商会です。
決め幅の一覧を、写しに来ました。
理由は、まだ分かりません。
もう一つは、酒場から聞こえた声でした。
「決め幅? 知らねえな」
レンツは、もうその声の持ち主の装備を、
測る資格を持っていません。
誰も測っていない剣が、今日も、使われています。
――知らないものは、測れません。
――測らないものは、いつか折れます。
これは、今のところ、レンツには関係のないことです。
それでも、彼は、しばらく板を閉じられませんでした。
あなたの職場で、
「もう自分の担当ではない」と離れたものの、
気になり続けていることはありませんか。




