第25話 名乗るだけなら、ただだ
最初にそれを見つけたのは、イルゼ・シュミットだった。
「レンツさん、これ見てください」
彼女は、金物屋の店先から一枚の板を持ち帰っていた。木の看板だった。
――決め幅、十四から十九。折れにくい剣、あります。
レンツ・ノルムは、それを見た。
「どこの工房ですか」
「フォーゲル工房です。川下の」
彼は、その名を知らなかった。三十四本の吊り具調査でも、回っていない工房だった。
「測ったことがありますか」
「一度もありません」
◇
フォーゲル工房を訪ねると、主人は愛想が良かった。
「ああ、あんたが噂の」
四十絡みの男だった。
「決め幅、うちでもやってます」
「拝見してもよろしいですか」
「どうぞどうぞ」
男は、剣を三本、台に並べた。
レンツは視た。
視界の縁に、数が滲む。
根元。空、二十六。三十一。十八。
彼は、しばらく黙っていた。
「……これは」
「何か問題が」
「三本とも、十四から十九には入っていません」
レンツは言った。
「一本は、大きく外れています」
◇
男の表情が変わった。
「そんなはずは」
「測っていただければ、分かります」
「あんたが測ったんだろう」
「はい」
「あんたの目が、間違ってるんじゃないのか」
レンツは、答えなかった。
自分の目の幅は、朝ならおよそ二だ。二十六と十九の差は、その幅をはるかに超えている。
「見せていただけますか」
レンツは、板を出した。
「シュミット工房の決め幅は、同じ方法を、複数の職人が、複数回試して決めたものです」
彼は言った。
「あなたの剣は、その方法で作られていますか」
◇
男は、少し黙った。
「……水を、冷たくして打ってる」
「五つ数えて、痛くなる水温ですか」
「だいたいだ。いちいち数えてない」
「炉に入れる時間は」
「そのときによる」
レンツは、板に書いた。
――方法が、揃っていない。
「これでは、決め幅にはなりません」
彼は言った。
「決め幅は、方法があって、初めて成り立つものです。看板だけでは、なりません」
◇
「じゃあ、どうしろって言うんだ」
男が言った。
「客は決め幅の剣を欲しがってる。うちだって、商売だ」
「気持ちは、分かります」
レンツは言った。
「ですが、外れた剣を、決め幅だと言って売れば」
「売れば?」
「買った人が、死ぬかもしれません」
男の顔から、色が引いた。
◇
その日の午後、フォーゲル工房の看板は下ろされた。
だが、レンツの手元には、まだ問題が残っていた。
この街には、彼が測っていない工房が、まだ十以上ある。誰でも、看板を出せる。誰でも、「決め幅」と名乗れる。
名乗るだけなら、ただだった。
◇
夜、納屋でイルゼに話した。
「一軒、下ろさせました」
「良かったですね」
「良くありません」
レンツは言った。
「フォーゲルさんは、悪気があったわけではないと思います」
「え」
「決め幅という言葉が広まって、真似したくなった。ですが、方法までは伝わっていませんでした」
彼は板を見た。
「言葉だけが独り歩きしています」
◇
翌日、ギルド支部から使いが来た。
「支部長がお呼びです」
二回目の呼び出しだった。
支部長室には、レンツの他にもう一人いた。
白髪の混じった男。がっしりした体つき。職人街の組合印を、襟に留めていた。
「職人組合長の、ヴィンターだ」
男は名乗った。
「フォーゲルの一件、聞いた」
「はい」
「あんたが、勝手に下ろさせたそうだな」
「勝手にではありません」
レンツは言った。
「方法が揃っていないことを、伝えました。下ろす判断は、フォーゲルさんがしました」
◇
ヴィンターは、腕を組んだ。
「組合には、それぞれの工房のやり方に口を出さない決まりがある」
「伺っています」
「なのに、あんたは口を出した」
「決め幅という名前を、誤って使うことについて話しました」
レンツは言った。
「作り方そのものには、口を出していません」
ヴィンターは、少し黙った。
「屁理屈だな」
「そうかもしれません」
レンツは言った。
「ですが、名前が誤って使われれば、決め幅そのものが信じられなくなります」
◇
「一つ、聞きたい」
ヴィンターが言った。
「あんたに、決め幅を決める資格があるのか」
「ありません」
「資格がないのに、決めたのか」
「はい」
「では、誰が資格を持つ」
レンツは、答えを持っていなかった。
この問いは、ずっと彼を追いかけている。決めるのは、誰か。
「今のところ、誰も持っていません」
彼は言った。
「だから、俺が決めました。他に、決める人がいなかったからです」
◇
ヴィンターは、しばらく黙っていた。
それから、支部長を見た。
「この街に、決め幅を認める仕組みがない」
彼は言った。
「このままでは、フォーゲルのような真似が、これからも出る」
「対策は」
支部長が聞いた。
「組合として、決め幅を確かめる者を置く」
ヴィンターは言った。
「レンツ、あんたが確かめて、組合が認める。認めたものだけ、決め幅と名乗れる」
◇
「俺一人では、無理です」
レンツは言った。
「街の工房全部を、一人では回れません」
「分かってる」
ヴィンターは言った。
「だから、ホルストとクヴァントにも頼む。あんたのやり方を、教わったんだろう」
「はい」
「三人で回れ。組合の名で、印を出す」
◇
話が決まりかけたとき、支部長が口を挟んだ。
「一つ、付け加えたいことがある」
「なんですか」
「附与術師ギルドから、正式に接触があった」
レンツは、顔を上げた。
「決め幅、というものについて、話を聞きたいそうだ」
支部長は言った。
「向こうから、来る」
◇
その夜、レンツは板に書いた。
――決め幅を、組合が認める仕組みができる。
――附与術師ギルドが、接触してくる。
二行を、しばらく見ていた。
一つは、良い話だった。仕組みができれば、フォーゲルのようなことは減る。
もう一つは、まだ分からなかった。
支部長は言っていた。決め幅は、附与術師の領分に踏み込むことになる、と。
向こうが来るということは、無視できない何かになった、ということだ。
レンツは、窓の外を見た。
教会の尖塔の向こうに、附与術師ギルドの建物があるはずだった。
まだ、見たことはない。
今回もお読みいただきありがとうございます✨️
規格が生まれると、必ず起きることがあります。
真似です。
フォーゲル工房は、言葉だけを真似ました。
「決め幅、十四から十九」と看板を出しましたが、
方法までは真似ていませんでした。
結果は、決め幅にまったく入らない剣でした。
――規格の名前は、簡単に真似できます。
――規格を支える方法は、簡単には真似できません。
そしてこれは、フォーゲルさんの悪意ではありませんでした。
言葉が広まって、真似したくなっただけです。
しかし、悪意がなくても、
誤った決め幅の剣が売られれば、人が死にます。
――名乗るだけなら、ただです。
――守るのには、手間がかかります。
ここで、新しい問題が出ました。
「あんたに、決め幅を決める資格があるのか」
レンツには、資格がありません。
ただ、他に決める人がいなかっただけです。
一人の善意で回っている仕組みは、
その人がいなくなれば、止まります。
だから今回、職人組合が動きました。
複数人で確かめ、組合の名で認める仕組みです。
――個人の目は、いずれ制度にならなければいけません。
さて、最後にもう一つの影が動きました。
附与術師ギルドが、正式に接触してきます。
彼らにとって、「決め幅」がどう見えるのか。
次回、レンツは初めて、その領分に足を踏み入れます。




