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第27話 同じでなければ、名乗れない

 巡回は、三日に一度と決まった。


 グンター・ホルストが一日、ベルント・クヴァントが一日、レンツ・ノルムが残りを埋める。三人で、職人街の全工房を回る。


「これで、十二軒目だ」


 ホルストが板を見ながら言った。


「うち九軒が、方法を揃えられそうです」


 レンツは言った。


「残り三軒は」


「一軒は、断られました。もう一軒は、方法がまだ揃っていません」


「最後の一軒は」


 レンツは、少し間を置いた。


「グレーです」


   ◇


 その工房は、川上の外れにあった。


 主人は、老いた男だった。手が震えている。


「決め幅、うちでもやりたいんだが」


 彼は言った。


「水温は測ってる。数えてる。だが」


 彼は、ふいごを指した。


「うちのふいご、シュミットさんとこより古い。火の勢いが、違うと思う」


 レンツは、視た。


 剣を三本、順に。


 根元。十二。二十四。十七。


 幅は、十二あった。シュミット工房の五より、はるかに広い。


   ◇


「合いませんね」


 レンツは言った。


「やっぱりか」


「炉の火が違うと、同じ手順でも、結果が変わります」


 彼は言った。


「水温は、同じでも、鉄の温まり方が違うんだと思います」


「じゃあ、うちは駄目なのか」


 老人が言った。


「これは、あんたのやり方が悪いわけではありません」


 レンツは言った。


「道具が、違うだけです」


   ◇


 この一件を、レンツは板に書いた。


 ――同じ手順でも、道具が違えば、決め幅は変わる。


 夜、ヴィンターに報告した。


「じゃあ、あの工房は、決め幅を名乗れないのか」


 ヴィンターが言った。


「今のままでは」


 レンツは言った。


「ですが、あの工房だけの決め幅を、新しく作ることはできます」


「別の幅を」


「はい」


 レンツは言った。


「シュミット工房の決め幅と、あの工房の決め幅は、別のものです。どちらも、正しく作られていれば」


   ◇


「面倒だな」


 ヴィンターが言った。


「一つに揃えたほうが、分かりやすいだろう」


「揃えられれば、そのほうがいいです」


 レンツは言った。


「ですが、道具まで揃えろとは言えません。買い替えるには、金がかかります」


 ヴィンターは、しばらく黙っていた。


「……工房ごとに、幅が違う」


「はい」


「客は、混乱しないか」


「混乱するかもしれません」


 レンツは言った。


「ですが、混乱しないように、揃えろと言えば、あの老人は工房を畳むしかありません」


   ◇


 ヴィンターは、腕を組んだ。


「工房の印は、もうある」


 彼は言った。


「その印ごとに、決め幅を分けて書けばいい」


「はい」


「フォーゲルの印。シュミットの印。あの老人の印」


 彼は言った。


「印ごとに、幅を書いた一覧を作る。それを、ギルドに置く」


 レンツは、板に書き留めた。


 ――印ごとの決め幅一覧。


「これなら、客は選べます」


 彼は言った。


   ◇


 翌日、レンツは、その一覧の初稿を作った。


 印を、上から順に並べる。工房名。決め幅。


 書きながら、ある印に目が止まった。


 三日前に測った、街の東の工房のものだった。名は、確か――


 彼は、古い板を繰った。


 四年前の記録。四十四の鉤。持ち主不明のまま、五日探して見つからなかったもの。


 断面の数値と、印の形を、彼は覚えていた。


   ◇


 その工房を、もう一度訪ねた。


 主人は、代替わりしていた。若い男だった。


「四年前の吊り具について、伺いたいのですが」


「四年前? うち、五年前に親父から継いだんですが」


 男は言った。


「親父に聞かないと、分からないですね。もう亡くなってますが」


「印は、変わっていませんか」


「変わってないはずです。親父の印、そのまま使ってるので」


   ◇


 レンツは、工房の梁を見上げた。


 鉤が下がっている。視界の縁に、数が滲む。


 二十九。


 彼は、しばらく黙っていた。


「どうかしましたか」


「いえ」


 レンツは言った。


「この鉤、いつからありますか」


「親父の代からです。詳しくは分かりません」


「一度、外して見せていただけますか」


   ◇


 断面を見て、レンツは、四年前の記録と見比べた。


 完全に一致はしない。だが、傾向は似ていた。


 空洞の広がり方。密度の落ち方。


「これは、同じ鉄です」


 彼は言った。


「四年前、同じ日に作られた鉤が、他にもありました」


「え」


「一本は、見つかりませんでした」


 レンツは言った。


「それが、これかもしれません」


   ◇


 完全な証明にはならなかった。印はあっても、四年前の記録には、この工房の印までは書いていなかった。


 だが、レンツは、板に書き足した。


 ――四十四、可能性あり。断定はしない。


 彼は、それを見ていた。


 二十年、彼はこういう空欄を、たくさん抱えてきた。


 埋まらないまま、ずっと。


 今回、完全ではないが、少しだけ埋まった。


   ◇


 夜、納屋でイルゼ・シュミットに報告した。


「四十四、見つかったんですか」


「たぶん、です」


 レンツは言った。


「断定はできません。ですが、可能性は高いと思います」


「良かったですね」


「良かったです」


 彼は言った。


 だが、心の底から喜べているわけではなかった。


 もし、あの鉤が、五日探した時点で見つかっていたら。


 もっと早く、あの工房を確認していたら。


 考えても、仕方のないことだった。


   ◇


 その夜、板に、印の一覧を清書した。


 九軒の工房。それぞれの印。それぞれの決め幅。


 一枚の板に、街の職人たちの手が、初めて並んだ。


 レンツは、それをギルド支部に届けることにした。


 窓の外は、もう暗かった。


 彼は、板を袋に入れた。


 街のどこかで、まだ測っていない剣が、今日も使われている。



今回もお読みいただきありがとうございます✨️


巡回が進むと、白黒つけられない工房が出てきました。


手順は同じ。

だが、道具が古い。

それだけで、決め幅はまるで変わってしまいました。


これは、その職人の怠慢ではありません。

道具が違えば、結果も違う。

それだけのことです。


――同じ名前を名乗るには、同じ方法が要ります。

――方法が違えば、別の幅として認めるしかありません。


一つに統一するほうが、分かりやすくはあります。

しかし、それは道具を買い替えられない職人を、

締め出すことにもなります。


今回、組合は「工房ごとの決め幅」という道を選びました。


面倒ですが、これが今の答えでした。


そしてもう一つ。


ずっと見つからなかった手がかりが、巡回の途中で、思いがけず姿を見せました。

探していたときには見つからず、別の目的で回っていたときに、見つかる。


こういうことは、現場でもよく起こります。


――一つの目的だけで見て回ると、見逃すものがあります。

――違う目的で見て回ると、見えるものがあります。


完全な答えではありません。

それでも、少しだけ、空欄が埋まりました。


次回、この一覧が、初めてこの街の外に出ます。

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